第二十八話 先輩
輸送船が港に接岸した。港と船を渡す板を掛けた。船員は皆。腰に武器を提げている。顔付きは海の荒くれ者ではなく、陸の無法者だ。
船員のほとんどは殺されて海に捨てられた。残っているのは船を奪った囚人が大半だ。囚人は船員に化けているが、化け切れていない。
船からゾロゾロと囚人役の人間が下りてくる。見かけは縄で縛られているが、縛られている振りなのは明白だ。
輸送船内でのジャンだって、足枷はあったが縛られはしなかった。縛ると怪しくなるのだが、反乱者は理解していない。
「杜撰だな」とジャンは呆れた。
船員役の人間が下りてくる。アリスは何も言わないで、全員が上陸するのを見ている。教えなくてもわかるが、アリスもとっくに気が付いている。
全員が船から下りたところで、アリスは船長役に話し掛ける。
「いつもの船長はどうした?」
船長がサーベルをサッと抜いてアリスを刺した。サーベルがアリスを貫いた。船長の行動に、船員役が武器も抜く。囚人役の人間も正体を現す。縄を自力で解いていた。囚人役も隠していた短剣を取り出す。
ドサリと船長が倒れた。アリスの体からひとりでにサーベルが抜けた。サーベルに血は付着しているが、アリスからは血が流れていない。アリスは何事もなかったかのように問う。
「もう一度だけ聞く、船長はどうした?」
囚人役も船員役も武器を振り上げた状態で固まっていた。
目の前で何が起きたのか理解しきれていない。対して悪党島の人間は静かだった。
船員約の一人が叫ぶ。
「関係ねえ。やっちまえ!」
それが船員役の最期の言葉となる。船員役はもがき苦しみ、一気に乾燥した。焙られた干しイカのようにクネクネと身をよじる。動いているが、生きてはいないのは明白だった。
アリスが敵に命じる。
「お前ら、殺し合え。生き残った奴だけ迎え入れる」
アリスの命令を聞いてもすぐに敵は動けない。
「馬鹿な奴らだ」
ジャンの口から思わず声が漏れた。素直に敵が殺し合いを始めれば、何人かは生き残れた。躊躇すれば全員の死亡が確定だ。暗い気分になった時に、船から一人の男が声を上げた。
「船を乗っ取ったのは俺だ。俺が今の船長だ」
男の赤い髪はボウボウで髭面。長い船旅をしてきたが体から立ち昇る生気は枯れていない。名乗りを上げた男をジャンは知っていた。傭兵団の先輩で名はサイモン。ジャンに剣を叩き込んだ人物だ。
知り合いとの再会だが、まるで嬉しくない。
サイモンは堂々とした態度で船を下りた。アリスの目は冷たくサイモンを捕える。
「船長、随分と船員が舐めた真似をしてくれたな。この後始末をどうつける?」
アリスを見据えてサイモンが毅然と言い返す。
「要求はなんでも聴こう。だから命だけは助けてくれ」
氷のような笑みをアリスは浮かべた。
「これはまた随分と威勢のいい命乞いだ」
アリスの笑みを見たジャンは理解した。サイモンは助からない。
アリスがジャンに命令した。
「ならば決闘だ。ジャンよ、船長と戦え。船長が勝てば、船員を全員、島に迎えよう」
ミランダに小突かれてジャンは一歩前に出た。
サイモンと目が合った。サイモンはジャンの姿を見て嬉しそうな顔をしたが、すぐに沈んだ。
サイモンがアリスに確認する。
「ジャンが勝ったらどうなる?」
「負けたらお前は死ぬ。お前が死んだ後のことは心配するな」
船員役が港の端まで下がった。悪党島の人間も下がったので決闘に相応しい空間ができる。アリスが近くの男に命じる。
「船長に武器を貸してやれ」
命じられた男は手袋をしていた。ジャンが決闘を命じられた時と同じだ。柄には毒が塗ってある。教えるわけにはいかない。アリスの機嫌を損ねれば、サイモンもジャンも死ぬ。
サイモンは男が差し出した武器を拒否した。
「問題ない。こちらにも剣はある」
船員だった男からサイモンは剣を受け取った。ジャンは剣を構えて前に出た。サイモンは強敵である。十回ほど手合わせしたが、まだ一度も勝てていない。
どちらかが死ぬのでジャンはサイモンに何か言葉を掛けたかったが、言葉が見つからない。サイモンは静かに剣を構えている。サイモンは斬られて勝ちを譲ってくれるような男ではない。
軽く息を吐き、力まないようにする。
「始め!」とアリスが合図する。
サイモン相手に後手に回ってはいけない。ジャンから仕掛けた。ジャンの一撃をサイモンは凌いだ。サイモンの顔が歪む。サイモンの反撃が来る。
ジャンはサイモンの剣を剣で受けた。サイモンとジャンの剣がぶつかる。サイモンの姿勢が揺らいだ。すかさず、ジャンは剣を振り続ける。
五合の打ち合いでサイモンの姿勢が崩れた。ジャンは好機を逃さない。剣をサイモンの頭に振り下ろした。サイモンは剣で防ごうとした。だが、サイモンは力負けした。
サイモンの頭にジャンの剣がめり込む。サイモンは絶命した。即死のためサイモンには最期の一声すらない。
ドボン、ドボン、と港で音がする。船員役たちが絶命して海に落ちる音だ。勝敗は決した。ジャンはこの時、理解した。
「そうか、俺、強くなっていたんだ」
一度も勝てなかったサイモンに圧勝した。朝のミランダの指摘は間違っていなかった。一週間に満たない島での戦いがジャンを成長させていた。戦場の三年間で得た強さより、島での数日間で得た強さが勝った。
サイモンは長い船旅で弱っていた。武器も重さが合わなかったかもしれない。サイモンの条件の悪さを引いてもジャンの勝利は揺るがない。強さに気持ちが高ぶった。
「俺は強い」
サイモンのとの想い出は頭に浮かばない。悲しみも感じない。力を得たジャンの中に喜びが溢れていた。自分を呼ぶミランダの声で我に返る。
振り向くとミランダは残念そうに顔を横に振る。
「ジャンは強くなった。でも、忠告しておくわ。何かと引き返えにした強さは、何かを捧げ続けることでした保てないわよ」
ジャンにはミランダの言いたいことは朧げにわかった。だが、簡単に戻れない場所に自分は向かっている。ジャンは力がもたらす快感に抗うのは無理だった。




