予言を信じてもらえると楽
イレギュラの変質
第三アビリティによる変質 影が人影から、完全に人外のものに変わる。
第四アビリティによる変質 背中から木偶の腕が生える。両手両足がゴーレムの手足に変わる。不完全な状態。
本来の歴史において、終末教団との戦いが起きていたはずの、恐怖の魔法使いの雌伏の時間。
大公は各有力者の精強なる兵士たちを一か所に集め、対恐怖の魔法使いの総司令官を務めることになっていた。
その一か所というのが、周辺に大きな建物の無い英雄校であるというのは、一種の必然であろう。
なにせこの英雄校は二千年前も四千年前も、人類の最後の砦として抵抗した地なのだから。
その英雄校。普段なら職員会議が行われる大会議室で、アテナは立って参加している者も多い精兵たちを前に厳かに立っている。
彼女は眼光を顕わにしたままであるが、あまり目立ってはいない。
なにせ彼女の隣には、両手両足背中が人間ではなくなっているイレギュラと、人形将軍と一体化して戻らないフレイヤーがいて……。
「……殺してぇ」
大公をものすごく睨んでいるクナオルが、イレギュラの後ろに立っていたのだから。
「彼女もそうですが、この場の皆さんも私に不信を抱いていらっしゃるでしょう。私が現在の状況を作ったわけですが、客観的に見て最善を尽くしていると言い難いわけですからね」
大公は気にせず話し始めた。
会話の内容は、きわめてまとも。
この場の全員が、聞くべきか悩んでいたこと、そのすべてへのアンサーであった。
「特にフレイ・ウルフドッグの暴走を未然に防がなかったことへの不満はあるでしょう。ただ未来を知っているだけの小娘ならまだしも、私は大公……できることはあったと思うはず」
その言葉は、この場にいる『フレイヤーの仲間』には響いていた。
彼を更生させるというのは、恐怖の魔法使い云々と無関係にやっておくべきことであろう。
知っていて放置したことは納得できなかった。
「果たして私に彼を更生させることはできるのか。絶対に無理だったのか。それについて返事をしましょう、可能でした」
これにはフレイヤー以外の全員がざわついた。
これでは大公が皇太子を政治的に排除したようなものではないか。
どうにかできたのなら、なぜしなかったのか。
「具体的な手順はこうです。私がイレギュラ陛下へ積極的に介入し、手元に置きます。男装せずに女として生きて、夫として迎えることもアリでした。そうすればフレイは陛下に興味を持ち、接触を持とうとするはずでした」
ーーーこれは、逆に言って。
大公が今までイレギュラに干渉してこなかった理由でもあった。
天啓を持つアテナが子爵家の子息を手元に置けば、必然的に噂になり、フレイの耳にも入る。
そのフレイがイレギュラへ何をするのか……それは最悪のパターンを見た後であるだけに、避けたかったことは想像に難くない。
「実際に起きたのは最悪のパターンでしたが、場合によっては友好的な関係を築くこともできました。フレイの人格……というよりも退屈が解消され、少なくとも今回のようなことは避けられたでしょうね。ですが最悪の場合についてはすでにご覧になった通りです。それでも私が、フレイ・ウルフドッグを救うべきでしたか?」
サイコロを振る。
出目次第ではフレイが助かるが、助からないこともある。
そしてフレイが助かっても、恐怖の魔法使いを倒すにあたって大きな意味はない。
本当に、フレイを救うだけの話であった。
セーブもロードも、リトライも死に戻りもない。
そんな状況で、限られた労力を使うべきだろうか。
「いいえ、違います。皇太子であるフレイの教育は皇帝である父の務めです。その暴走の責任もまた、皇帝である父のものです。大公閣下の御力は、恐怖の魔法使いが復活するという国家の危機にこそ使うべきかと」
フレイヤーが凛とした……むしろ事務的な雰囲気で否定した。
「ええ、その通りです。私は人類が滅ばないように全力を尽くします。他の問題は各々で解決すべきことです」
