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第二十三話 槍使い

 灯に照らされて敵の正体がわかった。敵は巨大なゴキブリだった。普通のゴキブリと違う点が二つある。一つは人間並みに大きいこと。もう一つはゴキブリの頭の部分には六つの人間の頭がある。


 人間の顔には生気がなく、目には光が宿っていない。顔は死人のもの。敵は人間を殺して頭部を集めている。保存食にしろ、オシャレにしろ、見ていていい気がするものではない。


 ゴキブリは天井を這い向かってきた。

 違うと思うが、剣を構えてリリーに確認する。


「あの虫が風鳴きか?」

「違うの。あれはヘッド・ハンターなの。人間の首を斬って自分の体に接着させているの」


 天井までは高さがある、剣を振り上げれば届くかもしれない。届いたとしても、腰の入らない一撃になり、倒せそうにはない。剣があっても上のヘッド・ハンターに届かないなら、ヘッド・ハンターから下にいるジャンへの攻撃も届かない。


 ヘッド・ハンターが下りてきてからの勝負なる。ブシュと音がして首の一つが飛んできた。剣で叩き落とせもしたが、嫌な予感がしたので飛び退いた。投げられた頭が地面にぶつかりグチャっと、砕けた。


「人間の頭は自慢のコレクションではないんだな。上から下へ攻撃するための手段か」


 ヘッド・ハンターが二個目の頭を投げる。不意を突いての一撃なら命中もあっただろう。投擲される頭の速度は速くはない。一度見たら、二度目は喰らわない。余裕でジャンは回避できた。


 カサカサと音を立てて、ヘッド・ハンターが後退する。何を仕掛けてくるかわからないのでジャンは目を離さない。ヘッド・ハンターは羽をばたつかせ地上に降りた。


「奇襲が失敗したので、接近戦に切り替えたか」


 ヘッド・ハンターの間合いは不明だが、接近戦はジャンの望むところだった。ヘッド・ハンターが前進する。ヘッド・ハンターの首から槍のような突起が伸びた。剣で突起を切断しようとした。


 ジャンの剣が突起の側面に当たったが、突起は切断できなかった。突起は生物の器官にしては硬い。ヘッド・ハンターは突起を伸縮させて攻撃してくる。さながら、槍を使う兵士のようだった。


「槍使いなら問題ない。お前より上手い奴は戦場にはごまんといる」


 戦場で槍を扱う戦士は緩急を付けて相手を翻弄する。また、決して槍の弱点となる懐への侵入を許さない。ヘッド・ハンター攻撃は速くはあるが、単調だった。


 隙を見て踏み込む。剣の間合いに敵を収めた。ヘッド・ヘンタ―本体の頭が見えない。またゴキブリの心臓がどこにあるのかも検討が付かない。とりあえず、突起を伸ばしている口へ一撃を入れようとした。


 ヘッド・ハンターに顔はないが、敵が笑った気がした。勘に頼って横に大きく避ける。ジャンがいた場所に、来るはずのない突起が伸びていた。ヘッド・ハンターの突起は一本ではなかった。


「戦場で槍を二本持って振り回す奴はいなかったな」


 ヘッド・ハンターは隠していた二本目の突起でジャンを仕留め損なった。ヘッド・ハンターは実力を隠さなくなった。巧みに二本の突起を操り素早い攻撃を繰り出す。こうなると、一人で二人の槍使いと戦っているようなものだ。


 ジャンには仲間のリリーがいるので加勢してほしいが、未だ動きがない。ジャンとヘッド・ハンターが直線状に並んでいるので手が出せないと普通なら考える。


 だが、おそらく違う。リリーの実力ならヘッド・ハンターをのみを攻撃する手段がある。あえてジャン一人に戦わせている。リリーがジャンを殺す気なら背後からジャンを攻撃すればいいが、攻撃はない。


「どうやらうちの娘はお父さんを厳しく育てるタイプか」


 しばらく、攻防を続けているとヘッド・ハンターがジャンを仕留められずに苛々しだした。集中を欠く攻撃には隙ができる。ないとは思うが、三本目の突起に警戒しつつ間合いを詰める。


 ジャンの一撃がヘッド・ハンターの口に決まった。口から何かわからない汁が飛び散った。ヘッド・ハンターが飛び退いた。ジャンは追撃しようとした。ヘッド・ハンターは残っている頭を投擲してきた。


 有毒な成分を含んでいたら危険とジャンは判断した。ヘッド・ハンターはジャンを牽制しつつ安全な距離と取る。ヘッド・ハンターは羽を開いて天井に逃げた。膠着状態かと思うと、ヘッド・ハンターは羽を震わせる。耳障りな音が通路に響く。


「お父さん、リリーが戦うの。後ろに下がってなの」


 ジャンは素直に従った。ジャンが下がると、リリーが前に出る。ヘッド・ハンターはリリーを攻撃せず。羽を震わせていた。リリーの魔法なら天井のヘッド・ハンターに届くはずだが、リリーは攻撃しない。


 通路の奥が騒がしくなる。ジャンは危険を感じて剣を構えた。通路の奥からヘッド・ハンターの群れがやってきた。少なくとも十はいる気がする。ジャン一人なら死は確実だった。


 リリーが何かを唱えると、通路の中央に黄色い火の玉が現れた。牛のように大きい火の玉はヘッド・ハンターに飛ぶわけではなかった。爆発もしない。ゆっくりと火の玉が通路を前進する。突如、天井のヘッド・ハンターが羽で飛ぶ。


 ヘッド・ハンターはリリーではなく火の玉に飛び掛かった。火の中に飛び込んだヘッド・ハンターが燃える。後からきたヘッド・ハンターも次々と火の玉の中に飛び込む。


 夏の夜の火に誘われた虫だ。虫が炎に飛び込む様と同じ状態が起きた。


 燃えていくヘッド・ハンターを見ながらリリーが感想を口にする。

「お父さん、綺麗だね。命が燃えて行くの」


「リリーは物知りだな。次からヘッド・ハンターに遭ったら火に向かって行く性質があると頭に入れておくよ」


 リリーが振り返るとニコっとしていた。黄色い炎に照らされるリリーの顔は可愛い子供そのものだった。リリーの力と頭脳は子供のレベルではない。だが、子供が持つ残酷さは確実に持っている。


 火が収まったのでジャンはヘッド・ハンターの持ち物を漁る。金の粒が五つ落ちていた。

「迷宮のモンスターを倒すと時折、金の粒を落とすのか」


「違うの。それは人間の金歯なの。島の歯医者さんは腕がいいんだよ」

 ヘッド・ハンターの犠牲者の持ち物だった。金は腐食しないので差し歯に向いている。


 金歯は大陸でも金持ちが使っているが、庶民には手が出ない。傭兵でも買えない。悪党島では大して強くもない探索者でも歯の治療に金歯を使える。やはり、迷宮は儲かる。


「生きていればの話だな」


 金歯を拾って先に進む。パンを焼く匂いがしてきた。大陸ではパンを焼く匂いは平和の象徴と呼ばれている。理由は粉を挽いてパンを焼くのは手間が掛かるからだ。とてもではないが、ジャン達にとっては戦場でパンを焼いて食べることはない。


 地下迷宮でのパンの香りが何を意味するかわからない。わかっているのは誰かがこの先でパンを焼いている状況だけだ。

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