変われない者
創造系アビリティを極めた者同士の物量の衝突。
今までの災禍が準備運動に過ぎなかったと思い知らされる、数、数、数、数。
まさに大勢、レギオン。終末の光景であった。
本当の意味での千里眼持ち、心眼持ちたちは冷や汗を流していた。
呆けて自我を失わない程度には、心身に余裕があったと言える。
いっそ、何もかも忘れて、終末が過ぎ去るまで入院したいと思うほどの情報量。
膨大な黒の泉が国土のあちこちに出現する。
大量のモンスターが生産される。
事前に配置されていた、ホーリーソード・フォートレス・ゴーレムが弾幕を展開する。
再補充され続ける黒の泉や、生産されるモンスターを掃討していく。
グレータードラゴンやトロールを優先しているため、うち漏らしたゴブリンたちがフォートレスゴーレムに張り付き、溶かすように破壊する。
その瞬間にはエンパイア・ゴーレムが再生産。
中枢ドローンの力で、現地の末端ドローンを介して現地へ補充される。
数、量、範囲、時間。
何もかも、人間が理解できる範疇を越えている。
だがそれでも脳が理解してしまう。
賢人ゆえに、状況を把握しようとしていた。
「大公閣下は……これや、その類似品の未来を見続けてきたというのか……彼女もまた、化け物だ。だが……私たちも、見える。勝機が……この戦い、確かに勝てる」
恐怖の魔法使いの全力は、確かに恐怖そのものだ。
仮に、イレギュラの対処が一時間遅れていれば、多大な被害が出ていただけではない。
ただでさえ膨大な黒の泉が更に増えて、イレギュラの処理能力を超過していたかもしれない。
際限なく増殖する敵の出鼻を潰し、増殖を未然に防いで何とかしている状態だ。
逆に言えば。
アテナ・ブルービアンの予知、イレギュラ・ブラッカーテの物量、そしてフレイヤー・ウルフドッグの強化。
この三人がそろっている限り、恐怖の魔法使いの最善の手は潰れている。
恐怖の魔法使いがこの布陣に対して最適解を出したとしても、それはこの攻撃よりも劣るはずだ。
そして、もう一つ。
心眼、千里眼を持つ者にしかわからないことがある。
「黒の泉……アレは生産施設であり、第三アビリティの産物だ!」
今まで、創造系アビリティを持つ者は、恐怖の魔法使いだけであった。
だからこそ本質を見抜く心眼持ちであっても、黒の泉がどういうものか判別がつかなかった。
だが今はイレギュラがいて、本人から被造物の説明を受けられる。比較が可能になったのだ。
モンスターをどこからともなく出す、というのはイレギュラの眷属である末端ドローンでも可能だ。
アレは移動系第三アビリティ、瞬間移動と同じ性質であった。
それと見比べて、黒の泉は明らかに違う。
移動系アビリティと創造系アビリティの差異ではない。
イレギュラの第三アビリティたる塔と同質のものだ。
イレギュラの場合、第三アビリティの産物は塔一つ。
恐怖の魔法使いは、ランクによって出せるものが増えていくのだろう。
黒の泉も、拠点建築の、低ランクの産物だ。
その能力も、塔とほぼ同じ。
モンスターの生産と、生産量の拡張だ。
イレギュラは塔がなくともユニットを生産できるが、塔がある場合の方が大量に生産できる。
同様に恐怖の魔法使いも、黒の泉を抜きにモンスターを大量生産する、ということは仕組みとして不可能なのだろう。
なにより、モンスターを使って黒の泉を生み出すのではなく、まったくの無から黒の泉を生み出すには『なにか』が消費されているはずだ。
そう、消費だ。使ったらなくなるはずだ。なくなったら回復に時間がかかるはずだ。
