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第二十五話 危険な道

 リリーの問いにジャンは軽い口調で返答する。


「こういうお茶って、後から砂糖を入れるだろ。最初から甘かったから、リリーの好みをお婆さんが知っていたのかと思った」


 ニコニコして老婆が口を挟んできた。

「いやいや、島じゃ砂糖は高級な嗜好品。少量の砂糖でも入っていたほうが高級感が出るんですよ。ですからお客さんに出す時は断られないかぎり最初から入れますよ」


「そうなんだ」と適当にジャンは老婆の言葉を流した。本心は違う。高級嗜好品なら頼まなければ入れないはず。または、別料金にする。


 ジャンが納得した振りをすると、リリーも老婆もそれ以上何も言わない。メモの受け渡しに話が及ぶと具合が悪いと、リリーと老婆は判断した。なんとか事なきを得た。


 わからないことが多いが、理解したことが一つある。ダンジョンでの生存も重要だが、島の人間関係の把握も生死を分ける。誰と誰が味方で、誰と誰が敵なのか知らないと危うい。


 食事が終わるとリリーは先に進もうとする。部屋から出る前に老婆が呼び止めた。

「マキアはどうなりました?」


 マキアは珍しい名前ではないが、ジャンは一緒に探索したマキアのことだと思った。


 リリーがピタッと足を止めた。リリーが子供ではない声で答える。

「所持品は全部処分していい。アレは家族に相応しくなかった」


 老婆はリリーの背に召使のように一礼した。リリーは再び歩き出した。

マキアとリリーには関係があった。マキアの上にリリーはいる。マキアは自分目当てで近付いてきたと思えた。


 推測の域を出ないが、マキアは元リリーの「お母さん」だったのではないか? 何かしらの理由で「お母さん」の立場がマキアからミランダに変わった。


「お父さん」とミランダ以上に上手くやれるところをマキアはリリーに示したかった。そうしなければ「お母さん」の地位を奪われたマキアはリリーに処分される。復権を懸けたマキアだが、失敗して捨てられた。


 リリーは家族の中では子供だが、現実では主人だ。奴隷の主だってもっと思いやりがあるが、逆らってはいけない。リリーに「お父さん」として必要とされなければ、マキアと同じ運命をジャンはたどる。


 リリーに嫌悪感を抱いた。だが、許容できないレベルではない。傭兵時代には支配者層の人間を多く見た。リリーが特別な悪ではない。よくいる悪だ。


 傲慢な強者にも利点はある。傲慢な弱者であれば気分で人を殺す。傲慢な強者となると、利益が不利益を上回る間は殺さない。


 ジャンは心の中で幾分か安心した。

「現状は傭兵時代と何も変わらない。ならば生きていけるし、今までもそうやって生き残ってきた」


 先に進むと次は十字路に出た。リリーはキョロキョロと辺りを見回す。


 警戒ではなくどちらに進んだらいいか迷っていた。

「どうした? 迷うなら左に行こう。違ったら戻ってきたらいい」


 左を薦める根拠はない。ただ、お父さんらしさを示すための言動だった。

「うん」と返事をしたリリーの声は子供に戻っていた。


 左に進むと、人間のような死体が四つ転がっていた。四人とも体の特徴は人間だが、顔も装備も確認できないほど、黒焦げだった。


 あまりにもしっかり焼かれているので、犠牲者が男か女かすらも確認できない。

「通路の高さと広さからドラゴンが通るにしては狭い。だが、人の犯行なら余計に厄介だ。体は人間サイズでも火力はドラゴン級だな」


「狂信の迷宮のドラゴンの火はこんなものじゃないの」


 リリーの言葉に嘘は見えない。実際のドラゴンにあった経験はジャンにはない。目の前の惨状を見ると、今まで出遭っていなかったからこそ、ここいると思えた。


 そっと死体の首に手を振れると、首がゴロンともげる。焼けた断面から熱気が立っていた。焼き殺されたなら、殺した相手はまだ近くにいる。


 リリーには引き返す気はないのか立っている。慣れない進言はするものではないと後悔したが、進むしかなかった。先に進むと、別れ道があったので左に曲がる。


 今度は獣らしき黒焦げの物体があった。運がない時はこういうものだと愚痴った。 相手が引き返してこちらに来ないことを願う。


 更に進むとT字路に出た。両方の通路に違いはない。右から風が吹いてきた。風は左に抜けている。右に顔を向けると、通路の奥から人の唸り声がした。


 リリーが右を向いて口を開く。

「右に風鳴きがいるの。本来ならもっと下にいるのだけど、今日は風が強いの。風の音に惹かれているの」


 会いたくない奴に限って向こうから来る。無茶をすれば勝てる存在なのかが気になる。

「倒せるのか?」


「私があと三人いれば倒せるの」

 無理なら無理と言ってほしい。自分はリリーより弱い。


 遭遇したらいいとこ、リリーだけが逃げ切れる状況だ。

「じゃあ左にいこう」


「左にも何かいるの。火を使う奴なの」

 焼殺魔なら、そちらとも会いたくない。


 話のわかる探索者なら戦闘を避けることも可能だ。されど、相手の正体が人である保証はどこにもない。

「来た道を戻るか?」


 ポソリとリリーが断言した。

「それは一番お勧めしないの」


 道は三つ。危険な道、とても危険な道、すごく危険な道の三種類だ。


 こうなると危険な道を選ぶしかない。

「左に行こう」


 どの道にも行きたくないが、選択を迫られた。左に行くのが妥当との判断ではない。左にしかいけないとのジャンの判断だった。ベストな状態で剣を振れるようジャンは肩の力を抜く。覚悟を決めてジャンは左の道へ歩き出した。

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