彼女の視点を、誰もが理解させられる。
彼女は人類が何割死ぬかを、ルートの選考基準にしていない。被害よりも勝率で物を見ている。
実際には人類が絶対に勝てるうえで人類のほとんどが死なないルートに突入しただけだ。
場合によっては、絶対に勝てるという理由で、人類の九割を見捨てる覚悟なのだろう。
この過激発言に、若手の反発が予想された。
しかしフレイヤーの仲間の多く、特に大公領防衛戦に参加していた者たちは黙っていた。
被害を抑えようとしたけど結局勝てませんでした。
それを彼らはすでに体験している。
あの後で懲りもせずに『勝率が低くても、希望があるのなら勝ってみせる』など言えるわけがない。
若手の代表ともいえる彼らが黙っているので、他の者も黙っている。
(二次創作とか原作世界への転生設定で、死ぬ予定のキャラを助ける展開への批判みたいな話だな……まあ俺やフレイヤーだって、パピヨたちのことを助けようともしなかった。何も言える立場じゃねえよな)
彼女に強く抗弁できるイレギュラも黙って聞いている。
彼自身、皇帝になる前は人類全体の被害を減らすことよりも、自分の故郷の安全を優先していたので、方針はある程度一致していたのだろう。
大公は『人類が滅びかけても誰かが生き残っていればいい』というスタンスで、イレギュラは『人類が滅びかけても故郷が無事ならいい』というスタンス。
はたから見れば大差がないとわかっており、だからこそ何も言わないのだろう。
そしてイレギュラの思想に関しては、ほとんどの者が共鳴している。
だからこそ、異形のイレギュラにも忌避感や異物感はなかった。
現状、利害は一致しているので彼を迫害しようという者はいない。
なにより……これから自分たちも強くなれば、同じように変わっていくのだし。
「私の天啓によれば、恐怖の魔法使いは復活し、国中に黒の泉を展開。大量のモンスターが地を埋め尽くします。まずはそれを陛下の御力により速攻で制圧していただきますが……。これを行った場合、恐怖の魔法使いは己の拠点……城をこの地へ直接出して、全戦力を一点に集中させます。それ以外では勝てませんからね。逆に言って、相手がそれをしてきた場合、現在のイレギュラ陛下だけでは対処できません。貴方たちの力が必要です。よって……箇条書き風に説明しますね」
話が長くなっているので、具体的にどう動いてほしいのかを説明した。
「イレギュラ陛下には、黒の泉を一か所だけ残し、破壊してもらいます。残す黒の泉は、この英雄校の近くに現れるものです」
「あ、はい」
「当然ながら、その黒の泉からは最高ランクの大量のモンスターがあふれてきます。貴方たちはそれと戦い、レベル上げやランク上げ、アビリティの開放を行ってくださいね。最終決戦前の強くなる最後の機会です。状態異常を使える変身持ちの方は、できるだけ配慮をなさってください。グレータードラゴンに関しては、速攻で奥義で倒していただけると幸いです」
(俺たちが疲れ切るまで戦ったら黒の泉を壊して、モンスターを完全に排除。そのあとは恐怖の魔法使いもここがヤバいと察して、ここに全戦力を集中投入すると……考えたくないレベルの戦いになりそうだな)
精鋭たちは周囲を見た。
自分以外の精鋭、その数は知れている。
間違いなく、イレギュラの出した人形兵士より少ない。
この数で迎え撃つとなれば、相当強くなる必要があるだろう。
それこそ覚醒が必要だった。最低限の話である。
(おい、坊ちゃん。わかってんだろうな)
「いだだだだだ! クナオル、止めて、止めて! その人形の腕、ちゃんと痛覚あるの! ねじらないで!」
(いいから早く聞け)
「ああああああ! あ、あの! 大公閣下! 質問があるんですけど!」
背中の人形の腕をクナオルにひねられて、イレギュラは悲鳴を上げていた。
それでも何とか必死で質問をする。
「俺のクナオルも含めて……」
(俺のとか言うな! 恥ずかしいし、立場を考えろ!)
「俺、次の皇帝! 皇帝にみんなの前で暴力しないで!」
(要件だけ言え!)