「イレギュラ陛下のように際限なく生み出せるのなら、黒の泉を出し続ければいい。一度に出せる数に上限がないのなら、空が見えなくなるほど、海を埋めるほど、大地を隠すほど黒の泉を出すはずだ。そうなっていないという事は、膨大というだけで上限はある。だからこそ、この均衡状態が続けば続くほど、イレギュラ陛下に利する。だからこそ相手はこれ以上黒の泉を出すのを止めたのだ。もしもここから我らが負けるとしたら……したら」
状況を観ている賢人たちは、誰もが各々で最悪の結論に至ってしまった。
現在帝国を守っている三人の布陣。
これは絶対無敵ではない。
対処法はある。
彼らですらわかってしまうのだから、大公もわかっているはずだ。
であれば、本当に……世界が救えれば、他のことは許容するのだろう。
「大変に失礼な話だが、最悪の結末、か……本当に、大変、失礼な話だ」
※
唯一放置している英雄校上空の黒の泉。
湧きいずるは雲霞のごときモンスターの放流。
落下してくるゴブリンの群れに対して、先制攻撃を加えたのはマルデル・ウルフドッグであった。
遠距離、広範囲攻撃魔法の二つを持って生まれ、両方を極めた彼女の魔法はゴブリンの群れを呑んだ。
大量のゴブリンたちの悲鳴が届く。
先の戦いでレベルを上げたマルデルは、今もこの地に集った戦力の中でも高い側だ。
ゴブリンの群れを圧倒する分には問題がない。
一方で彼女の顔は、とてもこわばっていた。
なおも投下されるゴブリンの群れを見つめながら、無力に震えている。
「わ、私も行きます……行きます! ああ、もう、なんでこんなことに! 本当に、本当に、なんでこんなことになってるのよおおおおお!」
恐怖で震えながらマルデルの隣に立ったのは、同じアビリティを持っていたメラニィ・ルコードであった。
今更だが、ほんの一年ほど前に、自分はこの森でゴブリンへの恐怖で粗相をした。
あの時一緒に震えていたパピヨ・シルクンは実家に帰り、引きこもり、周囲に当たり散らし、疎んじられて、最終的にどっかに預けられたという。
あわれな話だが、納得の末路だ。
なぜあの時、同じように粗相をしていた自分は、今も最前線に立っているのか。
恐怖を克服したわけではない。
あの時と同じように、親からの期待で嫌々参じているだけだ。
あの時と違うのは、他人から成果を奪うのではなく、自分で武功を立てていること。
むしろ普通の人間なら、他人の成果を自慢する発想がない。
自分で頑張るという発想は、なんの自慢にもならないはずだ。
だが彼女にとっては人生観の破壊だ。
そして二つの攻撃魔法のアビリティを生まれ持つ彼女が、一度でも人生観を破壊されたのならば……。
「なんで、第三アビリティが使えるようになってるのよ~~~~~!」
マルデルと同じく、遠距離、広範囲のアビリティを持って生まれた彼女の、第三アビリティ。
それは『長持続』であった。
彼女がひとたび魔法を放てば、遠くの、広範囲に『ダメージゾーン』が発生する。
一度広範囲を焼くだけではない。一定時間、攻撃魔法が滞留し続け、内側のモノを焼き続けるのだ。
「あ~~~! やっちゃった~~~! 体が変になってるぅ~~~! 死んだら元も子もないと思って覚醒したけど、やっぱり変になってる~~~! イレギュラに頼み込んで、後ろに置いてもらえばよかった~~~! お父様とお母様の期待に応えようと思わなければ良かった~~!」
勢いで覚醒してしまったメラニィ。
彼女の発する息、声が赤く染まっている。
彼女が息をすれば赤い息。
彼女が声を発すれば赤い音波となって周囲に見えるようになるのだ。
彼女は割と普通の価値観を持っているので、声に色がつくことを嫌がっていた。
まあ一生こうなので、普通は嫌だろう。
「羨ましいわね」
「なに、イヤミ!? 一体誰よって……マルデル殿下!?」
「そんなに気にしなくていいわよ。オレと貴方じゃ、そんなに身分も違わないでしょ」
(それでも一枚分ぐらいはそっちが上だから、雑言を浴びせたら問題じゃないの!)
