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第十一話 成果

 老婆が戻って来たら危険だった。ジャン一人で老婆は倒せない。

 ジャンは来た道をそそくさと戻った。


 別れ道に来るたびに、マキアが読み上げた謎の言葉が頭をよぎる。

『僕は生き残った』『僕は正しい』『僕は悪くない』


 迷宮を作った存在の厭らしさをジャンは実感した。


「メッセージは道を戻る人間の心理を表していたのか。僕は生き残った、と自分だけ生き残る。次に僕は悪くない、と仲間の死を自分に弁解する。それで最後に僕は正しいと、締め括って大広間に戻るのか」


 単なる思い込みかもしれない。仲間が死んで自分だけ生き残った。


 傭兵時代のジャンの仲間は武器を扱えた。殴り合いにも簡単には負けなかった。武器を扱えない者、殴られ放題になる者は名前を覚えることなく死んでいた。名前のない奴は記憶に対して残らない。


「できて、当然の思い込みだ」


 油断、と表現できるかもしれない。これからは武器を扱えない者と共に戦う術を学ばねばならない。仲間の死は、自分の死も早める。


 大広間に戻ったが、誰もいない。全員が死んではいない。全員が試練に合格して帰路に就いてもいない。どこかで、誰かが戦っている。


 会って間もないマキアの死に悲しみはない。だが、一人になった感傷はある。

「こういう時が昔にもあったな」


 過去の記憶がジャンに蘇る。傭兵となって間もない日の記憶だ。


 乱戦となり仲間と逸れ、逃げる内に独りとなった。仲間と合流しようとしたが、土地勘のない場所で現在地を見失う。敵に注意しながら、移動を試みたが、終戦まで仲間と合流できなかった。戦わずに隠れていたと疑われ、信頼を失った。


 現状を振り返ればもっとひどい。

「信頼を失うどころか、信頼を求める者すらいない、か」


 傭兵団なら使えるのなら、団には置いて貰えた。悪党島の組長であるアリスかどう考えるかわからない。

かといって敵の強さからして、単独行動では成果が上がらない。再度、独りで別ルートに行っても、死ぬだけの気がした。


 船旅で抜けきらなかった疲れがジャンを襲う。大広間だから安全とは限らないが、ジャンは休憩する。


 弁当として渡された包を開ける。中には大きく丸い黒パンが入っていた。包み紙にはリリーが書いたのか『生きて帰って』とメッセージがあった。


 本当にリリーが待っているかはわからないが、悪い気がしない気遣いだ。リリーのメッセージが少しだけジャンの心の慰めとなった。


 食事をして水を飲むと、冷静になった。大広間から南に伸びる通路だけが危険と考えるのは浅はかだ。どのルートも同じくらい危険だ。とするなら、単独で行動してはいけない。


「最悪、処刑かもしれないが、地下で死ぬより地上で死んだほうがいい」


 処罰を覚悟でジャンは地上への階段を上った。集合場所だった広場には八人の人間が残っていた。八人は焚火を囲むように立っている。


 輪の中にはミランダがいた。残りの六人は先導者だが、あとの一人は違う。岩のような重装鎧に身を包んだ大男だ。試練の迷宮が開いた時にはいなかった。いればさすがに気付く。失敗した時の処刑係かと思ったが、恐れはなかった。


 ミランダがジャンを見つけて手招きする。八人の集団が待つ前に行く。


 ジャンを見る目は誰もが厳しい。大男がジャンに尋ねる。

「成果を示せ。お前は何を得た。成果をみせろ」


 すぐにバレる嘘なら吐かないほうがいい。

「成果は何もない」


 ジャンの言葉に場の空気がピリピリする。この空気には覚えがあった。傭兵団で敵前逃亡をした団員の処罰を決める時だ。


「死んだかな」とジャンは思うと、ミランダが咎める。

「なぜ嘘を吐くの、出せといったら素直に出しなさい。上がりを誤魔化してはダメよ。島に税務署はないけど、申告を要求されたら従いなさい。迷宮の中で手にしたものがあるでしょう」


 ちょいと戸惑ったが、マキアの持ち物だった魔法薬を出した。


 魔法薬を見ると、大男は人指し指をジャンに向けて乱暴に警告した。

「最初から素直に出せ! いらない手間を取らせるな。お前の空っぽの頭で、隠し通せるとでも思ったか」


 成果がない、と処刑されるのなら諦められる。嘘を吐いたと誤解されての処刑は納得がいかない。大男の勘違いをジャンは指摘した。


「これは迷宮の中で手に入れた戦利品じゃない。死んだ仲間が持っていた物だ」


 ジャンの言葉を聞くと、ミランダが苦い顔で教えてくれた。

「迷宮に入る前にジャンが所持していなかった物は、全て申告対象よ。死んだ仲間の物でもね」


 驚きの悪党島のルールだ。ジャンは甚だ疑問だった。

「逆に俺が死んで魔法薬を持ち主が生き残ったとする。そいつが俺の剣を持って帰ったら、剣の入手はそいつの手柄なのか?」


「そうだ!」と大男は言い切った。傭兵団も時に略奪をやる。それでも仲間を襲ったりはしない。だが、悪島のルールなら、成果がないと仲間内で殺し合いが起きる。


ジャンは疑問を持ったので大男に質問した。

「五人で組んで迷宮に入る。一人を殺して四人が装備を奪う。罪ではないのか?」


 口調は乱暴な大男だったが、親切だったのか教えてくれた。

「仲間殺しは罪ではなく悪事だ。悪事を続ければいずれ四人は死ぬ。悪事による収入だからといって、求められた申告に対する虚偽は紛れもない罪だ。罪は必ず罰する。それがこの島の決まりだ」


 悪党島には『仲間を裏切るな』の戒律がある。戒律の違反なら、関係者による報復はあるが、権力による罰は下されない。罪は別だ。相応の罰が支配者より下る。段々と悪党島のルールがわかってきた。


悪党島では弱いことは罪ではない。だが、強い者に逆らうのは罪であり罰がある。


ミランダが魔法薬を調べると、近くにあった台長に記帳する。

「魔法薬が三本ね。初回にしては優秀ね。運が良かったのかしら?」


マキアの死を喜べはしない。だが、マキアに救われたのは事実だ。

「俺の運は悪かった。だが、俺に以上に運がない奴がいた。それだけさ」


 名もしれない誰かの死をミランダは気には留めない。ミランダは名を知るジャンだけを激励した。

「この稼ぎなら次か、その次くらいで試練の迷宮は卒業ね。この調子でがんばって」


 一定額を稼がないと、試練の迷宮から卒業できない。仮に卒業できたとしても嬉しくはない。試練の迷宮が初心者用なら、本体の狂信の迷宮はどうなっているかわからない。


だからといって、拒否すれば即座に始末される。生き続けるとは、戦い続けること。ジャンの悪党島での生活はまだ始まったばかりだった。

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