最初の勅令
およそ六千年前のことである。
当時大陸は数多の旗が掲げられる戦国時代。
望む、望まざるに拘わらず、人々は争いの渦中にいた。
そんな中、世にもまれなる創造系アビリティを持って生まれた者がいた。
彼は仲間と共に、大陸統一による平和を掲げ、乱世を駆け抜けていった。
多くの仲間が倒れていった。
戦いの中で彼の心は傷つき、それを乗り越え、更に戦った。
その果てに、彼は前人未到の第四アビリティを極めるに至った。
彼の姿はもはや『神』となっていた。
ゴブリン、トロール、ドラゴン。それぞれの部位を集めた肉塊のオブジェとなっていたが、それでも彼は人の心を失ってはいなかった。
統一を成した彼は、生き残った仲間と共に意欲的に統一国家の運営に乗り出していった。
戦いだけの日々とはまた別種の忙しさがあったのだが、それでも彼らは充実していた。
争いに傷ついた人々の生活は確実によくなっていったのだから。
自分たちの戦いは無駄ではなかった。思った通りの平和に、仲間も彼も喜んでいた。
だが……。
大陸統一から三十年後。
戦の古傷から多くの仲間が倒れていき、生き残ったのは彼と仲間が一人だけとなった。
世代交代が行われ、戦争を知らない民も増えていった。
彼はそんな民へ、徹底して戦争の悲惨さを伝えていた。
乱世が如何にむごく、それを束ねるためにどれだけの犠牲が支払われ、復興に心血が注がれたのか。
それだけではない。
戦争が過去になったからこそ流行する戦争美化の物語や、かつて滅びた国の郷愁を誘う歌。
これらを徹底して抑圧した。
彼自身の眷属を用いてまで、徹底して取り締まったのである。
これにはむしろ、戦争を知る世代の民も反発した。
もちろん、戦争を知らない者たちも怒っていた。
唯一残っていた仲間も彼を諫めた。
『何をやりたいのかはわかるが、さすがに締め付けすぎている! ここまでやる必要があるか?』
『戦争の悲惨さは伝えるべきだし、せっかく得た平和を乱しうるものは抑圧するべきだ。何がおかしい』
『やりすぎだと言っているんだ! 塩梅を考えろ!』
『塩梅? 何を言っている。誰もかれも、戦争を忘れている。それはいいことではない。戦争を知っているからこそ、平和が保たれるのだ。そこに加減などあってはならないのだよ』
『何を言っているんだ……』
『私だけが戦争を昨日のように覚えている。私だけが争いのない世界を作れる、維持できる。お前もそれがわからなくなってしまったのか』
それから数日後。
最後の仲間は彼を、彼自身の剣で斬った。
『ブルータス、お前がなぜ?』
『お前は変わった。いや、変わろうとしな過ぎた。もはやお前は、仲間である俺の言葉しか聞かなくなった。その俺にすら、話をするだけだ。戦争を知らぬものを無知と見下し、戦争を忘れようとするものに呆れ、俺のことを老いぼれと哀れんだ。そんなお前を、このまま生かしておくことはできない』
『……ここまでするほどか?』
『俺も老いた。それこそもうすぐ耄碌するだろう。そうなったら、いよいよお前は誰にも止められなくなる。そう思ったからだろうな、今さら覚醒できたよ』
『それで、この後どうするつもりだ。民を抑圧せず、平和が保てるのか?』
『誰も抑圧しないとは言っていない。お前がやりすぎただけで、間違っているとは思っていない。加減を確かめながら国を治めて、それを引き継いでいくよ』
『絵空事だな。お前はやっぱり老いて、気弱になっている。そんなことでこの国を守れるものか』
『守ると誓う。お前と、仲間たちに』
『ふん……今の俺は人間を越えている。いずれ復活するさ。その時にこの国が残っているとは思えない……今から誓っておくよ。この国が滅びた後に復活し、お前のきれいごとが原因で争う民を救うさ』
己の剣で斬られた彼は、ゆっくりと眠りについた。
悠久の時を眠っていた彼が目を覚ましたのは二千年後。今から四千年前のことである。
彼が目を覚ました時、そこは墳墓であった。
恭しく慰霊されていた墓所を抜け出ると、そこには祭司たちがいた。
『おお、陛下。ついにお目覚めになったのですね。初代皇帝陛下より、この地を預かってきました。どうぞ、こちらへ……』
