第十三話 朝食
相手は武装した人間だった。革鎧を着て剣を持っている。装備はジャンと変わらない。だが、目の色がおかしい。戦場の熱気で狂乱化した兵士、ないしは恐怖を消すために薬物に頼った目だ。
技は精細を欠くが、痛みと恐怖に鈍感になっている。意識を刈り取るような一撃でないと、最悪、相打ちになる。敵が一人ならどうにかなったが、二人同時になるとジャンの腕では無理だった。
リリーの前に敵が一人行けば、リリーは凶刃の餌食になる。リリーは死ぬが、ジャンは一人を斬ることに集中できる。その後に、残ったもう一人を斬るなら、難易度は二人同時に相手をするより楽だ。
「我ながら浅ましい考えだ」とジャンは自分に毒づく。
ジャンが前に出ようとすると、リリーが短く指示する。
「下がってなの」
リリーの声には怯えがなかった。数瞬、躊躇ったがジャンは三歩、下がった。敵の二人がリリーに向けて突進し剣を突き出す。バンと何かが空気中で弾ける音がした。
ジャンは衝撃でよろけそうになるのを踏ん張った。リリーにむかった敵は、後ろに吹き飛んで倒れた。全力で石壁にぶつかった獣のようだった。リリーは何もしないのでジャンの出番だと悟った。
ジャンは前に出た。起き上がってくる敵の頭に一撃を入れる。ジャンの剣が敵の顎まで通った。敵を蹴り倒して剣を抜く。もう一人の敵が起き上がる前に勝負を掛ける。剣に体重を乗せて突いた。
敵が剣で防ごうとしたが間に合わない。ジャンの剣が敵の心臓を貫通する。敵を蹴って剣を抜くと、派手に血飛沫が舞い絶命した。
終わった見れば、ジャンとリリーの圧勝だった。敵の腰にあった汚いタオルでジャンは剣の血を拭う。リリーは死体に嫌悪なくふれると持ち物を漁っていた。リリーは子供だが、悪党島の人間だ。
「なんにもなしかー」リリーは残念そうに首を横に振る。リリーは人を殺して奪うことに罪悪感を覚えていない。覚えろ、というほうが無理なんだろう。そんな人間は悪党島では三日と生きられない。
「お父さん、剣だけ持って帰ろう」
敵の剣は一般的な量産品だ。ジャンの物ともほぼ変わらない。
「剣が二本では大した金にならないだろう。もっと探さなくていいのか?」
「ここはお金を稼ぐには不向きなの。でも、剣が二本なら朝食くらいは買えるの。だから、外でご飯を食べてからもっと稼げるところ行いこう」
ジャンのほうがリリーより年上だが、悪党島ではリリーが先輩だ。リリーにとって二人の人間を殺して剣を奪うのは文字通り『朝飯前』だった。
リリーは街に戻るが、家には向かわない。街の外れにある寂れた建物に向かった。建物は夏なのに窓に鎧戸が下りている。扉は厚い木製だが、多くの傷跡がある。刀や棍棒などの傷ならわかるが、獣の爪のような跡があった。
リリーが三回、二回、三回とドアを叩く。ドアにある小さな窓が開いた。中から人の目が覗く。薬の密売屋か故買屋のような対応だ。
店の中の人間はリリーを見た後に、ジャンを見つめる。ジャンは警戒されていた。
「その男は誰だい?」と店の中から若い女の声がした。
「新しいお父さんだよ」とリリーが答える。
答えになっていないようなリリーの答えだったが、扉の鍵が開く音がした。扉がスーッと開いた。リリーは中に入ったので、ジャンも中に入った。夏の日に締め切った室内なのでさぞ暑いと予想したが。室内はヒンヤリしていた。
天井には青白く光るランプがある。ランプの光が室内を照らしているが暗い。部屋には商談用テーブルと椅子が四脚あった。カウンターもある。カウンターの向こうには商品棚があるが、暗いせいで肝心の商品が見えない。
犯罪の臭いがする店だが、悪人島ならまっとうな店ともいえる。
ジャンがキョロキョロしていると、店主が不機嫌な声を掛ける。
「なんだいあんた。この店が気に入らないのかい? だったら出ていってくれ。リリーがいなければ、本来なら入れないからね」
特定のお得意さんだけが利用できる店。店主が客を選ぶのなら、普通は安心できる。店はしっかりした品を扱い、足元を見るような商売もしない。だが、ここは悪人島である。大陸の普通は通用しない。
「綺麗な店で涼しいから、気をよくしていたところだ」
ちょいと褒めてみたが店主の態度は良くならない。
「ふん、お世辞はいいよ。あんたはそこの椅子に座ってな」
ジャンは戦利品の剣二本をカウンターに置いて、椅子に座った。少し離れた場所からリリーと店主のやりとりを見学する。店主は剣を鞘から抜いて状態を確認した。この暗さできちんと品物がわかるのか怪しいが黙っている。
「二本で三銀貨だね」
とんでもなく安い金額が出た。三十銀貨でも安いが十分の一など買い叩きもいいところだ。思わず立ち上がりそうになったが自省する。大陸ならリリーが子供だから騙されていると判断するが、悪人島は勝手が違う。早とちりは危険だ。
「安い」とも「高い」ともリリーは言わない。店主が何かをカウンターに載せた。物は見えないが擦れる音で紙だとわかった。リリーは紙に何かを記載する。
大陸のお高い店では品物を売る時に、買取票を記載させる店がある。普通、銀貨三枚程度ではまだるっこしい手続きはしない。不審に思っていると、リリーの記載が終わる。
店主は記載を確認すると小袋を机の上に置いた。中身は銀貨だが、音の質から中身は三枚以上あると考えられた。
酷く安い値段でしか売れなかったとジャンに思い込ませる。だが、実際はもっと高く、リリーが多く取る。店主とリリーに組まれたら、ジャンには知り用がない。
この場でジャンは店主やリリーを追及はしない。リリーには少なくとも男二人を吹き飛ばす力がある。店の中なら、店主しかしらない仕掛けもある。
「またのご利用お待ちしています」と店主はリリーに丁寧に挨拶をする。
店主はジャンには出て行けと、顎で指示した。
外に出ると強い光と暑さが襲ってくる。リリーの後を従いて行く時にジャンは気が付いた。陽に照らされているとジャンでも汗が滲むほど暑い。だが、リリーのうなじには汗がまるでない。暑さに慣れているにしても、異常ではないかとジャンは感じた。




