第十四話 お父さん
街の中心部まで行かなくても、食い物屋はある。屋台で卵と野菜を挟んだパンを三つと飲み物の二杯をリリーが買う。合計で銀貨三枚だった。リリーが支払いを済ませるのをジャンは見ていて。
リリーの財布の中は空になっていない。元々、持っていたかもしれないが、違う気がする。やはり先の店で売上は銀貨二枚以上になっている。
屋台の近くにあったベンチに座って朝食をとる。ジャンとしても黒パン一個では足りないので有難い。ベンチの上には竹で編まれた傘があり日除けになっていた。
リリーは飲み物とパン二つをジャンにくれた。
「お父さんは体が大きいから二つね」
二つでは足りないが、リリーの分を取り上げるのはさすがにできない。パン挟まっている野菜は塩漬けで、卵もパン一個に半分ていどしか入っていない。
飲み物はピンク色で甘い。何かの果物の搾り汁だろうが、ジャンにはわからなかった。
リリーは機嫌よく朝食を食べている。ジャンはリリーに尋ねた。
「先の店でお金をもらっただろう。あれは銀貨二枚だけか?」
「違うよ。ラウラさんから、銀貨は二十三枚もらったよ」
やはり銀貨三枚以上もらっていた、理由が気になる。
「銀貨二十枚はなんのお代だ?」
「名前の料金だよ。ラウラさんは死んだ人間の名前を買ってくれるの?」
名前を買う? 大陸では聞いた覚えのない商売だ。高級な武具の場合は前の持ち主がわかると箔が付いて値が上がる。どこの馬の骨ともわからない奴が使っていても単なる『中古品』としての価値しかない。前の持ち主の名前がわかろうと、不明だろうと価格に関係はない。
倒した二人は強くはない。戦場ならどこにでもいるくらいの強さだった。疑問は尽きなかった。
リリーは死んだ人間の名前をなぜ知っていたのか? どうして、ラウラはリリーが嘘を吐いていないとわかったのか? なんのためにラウラは死者の情報を集めているのか?
善悪の前に不思議な点が多過ぎる。わからないことは、おいおい知るとして、金のことはハッキリさせておく。
「迷宮での収入は全部リリーが取分なのか?」
「財布は男の人に握らせたらダメだってお母さんが言ってたの。必ず不必要な物を買って無駄遣いするって」
働く人間と儲ける人間は別である。珍しい仕組みではない。大陸でも同じような制度はあった。善行を説く坊主共の組織にも似たようなシステムがある。
ミランダがリリーとジャンを家に置いた理由は危険を冒さず集金をするためか? だとしたら、元は取れている。
「親切で人に飯を食わせたり、家に住まわせたりはしないか」
家に泊める日数をおおむね五日間としたのも納得がいく。五日なら島に慣れるためにジャンが我慢するとミランダは読んでいる。ジャンはミランダの計算高さに感心した。
「たいしたものだな。こちらの心理をピタリと当てた」
ずっと奪われる側にジャンはいる気はない。だが、悪党島のルールや慣習を知らず独りでやっていくには危険すぎる。慣れるのには五日は掛かる。つまり、五日ならミランダは少ない投資でリターンが見込める。
五日なら、ジャンも生きていくための授業料として割切れる。昔、護衛した商人の言葉を思い出す『儲けようと思うなら、まずは与えろ』
ジャンの方針は決まった。約束通りにミランダの家にはあと四日泊まろう。残りの四日、島で生きていくための最低限の術を学ぶ。ミランダの家にいる間は、遠慮なく水も飯も寝床も提供してもらう。使った剣と鎧くらいは交渉して手に入れる。
生きて五日目を迎えてからが、この島での本当の生活だ。
食事が終わるとリリーは歩き出す。試練の迷宮の前を通ると、扉が閉まっていた。
「ここはいつでも入れるわけではないんだな」
ミランダの家から出るまでは収入を全て持っていかれる。なら、聞きたい情報は聞けるだけ聞いておかないと損である。少なくてもリリーはジャンから何かを聞いても報酬を求めない。
リリーは平然と答えた。
「開いてからしばらくすると閉まるよ」
リリーの答えにジャンは驚いた。
「中に入った状態で入口が閉じたら出られない。もし、探索中に閉じたらどうするつもりだったんだ?」
「人が入った状態で扉が閉じると、どうなるかわからないの。でも、閉じる時は少し前から臭いがするからわかるの」
先ほど試練の迷宮に入った時には臭いがしなかった。なので、まだ閉じるまでに時間があるとリリーは知っていた。リリーの知る情報は誰から聞いたものか気になった。
「どこでそれを知ったんだ?」
沈んだ顔でリリーが答えた。
「古いパパと一緒にいた時だよ。奥から人の焼ける臭いがしたの。私は帰ろうってお願いしたんだけど、古いお父さんは嫌だって言ったの。それでリリーだけ帰ってきたの。そうしたら扉が閉じちゃったの」
実体験から来ているのなら、伝聞の情報より確かだ。昨日の夜に入口が開いた時に何かが焼ける臭いがした。微かだからわからなかった。人が焼ける臭いだと指摘されれば理解できる。
前のお父さんと、古いお父さんは同一人物ではない。前のお父さんは少なくても装備が残る死に方をしている。
「リリーにはいっぱいお父さんがいたんだな。俺は何人目のお父さんなんだ?」
困った顔をしてリリーが答える。
「わからない、いっぱい。でも、今のお父さんは、お父さんだけだよ」
リリーが数を数えられないとは思えない。おそらく、ジャンの前に「お父さん」と呼ばれた人間が二十人以上はいる。数が多くなってリリーの記憶から消えたとしても無理はない。
不吉な話だが、仮に週替わりでお父さんが亡くなるとする。一年で五十人は亡くなる。印象に残らないお父さんや、忘れたいお父さんがいたら、正確な数はわからない。
ジャンと名乗ってもリリーが名前で呼ばない理由もこれかもしれない。名前を憶えても次々と死んでいくのなら、言い間違えがある。リリーは名前を間違って呼ばないようにするために「お父さん」と呼んでいる。
リリーなりの優しさなのかは不明だ。もしかしたら、前に間違って当時のお父さんの名前を呼んで、リリーは殴られた過去があるのかもしれない。だが、リリーは生き残った。
その他、大勢のお父さんは死んだ。隣を歩くリリーは子供だが、中身は怪物かもしれない。
山道を登っていく。リリーが顔を輝かせて指差す。
「あれが大きい迷宮だよ」
試練の迷宮から歩いて十分の所に入口があった。入口は猿の顔を模した大きな黒い石製だ。猿は目を閉じて口を大きく開けている。口の奥には闇がある。




