第一話 決闘
一人の若い男が輸送船の船底にいる。年の頃は十代後半。金色の髪は埃で汚れ、ベタついている。白い肌は泥で汚れていた。武器は持たず、簡素なシャツとズボンを穿いている。
足枷手枷はないので奴隷ではない。男の名はジャン。本名はもっと長いが今はそれで足りている。
船の底にはジャンの他にも三十人の男がいる。年齢はマチマチだが全員が薄汚い。顔付きはギラギラしている者もいれば、暗い炎を宿している者もいる。
甲板の上から船員の声が聞こえる。
「もうすぐ着くぞ、お前たちの新天地の悪党島だ」
悪党島に送られるのは悪人のみ。島から出る方法は二つある。一つは島の地下迷宮から秘宝を持ち帰る。もう一つは死んで海に流されること。悪党島には墓がない。
船が停泊したのでジャンは下りる。島の日差しは暑い。湿度も高いせいかムッとする。
ジャン達を船上に立たせたまま、船長が黒く長い服を着た若い女と話している。島のボスの女なのだろうか? 女の顔は白く綺麗だ。だが。顔には感情が見えなかった。
船の同室だった禿の男がニヤリと笑う。
「いい女がいるじゃないか。なるほどこいつは天国だ。犯すも、殺すも、盗むも自由ならもっといい」
船で同室だったジャンだが、男の名前は知らない。口も利かなかった。
男に忠告する義理はジャンにはない。
長旅で疲労のせいか、ついジャンの口を開いてしまった。
「あれは死神だ。あんなのにおっ勃つなんてどうかしている」
ジャンの声が聞こえたのか、男が睨む。
「なんだてめえは? 女が嫌いか? 可愛い顔して男に尻を差し出すのが趣味か」
安い挑発だが、乗る気にはなれない。
男とジャンの言葉が女に聞こえたのか、女が口を出した。
「船長、あの二人をこの場で決闘させよう」
面倒な事態になったとジャンは苦く思った。船長の顔は渋い。
「アリスさん、どいつが死のうが俺が知ったことじゃない。だが、輸送料はきちんと生きていた二十人分もらうぞ」
船長にしてみれば悪人の生き死にには興味がない。当たり前だ。船出の時、四十人は乗っていた。航海中に半分が死んだ。おかげで最初はかなり不快な旅だったが、途中で環境が改善して不快な旅になった。
男が先に下りる。陸にいた人間で笑う者はいない。決闘を嫌っているというより、アリスを不機嫌にさせるのを恐れているとジャンは見た。
船に乗っていた悪人たちは対照的に面白そうニヤケていた。男はアリスに招かれる。近くの手袋をした男から短剣を受け取った。短剣を持っての殺し合い。よくある決闘スタイルだ。
ジャンが下りると、アリスが手招きする。男がアリスの前をジャンに譲った。
男の短剣の握り方から、男の不意打ちがジャンに予想できた。案の上アリスの前で短剣を受け取ろうとする。想定通りに開始の合図の前に男が動いた。ジャンの後方の死角に陣取って男はジャンの脇を刺しにきた。
わかっていたのでサッとジャンは身を躱した。男の手首を捻ってジャンは短剣を奪おうとした。
男はジャンの動きを読んでいたのか手首に触れさせない。牽制して短剣を振るう。
避けたとジャンは思ったが浅かった。服が切れて肌を斬る。
男が次々と短剣を繰り出す。ジャンはなんなく回避する。仕留めきれなかった男は一旦距離を空けた。男の短剣捌きから口だけの男ではない。人を殺すための技術がある。
素人ならまだしも、男から短剣を奪うのは無理だとジャンは判断した。男の顔色は変わっていた。表情からはニヤケが消えている。標的を確実に仕留める獣の顔だ。
いまさら宣言の必要もないと思ったのか、アリスから開始の合図はない。本来、ジャンに与えられるはずだった短剣も渡されない。
悪党たちがはやし立てる。ジャンは理解した。
「なるほど、これが悪党島のルールなのか」
ジャンはボクシング・スタイルで構えた。素手で人を殺した経験はある。男の体格はジャンより一周り大きい。単純な殴り合いでも分が悪い。なのに男はよく斬れる短剣を持っている。
ジャンからジリジリと距離を詰める。男は静かに短剣を構えて待つ。短剣の間合いに来ると、男が短剣でジャンの顔を斬りにきた。首を引いてジャンは短剣を回避した。そのまま懐に入り、男の腹を打ちに行く。
ジャンの拳は男の腹にヒットした。だが、感覚が軽い。男はヒットする前にわずかに後退してジャンの拳の威力を軽減させていた。男の短剣がジャンの首を掠めた。ジャンは首に痛みを感じる。首筋を斬られた。
血が流れるのがわかる。だが、致命傷ではない。男はススッと距離をまた空ける。出血でジャンの意識が鈍るのを待つ作戦だ。ジャンが無暗に動けば、意識が鈍る時間が早まる。
男の顔を確認するが笑みはない。勝利を感じているが、油断する気はない。
自分の血がポタポタと流れる。ジャンは手で血を拭う。慌てず、ジャンはチャンスを待った。男が急に短剣を落とした。罠かもしれないがジャンは賭けに出た。
拳を振るうとジャンの血が飛び男の目に入った。ジャンは男の隙を逃さず、腹を打った。
男は腹に力を入れていたのか、拳から伝わる感触が鈍い。ジャンは男の横に回って男の肝臓を打った。男が前のめりになる。チャンスとばかりにジャンは顎を打ち抜いた。男が大の字に倒れた。
ジャンは男の喉仏を踏み抜く。今度は確かな手ごたえがあった。男はそのまま痙攣して動かなくなる。早い動きをしたせいか、出血が多くなる。ジャンは男の表情の異変に気が付いた。男には毒が回っている。
ジャンがアリスを見ると、先ほどまで人形のような顔に薄ら笑いが浮かんでいた。
短剣には毒が塗ってあった。毒は刃ではなく握りの部分に塗られていた。
「もし自分にも短剣が渡されていたら?」
ジャンも死んでいた。ジャンがアリスを見るとアリスは冷たい顔で答えた。
「こう暑い中いつまでもダラダラと戦われては迷惑だ」
両者が短剣で戦った場合、時間切れは両者の死亡で決着する。アリスの言葉に悪人たちも目の前の状況を理解した。悪人たちの囃し立てる声が止んでいく。悪人島にいるのは皆、悪党であると誰もが知った。