「……それに、よく考えたら、本人が嫌がっているのに褒めたら、イヤミと思われても仕方ないわね」
(そ、それもそうね。それじゃあこの話はここまでってことで……)
謝ったことは嘘ではないが、羨ましいと思ったことも嘘ではなかった。
マルデルはまだ、第三アビリティに目覚める気配がない。
彼女の人生観が、一度も壊れたことがないという事だ。
これが大公の言う『一途で強固な人生観』かと言えば、全く違う。
むしろ彼女もまた、迷いの中にいた。
(オレは、何も変わっていない。昔からフレイヤーに勝ちたいと言ってきたけど、それは言っているだけ。最近になって諦めたんじゃない、そもそも口だけだった。だからオレは……)
彼女はまともだった。
まともだったからこそ、普通になることで覚醒する、という事がなかった。
まともだからこそ、自分が踏み出すべきか否かで、真剣に考えこんでしまうのだった。
※
英雄校の中で戦う精鋭たち。
彼らの中でもベルマやメラニィ同様に生来アビリティを二つ持っている者は、ほぼ全員が第三アビリティに目覚めていた。
これはベルマやピット、バーニエたちと同じ理由だ。
今までは『自分一人でやった方が早い』とか『最悪自分が何とかすればいい』と思っていたのだが、災禍が始まってそれどころではなくなってしまった。
イレギュラやフレイが例外なのであって、他の者は自分一人で頑張ることの限界を体感したのだ。
自分に絶対の自信があるものが、他人と協力するしかないと悟る。
これもまた人生観の破壊であり、もちろんいい方向の変化である。
現在も他の者との連携、強化への協力をしているのも、その成長の顕れであろう。
こうなると、第二アビリティにも目覚めていない者たちは肩身が狭かった。
ただでさえ自分たちが天才ではないのに、元から天才だった者たちは精神的に成長しつつ更に強くなってしまった。
引け目に感じるのも仕方ないだろう。
彼らの多くは、自分が最後の戦いについていける自信がなかった。
大公から声がかかった時、嬉しく思いつつも自信がなかった。
彼らの多くが『自分の体がどうなってもいい』『強くならなきゃいけない』『愛する人のためなら何でもできる』と意気込んでいた。
これは災禍が始まってそう思ったのではなく、ずっと前からそうだったのだ。
だからこそ、彼らは第二アビリティに目覚めることもなかった。
地に足がついていて、ちゃんと現実と未来を見た、責任感のある価値観。
だからこそ彼らは、ここにいる。力不足を自覚しながらも、最高位のトロールを相手に連携をしながら戦っていた。
最高位のトロールが相手とはいえ、スペック以外は今までのトロールと変わらない。
モーションも知性も差がないのだから、スペックで負けていても戦えている。
このまま倒すこともできるだろう。
しかし彼らが集団で苦戦している中、第二、第三アビリティが使える者たちはトロールを単独で倒していた。
(こんなところで、こんなことをしている場合じゃない……!)
クナオルもここにいた。
他の者同様に、もどかしく思う。
己のふがいなさを呪いたくなる。
(私が目を覚ました時、アイツの背中から人形の手が生えて、両手両足が石になっていた。それで、私は、寝てた! 今だって人間のまま! このままだと置いていかれる……アイツを守れない! 今あそこにフレイヤーがいるけど、そこは私の場所でしょう! それを勝ち取るには、覚醒するしかない! 何が何でも、何があっても、どうなっても! 私はあそこに戻る!)
他の者たちも同じだ。
初志貫徹、原点からブレない心。
決して壊れてはいけない人生観、人生を持っている。
人生を守るために、伸び悩みながらも戦ってきた者たち。
彼らは歯を食いしばりながら、最高位のトロールを倒した。
その瞬間レベルが上がる。
がち、がち、がちり。
ガラスの天井をぶち破り、青天井の境地に達する。
己を貫くからこそたどり着く境地で、人生初の全能感を体感する。
~~~
限界突破
超身体強化 ランク12
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身体強化を極め、天井にぶつかり続け、それでもなおあがき続けた者たち。
彼らの全身に緑の直線が走る。
血管や骨格のように皮膚の表面に描かれ、その肉体は躍動する。
(走れ、走れ、走れ! あいつはどこまでも強くなる! 全力で追いかけないと、私の居場所が変わる! 私の居場所はあいつのそば、すぐ後ろ! 私はあいつの侍女で護衛! あいつの膝の上で愛でられる猫じゃない! 走れ、私の体!)
覚醒した者たちは、高揚によって覚醒に気付かない。
彼らが到達した境地、身体強化の先、超身体強化。
第二第三アビリティの伸びしろを全て第一アビリティに注ぎ込んだ、単純なるバージョンアップ。
何の制限もデメリットもない、変身すら凌駕する、特殊能力のない身体能力の向上。
今までと何ら変わることのない使用感。
戦士たちは冷静さを失い、衝動のままにトロールへ襲い掛かっていく。
スピードが、パワーが、タフネスが。
トロールがどうにかできる領域を超えている。
一撃で殺せる、一撃も当たらない、一撃でダメージにならない。
「すご……」
見ている者たち。先ほどまでは彼らを援護するべきとすら思っていた者たちは、虚脱の笑みを浮かべながら見上げて賞賛する。
フレイヤーやイレギュラの強化に彼ら自身の素の力が合わさり、トロールたちを鎧袖一触。息切れすることなく、縦横無尽に暴れまわっている。
表情に余裕はない。
この期に及んでなお『一生懸命』に戦う彼らを見て、仲間たちは笑う。
「お前たちは、全然変わらないなあ」
辛いことや嫌なことがあったら、あっさりと変わった自分たちとは違う。
何があっても変わらない彼らがいれば、きっと終末を乗り越えられる。
そう思って、笑うのであった。




