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第三話 食事

 体が弱っているのがわかる。船の中でろくな物を食べていなかった。流れた血は致死量には満たないが、出血は体の中に残っていた体力を外へ流した。何か食わないとマズい。


 治療を終えたミランダが立ち上がる。

「これで首の傷では死なないわ。他に何かあったらわからないけど」


「言われなくてもわかるよ。この状態で刺されでもしたら死ぬ」


 冗談で言ったわけではないが、ミランダは微笑む。

「死ぬのが怖いのね。でも、その感覚が無くなった時が危険よ。この島では生きているだけで、生きる希望が削がれて行く」


「ここだけじゃない。野戦でも籠城戦でも諦めた奴は死ぬ。地上でも海でも地下でも同じさ」


 ミランダが歩き出した。

「話していてもお腹は満たされないわ。約束通り一緒に食事にいってもらうわよ」


「できれば、新鮮な野菜やチーズがいいね。腐った肉や魚の匂いはまだ鼻に残っている」


 ジャンを乗せた船は生物がいない死の海を航海してきたわけではない。海には魚がいる。


 新鮮な魚は主に船員が食べる。余った魚は船底に回ってくるが、その頃に傷んでいてひどい匂いがする。空腹に耐えかねて食べた奴もいたが、そいつらは死んだ。


 船倉の死体もすぐに回収されないので、腐る。結果、船底には腐った魚の匂いと腐った肉の匂いが消えない。


 ジャンがいた戦場も、船底も似たような場所だった。だから、経験から知っている。しばらくすれば魚や肉も普通に食えるようになる。いままでもそうだったし、これからもそうだ。


 ミランダがジャンを連れて行った先は街の外れだった。場所は風通しがよく木々に囲まれている。


 平地に立つ煉瓦造りの二階建ての建物があった。外観は古ぼけているのでいつから建っているのかはわからない。造りはしっかりしている。食事の最中に屋根や壁が崩れたりするようなボロではない。


 建物の表に看板はなかった。飯屋には見えない。ミランダが木製の扉を開けると、鈴の乾いた音がした。建物の中には長いテーブルがあり、片側十二席で、合計二十四席。


 少し離れた場所に六人用のテーブルが二つあった。長いテーブル席と六人用のテーブル席の一つは満席だった。


 客層は女、子供、が大半で老人が五人いた。どこぞの街角の飯屋なら有り触れた光景だ。悪党島の飯屋なら奇妙だ。青年、壮年男性の姿がない。


 ジャンが店に入ると、客のほとんどがジャンを見た。警戒というより嫌悪に近い視線だ。傭兵時代にも嫌悪された経験はあったので慣れてはいる。


 着古された清潔感があるクリーム色の服を着た料理人の男が出てくる。男の年齢は五十くらい、薄いオレンジ色の肌に黒髪だった。顔は優しく、強さや威圧感はない。


「ミランダ、済まないが皆が困っている。お連れの人だけど遠慮してもらえないか」


 ミランダが連れて来たのに入店を断られるとは意外だった。男が申し訳ない顔で告げる。

「お連れの人から酷い匂いがする」


 ずっとこの恰好だったので、気にしていなかった。自分の事なので慣れていたが、他人からすれば酷く臭い。嫌悪の視線は、臭いが原因だった。


 料理人の指摘にミランダが謝った。

「御免なさい、嗅覚が鈍いから気が付かなったわ。外で洗ってくる。お店の中を濡らしたら悪いから、外で食べてもいい?」


 ミランダの言葉に男はホッとした。

「それならかまわない。料理はお連れさんが綺麗になったころに運ぶよ」


 ジャンとミランダは外に出た。建物も裏には井戸を兼ね備えた洗濯場ある。洗濯場は洗い場と干す場所がわかれていた。洗い場の上には木で組まれた日除けの屋根があった。


 ジャンは裸になると、水を浴びる。冷たい水は気持ちよい。


 ミランダが中に空洞がいくつもある円柱状の物体を差し出す。

「ヘチマよ。体を擦るのに使って。水を浴びたくらいじゃ、臭いは落ちないでしょ」


 ヘチマで体を擦ると、汚れがドンドン落ちる。

 気分よく体を洗っていると、ジャンの汚れた服をミランダは洗い始めた。


 ジャンは裸を見られても気にしない。ミランダも隣に裸の男がいても気に留めない。


 洗濯をするミランダにジャンは質問した。

「店の壁にはメニューがなかった。男も注文を取らなかった。どういう店なんだ?」


「店じゃないわよ。週に三回くらいタダでご飯を食べさせているのよ。貧しい人は食べに来るわ」


 大陸には慈善活動をする団体はある。悪党しかいない島で、貧しい者にタダで飯を食わせるなんてことはあるんだろうか? タダで飯が食えるのに男性がいない理由もわからない。


 ジャンの疑問にミランダが答える。

「この施設はバテレンが仕切っているの。さっきの男がバテレンよ。この店で食事をした男は早死にするってジンクスがあるわ。だから、事情を知る男どもはここに来ない」


 よく当たる占いには相応のカラクリがある。ましてや、街の有力者が絡んでいるのなら迷信と笑えない。危険に近づきたくない賢い連中は店の利用を避けている。


「俺にジンクスの調査でもさせたいのか。なら黙って飯を食わせた後に切り出すべきだったな」

「弱った体で、金もない。そんな状態で街に出てみなさい。盗みを働けば、陽が落ちる前に死ぬわ。ここで食事ができれば明日の朝までは生きられる」


 ミランダの言葉は当たっているとジャンは感じた。

「その後、ミランダの家に泊まれば、六日目までは生きられるわけか」


「そういうことになるわね」


 六日目まで生きているのなら、バテレンのジンクスは毒によるものではない。それに、若い男性にだけ効く毒は聞いた覚えがない。


 魔術か呪術の類なら誰かが知っていそうなもの。誰も知らないのであれば、知る価値がある。価値が大きければ大きいほど、危険も多い。


 子供が二人それぞれ盆を持ってきた。盆の上にはスープが一皿とパンが二つ乗っている。

「ここにおいておくね」と子供は近くにあったテーブルに盆を乗せる。


 ミランダが洗いたてのパンツを投げてよこした。

「冷める前に食べましょう。どちらの盆か選びたいでしょう」


 ジャンはパンツを履くと、適当に座る。ジャンは近いほうの盆を手前に引き寄せた。

「そっちで大丈夫?」とミランダが揶揄う。


 ジャンはミランダの言葉を気にしない。

「二択で罠を仕掛ける場合。相手に選ばせるように見せかけて、取らせたいほうを取らせるものだ。ミランダとバテレンが組んでいるなら避けようがない」


「ジャンは可愛くないわね」


 ミランダも残った盆を取り寄せる。スプーンで赤いスープを掬って口に運ぶ。スープの量は充分にあるが、塩気も旨味も薄い。具は野菜が多く、コーンが入っている。肉と魚は入っていないのだが、新鮮な血の味がほんのりする一皿だった。

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