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第二十話 来訪者

 リリーは怒っていたのか家に帰るまで無言だった。ジャンの経験では怒れる女性に無理に話し掛けてもいいことはない。家に帰ると、リリーは鍵で錠を開ける。閂がかかっていないので、ドアはすんなり開いた。


 中に入るとミランダが寝室から顔を出す。ミランダはリリーの顔を見るとすぐに寝室に引っ込んだ。ミランダはリリーの正体を知っているとジャンは悟った。


 リリーが物置に引っ込んだので、ジャンはリビングに留まる。鎧を脱いでいると、ミランダが顔をだして質問する。


「迷宮で何かヘマをやったわね。まだ生きているんだから、大きなミスではないんでしょうけど、何をやったの?」

「迷宮で他の女性と親しく話してリリーを怒らせた」


 ジャンが正直に白状すると、ミランダは表情を歪めた。

「それでまだ生きているんだから、つくづく運がいい男ね。次はないわよ。私も助けない」


 お父さんが他の女性と親しくした場合の危険性をミランダは知っていた。


「教えてくれても良かった、とは言わない。今度から命に関わる情報を持っていたら、いい情報を買わないか? ぐらいは声を掛けてほしい」


 ミランダがニコっとして口を開く。

「いい情報を買わないか?」


 頼んだらすぐに対応してくれた。注文に対して迅速に対応してくれたら嬉しい。だが、この場合は喜んではいられない。


「報酬はなんだ? 払えそうか」

「ジャンが親しくした女性について教えて」


 些細な情報に思える。ジャンにとっては重要ではない。だからといって、ミランダにも重要でないとは限らない。ミランダの「いい情報」の中身はわからないが、買えるのなら購入したがほういい。


「相手の女性の名前はバルサ。仲間三人を連れて冒険中に俺たちと接触。会話中にバテレンが現れて、バルサの仲間三人を殺害した。その時に知り合った」


 バルサたちの経緯を『接触』とだけしかジャンを教えなかった。また、バテレンがバルサだけをなぜ見逃したのかの理由も意図的に隠した。聞かれたら教えるつもりだった。


 ミランダはジャンが隠した情報に興味を示さなかった。

「バルサの顔、年齢、身長、特徴、装備を教えて」


 ミランダがバルサを特定しようとしている。理由は不明だが教えても問題ない。もしかすると、一人で帰ったバルサも組合で同じようにジャンについて質問されているかもしれない。


 ジャンは隠さずミランダに聞かれて内容を話した。


 ミランダはちょいとだけ考えてから、ジャンに教えた。

「気が付いていると思うけど、この家の主はリリーよ。私がお母さんでいる限り、リリーはお母さんに危害を加えない。お父さんも同じよ」


「それは知っている。できればもっと早く知りたかったがな」

「今までは知らないから、お父さんでいられた。でも、知った後でもリリーのお父さんでいないと死ぬわよ」


 もったいぶったミランダの言い回しにジャンは呆れた。

「対応を前と変えるなとの助言か、ありがたいことだ」


 ミランダもジャンの言葉に呆れた。

「まるでわかっていない。危険に気付かなかったから、危機を回避できた。次に危険を知った上で危機に遭遇した時に、安全にやり過ごせるとは限らないのよ」


 リリーの危険さに気が付いたのなら、ここからのお父さんは演技になる。下手な演技だとリリーの不興を買って殺されるとの警告だ。ミランダにできたのだから、ジャンにもできると思った。


 汗を流してリビングで横になる。リリーがお父さんと呼んでくれる内は家の中は安全地帯だ。疲れが抜けていないのか、目が覚めると夜だった。テーブルの上に魔法の灯が灯ったランプがある。


 家の中には人の気配がない。テーブルの上には書き置きはない。当然のように食事もない。台所を探せば何かあるだろうが、先に玄関のドアを確認する。ドアは施錠されていた。念のために内側から開けられるか試すと開いた。


「家庭という名の檻ではなく、きちんとした家だ。閉じ込められて火を点けられることはないか」


 いらなくなった、お父さんは家ごと焼却する。馬鹿げた考えだが、悪党島ならあっても不思議ではない。悪党島での思い込みは死を招く。


 遠くから賑やかな人の声が聞こえるが、ほとんど気にならなかった。月明の中、家々の窓から灯が漏れている。人々がまだ起きている時間帯なら陽が落ちて間もない。ドアを閉めて施錠する。


 ジャンからドアから離れようとする。扉をトントンと叩く音がする。さっき外を覗いた時には近くに人影がいなかった。用心して近づく。ドアの鍵を外そうとする気配を感じた。


 ジャンはとっさに閂をかけた。鍵が開く前に閂がかかった。扉がガタガタ揺れる。誰かが中に入ってこようとしている。リビングにある剣を取りに行こうかと思ったが止めた。


 リビングに移動した時に侵入されたら退路がない。相手が扉を開けようとするのなら、少なくとも扉を壊すだけの力はない。閂さえ外されなければ安全だ。ジャンが息を潜めた。


「お父さん、開けて―」と外からリリーの声がする。


 昨日の夜で同じ状況だったら開けた。昨日と今日とでは経験がアップデートされている。

 すぐに開けてはいけない。だからといって、間違って開けなくても問題だ。


「リリーか? ミランダと一緒じゃないのか?」

「お母さんは寄るとこがあるから、先に帰りなさいって言われたの」


 声の調子もアクセントもリリーとそっくりだ。「ミランダ」とジャンが呼んでも「お母さん」と答えたので、これも同じだ。


 本人確認のためにバルサの話を出すのは危険だ。リリーが本物なら怒らせる。また、バルサが今日の出来事を誰かに話している可能性もある。


「リリーは本物だと思う。でも確認したい、合図のノックをしてくれ」

「合図は決めてないの」


 家を空ける合図は決めていない。ここでジャンはもう一押しする。

「家に入るための合図じゃないよ。今日、店に入った時の合図だよ」


 リリーに化けている相手は家の中の情報をある程度知っている。だが、今日リリーとジャンがどこの店に行きどんな合図をしたかまでは知らない。


 シーンとなったあと。ドン、ドンと大きな物体がぶつかる音がする。外にいた何者かが扉に体当たりしている。音は大きいがジャンに怖れはない。扉は厚く、閂は厚い板状だ。外からの破壊は難しい。


 黙って見ていると、閂がズズズと不自然に動きそうになる。ジャンは慌てて閂に近づく。閂を強く押さえる。閂を抜こうとする力は弱いのでジャンでも押さえられた。慌ててリビングに剣を取りにいかなくて正解だった。


 ガリガリガリと何かが扉をひっかく音がする。扉を壊すならひっかいても無駄だ。音に怖れて扉の前を離れさせるのが狙いだが、そんな手にひっかかるジャンではない。


 しばらくすると、扉をひっかく音が止む。静かにはなった。外から気配もしなくなる。

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