第八話 試練の迷宮
マキアは南側の通路を進む。先には直進する通路と右へ曲がる通路がある。マキアは真っすぐ進んでいく。次の別れ道も、その次の別れ道も直進する。マキアのルート選択には迷いがない。
ジャンはマキアにはハッキリとした目的地があるのではないかと勘繰った。
「ここに来るのは初めてではないのか? この先には何がある」
「この場所は試練の迷宮と呼ばれています。本命となる地下迷宮である狂信宮とは違います。本命と比べれば浅く、値打物も出ない」
初めて挑戦する試練の迷宮を「安全」とも「簡単」とも、マキアは口にしなかった。
マキアの言葉に嘘はないとジャンは判断したので、無駄な確認はしない。代わりに軽口を叩く。
「いきなり戦争に投入するのではなく、訓練から始めるとは随分とお優しいことだ」
「犯罪者や捕虜を放って狩りをする。それを軍事訓練と呼ぶならそうでしょう」
これもまたマキアの偽らざる言葉だ。マキアは試練の迷宮に放り込まれた側が狩る側なのか、狩られる側なのかを教えなかった。意地悪ではない。試練の迷宮では、誰もが狩る側であり、狩られる側だ。
次の別れ道でマキアが立ち止まった。ジャンの見た限り右の通路も直進の通路も同じに見える。どちらの通路の先からも敵の気配もしない。
「どうした? どちらかに罠でもあるのか?」
マキアが目を凝らして、通路の一部を見ながら答える。
「右の通路の壁にメッセージが書いてあります。こういうのは初めてです」
マキアの視線の先を見るが、ジャンには文字が見えない。
「僕は悪くない」とマキアがゆっくりと見えない文字を読み上げた。謎の言葉の意味するところは不明だ。
隠しメッセージを先行した誰かが書いたとは考えづらい。
マキアが迷っているので、ジャンから提案した。
「右に行こう。誰かが意図を持って残したら意味があるはずだ」
ジャンの提案にマキアは従った。次に左へと曲がる別れ道がある通路に出くわした。マキアがキョロキョロしてから、壁の一部を凝視する。前回と同じくジャンには文字は見えない。
マキアが言葉を読み上げた。
「直進する通路の上には、僕は正しい、左に曲がる通路には、お前は間違っている、と書いてあります」
誰が残したかわからないメッセージにジャンは悪態を付いた。
「まるでガキの言い訳だな。もっと有意義なヒントが欲しいもんだ」
通路の先の薄闇に注意をむける。直進方向からは何も感じ取れない。左の曲がった方向には何かの息遣いを感じた。ジャンは顔をマキアに近付けて相談する。
「左に行けば何かと遭えるぞ。勝てるかどうかはわからん。勝てば何かを奪える。最悪、敵の命だけしか得られるものがないかもしれんが」
ジャンの言葉にマキアが決断した。
「直進しましょう。敵と戦わずに奥にいきます」
「いいのか? 相手は動くんだろう。宝を持って帰るところを後ろから襲われるかもしれない」
マキアがジャンを挑発する。
「斬り合いに自信はないのですか? もしそうなら、遅かれ早かれ死ぬでしょう」
「自信と妄信は違う。臆病と謗られても、退路を常に頭に入れておかないと危険だ」
業とらしく、マキアは肩をちょいと竦める。
「なるほど、臆病だからまだジャンは生きていられるのですね」
「そういうあんたはどうなんだ? 今日はまで生きていられたのは神様の御加護とでもいうのか? だったら、明日の朝には神様のケツにキスすることになるぞ」
地下迷宮が初めてではないのか、マキアの顔には緊張はない。
「退路は関してはジャンより気にしていますよ。ジャンはいよいよマズイとなったら、私を捨てて逃げるでしょう」
「否定はしない。だが、俺だけが置いていく側だ、とも慢心はしていない」
いざとなったら、相手を置いて行くのはジャンもマキアも同じだ。
マキアは直進するので、ジャンも従う。左の通路にいた奴が後ろから尾行してくる気配はなかった。少し進むと、どこからか悲鳴が聞こえてきた。
誰かが犠牲になった。悲鳴は一度きりだった。
武器をいつでも抜けるようにジャンは握って置く
「場所はこの先だな、距離は離れていない。どうする戻るか?」
「いえ、進みましょう。上手く行けば戦わずに戦利品が手に入ります」
犠牲者がいれば遺留品がある。戦場で公然と盗みを働く奴は嫌われる。だが、落ちている武器を拾って戦うのは非難されない。遺品回収名目なら、グレーソーンだ。
進んだ先には分岐があった。直進するか、左に曲がるかだ。
マキアがまた謎の見えない文字を読む。
「直進の通路には、お前は死ぬ、の文字があります。左の通路には、僕は生き残った、と書いてあります」
「文字を残した奴が親切なのか。それともプライドが高いのか、わからんな」
マキアはジャンの意見を聞かず、左に進もうとした。
「なんでそっちなんだ?」とマキアの考えを知るためにジャンは尋ねた。
「僕は悪くない、僕は正しい、を選んでここまで来たんですか。ならお前は死ぬ、は選ばないでしょう。それに僕が生き残ったなら、私たちも生き残れる」
マキアの思考は理論的な屁理屈なのかわからない。悲鳴はこの先から聞こえた。別れ道のどちらから出たものかは、ジャンには判断がつかない。別にマキアの予想で進んでも問題ない。
「どの道、何が起きても『やる』しかないんだからどっちも同じか」
「そういう考えはいけないですよ。理屈で考えないのは頭が悪い証拠です」
幾度か会話を交わして打ち解けてきたのか、マキアは遠慮がなくなってきた。畏まられてもやりにくいが、あまりに親しくされるのも考え物だ。
通路を進むと通路の壁にある光が少し弱くなっている事態に気付いた。
ジャンはマキアに忠告する。
「先に進むと徐々に暗くなっている。このままずっと進み続けるといずれ真っ暗な通路を進まされる。さすがに暗闇では戦いたくない。バッサリ斬ったら、マキアだったがあるぞ」
マキアは足を止める。マキアが前屈みになって先を見つめる。
「それは良かった。暗くなる前に戦えそうですよ。通路の先に人間のような者がいます」
マキアの目は特別だ。見えないものが、見える。なら、暗がりも見通せる。
ジャンは武器に手を掛けてマキアに問う。
「人間のような、ってなんだよ。人間なのか、人間じゃないのかどっちだよ」
「最初は二足歩行でしたが、今は四足歩行になってこちらを窺っています」
「ならついでに教えてくれ、相手の武器はなんだ」
「鍵爪のような物ですかね。武器の種類は詳しくありません」
鋭い爪を持つ獣は有り触れているが、二足歩行する獣は珍しい。
鉄製の鍵爪は人の使う武器であるが、四足歩行で戦う人間はまだ会った経験はない。
「何かって言葉は便利だな。とするなら、これから何が起きるのか」
マキアが小声で警告する
「相手がこちらに四足歩行で駆けてきます」
二十m先くらいなら暗くないので見える。だが、ジャンの目には何も写っていない。
また足音もしない。だが、ジャンの肌は危機の接近を感じていた。