祭司たちに案内された彼は、最後の仲間が興したガルバーナ帝国がまだ統一したまま存続していること、二千年間特に大きな争いも起きなかったと知った。
民たちには自分と最後の仲間がどのように戦い、どのように治め、どのように決裂したのかがしっかりと伝わっていた。
異形の彼を誰もが受け入れた。
初代皇帝が彼について申し訳なく思っていたこと、復活したときにはお詫びをしつつ迎えるよう言い伝えられていたこと。
そしてこの時代の人々も、それを忠実に守るつもりだった。
最後の仲間とその子孫たちは、彼への誓いを守り抜いたのである。
自分の心配が杞憂に終わったこと。
真実がしっかり残っていること。
人々が自分を受け入れたこと。
すべてを把握したとき、彼は恐怖の魔法使いへと変貌を遂げた。
彼は神話に語られた力で世界を荒らした。
多くの人々を殺し、その生活を脅かし、踏みにじった。
ガルバーナ帝国最後の皇帝の息子にして、オトリア帝国の初代皇帝となった英雄が、過去の歴史通りに独裁聖剣グラディウスを用いて恐怖の魔法使いを討ち封じた。
それから二千年後。ちょうど二千年前。
恐怖の魔法使いは復活した。
彼を封じた男が興したオトリア帝国はやはり健在であったが、恐怖の魔法使いについての記録はほぼ失われていた。
恐怖の魔法使いは、己の居城を天空に座させた。
そこから多くの眷属を送り込み、地上を征服しようとした。
だがオトリア帝国最後の皇帝の息子にして、ウッティリーマ帝国の初代皇帝は、独裁聖剣グラディウスを手に天空へ駆けのぼり、天の頂上にて城ごと異次元の彼方へ消し去ったのである。
それから更に二千年後。
つまり現在。
三度の封印から目覚めた恐怖の魔法使いの手には、独裁聖剣グラディウスがあった。
六千年の時を越えて主の元に戻った独裁聖剣グラディウスは、怪しくも禍々しく輝いている。
もはや憂いはなかった。
ウッティリーマ帝国は、やはり繫栄している。
ガルバーナ帝国やオトリア帝国同様に、自分が目覚めるまでの二千年間、ひたすら平和な日々を過ごしていたのだ。
もう滅ぼすしかなかった。
橋頭堡が各地へばらまかれ、濁流が大地を席巻するはずだった。
だが、そのすべてが悉く掃討されていった。
創造系を極め、人間を越えて神の域に達した力が、水際で押しとどめられていた。
『同類がブルータスの子孫と合力しているのか』
六千年の時を越えてなお、一度も遭遇したことがなかった自分以外の創造系アビリティ保持者。
それが最後の仲間の子孫と力を合わせ、橋頭堡を破壊している。
このままでは勝てない。
相手の眷属に、自分のゴブリンやトロールは及ばない。
ドラゴンならば勝てるが、橋頭堡から出すには時間がかかる。
それまでの間に橋頭堡を潰されれば、生まれる前の卵のように潰されるだけだ。
苛立つ。とても、許しがたいほど、苛立つ。
『親征する』
天に建つ城が、降下を始めた。
大量のゴブリンやトロールを満載し、数多のグレータードラゴンを従えて、城はゆっくりと敵陣へ向かう。
恐怖の魔法使い自身もまた、自ら城の外に出て浮き上がった。
その体は神そのもの、心もまた神そのものであった。
※
大公からの予言通り、天から恐怖の魔法使いが降りてきた。
建築や設計のド素人が城のパーツを乱雑に組み合わせただけの雑多な城が、ドラゴンを護衛として雲の上から突き破ってくる。
その先陣を切るのは、モンスターの集合体がごとき異形。
姿もふるまいも、何もかもが恐怖をまき散らすもの。
すなわち、恐怖の魔法使い。
見ただけで人々を絶望させる存在が、ドラゴン以上の威圧感を放っていた。
今までのように大陸全土が襲われたのではない。
大陸の全戦力が集中している一点に、恐怖の魔法使いもまた力を注ぎこんだのだ。
迎え撃つは、イレギュラ・ブラッカーテ率いる精鋭部隊。
塔のふもと、ホーリーソード・エンパイア・ゴーレムの頭上、中枢ドローンの影に陣取る彼らは、自分たちが戦う相手を見上げて、全身から汗を流していた。
老いも若きも、男も女も。
