第五話 お母さんとお父さん
バテレンはミランダの姿を見るとポケットから小さな布袋を出す。ミランダは自然な態度で革袋を受け取ると、ベルト・ポーチにしまった。中身は金だと思うが、なぜバテレンがミランダに金を渡したかは不明だ。
「またお願いしますよ」とバテレンが声を掛けるとミランダが「はい」とだけ短く答える。
短い挨拶が終わると、ミランダがスタスタと歩き出す。騙されたような気はするが、問い詰める気にはならない。
確信もなければ証拠もないでは、ミランダに突っかかるだけ無駄だ。
ミランダの後に従いて街の中に入っていく。街は煉瓦造りの家が全てだった。
あちらこちらに血の気の多い輩がいて喧嘩したり、怒鳴り合ったり、の熱気のある街かと思ったが、意外に静かだった。
「物売りの声はする。職人が鎚を振るう音もする。取引をする男たちも見える。だが、少しおとなしすぎやしないか」
「ここは住宅街だからね。山側の迷宮への入口がある北側や、西側にある歓楽街にいけばまた違うわよ」
ミランダは一軒の家の前で立ち止まった。家は煉瓦造りの古い家だった。外壁の色が所々違う。破損した場所を補修したので、色が異なるためだ。家は家族で住むには小さいが、女性が独りで済むには充分な広さだ。また、背の低い煉瓦塀で囲われており、庭があった。
庭に植物が植えられていた。ジャンには見覚えはない種類だ。一般的な豆や野菜ではない。薬草か毒草の種類だろうが、用途も効用もまるでわからない。
「こういうわからない物は手を出さないほうがいいな」
ジャンの言葉を無視して家のドアをミランダがノックする。
ドアには鍵穴があるが、ミランダは鍵を出して開けなかった。中には誰かがいる。
閂が開く音がして、扉が内側から空いた。中には十歳くらいの赤い髪をした白い肌の女の子がいた。女の子はジャンを見るとビクリとする。
「お母さんその人は誰? 新しいお父さん?」
ミランダの年齢で大きな子供がいるとは思わなかった。ミランダの見かけは二十代前半くらいと思ったが、もっと年が行っているのだろうか?
ミランダがぞんざいに子供に教える。
「あれはジャン、少しの間この家に住むことになった男よ」
ジャンは子供に挨拶する。
「俺の名はジャンだ。今日この島にきた。少しの間やっかいになる」
子供は怯えた顔でジャンを見ていた。
子供からの挨拶がないのでミランダが代わりに応えた。
「この子はリリー、私が産んだ子じゃないわ。ちょっと頭が悪いだけで気は利くわ。家には勝手に住み付いているだけよ」
ミランダの産んだ子供ではないのは事実と見える。縁も所縁もない子供を家に住まわせるだろうか。『新しいお父さん』とリリーは表現していたのでこの家には前に男がいた。
ジャンはミランダに尋ねた。
「それで前の父さんはいまどこに?」
全く興味がないとばかりにミランダは答える。
「魚の餌か、ネズミの餌か知らないけどもう帰ってくることはないわ。もし戻って来ても、邪魔ならジャンが始末して、新しいお父さんとして暮らしてもいいわよ」
迷宮内で死んだら、死体は戻らない。気心が知れた仲間がいたら、死体の一部くらい回収してくれるかもしれないが、悪党島では望みが薄い。
家の中はキッチンと併設されたリビングがあった。他には寝室にトイレとシャワー室があり、四畳ほどの物置があった。家の窓にはガラス戸はないが、鉄格子がある。鉄格子はしっかり嵌っている。
火事より侵入者を警戒した構造だった。
盗みを警戒しているのなら、入口のドアの鍵はいささか不安でもある。
「盗みより、殺しを警戒しているのか?」
悪人島での泥棒は旨味がない。盗んだのがばれたら仕返しがある。盗んだとしても盗品を安全に売る事ができない。足元を見られるならいいが、持ち主に教えられたら殺される。
悪人島は殺人には寛容だ。誰かが殺されたら「それまでのこと」とされ捜査もされない。強盗殺人なら「これはあいつが死ぬ前に貰った物だ」と弁明すれば説明が付く。
「安心な寝床は高く付くのか」
鉄格子がある窓にジャンがげんなりしていると、ミランダがフッと笑って教える。
「一人より、二人、二人より三人のほうが安全ね。誰かを殺されている隙に逃げられる機会が来るからね。でも、よほどの馬鹿でもない限り、家の中に侵入しての殺しはしないわよ」
顎で鉄格子を指してジャンは尋ねる。
「そのよほどの馬鹿がいるから、窓に鉄格子があるんだろう?」
「よくわかっているじゃない」
悪人島にいるのは悪党である。単なる悪党では生きてはいけない。悪党の中でも上澄みになれる奴が生き残る。外から見ればこんな島は沈めと思うかもしれない。だが、ジャンはここで生きて行かねばならない。
ミランダがリリーを呼ぶ。
「リリー、ジャンに前のお父さんの遺品をプレゼントして。前のお父さんも喜ぶでしょう」
「はいなの、お母さん」とリリーは俯いて答える。
物置に行くと、剣、革鎧、ブーツがあった。剣は大陸の戦争でも使用される幅広い剣だった。重さと長さがジャンにちょうどいい。
革鎧とブーツはサイズの調整が必要だった。大幅なサイズ調整ではないが、できるなら調整したい。窮屈な鎧は動きを制限する。きつい靴は足を傷める。
ちょっとの差で死亡があるなら、どうにかしたい。ジャンが鎧と靴を前に考えていると、「これ」とリリーが道具箱を開けて差し出した。革製品の修繕道具だった。
「こいつはありがたい」と道具箱に手を伸ばすとリリーがビクッとした。
ジャンは手を引っ込めてリリーに頼んだ。
「床に置いてくれ」と頼むとリリーは素直に従った。前のお父さんとリリーがどういう関係にあったのかは聞かない。聞いたところで、リリーに起きた過去は変わらない。忘れていた嫌な記憶を思い出させても悪い。
道具は使える状態だったので、鎧とブーツのサイズ調整を行う。傭兵団では鎧や靴は壊れることが多々ある。その度に外に修理に出していたら金がもったいない。簡単な修理は自前でやるのが常だった。
鎧や靴の手入れをしていると気分が落ち着く。染みついた習性がジャンの心に束の間の平穏をもたらした。




