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第十二話 リリー

  朝になった。起きても朝食は準備されていない。居候の身であり、昨夜にまともな成果を出せないので食事を要求する気にはならなかった。昨日のバックパックに残っている黒パンを齧る。


 水分が少なくパサパサのせいか、高温多湿でも昨日の今日ではカビが生えてはいない。


 食事を終えて気が付いた。包装紙にメッセージがない。二つあったのだから、どちらにもメッセージがあってもよさそうだが、片方にしかなかった。


「子供の気まぐれか? それとも一個目を書いた時点で飽きたのか」

 どちらでも良かった。こうして一食に有り付けるだけマシだ。


 食事を終えるとミランダが家に帰ってきた。気になったのでジャンは尋ねた。

「どれくらいの人間が帰ってきたかわかるか?」


「四十人くらいね」


 挑戦したのが六十人で四十名も帰還した。待ち構えている敵の強さからいって、そんなに多く帰ってくるとは思えなかった。この島にきた人間は予想以上に強いのか?


 ジャンの表情を見てミランダは顔をしかめる。


「過去のことはクヨクヨしてはいけないわ。惨めになるだけ。失敗からは学びなさい。暗い気持ちは死神を呼び込むわよ」


 ミランダの指摘は正しい。弱気になると負け癖が付く。負ければ負けるほど死は近づく。


 今日を生きて、明日も目を覚ましたい。前向きにジャンはミランダに尋ねた。

「試練の迷宮に挑戦した人間のうち俺はどの辺にいる」


「島の中で、弱いか、強いか、と他人と比べても無意味よ。これからジャンが戦って行くのは島の中の人間じゃない。島の地下にいる存在よ」

 ミランダは伊達に悪党島の中で生きているわけではない。ミランダとジャンが話していると、リリーが起きてくる。


 オドオドした態度でリリーは挨拶する。

「お母さん、お父さん、おはようございます。起きるのが遅くなってごめんなさい。朝食の準備をします」


 リリーに対してつっけんどんにミランダは命令する。

「食べてきたから朝食はいらないわ。リリーはジャンと働きにいきなさい」


「はい」としょんぼりとした顔でリリーは頷いた。


 小さい子だからといって遊んでいていいわけはない。リリーくらいの年齢でも働きに出ている。リリーにできる仕事ならジャンでもできる。次の試練の迷宮に送られるまで日があるなら食い扶持は稼がねばならない。


 リリーは古びたローブを着て、アンクを持ってきた。背中に背負い袋を背負っている。


 ジャンの姿を見てリリーは首を傾げる。

「お父さんは準備をしないの?」


 ジャンはリリーの言葉に驚いた。迷宮に行くつもりだ。昨日、ジャンは死に掛けた。マキアは助けられなかった。リリーを守っての戦いは無理だ。ミランダには食って掛かった。


「これはどういうことだ。リリーを連れていくなんて無謀だ」


 ミランダはジャンの言葉に澄ました顔で反応する。

「議論はしないわ。二人で行って帰ってくる。できないなら、追い出すわ。これは決定よ」


 ジャンは言い返そうとした。リリーが悲し気な声で哀願する。

「頑張るから捨てないで、お父さん。お母さんリリーはちゃんと帰ってきます」


 ジャンがリリーを置いていっても、リリーは一人で地下迷宮に行かされる。

 なら、まだ二人で行ったほうがましだ。ジャンは準備をすると家を出た。


 リリーはテクテクと歩いて行く。気になったのでジャンは質問した。

「朝ご飯を食べていないだろう? どこかで食べなくていいのか?」


 食べたいと言われても、ジャンには金がない。だが、どうにかしてやるつもりだった。


 フルフルとリリーは首を横に振る。

「ご飯が食べたいなら地下に行くしかないの。だから後で食べるの」


 リリーは痩せている。きっとろくに食べていない。ミランダにはリリーを養う義務はないのかもしれない。だからといって、何も与えなくていいわけがない。


 リリーが歩いて行った先には試練の迷宮があった。


 試練の迷宮は閉じていない。リリーは迷うことなく試練の迷宮へと降りて行く。

「待て、そこは危険だぞ」


 ジャンは慌てて止めたが、リリーは気にしない。

「まずここでご飯用のお金を稼ぐの。試練の迷宮のほうが安全だから」


 意味がわからない。昨日は試練の迷宮で死にそうになった。金目の物も得られなかった。

「そこはダメだ。死ぬぞ」


 リリーはジャンに困った顔を向ける。

「死はそこら中にあるの。でも、ここはよく知っているし、明るいから、ここにしたいの、ダメ?」


 リリーの顔に戸惑いがあるが、恐怖はない。リリーはここに慣れている。こうなってくると、島のことがよくわからないジャンはリリーを止めていいか迷った。


 ジャンが止めないと、リリーはOKが出たと思ったのか先を歩く。ジャンはリリーの後ろ姿を見て気が付いた。リリーの歩き姿が様になっている。


 いかに見栄えをよくして強がっても弱い奴は歩く姿が不格好だ。剣の柄で後ろから小突いただけで、バランスが崩れるような貧相な姿勢だってある。リリーの後ろ姿は違う。下手な傭兵よりしっかりしている。


 躊躇いながらも、ジャンはリリーに従いて行く。大広間に出るとリリーはキョロキョロとする。リリーは北側に向かった。ジャンはリリーの考えを尋ねた。


「どうしてそっちなんだ? 南側のほうが安全そうだが」

 嘘である。南側は危険である。もし、リリーが南側に行く気なら止めた。


 リリーは振り返らず、のんびりした口調で答える。

「壁に書いてあったの。『南側には闇がある。戻れるのは独りだけ』リリーは暗いの嫌い。また闇の向こうには悪い人がいるの。用がないならいってはダメって、前のお母さんが言っていた」


 リリーもマキアと同じく見えない文字が見える。リリーはただの幼子ではない。大広間の壁にあった隠し文字はマキアにはわかった。だが、マキアはジャンには大広間のメッセージを教えなかった。


 危険を冒しても南側にむかったのなら、マキアには南に行く動機があった。マキアは死んだが、あれはマキアの想定外の事態で死んだだけ。マキアには明確な目的があった。達成した暁にはマキアだけで帰るつもりだったと思えてきた。


 リリーが小さい女の子だから正直とは限らない。だが、マキアとリリーの間に利害関係がないのなら、自分の推理はあながち間違いではないと苦く思った。


 北側の通路をほんの五分も進まない内に、人が走ってくる足音がした。足音からして、相手は二人。ジャンだけなら切り抜けられる。リリーが心配だった。

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