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第二十一話 夜の来客

敵が籠城する館を落とす作戦があった。館の中にいて戦える人間は十人以下。ジャンたちは十六人いたが、朝になれば異常を知った敵の部隊が戻ってくる。朝までにどうにか中に入りたくて苦労した。


「あの時とは逆だな」


 館攻めは成功した。侵入に成功したジャン達は館内の人間を殺して館を落とした。


 結果から言えば、扉を中から開けさせる作戦には失敗した。正面の扉に敵の注意がいっている時に、仲間が密かに窓を中から開けさせて侵入できた。


 攻守が逆だが、似たような状況だった。ジャンは扉の前に釘付けだった。窓には頑丈な鉄格子がある。特殊な金鋸で時間を掛けねば外せない。


 もう一人、家の中にいるのなら、見回りたい。だが、敵の中には最低一人は閂を外から動かせる存在がいる。ジャンは扉の前を動かないと決めた。


「手元に武器があれば心強いんだが」


 心理戦になった時に重要なのは心構えである。不安に駆られて動いてはいけない。籠城戦の時も不安になった非戦闘員が窓をわずかに開けなければ結果は違った。ジャン達は逃げるしかなかった。


「有利な状況なら維持せよ。敵にはくれてはやるなって、団長も怒鳴っていたよな」


 時間が過ぎていく、虫の鳴き声がよく聞こえる。眠る時間なのか、風は人の生活音を運んでこなくなる。徹夜にジャンは慣れている。起きていなければ、もう一生目が覚めない状況なんてざらにあった。


 虫の声がピタリと止んだ。外で人が動く気配がする。誰かが来た。誰かは錠を外そうとして既に開いている状態を知る。ドアを開けようとするが、閂で開かない。


 外からミランダの声がした。

「ジャン、起きているの? 閂を外して」


 昔話だと、開けると化物が待っていて喰われる。わけのわからん奴が夜中に徘徊する場所を女性が独りで歩く。普通なら考えられんが、普通でない場所なので、判断が難しい。


「さっき誰かがリリーに化けて侵入しようとした。お前は本当にミランダなのか? 何か証明できるものはあるか」


 外から呆れたミランダの声がする。

「なんで自分の家に入るのに証明がいるのよ。私と一緒いるのが嫌なら、ジャンが外に出なさいよ」


 ミランダらしい言葉である。さっと走って剣を持ってくる。扉は開いていない。最悪、扉の外に何かがいても剣があれば対応できる。屋内での剣の使い方は知っている。


「ほら、早く」と不機嫌にミランダが命令して、ドアを叩く。意を決して閂を抜く。ドアが開くと、ミランダが立っていた。ジャンがよく知るミランダだが、不自然な点があった。


 夜道は暗いのにミランダは灯を持っていない。灯なしで外を歩けるのだろうか? かといって、斬りかかって本物だったら、許されないミスだ。ミランダは魔法の灯を出していて、家の前まで来たから消した可能性がある。


 違和感を隠して、ミランダに道を譲る。ミランダがジャンの横を通り過ぎる時、微かな甘い香りがした。カオリはジャンの知らない香りだった。


「馬鹿馬鹿しい」とミランダは不貞腐れてリビングに行く。油断はしない。剣には手を掛けて、ミランダが背を見せたところでそっと扉を施錠する。ミランダは本物に見えた。


「こんな夜遅く、どこに行っていたんだ」


 馬鹿にするようにミランダは取り合わない。

「お父さんは、お母さんの不貞が心配なの? 冷めた夫婦関係なんだから放っておいて」


 ますますもってミランダにしか見えない。ジャンは剣から手を離した。

「リリーがいないんだ。どこにいったかわかるか?」


「心配ないわよ。天体観測よ。カラスの塾生は時々天文台やるの」


 ジャンとて星を眺めることはある。部隊が暗い中で位置を見失っても、星を眺めればだいたいの方角が推測できる。頭の良い奴は目的の方角だけでなく、おおよその距離まで当てる。なんでわかるのかはジャンも含めて理解できなかった。


「魔術ではないんですよ」と当の本人が言っていたが、理屈がわからないので傭兵仲間にとっても不思議だった。


「山の上なら星もよく見える、か。何が楽しいんだか俺にはわからん」

「カラスは詳しくは教えない。だけど、星の動きと試練の迷宮は連動している」


 試練の迷宮は単なる人工建造物ではない。大陸にも遺跡があるが、異動する床や壁がある程度だ。だが、悪人島の迷宮はもっと大掛かりな仕掛けがある。


 ミランダが素っ気なく命じる。

「疲れたから寝るわ。ジャンも休みなさい。明日も生きていたいならね」


 ミランダは寝室に行こうとしたが、足を止めてから台所に行く。


 棚から袋を出した。袋から種を皿に中身を移して、乱暴に塩を振る。

「お父さんの餌よ。炒って保存しておいたソバの実に塩を振ってあげたわ」


「お母さんには頭が下がるよ。疲れて帰ってきたのに、立派な食事を用意してくれるなんて、お父さんは涙が出そうだ」


「馬鹿を言っていないで、食べたら寝なさい」


 ミランダが寝室に消えたので、木製スプーンでソバの実を食べる。しっかり火が通っているのでカビは生えていない。変な臭いもしない。ソバの実を炒っただけなので触感は悪いが、塩気があるので食える。


 ソバの実を引いて粉にする。粉で生地を作って焼けば美味しいが、贅沢は言えない。


 戦場でも穀類を炒って塩を掛けただけの飯はよくある。特にソバの実は安いので傭兵団にも兵糧として配給される。


 時間があればパン状にできる。もっと手軽に粥にする方法もある。傭兵時代はそのままで食べることのほうが多かった。


「栄養価も高く、カサも多く、腹持ちもいい。有難くない、懐かしの味だな。そう簡単に死んでたまるか」

 食べると生きる力が湧いてくる。眠ると、すぐに朝を迎えた。今日もまた一日が始まる。

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