恐怖の魔法使いの詰み
公開決闘を収めた後、アテナは迅速に行動を開始した。
何十年も前から準備していたかのように、フレイ・ウルフドッグを貶めていったのである。
彼が終末教団の教祖であるという証拠がどこにあるのか、千里眼と心眼、そして天啓によって暴いていった。
今までなら大公が証言しただけでは調べることも許されなかったが、彼の敗北とイレギュラという怪物の出現によってパワーバランスが一気に崩壊したのだ。
アテナが言ったようにイレギュラをいきなり皇帝にするかどうかはともかく、フレイが第一候補から脱落したことは事実だった。
仮にフレイを皇帝に据えれば、イレギュラが敵に回りかねない。
何の問題もない候補としてフレイヤーがいることもあって、彼の存在価値は下がったのだ。
そして、捜査の結果、フレイ・ウルフドッグが国家転覆を企てて終末教団を作っていたという証拠が山のように出ていた。
これまでも終末教団の幹部からは『皇太子が教祖だ』という証言が取れていたが、それが本当だと証明されてしまったのである。
如何に帝位第一継承者とはいえ、国家転覆を企てればもう殺すしかない(当たり前だ)。
真実だとわかると皇帝は怒って彼を処刑しようとしたが、コレも大公が止める。
なにせ今のイレギュラはまだ精神的に不安定だ。
フレイを殺すと再び覚醒が始まりかねない。
その可能性がわずかでもある限り、処刑は避けなければならなかった。
かくて、式典は延期を通り越して中止。
集まった有力者たちは、一旦それぞれの屋敷へ戻ったのである。
大公からの『ここからが終末の本番です』という恐るべき予言を真に受けて。
※
一方そのころ、フレイヤーとその仲間たちは大公の屋敷に集まっていた。
誰もが重い顔をして、人外の姿に至ったフレイヤーを見ている。
彼女の精神状態は極めて安定していた。
熱が冷めた、というよりも理想から醒めた顔をしている。
今までの彼女は未来を見ている時も、過去の失敗や取り落としに考えを巡らせていた。
あの時どうすればよかったのか、今後もどうするべきなのか。
ある意味では迷っていた彼女だが、今はそれを振り切っている。
悪い言い方だが割り切った顔になっていた。
もう仕方がない、という顔である。
成長であることは確かだが、それでもあまり見たくない成長であった。
仲間たちからの視線を受けつつ、彼女は語る。
「みんな。もうわかったと思うが、あのイレギュラ・ブラッカーテ殿が新しい皇帝だ。ボクは彼に嫁ぐことになるだろう、それが最大数の幸福につながる」
今までの彼女と違って、仲間の意見を聞く気がない言葉遣いであった。
それだけ、議論が許されないことだと彼女は判断したのだ。
「ボクは今まで、君たちや民の前で強がっていた。ボクを信じろとか、前を見て戦えとか、恐れることはないとか、絶対に守って見せるとかね。ボクは英雄を演じていた。英雄とは演じるものだと習っていた。そうでないと誰も救えないともね。そしてその通りだった。学者のように『確証の無いことは断言できない』と言っていたら、誰もついてこなかったし誰も救えなかっただろう」
まさに有無を言わさぬ、決定事項を伝えるもの。
彼女が裏表なく『絶対に正しい』と言えるようになった証である。
「ボクは民衆にとって英雄だ。君たちから見てもそうだろう。そうでなければならなかった。だが、それはあくまでも最大数を救うための方便、欺瞞だ」
彼女は、残酷なことを言う。
「ボクを英雄視する、あるいは友人だと思う君たちにとって、ボクがイレギュラ殿と結婚することは不満だろう。気持ちはわかる。ボクも君たちの立場ならそう思うだろう。だがだからと言ってそれを理由に反対するのは本末転倒だ。ここでボクが英雄的にふるまえば、無駄に衝突が生まれて最大数を救えなくなる。それならばボクは英雄的なふるまいをするべきではない。それだけのことだ」
話を聞く者たちの心中は複雑だ。
イレギュラの癖の強さは大公によって暴かれた。
だが同時に、彼が一人の女性を深く愛せる男だという事もわかった。
文句なしにフレイヤーを託せる男ではないが、強硬に反対するほどでもなかった。
加えて、フレイヤーの理屈もわかる。
フレイヤーがイレギュラと結婚すれば、現在の帝国の形はほぼ維持できる。
国号は変わるが、現在の皇帝の一族はそのまま皇帝の一族であり続けられる。正確には皇帝の姻族になるが、イレギュラの親族が元子爵家でしかないので格は保たれる。
実質、イレギュラがフレイヤーと結婚しただけで済む。多少の人事異動はあるだろうが、政治的な混乱は避けられる。
なにより、イレギュラを味方に引き込むにあたってはこれより上がない方法だった。
「みんなが今まで守ってきた一人一人……多数のために、ボクたちが選ぶべき道は決まっている」
ーーー一組の若い夫婦に、初めて子供が生まれた。
健全な夫婦ならば、子供の誕生に感動し、何があっても守ると誓うだろう。
この子が幸せになるためなら何でもできる。この子の身を守るためなら何でもできる。
そんな『家族』がこの世界に無数に存在している。
一人の犠牲が軽くないというのならば、その一人の集合体が『最大数』なのだ。
当たり前だが、一人の命より百人の命の方が百倍重いのである。ましてこの国の人口は……。
彼女は身を捧げるべきである。だが身を捧げて欲しくない。
身を捧げる以外での解決法が欲しい。
だがそれはもう過ぎた後だ。
当時彼女のそばにいなかった仲間たちは悔いる。
悔いるが、もう遅かった。
「行こう、みんな。大公様から話を聞かなければ……」
※
大公、アテナ・ブルービアンは女性的な服を着ていた。
今は包帯を完全に取り去り、眼下の光球と女性的なシルエットを顕わにしている。
体形を隠さなくていい分、彼女はとても呼吸が楽そうであった。
そのような彼女が集めた場所には、イレギュラとフレイヤー、それぞれの仲間も集まっている。
アテナから今後について説明がある様子だった。
「あらためて、自己紹介を。私はアテナ・ブルービアン。この国の大公を務める女です。この通り、索敵系アビリティを極めており、三つの眼窩に紫色の光球が収まっています。夜中に鏡で自分を見るとびっくりして転倒します。私、あんまり鏡を見ないもので……ふう。あと顔を包帯で隠していましたけど、はっきりいって蒸れるんですよ。外していると楽で……あと男装も、服の締め付けが酷くて、大変でした」
愚痴を言うアテナ。
おそらく、相当苦労していたものだと思われる。
「……失礼、本題に入らせていただきます。まずは謝罪を。今回フレイ・ウルフドッグを誘導したのは私です」
ソレ、言っていいの?
