第十九話 手切れ金
外で待つ間、何も言葉を話さないのも不自然だ。ジャンから自分の境遇を語った。
「俺は戦争で負けた傭兵だ。団長は討ち死に、副団長も戦死だ。他の団員は運がいい奴は生き延びたが、俺は捕まった」
ジャンの自分語りにバルサが興味を示す。
「最近の戦争だと西か? 傭兵団の名前は何て言うんだ」
バルサは結婚詐欺と言っていたが、一般的な詐欺師ではない。普通の詐欺師にここまで剣の腕が立つ人間は稀だ。どの地域で最近戦争があり、傭兵団の名前を聞くところをみると、ジャンと似たような境遇だと推測できた。
「西でドークス侯爵側に付いて戦っていた。団の名前は、鉄の爪だ。規模も練度もそれなりに高かったんだぜ」
「悪いね、鉄の爪は聞いた覚えがない。ただ、ドークス侯爵は知っている。成り上がりのドークスだろう。成功報酬は高いが、前金には渋い貴族との評判だ」
バルサの指摘は当たっている。ドークスは死んだ奴には金を払う必要がないと考えていので、前金は少なくしたがる。傭兵団の団長が死んで、契約書もない状況なら支払いは絶望的。傭兵仲間の間でも評判は悪い。
バルサは仕事絡みで失敗して罪と汚名を着せられた。死ななかっただけマシではある。だが、悪党島に送られたのなら、死亡日が少し先になっただけかもしれない。
「そういうバルサはどこの団にいたんだ? 腕からしてゴロツキに毛が生えたような傭兵団ではないだろう」
「私は――」と言いかけたところでバルサの顔に陰が差す。バルサは静かに言葉を続けた。
「どこでもない。もう、帰る場所もなければ待つ奴もいない。存在しない集団をあるだの、ないだの、言うのは虚しい」
バルサのいた傭兵団はバルサを残して全滅したと予想できた。バルサだけが生き残り悪党島に送られた。ならば、バルサの古傷を抉る必要はない。
「そういえば、西の料理でカルクス鍋があるだろう――」
適当な飯の話題を振ると、バルサも乗ってきた。困った時は飯の話題が無難である。傭兵でなくても、美味い、不味い、の話で会話は止まらない。適当に話をして時間をして潰していると、バルサの視線が不意に外れる。
バルサの顔を目掛けって袋が飛んできた。バルサは咄嗟に顔を手で庇った。袋がバルサの手に当たり、中身が散らばる中身は銀貨だった。銀貨の入った袋が飛んできた元にはリリーがいた。
リリーはなぜか知らないが、とても怒っていた。リリーがバルサに叫ぶ。
「それを持ってとっとと私たちの前から消えて! もう、二度と目の前に現れないで。私たちの生活を壊さないで」
癇癪に似たリリーの表情はとても怖い。だかといって、リリーの態度は受け入れ難い。ジャンはリリーを叱ろうとするが、バルサが手でジャンを制した。
「別にいいよ。ちょっと驚いただけだ。前にも金の入った袋を投げつけられた過去がある。二度と顔を見せるなと怒鳴られたのも初めてじゃない」
バルサが零れた銀貨を拾い始める。ジャンも手伝おうとしたが、バルサが首を横に振る。ジャンは手出ししてはいけないと悟った。
バルサが銀貨を拾い集めると、ジャンとリリーに背を向ける。
「同じ島にいる以上、顔を合わさないとは約束できない。ただ、もう二度と私がジャンとリリーに話し掛けることはない。それで許してくれ」
リリーが低い声で凄む。リリーの声には敵意がはっきりと表れていた。
「本当ね? 嘘を吐いたら許さないわよ」
バルサはそっと右手を挙げて去る。バルサの後ろ姿は寂し気だが、声を掛けてはいけない。声を掛ければ、バルサの気遣いが無駄になる。
リリーが焼きもち焼きの性格だと理解した。でも、さすがに今のはやり過ぎだ。
注意しようとすると、先にリリーから声が掛かった。リリーの顔は怒りを押し殺していた。また声の調子も今、までとは違い、殺意を我慢している女の声だった。
「ジャン? 貴方はどういう立場かわかっているの? この島で一人でやっていけると本当に思っているの?」
リリーはジャンを脅している。子供の脅しなんて怖くもなんともないはずだが、リリーからは言い知れない圧力を感じる。今のリリーは子供ではない。小さいが立派な鬼女だ。反抗すれば、殺し合いになる。
ジャンは自分が抱いた危機感を素直に受け入れた。
ジャンは立膝の姿勢で目線をリリーに合わせる。
「他の女と親しくして悪かった。同じ傭兵と知り話が弾んだ。誓って、リリーやお母さんを裏切るような真似はしない。だから許してほしい」
ジャンが謝罪すると、リリーはプイと横を向き命令する。
「今回だけだよ。お父さん」
呼び名がジャンから「お父さん」に戻った。家庭崩壊の危機は免れた。
リリーの中には鬼が住んでいる。鬼は普段は抑圧されているが、何かをきっかけに表に出る。
リリーの後ろを歩きながら、ジャンは考える。
「もし、リリーが怒りに任せて襲ってきたら俺はリリーを斬れるだろうか?」
リリーは子供であるが、命が懸かった状況ならジャンはリリーを斬れる。戦場で子供を斬った経験がある。嫌な感触だったが、問題の本質は別である。
リリーはジャンより強い。リリーがジャンを殺す気になれば、ジャンは死ぬ。
ジャンはリリーを殺すのにわずかに躊躇いがあったが、リリーには躊躇いがなかった。などという、心理的なちょっとの差ではない。実力の違いがジャンを殺す。
ジャンは死んだ団長を思い出した。団長はジャンより強く、普段は団員の父親的存在だった。だが、一度許さないと決めたら、容赦なく団員を殺した。リリーは新しい団長だ。
機嫌がいい間は「お父さん」と呼んでジャンを立てる。また、可愛い一面を見せて従ってくれる。だが、一度牙を向けば容赦なくジャンを殺す。
温かみの薄い家庭で育ったジャンは家族に幻想を持っていた。幻想は前の団長が打ち砕いてくれた。団長のおかげでジャンは助かった。
もし、リリーの前で自分の理想のお父さんとして叱ろうものなら、死んでいた。バルサを助けたが、結果としてバルサには助けられた。
リリーの正体に気付かなければ、迷宮の中でリリーに殺さる未来を予測できなかった。リリーは他人である。ミランダも他人である。優しさに目を曇らせ、家族の幻想を見たらいけない。
リリーは家に向かっている。今日の探索は終わりだが、安心してはいけない。迷宮には迷宮の危険がある。家には家での危険がある。まだ、今日は終わっていない。
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