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第四話 パンとスープの価値

 久しぶりにまともな食事に有り付けたことは感謝したい。価格はどれほど高くついたかは知らない。請求書もないので確認しようがない。


 ミランダは澄ました顔してパンもスープを食べている。


 ジャンが先に食べ終わるとミランダが感想を尋ねる。

「どう、おいしい? いっとくけど私の分はあげないわよ。パンもコーンもここでは高級品なんだから」


 魚は周りで取れるのだから、安く手に入る。肉はスープに入っていなかった。


 高くて手に入らなかったのか、バテレンが肉食を嫌ったのかはわからない。

「あまりおいしくはないが、無料で出すなら充分な内容だ」


 ミランダは素っ気ない態度で答える。

「私も美味しいとは思わない。でも、これが私の仕事だから」


「仕事」とミランダはハッキリ言った。ミランダもまた誰かに何かを頼まれている。

ミランダが独りでやるには荷が重いので、ジャンを下請けに使った。搾取構造だが、不思議なことではない。


 王が貴族に命じて戦争をする。貴族は領民が死を避けるのに傭兵を使う。今までの生活とまるで違わない。現在の立場ジャンは一人の軍団であり、団長だという点だ。


 風に混じって殺気が流れてきた。誰かがこちらを狙っている。対象はミランダか、自分か、あるいは両方か。現段階では区別が付かない。


 正面に座るミランダは殺気に気付いてる素振りはない。


 食事が終わり、ミランダが盆を重ね、次いで食器を載せる。

「食器を返却してくるわ」


 敵の狙いがミランダなら、ミランダを一人にするのは危険だ。ミランダは敵に気付いていないし、両手が塞がっている。


 ジャンはあえて注意せず、席も立たなかった。ミランダには警護を頼まれているわけではない。冷たい言い方だが、ミランダが死んでも問題ない。ミランダ個人に対する私怨なら巻き込まれたくもない。


 ミランダはジャンに背を向けて食器の返却にむかった。建物の角をミランダが曲がって見えなくなる。殺気は消えない。ジャンはうんざりした。


「標的は俺か。一日に二度も狙われるとは。なんとまあ危ない島だ」

 ミランダを助ける義理はジャンにない。ミランダもまた同じくジャンを助ける義理がない。ジャンとしては狙われるのであれば、自分でどうにかしなければいけない。周りに武器になる物はないかと考える。


 物干し竿、洗濯板、洗濯棒と干してある衣服、それに座っている椅子と目の前にテーブルくらいだ。洗濯物を叩く洗濯棒は太いので、棍棒代わりにはなる。置いてある場所は少し離れている。無理に動けば、背後から射られる。


 洗濯板や物干し竿はないよりマシだが、強度に期待が持てない。テーブルは厚みがあるので矢なら防げる。椅子もジャンが座って軋むような弱い造りではなかった。椅子でも扱い方一つで武器になる。


 ジャンは敵に気付かない振りをしながら、相手の位置を探った。サーっと心地よい風が流れる。敵がいるのはわかるが、場所が特定できない。相手は素人ではない。


 敵が動く気配がした。サッとジャンは地面に転がる。ヒュンと風を切る音がした。矢はジャンに当たらず、地面に刺さった。矢の飛んできた位置から相手の隠れている場所は分かった。テーブルを倒して盾にした。


 矢は地面に深く刺さっていない。人を殺せる威力ではあるが、テーブルの天板を貫通するほどの力はない。ヒュン、ヒュン、と二本の矢が飛んできてテーブルに当たる音がする。最初に放たれた矢の形状からクロスボウではなく、弓を使っているものと推察された。