「まだ、第二アビリティにも、目覚めていない人、どうやったら覚醒できる」
イレギュラを介して、クナオルの質問があった。
同じ悩みを抱えている者は、イレギュラの仲間や、他の精鋭にもいる。
中には『まだ第二アビリティにも目覚めていないのに、ここにいる資格はあるのか』と疑問視する者もいた。
もちろん、今さら大公の天啓を疑っていない。
彼女が仕組んだ戦いによって、イレギュラもフレイも一気に覚醒したのだ。
彼女は積極的にアビリティを開放、ランクアップする術を知っているはずだ。
「まず先に言っておきますが、フレイとイレギュラ陛下は特例です。皆さんはあんな風に覚醒できません」
大公は公開されていたイレギュラとフレイの強化が異例だと話した。
それはまあ、言われるまでもなかったのだが。
「皆さんもなんとなくご存じでしょうが、覚醒するにはたくさんの経験を積むことに加えて、精神的成長や人生観の破壊。テーブルトークRPG風に言えば、一定のレベルに達することと、イベントをこなす必要があります」
これについては、全員が体感している。
同じぐらいモンスターを倒していても、きっかけがなければ開放されることはない。
そのきっかけが、いいものであるとは限らないのだが。
「この順番は問いません。つまりあらかじめイベントをこなしておけば、レベルが上がると同時に覚醒します。逆に言うと、一定のレベルを超えても精神的な成長や人生観の破壊がなければ開放もランクアップもしません。先の戦いで前線に立っていたにもかかわらず、この状態になっていたのがイレギュラ陛下とフレイの二人です。理由は単純、二人とも強すぎて精神的な負荷を感じなかったからです」
フレイもイレギュラも、災禍そのものは退屈に感じていたほどである。
特にフレイは『終末になってもこんなもんかよ! 周りはこんなもんにも対応できないのかよ!』と憤慨するほど退屈だった。
「そのように、レベルが上がり切っている状態でイベントが発生すると、一度で複数の覚醒が起こります。通常なら覚醒の数だけ成長や破壊が必要なところを、一度だけで済ませてしまうわけですね」
なるほど、わからなくもない話であった。
イレギュラやフレイの精神的な負荷が大きかったとか、二人の精神が異常だったからではないのだ。
「フレイのレベルはざっと45……人類の限界値が50であることを思えば、相当にモンスターを討伐したことがうかがえます。当然ながら、第三アビリティに覚醒、高ランクに達せるだけのレベルです。その状態で強いストレスを受けて人生観が破壊された結果、一度で一気に覚醒したわけですね」
フレイヤーが同じように第三アビリティに覚醒したとき低ランクだったのは、彼女のレベルがそこまでに達していなかったから。
それだけのことであったらしい。
「イレギュラ陛下の場合、人類の限界である50には災禍が始まる前に達していました。その後もずっとモンスターを狩り続け、経験値が蓄積され続けていたのです。その結果として第四アビリティが開放されると同時に200レベルまで上がってしまったのですよ。共通第四アビリティの効果はあくまでもレベル上限の開放ですから、経験値が蓄積されていなければああも一気に強くなれません」
イレギュラはレベル50に達した状態で250レベル分の経験値が蓄積していたので、一度の覚醒でここまで解放されたらしい。
「参考までに申し上げると、第四アビリティに覚醒するためのレベルは50。どれだけ無理矢理状況を整えても、イレギュラ陛下とフレイ以外に、この戦いの中で50に達する者は出ません」
(フレイを今更解放できない以上、イレギュラ陛下だけが第四アビリティに達するということか)
(この戦いが始まる前から人間の上限まで鍛えていて、そのあともレベル200分までは確実に蓄積していたって……ヤバいな)
改めて、モンスターやユニットの強みを思い知る。
本人が寝ていても勝手にレベルが上がるのだから、200だろうが250だろうが達成できても不思議ではない。
「とにかくまとめると、現在の皆さんはそこまでレベルが高くないので、イベントがあってもあそこまで一気に強くなれません。ここまではよろしいですね?」
ようやく本題に入るか。
クナオル同様、第一アビリティを最高ランクまで高めて以降、大きな強化の無い者たち。
彼らは大公の眼光を強く見ていた。
彼女もまた、その視線を受け止めている。
「では、第一アビリティから先に目覚めない方へ。もう第二アビリティに覚醒することは無いと思ってください」
