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第六話 カラスの瞳

 ブーツと鎧の整備をしている最中、リリーはずっとジャンの傍にいた。ジャンが命令したわけではない。何が楽しいのかわからないが、邪魔じゃないのでジャンは追い払いはしない。


 ほどなく鎧と靴の整備が終わった。まだ外は明るい。ジャンは砥石を持って庭に出た。短剣と剣の研ぎをジャンは開始する。リリーがジャンに尋ねた。


「鎧やブーツは家の中で修理したのに、剣は外で研ぐの?」


 剣と短剣の具合を見ながら、リリーに応える。

「包丁くらいなら別に気にしない。武器の整備は間違えると危ないからな。できるだけ、明るい場所でやったほうがいい。明るい場所だと小さな傷も良く見える」


 リリーは納得していたが、別の理由もある。二軒の家があるとする。一軒は女子供しかいない家。もう一件は庭先で武器が研いでいる男も同居する家。強盗がはいるなら、後者に入るにはリスクが高い。


 ジャンは自分の存在を示すことで、無用な敵が来ないように威嚇していた。ジャンがいる状況を知っての侵入なら、返り討ちにして調べれば何かがわかるかもしれない。


 家の前を人が通る。庭で剣を研いでいても、誰もジャンを気にしてない。

「前線にある村と変わらない雰囲気だな。悪党島での日常だ」


 家の前で一人の女性が足を止めた。年の頃は三十くらい、透き通るような白い肌に赤い髪の女性だ。服装は上から薄手の白いローブを着ている。ローブが薄いので下に着ている黒い服が透けて見えた。


 ジャンから女性に声を掛けないと、女性もジャンに声を掛けない。

 女性はジャンが剣を研いでいる様子をじっと見ていた。


 リリーから女性に声を掛けた。リリーは礼節をもって挨拶する。

「カラスさん、こんにちは。お母さんに用事ですか?」


 島の有力者にカラスと呼ばれる人物がいる。ならば、新しくきたジャンを品定めしにきたとも思える。カラスの瞳はジャンを見ているようで、見えていない気がした。


 ジャンにはカラスが見えてはいる。カラスは違う物に注意がいっている。


 リリーに挨拶をされたカラスだが、挨拶を返しはいない。下々者のことなど気に止めない者は大陸でも多い。ジャンが挨拶をしても、同じか気になった。


「初めまして、カラスさん。島に来たばかりのジャンといいます。何か御用ですか?」


 ジャンに挨拶をされてカラスの表情がピクリと動いた。今しがた二人がいた状況に気が付いたように、カラスが挨拶をする。


「新入りさんね、こんにちは。リリーもこんにちは。暑いのに精が出るわね」


 決まり文句の挨拶だ。暑いなら黒い服の上から白いローブなんて羽織る必要はない。カラスは暑いとは思っていない。現にカラスの顔には汗一つ滲んでいない。


 カラスから挨拶を待って、リリー子供らしい明るさを持って質問する。

「今日は誰が死ぬの? いっぱい死ぬの?」


 リリーの表情とセリフが合っていない。リリーの言いようでは、リリーは人が死ぬのを待っていると取れる。


 カラスは少しばかり上を向き軽い調子で答える。

「今日はそんなに死なないわ。もう少ししてからかしら」


 カラスの顔には悲しみも喜びもない。百姓が麦の育ち具合を聞かれたような素朴な答え方だ。カラスはジャンの挨拶を無視して、リリーに教える。


「どのみち同じことよ。でも、リリーはよかったわね。道連れがいて」

 島独特の挨拶や表現かもしれんが、カラスは当てずっぽうに答えてはいない。


 明日は天気が荒れると漁師が言ったとする。漁師は天気が荒れる理屈は知らない。だが、予感は高確率で当たる。カラスの言葉も同じだ。


 カラスは何を思ったかわらかないが、用が済んだのかそのまま立ち去った。


 ジャンより長く島にいるリリーにカラスの事を質問する。

「カラスはこの辺に住んでいるのか?」


 リリーは首を横に振ってこたえる。

「カラスさんは山に住んでいるの。それで何かある時は街に下りてくるの」


「気になるな。何か、ってなんだ」


「何かは何かだよ」とジャンの問いにリリーは困っていた。要領を得ない答えだが、詳しくは聞かない。リリーは馬鹿ではない。答えてはいけない、ないしは、教えてはいけない話題ならあまり関心を持たないほうがいい。


 ジャンが問い詰めないと、リリーの表情が少し沈んだ。

「今はわからなくても、問題ないよ。夜になればわかる。お父さんはきちんと準備しているから、たぶん大丈夫」


 装備の整備が終わった。少し休まねばならない。島には観光で来ているわけではない。


「今日はお疲れでしょうから、明日から本格的に動きましょう」等という優しい世界でないことは上陸後にすぐに思い知った。


 装備の整備が終わったので、家の中に戻る。リリーが床に引く布を持ってきてくれたのでリビングの床に敷く。風がないせいか、暑い。また布は薄いので、床の硬さが伝わって来る。家の窓から風が入る分、まだ増しだ。


「船の底と比べたら天国だな」


 ジャンは眠りに就く。少しすると、ジャンを呼ぶ声がした。五月蠅いなと苛立ちを覚えて目を開けた。起こしたのはリリーだった。部屋の窓から明かりはない。家の中では魔法の灯がぼんやりと灯っている。


 いつのまにか陽が沈んでいた。疲れすぎていたので、時間の感覚がおかしくなっている。


 リリーは水を一杯持ってきてくれた。気の利く子だと感心した。水は臭くもなければ、塩気もない。普通の水だ。


 河がない島なので、真水をどうやって調達しているのかが気に掛かる。島の井戸水なら若干の塩気がありそうなものだ。


 意識がハッキリしてくるのをジャンは待った。リリーが水筒と背負い袋を渡す。

「水と二食分のお弁当が入っているの」


 ほぼ平らに近い背負い袋の中には包み紙が二個入っていた。水筒の水も綺麗だった。


 ジャンによる中身の確認が終わる。リリーは不安な顔でジャンに声を掛ける。

「いってらっしゃい、お父さん、リリーはお父さんの帰りを待っています」


 礼儀正しいのは美徳だが、できればこれから何が起きるのかを説明してくれればなおよかった。本日のメイン・イベントはこれからだと知った。


「こういうサプライズは遠慮したいが欠席すれば、明日の朝日は拝めないんだろうな」

 何かがあるのは確定だ。とはいっても、島民と親睦を深める夕食会があるはずもない。


 武器と鎧を揃えると、ミランダが帰ってきた。


 ミランダはジャンの恰好を見ると、気をよくした。

「説明は苦手なの。気が利く男って好感が持てるわ。行くわよ」


 どこへとは言わないが、武器が必要な場所なのは合っている。

 知ったところで逃げられるわけではないのならやるしかない。 

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