 矢はほんの少しの時間差で二本飛んできた。敵は二本の矢を同時につがえて撃っていない。弓を引いて撃ち、再び矢をつがえて撃ったにしては感覚が短い。


「最低二人の敵がいるのか」


 再び風が吹く。射撃は止まった。タンタンタンと上から音がする。見上げれば、建物の屋根を走る小柄な人間がいた。顔は覆面で見えない。


 屋根の上から狙撃する気だ。射手が小弓を引き絞る。敵が見えているので、撃つ前に移動が可能だったが、用心した。


 敵はもう一人いる、不用意に飛び出せば、別の射手の餌食になる。


 屋根の上の射手は弓を構えてしっかり狙いを付けてきた。屋根からジャンのいる場所まで直線で十五mはある。背中をテーブルに預ければ、正面に集中できる。しっかり見定めれば小弓の一撃なら回避できる。


 射手の弓が一瞬ぶれた。危険を感じてジャンは前方に走って回避した。背後でテーブルが砕ける音がした。勢いに任せて走り、洗濯棒を拾う。上の射手の射線にから外れるために洗い場の屋根の下に入った。


 振り返ると、砕けたテーブルの向こうに斧を構えた人物がいた。屋根の上にいた人物と同じく小柄で覆面姿。だが、斧を構える姿に揺るぎがない。敵の攻撃を射撃だけと思い込んでいたら、大怪我を負った。今の状態なら致命傷だ。


 ジャンは洗濯棒を構える。テーブルを破壊した斧を洗濯棒で受け止めてはいけない。洗濯棒を握った感覚と重量感から推測する。たかが洗濯棒だが、敵に当たれば骨を砕くくらいはできる。どう出るか、敵の出方を見た。


 敵はジリジリと距離を空けると逃走した。洗濯棒を投げれば届くかもしれないが、当たる気がしない。かといって、今の位置から飛び出せば、建物の上にいる射手の餌食だ。


 ジャンは追跡を諦めた。体調も万全ではなく、武器もない状態での深追いは自殺行為だ。敵は最低二人である。追いかけた先に三人目、四人目がいたら終わりだ。


 敵が消えると、誰かの足音が近づいてきた。


 視線をやるとバテレンがいた。バテレンは状況を見ると、驚きの顔をする。

「なんということでしょう。テーブルが壊れている。ジャンさんがやったのですか?」


 先の襲撃の首謀者がバテレンとは限らない。バテレンは島の実力者なのでいきなり喧嘩腰になってもいけない。ジャンはテーブルに手を向けた。


「テーブルを見てください。綺麗に割れているでしょう。洗濯棒で殴ったのではこういう壊れ方はしない。テーブルの破損は俺を襲った奴が持っていた斧によるものです」


 バテレンはテーブルの近くでしゃがんで調べる。バテレンはジャンに背を向ける恰好になった。頭の中でイメージする。バテレンを後ろからジャンが洗濯棒で殴り付ければ倒せる恰好だ。『やれるのか?』と邪な考えが浮かんだ。洗濯棒を持つ手が無意識に震えた。


ジャンの危険感知センサーが働いている。『死ぬ』とジャンは悟った。


ジャンが思い止まると、バテレンが立ち上がった。ジャンに微笑みかける。

「よく思い止まりしたね」


 人を試したり、侮ったりする奴をジャンは嫌いだった。


多少の知らない振りをして皮肉る。

「襲撃者は二人でした。追いかけて倒せるなんて、思い上がってはいません。先には二人には指令を出した人物がいる」


 遠回しのジャンの皮肉をバテレンは受け流す。

「良い心掛けです。身の程をわきまえる謙虚さが身を救うのです」


 ジャンがさらに言い返そうとすると、ミランダが戻ってきた。


ミランダは無事のジャンを見て、棒読みの如くで感想を口にする。

「大きな音がしたけど、無事だったんだー」


 ミランダは安堵しているわけではない。ジャンを気遣っているわけでもない。生きていてもいいが、死んでいても問題ないと言いたげな顔だった。味の薄いスープ一杯とパンの二つで命を落としそうになった。悪人島では人の命とはとても軽い。

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