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第十六話 負け戦

 リリーが通路の端に寄ったので、ジャンもならった。暗闇の向こうから四人組が現れる。ジャン達を警戒しているが、相手が襲ってくる気配はない。だかといって、隙を見せてはいけない。


 四人組は全員が男性に見えた。装備はジャンより少し良い物を身に着けている。見た所、ジャンより先に島に連れてこられた男たちだ。見た感じ腕のほどは傭兵団にいた奴らと変わらない。


四人は道を譲ったジャン達の横を通り過ぎようとした。痩せた男の一人が立ち止まる。痩せた男はリリーをじっと見る。痩せた男は厭らしそうな顔でリリーを見る。


「いい女がいるじゃないか? どうだいこっちに来ないか、お嬢ちゃん。良い思いができるぜ」


 別の一人の背の高い男が笑う。

「おいおい、お前そういう趣味があるのか? 随分とまあ良い趣味をお持ちだ」


 リリーがジャンに引っ付き怯える。戦場でもいた。戦うより奪うのが趣味の男たちだ。

 相手からは島の住人同士仲良くやりましょう、なんて気はさらさらない。


 ジャンはリリーを後ろに庇った。また小太りの男が嘲笑する。

「おいおい、彼氏のおでましか? 彼氏づれで迷宮入りとは驚きだ」


 安い煽りだが、ジャンはまだ会話に参加していない一人の人物が気になった。四人の中では一番若い。褐色肌で黒髪、年はジャンと変わらない。剣を片手に持ち、片方の手には松明を持っている。


 他の三人より強そうには見えないが、他の三人より格上に感じる。

 最初にリリーの前で止まった痩せた男が下卑た笑みを浮かべ、リリーに手を伸ばす。


 パンとジャンは痩せた男の手を払いのけた。痩せた男はジャンの行動を予期していたのか手を引いていた。だが、間に合わず、手と手が当たった。


 三人の男たちの顔が獲物をみる獣の目に変わった。戦いは避けられない。


「抜け!」と今まで黙っていたリーダーが命令する。リーダーの声は若い女性の者だった。この三人を束ねるのが女性とは意外だ。


 三人の男はリーダーの前を開ける。三人の男たちはジャンとリーダーの戦いを観戦するつもりだ。無論、リーダーが危険と思えば参戦してくる。


 男たちと戦う覚悟を決めてジャンは剣に手を掛ける。

「違う、お前たちのほうだ。来るぞ!」


 ジャンも男たちもリーダーが発した言葉の意味がわからない。リーダーが後ろに大きく飛び退く。槍が飛んできた。槍は小太りの男を貫く。


 攻城用のバリスタで撃ったのかと思うほど、槍の勢いは強い。当たった小太りの男がそのまま吹き飛んだ。


 槍はジャンがやってきた方向から飛んできた。敵は迷宮の住人ではない。悪党島の住人だ。探索者同士の争いに乗じての襲撃だ。暗闇から長い鉄の板が突進してくる。先にはジャンを笑った痩せた男と背の高い男がいた。


 男たちは左右に分かれて避けようとした。距離的に間に合うはずだった。鉄の板が半回転して縦長から横長に変わる。急に安全な範囲が変わった。痩せた男が巻き込まれて吹き飛ばされる。


 鉄の板と思われたのは人間サイズもある盾だ。普通の大盾よりもさらに大きい。戦場で前面に立てて、矢と投石を防ぐサイズの盾だ。


 盾の持ち主は全身を金属鎧で覆っていた。防御兵器のような盾を持つだけでも異常。なのに重装鎧を着て突進するのだから、中身が人間とは思えなかった。


 命の危険をジャンは感じた。盾を避けた背の高い男も同じ気持ちだった。背の高い男が剣を重装鎧の隙間にある首筋に突き立てる。間違った判断ではない。いくら鎧が頑丈でも隙間なら剣は通る。


 剣は綺麗に重装鎧の首の隙間に入ったが、剣が折れた。手入れがされていない武器なら、折れることもあるが、そういう感じではない。硬い物体に剣に突き立てたら折れた状態だ。


「効かぬ!」と男の声が重装鎧の人物から上がる。声は昨日、聞いた。広場を仕切っていた大男のものだ。相手は悪党島の名のある人物だ。


 大男は盾の内側に備え付けてあった。メイスを片手で振るう。予想以上に速い一撃が背の高い男に振り下ろされる。背の高い男は反射的に剣で防ぐ形をとった。


「無理だ!」と思った時に、背の高い男は剣ごと潰され肉塊になっていた。最悪の敵だ。試練の迷宮にいた老婆より目の前の大男のほうが強い。相手が重装だが遅いと考えたら終わりだ。逃げられない。大男に投擲用ナイフがあれば背を見せたら死ぬ。


 並みの剣では大盾に弾かれるか、鎧に防がれる。こうなるとリリー頼みになる。リリーが倒れたら終わりだ。ジャンはリリーを庇う姿勢をとった。


 残った敵のリーダーは逃げなかった。ジャンと大男を挟む形に対峙する。予想外の展開だが、共闘するほうがまだ生存率が高い。大男は左右を敵に挟まれた形だがまるで動じていない。


 全員が制止する。大男がやってきた方角から足音がする。敵はまだ一人いた。

「戦力が違い過ぎる。完全な負け戦だ」


 絶望を前にした時に恐慌状態に陥れば死ぬとジャンは知っていた。敵のリーダーも理解していた。誰もが動かないと、闇の中からバテレンが姿を現す。


 バテレンはリリーを見るとニコっと微笑む。

「こんにちはリリーさん、今日はお父さんとお散歩ですか?」


 まるで似つかわしくない場所での不適切な言葉。リリーはジャンの後ろから出ると頷く。


 微笑を湛えてバテレンはリリーに挨拶する。

「お邪魔しては悪いですね。では、私たちはこれで失礼します。また今度ご飯を食べに来てください」


 バテレンが挨拶を終えると、大男は武器を仕舞った。敗北必至の戦闘は回避できた。


 ジャンは安堵したが、場は収まらなかった。敵のリーダーが抗議の声を上げる。

「待て! こっちの仲間を殺しておいて、何もなかった事にするのか」


 勇敢というより無謀の気がした。


 案の上、通り過ぎようとしていた大男が足を止めた。

「何か言ったか、ゴミが?」


 敵のリーダーが名乗りをあげた。

「私の名は、バルサだ、ゴミじゃない」


 バルサに勝ち目はない。加勢する義理もない。だが、ジャンはバルサに好意を持った。

 戦場に倫理はない。だが、通さなければいけない筋はある。バルサは仲間の死に筋を通す気だ。


 バテレンはバルサの言葉を気にせず数歩、歩く。バテレンは大盾に吹き飛ばされた痩せた男を見下ろしていた。男はまだ息があるのか胸が上下している。バテレンは男の胸を踏み潰した。


 バテレンが振り返って笑顔でバルサに質問する。

「殺しましたが何か?」


 逆らう者には容赦しない。バテレンの意思表示だ。

 バテレンの言葉を聞いてもバルサは剣を納めない。


 大男が動こうとするとバテレンが制止した。

「ルドルフさん、お待ちなさい。私はまだバルサさんの答えを聞いていない」


 次にバルサが口を開けば、バルサは死ぬ。バルサを助けてやりたいが、できるだろうか。

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