普段の性格やふるまいと無関係に、生物として一様の反応をしていた。
例外と言えば、一角だけ。
頭上に置かれた玉座にふてぶてしく座るイレギュラと、その脇に控える大公であった。
「なんか俺だけ座ってて、目立って気分が悪いんですけど。こんなところにわざわざでっかい椅子を持ってきて、俺だけ座らせるなんてほぼいじめですよね?」
「なにをおっしゃいます。貴方は皇帝なのですから、堂々となさってください」
「お行儀悪く座ってくれって言われたの、人生で初めてだよ、はあ……」
浅く椅子に腰かけて背もたれにもたれかかるイレギュラは半目で空を見上げた。
異形の巨体、その一部、人間の顔が残っている場所が見えた。
思うところがある。
だがやるべきことはわかっている。
視線を下ろすと、精鋭部隊が自分たちを観ていた。
合戦の合図を待っているのだろう。
自分がメラニィへ求めた役割を、今度は自分がする番だった。
「これから士気高揚をするわけですが、その前に……ちょっと弱音を。シルクン侯爵の家で養子になるとかならないとかの話をしていたら、皇太子がいきなり部屋に入ってきて、恋人がぶん殴られて、怒って八つ裂きにしたら、皇帝になってた。もう意味が分からん。俺が皇帝になったら内乱不可避だろうになあ……なんでこうなったんだろうなあ、なあクナオル」
「私は気づいたら貴方がそんな体になっていて、しかも貴方が意図して私が目を覚まさないように細工をしたと聞いて、もっとやな思いでしたよ」
「ごめんて」
「ごめんですむわけないでしょ! 私の気持ちも考えてよ!」
「うん……まあとにかく、ガラじゃないことは分かってる。だが今は、ロールプレイのお時間だ。拙いお遊戯に、皆さんお付き合いを」
イレギュラの雰囲気が変わった。
以前にフレイを八つ裂きにした時のような、あるいはそれよりも洗練された雰囲気があった。
号令をかけたわけでもないのに、まだ何も言っていないのに、目が離せなかった。
精鋭部隊の上、後方から光が発された。
だが誰も反応しない。
目の前の男に集中している。
「相手は六千年生きていて、三度倒されても蘇った化け物だ」
彼の語る恐怖の魔法使いが、今まさに剣を振るう。
モンスターが増えれば増えるほど力を増す剣が、その威光を振り下ろした。
地上、イレギュラたちへ斬撃が落ちてくる。
「奴が復活する度に、人類は九割も殺されてきた。奴は一人でそれだけのことができる怪物だ」
精鋭たちはその光に飲み込まれるようだった。
「封じるのが精いっぱいで、今まで誰も奴を殺せなかった」
イレギュラの最強の眷属、ホーリーソード・エンパイア・ゴーレムが動く。
手にしている、超巨大な傀儡聖剣ディスソーヴァティが光を放った。
落下してくる光を受け止め、はじき返したのである。
「だが、今、俺が、殺す」
ホーリーソード・エンパイア・ゴーレムの頭上が波打ち、影となって精鋭部隊にまとわりつく。
精鋭部隊一人一人に、皇帝からの支給品、傀儡聖剣ディスソーヴァティが握らされていた。
神聖なる武器を与えられたというよりも、凶器を握らされたかのような雰囲気だった。
強大の極み、帝国を滅ぼしてきた恐怖の魔法使い討伐を、ただ殺人として行えと言われているようだった。
イレギュラの故郷の信徒は口角が上がる。
メラニィ派閥は安堵で肩が下がった。
すっ。
イレギュラは皇帝の所作をもって、大公へ合図を送る。
彼女は恭しく頷いて作戦を説く。
「作戦は以前に説明した通り。恐怖の魔法使いを強化する城を落とし、独裁聖剣グラディウスを無力化。裸となった恐怖の魔法使いを討ち取ります」
敵、恐怖の魔法使いとその眷属、そして城は接近を続けていた。
無策ではない。相手にも勝算があった。
イレギュラが恐怖の魔法使いのスキルを想定したように、恐怖の魔法使いもまたイレギュラの急所を察していたのだ。
「一方で相手はこの塔、イレギュラ陛下の御力を増大させる拠点を落とそうとします。攻城戦と籠城戦を同時に行い合うものと知ってください」
「つまり対戦型タワーディフェンス。俺の土俵だ」
創造系同士の戦いは、いかに拠点を攻め落とすかの勝負となっていた。




