第二十七話 お迎え
気付いた時にはジャンはリビングの床だった。ベッドの上で目を覚ましたかった等と。温いことを言っていけない。命があり帰ってこれただけでありがたい。
体を起こすが、節々が痛むことはない。手足の怪我を確認するが、傷も火傷の跡もない。
寝室から不機嫌なミランダが出てくる。
「早い時間から起きてゴソゴソするのは止めて。こっちは寝ているのよ」
「そいつは悪かったな。それで、俺はいつから眠っていた」
「昨日からよ」
当然の如くのようにミランダが教えてくれたが疑った。最後に見た閃光はとても浴びて助かるような代物ではない。死なないにしろ大怪我を負ったはず。一晩で良くなるわけがない。
「魔法で治療してくれたのか?」
「帰って来た時にジャンの意識はなかった。装備はなかったけど、大怪我はしていないわ」
リリーが治療して、誰かに運ばせたのだろうか?
「俺を運んできたのはどんな奴だ」
「誰も運んでいないわよ。ジャンは自分で歩いていたわ。意識はなかったけどね」
無意識で家に帰っている。そんな器用な芸当はジャンにはできない。リリーが何かをして意識のないジャンを歩かせた。死体が動くような迷宮である。意識のない人間を操るなんて簡単なのかもしれない。
「リリーはどうした? 無事か?」
ミランダが意味ありげに質問する。
「どっちのほうがジャンには嬉しいの?」
嫌味な答え方をする。だが、リリーが家にいないのは事実だ。
リリーが家にいれば、ミランダとてこんな口はきけない。
「生きているほうが嬉しいさ。娘だからな」
「白々しい」とミランダは応えた。自分が無事ならリリーがいなくてもいい。
だが、形はどうあれ、助けてもらえたのなら、リリーに感謝はしたい。
ミランダはテーブルの上に置いてあった、包みを渡す。
「父さんにリリーからプレゼントよ」
包みの中には鉈が入っていた。銘はないが一目見て良い品だとわかった。手にすると、同じサイズの一般的な鉈に比べて重い。普通の鉄製の鉈ではない。ジャンが鉈を見ていると、ミランダは眠そうな顔をして寝室に戻ろうとする。
ジャンは引き留めて尋ねた。
「迷宮の中に入って理解した。迷宮の中には普通の武器が効かない敵がいる。どうしたらいい?」
「強くなる事ね。ジャンがどんな敵に遭遇したか知らないけど、バテレンなら素手で殴り殺せるわよ」
「あいつらの強さは異常だ。普通の武器が効かない化物を一般人の俺でも倒せる手段がないのか?」
「強い武器を手に入れれば。簡単に強くなれる。強い武器を手に入れるには強い敵を倒す必要がある。強い敵を倒すには、強くなければいけない。卵が先か鶏が先かみたいな話よ」
報酬をくれとミランダがせがまないので、ジャンは話を続ける。
「強い武器は悪党島にある。だが、簡単には手に入らない。これはミランダも同じだ。ミランダはどうやって強くなった」
「ジャンは勘違いしている。もう島に来た時より戦いを経てジャンは強くなっている。今日も入れてあと三日も生きていたら、見習い卒業よ」
強くなっていると指摘されても実感がない。まわりが超人だらけかもしれないが、何度も死に掛けている。あと三日で劇的に成長するとも考え辛い。
ジャンの心を読んだようにミランダが冷たく諭す。
「信じられないのなら、信じなくていいわ。三日以内に死んだら同じことだからね。もし生きていられたら、誰かがジャンを導くわ」
ミランダは再び寝室に戻った。朝食はない。物置に行くが誰もいない。物置に剣や革鎧はあったが、ジャンが使っていたものではない。質的には同等だが、別の品だ。着てると、少しサイズが合わない。剣は前よりも少々重い。
「重いといっても、扱いに支障が出るほどはない。サイズは調整したほうがいいか」
物置に道具があるので鎧のサイズ合わせをする。
静かに時間が流れる。終わったころにミランダがやってきた。
「昼食にするわ。食べるならリビングに来て」
「ミランダから誘ってくれるとは嬉しいね」
ジャンの軽口に応えずにミランダはリビングへ行く。
リビングでは二人分の食事が用意されている。リリーはまだ帰っていない。
食事は蕎麦粉を使った粥だった。ミランダも一緒に食べるためか、チーズが入っている。目玉焼きも載っている。この家のお母さんは、お父さんがいない時に良い物食べている。
食事をしているとミランダから依頼があった。
「この後は仕事よ。港に船が着く。騒ぎを起こす馬鹿がいたら殺して」
わからせる、叩きのめす、躾ける、ではなく「殺せ」と命じられた。
「そいつはミランダの命令か? それとも組長の命令か?」
「どちらでも同じよ。ジャンは従うか、拒否して死ぬかの選択しかないわ」
わかっていたが、ジャンの命は安い。ここは戦場だ。命令違反には死が待っている。食事を終えて装備を身に着ける。
港に行くと、風が穏やかだった。港には新たな仲間も迎えるための三十人ほどの人間が待っていた。辺りを見回すが知った顔はいない。ジャンと一緒に船で到着した人間はあらかた死んだと理解した。
「なるほど、これは頻繁にお迎えしないといけないな」
沖に停泊している船がゆっくり進んでくる。ジャンは船の進み方に違和感を持った。
「船の動きがおかしい。何かあったのか?」
隣のミランダが素っ気なく応じる。
「反乱ね。囚人が船を乗っ取ったのよ。帰りの水と食料を得るために悪党島を奇襲する気でしょう」
「港が戦場になるのか?」
ジャンの言葉にミランダは呆れた。
「今日まで何を見て来たの? 戦いになるわけないじゃない」
ミランダの指摘は当たっている。蹂躙や虐殺になる事態はあっても戦いにはならない。
たとえ輸送船が戦艦で、数が五倍いても結果は同じだ。
これはチャンスでもある。手柄を立てれば、褒美がある。戦場とはそういうところだ。ジャンは剣をギュッと握った。




