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第十話 汝よく深きものなりや

 直進を選択する。コインを一枚、拾ってジャンは確認する。茶色のコインは銅製でもなければ金属製ですらない。素焼きの陶器に塗料を塗った安ポイものだった。図柄も精巧ではなく、子供が描いたような羊の頭の図案だった。


「なんだこれは? 街で通用する硬貨なのか?」


 コインを確認したミランダの表情は渋い。

「街での買い物では使えません。好事家なら買うかもしれませんが、その好事家が誰で、どこにいるのか、私は知りません」


 正直にゴミだと言えばいいのにと、ジャンはマキアに呆れた。

「おもちゃのお金で人を呼び寄せる。馬鹿にしているのか、馬鹿なのか、どっちだ?」


「どちらでもいいのですが、どちらでもないでしょう。狂っているが正解ですよ。試練の迷宮も狂信宮の一部ですからね」


 頭のおかしい存在がいるのなら理解できる。一般的に価値のない物を有難がる。もちろん、他人も同じく考えて当然と振る舞う。注意すべきは頭がおかしい奴かも知れないが、落とし穴で人を殺す方法は知っている。


 おもちゃのお金なら拾う必要はない。だが、ご丁寧にもマキア拾いながら進む。マキアはベルト・ポーチから出した小袋にコインを入れて行く。


 拾うのに一々、立ち止まるのはやめてもらいたい。だが、コインが何かに使う可能性が捨てきれない。もやもや、しながらジャンは見守った。


 ジャンも拾えとマキアに命じられたら、マキアを止めるつもりだった。だが、マキアは命じなかったので、マキアの行為を見守る。


 五十枚くらい拾ったところでジャンは通路の異変に気が付いた。いつもなら、別れ道が出現するはずがずっと直線が続いている。


 また前は二十枚先に落ちているコインが見えた。現在は十五枚先にあるコインしか見えない。灯がまたゆっくりと暗くなっている。このまま進むのは危険だ。


「おかしいぞ、戻ったほうがいい」


 ジャンが警告を発したが、マキアは進んでコインを拾い続ける。


 ジャンは危険を感じて叫んだ。

「止めろ! 停まれ! この先は危険だ」


 マキアには言葉が聞こえていないのか、返事もなく停まりもしない。マキアの肩を掴んで、強引に振り向かせた。


 マキアの目は虚ろで、怒りも、怯えもない。魔術に疎いジャンでも、さすがに異変を感じた。


 平手で強くマキアをぶった。手加減はしなかった。マキアがよろけるが、正気に戻らない。マキアはふらふらとしながらコインを拾い続けようとする。


 ジャンはマキアの手を捻った。マキアの手から小袋が落ちる。床にコインがばらまかれる。マキアの顔に激しい怒りが浮かんだ。


「何をするんですか! このコインは私の物です」


 マキアに起きた異常はコインによるものだ。コインが離れたらマキアに感情が戻った。だが、まだおかしい。ジャンは拳を握ってマキアを殴りつけた。拳はマキアの頬に当たり、マキアが目を閉じた状態で後ろに倒れた。


「目を覚ませ。戻れなくなるぞ」


 マキアは口の中を切ったのか、唇から血を流す。マキアがふらふらと立ち上がり、目を開ける。立ち上がったマキアの瞳からは怒りの色が消えていた。


「痛いです。急に何をするんですか」

 強い衝撃を受けたマキアがふらふらしながら抗議してきた。


 ジャンは怖くなった。

「お前、覚えていないのか?」


「何をですか?」とジャンの問いにマキアは不審がる。マキアは操られていた。

「急いで戻るぞ。この先には恐ろしい何かがいる」


 戻ろうとすると、マキアがジャンの背後を見て険しい顔をする。

「どうやら、簡単にはいかないようです」


 ジャンが降り向くと、異形の老婆がいた。老婆には四本の足があり、四本の手もある。マキアとのやりとりに注意がいっていたとはいえ、接近にまるで気が付かなかった。


 老婆に背を向けて逃げるとする。その場合は、コインが落ちている先に進まなければならない。


 老婆の背は曲がっているが、体は細い。突進して横をすり抜ける選択肢もある。タダの老婆なら楽勝だ。だが、四本の手足を持つ老婆の動きが年相応と考えるのはアホウである。


 老婆がブツブツと何かを唱えながら、後方にピョンと五m跳躍する。老婆の手に四本の青白く光る槍が現れた。魔法による槍だ、普通の剣で受けられるか不明だった。


 老婆が攻撃する前に攻撃したかったが無理だった。剣で斬り付けるには、老婆とは距離があり過ぎる。


 老婆が四本の槍を投げようとする。後ろでマキアが魔法を唱える声がする。どんな魔法かはわからないが、攻撃魔法ではないと判断した。マキアのいる位置から攻撃すると、ジャンに当たる。


 老婆が二本の槍を投げた。槍はジャンから不自然に大きくそれた。理由はわからないが、マキアが槍を魔法で反らした。ジャンはチャンスとばかりに距離を詰める。老婆が再度、後方に跳躍して、残りの二本の槍を投げた。


 槍を搔い潜り、老婆の頭をジャンは斬る。老婆の顔は潰れた。だが、老婆は構うことなく四本の腕でジャンを抱きしめようとする。右後ろに飛び退いてジャンは回避する。


 老婆は身を屈めると突進してきた。方向が定まっていないので躱すのは容易い。老婆がジャンの横を高速で通りすぎる。ここでジャンは間違いに気が付いた。


「敵の目標はマキアだ!」

 気付いた時には手遅れだった。老婆がマキアに飛び掛かる。マキアは老婆に捕まった。


 マキアの絶叫が響く。マキアの手から落ちた杖を老婆が踏み折った。


 ジャンは後方から老婆に駆け寄った。老婆を背後から斬り付ける。堅く太い木の幹でも叩いたかのように剣が止まった。二度、三度と斬るが、老婆の背中は硬すぎて刃物が浅くしか通らない。


 マキアの手がだらりと下がる。悲しみより恐怖をジャンが襲う。老婆が背を向けている間に倒さないと終わりだ。背中がダメならと、脇を斬るが同じ感触だった。ならばと、力を込めて、老婆の腕を斬り付けた。細い老婆の腕が千切れた。腕の切断面から血が流れていない。


 当然のことだが、相手は人間ではない。老婆はぐったりしたマキアを抱えて前方に跳ぶ。通路の先に到着すると、老婆は通路の闇に走り出した。


 マキアを助けるのなら老婆を追うしかない。マキアが生きている保証はない。仮に追ったところで、老婆を倒せる自信がジャンにはなかった。


 ジャンはマキアの救出を諦めた。マキアがいた場所には折れた杖と老婆の腕が残っていた。老婆の腕にはマキアのベルト・ポーチが握られている。ベルト・ポーチの中身を確認すると魔法薬が三本残っていた。


 ジャンはマキアのベルト・ポーチから魔法薬を回収した。

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