第二十六話 逃げる? 逃げない?
暗い道を進むと、先に赤い光が見えた、松明を灯したような光だが、松明ではない。木の焦げる匂いも油の燃える臭さもない。歩くに連れ灯が強くなってくる。向こう側は止まっている。
相手はジャンに気が付いている。ならば、足音を消すのは意味がない。しっかりした足取りで灯に向かって歩く。灯は部屋から漏れていた。部屋の中を覗くと、部屋は広く一辺が二十mはある。
部屋の隅に燃える火の玉があった。大きさは猟犬ほどだが、宙に浮いている。火の玉の傍には赤いショールとゆったりした赤い服を着た男がいた。最初は老人だと思ったが、違った。枯れたように瘦せこけた男だった。
人間ではないと、ジャンは感じた。ジャンは剣を抜いた。男が何語か不明だが話す。敵意が見えないので、ジャンは攻撃を中止した。
ジャンには言葉がわからない。ジャンが困っていると、リリーが男と会話する。会話は成立していた。話題がわからないので、ジャンは見守るしかなかった。
痩せた男は小さな杖しか武器を持っていない。鎧も着ていない。貧民街にでもいそうな老人だ。
見た目からすれば、一太刀で片が付くはず。されど、殺せるイメージがジャンには湧かない。こういう相手は得てして戦わないほうが賢い。リリーと言葉が通じるなら、話し合いで解決してほしかった。
期待は破れる。うんざりした顔でリリーが零す。
「ダメだ、まるで話にならない」
どんなやりとりが行われたか知らないが、交渉は決裂した。男が魔法を唱え出す。戦闘開始だ。ジャンは距離を詰めた。相手の手の内はわからない。だからといって、様子見を決めると劣勢になる。
敵の魔法詠唱中にジャンの剣が振り下ろされる。普通の相手なら勝利だが、相手は普通ではなかった。敵は枯れ木のような杖でジャンの剣を弾いた。ジャンの剣から重い衝撃が伝わる。杖も折れていない。
「せめて見た目と強靭さくらいは一致してほしいものだ」
男の魔法詠唱が終わる。何も起きない、不発か? 熟練の魔法使いでもミスをすれば、魔法は発動しない。
男は軽く息を吸い込む。ジャンは嫌なものを感じ、大きく横に避ける。男の口から炎の息が吐かれる。人間の肺活量では届かない範囲に炎が溢れた。ジャンは横から男の胴を薙いだ。
男が避けない。ジャンの剣が敵の脇腹にヒットした。感触がおかしい。重装金属鎧を着た相手に当たったかのようだ。男はジャンに目もくれず、両手を合わせて突き出す。直線状に熱線が飛ぶ。男の狙いはリリーだった。
先の炎の吐息は範囲が広い。炎の中のリリーが無事だとする。それでもリリーは燃える炎によって視界を塞がれている。死角から熱線がくれば直撃する。部屋を横断する通路にジャンの目が行く。
「全力で逃げるか? 今なら逃げられるか?」
心に沸いた邪念をジャンはすぐに追い出す。ジャンが来た道は直線である。もう片方の通路は先がわからない。通路の先がしばらく続く直線だった終わりである。ジャンが走る速度より、熱線のほうがはるかに速い。後ろから撃たれたら終わりだ。
「こいつを倒すしか生きる道がない」
覚悟は決まった。側面からの攻撃が効かないので、敵の背後に回る。リリーの姿が見えた。リリーは炎に包まれ燃えていた。
「終わったな」とジャンは諦めると、リリーから全方位に衝撃波が飛ぶ。衝撃波でリリーは自分を包んでいた炎を吹き飛ばした。衝撃波は強い。位置的に敵が遮蔽物になってくれた。それでもジャンはよろけそうになる。
布を顔に巻いてなければ耳をやられた。そんな衝撃波を受けた男だが、一歩あとずさっただけだった。
「化物同士の戦いだな。流れ弾に当たっただけで死ぬぞ」
「逃げたほうがいいのか?」
またも臆病の魔物がジャンの心に忍び寄る。リリーの相手をしながらジャンを追撃する余裕は男にはない。今なら逃げられるが、そうなるとリリーが勝った場合、ジャンの終わりである。
「初志貫徹だ」
ジャンはリリーの勝利に賭けた。だからといって何もしないのは馬鹿である。ジャンはリリーが勝てるように援護する。敵が再度魔法詠唱を開始する。敵の頭にジャンは剣に叩き込む。やはり、まるで効かない。
敵の魔法が完成して炎の槍がリリーに飛ぶ。リリーは手にしていたアンクを横に振る。振槍が大きく逸れて壁に命中する。部屋に熱気が籠る。敵は炎の槍を次々と投げるが、リリーがアンクを振るたびに、大きく軌道を変える。
攻撃と捌きの応酬。一見するとリリーが防戦に回って不利だ。見方を変えれば、敵はリリーを仕留められない。リリーは何かを待っていた。
戦場でも攻めている相手が、受け手のたった一度の反撃で敗れることはままある。
理由がわからないがジャンの剣は男にダメージを毛ほど与えていない。斬ってもダメ。薙いでも動じす。
体重を乗せて突きにも揺るがない。男もジャンからの攻撃は無意味とばかり背後にいるのに無視している。
部屋に来た時からあった炎の球はあった。火の玉が萎んでいる事実にジャンは気が付いた。男の力が弱くなっているのかと喜んだ。すぐに間違いに気が付いた。火の玉は萎んでいるのではない。力を内部にため込んで圧縮している。
注意を払えばわかる。熱を帯びたが風が火の玉に向かっている。当たらない炎の槍を男が投げ続けた理由がわかった。男は攻撃しつつ炎の球に熱をチャージしている。
「まずい、リリーが気付いていない」
このままでは負ける。ジャンは何か手はないかと焦った。ジャンにできる策があった。敵はジャンを軽んじて背を向けている。
ジャンは自分の顔を覆う布を解いた。布を手に持ち敵の顔を覆った。同時に引きはがされないように敵の背に足を付け踏んばった。
体格差を考えれば敵は体勢を崩す。おそらく、違うと予感があった。前にジャンの体重を乗せた突きに男は微動だにしなかった。男の姿勢はそれほどに安定している。ジャンの思った通りだった。
男は柱のようにビクとともしない。口を塞がれた男は布が邪魔なのか引きはがそうとする。
敵の邪魔をするために、ジャンは敵の肩に乗って強くしがみ付く。
リリーが何かの魔法を唱えていた。詠唱がいつもより長い。敵がジャンを振り落とす前にリリーの魔法が完成した。リリーの前方が青く光った。光る刃が弧を描き飛ぶ。
刃は男を真っ二つにした。男の肩に乗っていたジャンも落下する。横に真っ二つにされた男はまだ生きていた。男が絶叫する。部屋にあった炎の球が閃光を放ち爆発した。
【気になっていることがあります。戦闘描写はわかりやすいでしょうか】