彼女はあっさり断じた。
「貴方達の人生観は、小さく、強固で、それゆえに揺らぎません。具体例を挙げるのならば、クナオルですね。彼女はイレギュラ陛下を深く愛し、彼のそばにいることだけが人生観です」
「~~~~!」
クナオルはめちゃくちゃ顔を赤らめて、イレギュラの背中の腕をぞうきんのように捩じっていった。
イレギュラはちょっと嬉しそうに笑いつつ絶叫している。
「イレギュラ陛下が皇帝になろうと根無し草になろうと、他の女を抱こうと子供を産ませようと、最終的にはまあいいかと受け入れています。これは信頼関係やイレギュラ陛下の性格を理解しているからですね。同様に、第二アビリティに目覚められない方のほとんどが、故郷の伴侶や恋人を守りたいと決めている人がほとんどのはず。何があっても愛する人を守って見せる、という他の情勢に左右されない心。すでに責任感や覚悟を決めている人々です。好感が持てますね」
他の面々も図星だったのか、恥ずかしそうに赤らめていた。
周囲もそれを少し微笑ましく見ている。
だが次の言葉で凍り付いた。
「こうなると、自分の愛する人を自分で殺すぐらいしか第二アビリティに覚醒する方法はありません」
イレギュラの場合は、守り方を決めていた。
領地やクナオルを守るためには、社会と争うことなく、ことなかれ主義で行く。
それが彼の人生観だった。
その守り方が崩れたとき、彼の人生観は壊れた。
何があっても愛する人を守ってみせる。
そのような人生観の持ち主ならば、その愛する人を殺すほかない。
アテナもそれを推奨してはいなかった。
仮に命じていれば、この場で殺し合いになりかねない。
フレイヤーの仲間からすれば、懐かしく思ってしまう事であった。
あの時、自分たちが殺されていれば……。
忠告通り、後悔せずにいられなかった。
「ですがご安心ください。そんなことをしなくても、レベルを上げていけば強くなれます。第一アビリティだけの状態で高レベルに達すれば、それはそれで別種の覚醒が起きますから。腐ることなく、最終決戦に備えてください」
ここでアテナはフレイヤーに顔を向ける。
「どうぞ」
最後に何か言ってくれ、という態度であった。
イレギュラが最高指揮官のはずだが、彼はまだ捩じられている。
「皆さん」
フレイヤーの落ち着きつつも断固たる声は、ある種の安心感を抱かせた。
彼女の言葉は信じられる。そのような印象を周囲に与える。
英雄や皇帝の威厳を感じさせる言葉であった。
「今回、皆さんは最善を尽くされました。多くのモンスターを狩り、多くの人々を守ろうと尽力されました。式典ではそれを表彰するはずでした。それを台無しにしたのは他でもない元皇太子であるフレイであり、それを止められなかったのは皇帝をはじめとする親族です。これに関しては、大公閣下も含まれます。我らは信頼を失いました」
皮肉というべきか、当然というべきか。
信頼を損なったと認めている彼女に対して、信頼は損なわれていなかった。
「加えて、新しい皇帝閣下は子爵家の令息。大変に失礼な話ですが、誰もが困惑なさっているでしょう。もはや、何を信じていいのかもわからない様相です」
肝心の子爵令息、皇帝陛下はようやく解放されていた。
背中から生えている人形の腕の球体関節を痛そうにさすっている。
「英雄的欺瞞を口にするつもりはありません。ボクも、皆さんも、武力をもって保障する責任者です。恐怖の魔法使いが完全復活するまでの間に、イレギュラ陛下の御力を含めて、誰に何ができるのかを確認するべきです。そのための時間を必ず設けますので、どうか参加なさってください」
信じてくれと訴えるのではなく、自分たち自身で確認しようと呼びかける。
彼女なりの成長がうかがえる発言であった。
その成長はつまり、それだけ彼女が傷を負って後悔しているということだった。
後悔したうえで正しく振舞う。
彼女は自分が皇帝になることを望んでいないだろうが、それでも彼女は皇帝に相応しいと思う、この部屋の者たちであった。
「大公閣下、俺よりも彼女が皇帝をやった方がいいのでは?」
「その場合、クナオルと正式に婚姻関係になれませんよ」
「じゃあ皇帝やります」
自分が皇帝をやらない方がいいと言うイレギュラに対しては、皇帝にならない方がいいと思う皆であった。
(ヤツが皇帝か……)
その中に、イレギュラ・ブラッカーテの兄。バイオグ・ブラッカーテ子爵もいた。
精鋭である九人を従える彼は、この状況をどう受け止めていいのかわからない顔をしている。




