第二話 島の内情
アリスがジャンを見た時、アリスの顔から感情が消えていた。
「名前を教えて。あと、何かご質問はあるか?」
聞きたいことは数点あるが、聞いてはいけない。出血が続くジャンにとって時間は命だ。
幾分かの皮肉を込めてジャンは感想を答える。
「俺の名前はジャン。質問は何もない。ただ、この島は良い島だ」
「そう」と素っ気なくアリスが応じる。アリスへとの接し方はわかった。傭兵時代の団長も似たような人間だった。質問に答えない奴と、余計な疑問を持つ奴は処分する。さっきの男だって黙っていればまだ生きていた。
陸にいる一人の女性にアリスは声を掛ける。
「ミランダ、ジャンの手当てをしてやれ。ジャンは手当てを受けろ」
アリスに声を掛けられた女性は白い髪の褐色肌の女性だった。年齢はジャンより六つほど上に見える。ミランダは薄いクリーム色の外套を着ている。ミランダはなぜか右腕にだけ長い手袋をしていた。
ミランダに指示を出すと、群衆にアリスは命令する。
「いつも通り、歓迎会をするわ。新入りさんは彼らに従いていって」
群衆の中から三人が、身振りで従いてこいと船上の人間に指示をする。悪人たちは逡巡した。だが、船の上に突っ立っていても、暑さで体力を消耗するだけ。悪人たちは指示に従った。
船長が船員に怒鳴って命令する。
「俺はアリスさんと手続きをする。そのでかいゴミは浜に持っていって海に流せ。ここら辺には捨てるな。アリスさんの港が汚れる」
古参の船員が新人を促し作業に入った。厳しい船長には誰も逆らわなかった。
ミランダは腰のポーチから小さな容器を取り出した。中に血のように赤い軟膏が入っている。ミランダが金属のヘラで軟膏を掬い、ジャンの首に塗ろうとする。
得体の知れない薬にジャンは反射的に首を反らした。
「薬はいらない。何か綺麗な布の一枚でもくれればいい」
ミランダは軽く息を吐くと、ジャンに沈んだ顔を向ける。
「全然わかっていないのね。アリス組長は私に手当てをしろと命じた。なら、私は貴方を殺してでも、手当をしなければいけないのよ」
アリスは島では組長と呼ばれていた。島の統治形態は知らないが、島の権力者だ。
暗にミランダはジャンに伝えている。アリスは「ジャンは手当てを受けなろ」と発言していた。アリスの言葉は権利の告知じゃなく、命令だ。手当てを受けなければジャンは殺される。
素直にジャンは首をミランダに向けた。ミランダが赤い軟膏を塗る。軟膏は肌に触れるとスーッとした。次いでミランダはベルト・ポーチから綺麗な白い布を出して治療に当たる。
ミランダはアリスよりは常識人に見えるのでジャンは質問した。
「組長に逆らうとこの島ではどうなるんだ?」
「逆らっても問題ないわよ。組長より強ければだけど」
悪党が集められる島なので、力があればどうとでもできる。力がなければより強い力に取り入るしかない。島ではアリス一強なのかが、気に掛かった。
「この島では誰が一番力を持っているんだ」
ミランダがクスっと笑う。
「私は組長から手当てをしろと命じられた。貴方に島の事情を教えろとは、命令されていないわ。だから報酬がほしい」
欲深いと呆れるが、ミランダからは下賤な気配を感じない。弱い女性が悪党だらけの島でやっていくには色々と知恵が必要なのだろう。
「何が欲しい? だが、俺は何も持っていないぞ」
「この後、一緒に食事に行ってほしいわ。代金は私が出すから」
ジャンに都合が良すぎる内容が気になる。だが、空腹なのも事実だ。
「取引成立だ、教えてくれ。この島のトップは誰だ」
「島には王様はいない。いるのは六人の力ある存在。組長、バテレン、親方、カラス、哲人、軍師と呼ばれているわ。彼らは時に牽制したり協力したりしているわ」
特出した勢力がない場合にある合議制。どこかのバランスが崩れればすぐに抗争が始まる。気が抜けない島であるが、寄せ集め集団の名ばかり連合軍よりは上手く機能している。
「この島にある地下迷宮にはどうやって行ける」
悪党島で一生を終える気など、ジャンにはサラサラない。
軽い調子でミランダは二番目の要求をする。
「なら二つ目の報酬をちょうだい。食事のあとに私の家に来て。五泊ぐらいしてもいいわよ」
わけのわからない男を家に連れ込む意図がわからない。ジャンには有利な提案である理由も不明だ。
ミランダがジャンに惚れた可能性はない。そこまで世の中は都合よくない。あるとするなら、ミランダが男を家に連れ込むことで、前の男を追い出す作戦だ。
ミランダの顔には痣はない。話し方からも男性に対する恐怖も感じていない。同居する男に暴力を振るわれている線は薄い。
「もしかして俺に誰かを始末してほしいのか、だったら正直に言えよ」
ミランダは寂しく微笑む。
「島にも暴力を振るう男はいる。だが、そんな男は二週間と生きられないのが、この島の有難いところよ。私はただ、独りでいるのが寂しいから、ジャンに癒してほしいの」
ミランダの顔に嘘は見えないが、女性の嘘は見抜くのが難しい。動機としては説明が付く。だが、信じる男がいたら不思議だ。
ミランダの二つ目の願いは聞いてもよい。あまりに話が違うのなら逃げればいい。
「取引成立だ。地下迷宮はどれくらいの規模で、宝とはなんだ」
「ジャンはこの島から出たいの?」
ジャンは軽く言い返す。
「知りたいなら、報酬だな」
ジャンの言葉にミランダはクスっと笑う。
「私の質問には答えなくていいわ。私はジャンに何も渡す気がないから。でも、ジャンの質問には答えるわ。地下迷宮は十一層まであるわ。秘宝はタリスマンと呼ばれているわ。タリスマンを持ち帰れば島から出られる」
タリスマンはジャンも知っている。形状は知らないが、どの国も欲しがっている代物だ。タリスマン一個で十万人の常備軍を維持できると言われている。
未発見のお宝を持ち帰るとばかりにジャンは考えていた。ミランダの話では既に誰かがタリスマンを持ち帰っている。ならば、なぜまだ悪人を島に送って探させるのか疑問だった。
ミランダが優しく尋ねる。
「疑問があるけど、報酬を渋っているのね。意外とケチね。いいわ、タダで教えてあげる。タリスマンは一個じゃない。ここの迷宮は内部でタリスマンを作り出している」
世界には悪党島の迷宮を含めて八つの迷宮がある。内、七つは発見されている。悪党島のタリスマンは八番目の迷宮に入るために必要なのかもしれない。
「別にどうでもいいか」とジャンは冷めた感想を持った。悪党島からは出られれば問題ない。後は権力者なり金持ちが好きにすればいいだけ。