つい先ほどまで怒髪天を衝いていたイレギュラに対して、地雷を踏む発言であった。
メラニィ派閥だけではなく、フレイヤーたちすら心配で身を震えさせる。
対してイレギュラは割と落ち着いていた。
「一応聞きますけど、あの教祖様に対して『イレギュラを挑発したら楽しいよ』とか言ったわけじゃないですよね」
「もちろんです。ですが私の天啓では、フレイヤーとその仲間を保護すれば、フレイは貴方の元へ向かい憂さ晴らしをするとなっていました。実際にその通りになりましたね」
「それじゃあ、まあ……理由を聞かせていただければ」
アテナは真剣だった。
面白半分でイレギュラを陥れたのなら殺したかもしれないが、そうでないのなら話を聞くしかない。
「遠からず、恐怖の魔法使いが完全復活します。その暁には、グレータードラゴンをはじめとして、最上位のモンスターが群れを成して世界を埋め尽くします」
イレギュラやフレイヤーの仲間は知っていることだったが、メラニィ派閥は初耳だった。
言葉の意味を理解すると震えあがる。
「対抗するための手段はありました。恐怖の魔法使いが自らの第二アビリティで生み出した独裁聖剣グラディウス。フレイやフレイヤーが使えば、恐怖の魔法使いと言えども倒せるはずでした」
くしくも……転生の力で聖剣を奪えることは、フレイもフレイヤーも実演済みである。
独裁聖剣グラディウスなる剣がどんなものであれ、あの手順でなら使えるようになったのだろう。
「ですが、その独裁聖剣グラディウスは奪還されてしまいました」
「……ヤバいじゃないですか」
「ええ、とても問題です。独裁聖剣グラディウスの効果は、モンスターがはびこればはびこるほど強くなるという、恐怖の魔法使いにとって最強の武器。彼が取り戻している以上、奇襲を仕掛けて倒すということはできません」
ーーー先の戦いで、フレイはイレギュラを見つけられなかった。
隠れたイレギュラを見つける時間や能力が、フレイになかったからである。
だがもしも見つけられれば、イレギュラは負けていただろう。
どこまで覚醒しても、イレギュラ本人は弱いままだからだ。
同様の弱点が恐怖の魔法使いにもあったはずだ。
だがそれも克服されてしまった。
「かくなる上は今まで通りに、モンスターを駆除し黒の泉を破壊して回るほかありません。それが可能なのが現在の貴方、というわけです」
「イケますかねえ? 今の俺は半分ぐらいあの教祖様に持っていかれているんで、全力が出せないですよ」
「問題ありません。あなた一人で戦うわけではありませんから」
「それはそうですけど……むむ」
イレギュラは木偶の手や石の手足をばたつかせた。
何事かと思っていると、フレイヤーに声をかける。
「俺が暴走している時、ご迷惑をおかけしました。そのせいで貴方に迷惑をおかけしました。申し訳ない」
「謝ることはありません。もとをただせば、ボクが独裁聖剣グラディウスを奪われてしまったことが原因です。それに、貴方がマスクたちを援軍として送ってくれたからこそ、ボクたちは大公領にたどり着くことができたんですから」
「マスク? ああ、トイ・アーミーたちのことですか」
「彼らは本当によく働いてくれました。感謝していると伝えてください」
(まさか、人形兵士に人格があると思ってるのか?)
人形兵士を人間扱いしていることに、イレギュラはドン引きしていた。
どちらがおかしいというか、両方とも別方向におかしいので、とんでもないカルチャーギャップが生じている。
「あ~~、そうですか。でも肝心なときに傍を離れていたでしょう。申し訳ない」
「とんでもないですよ! 貴方がマスクの主だと知ってから調べましたが」
(おいおい、さっき知ったばかりだろ?)
「マスクたちがボクらのそばを離れたとき、貴方の故郷が大変だったそうじゃないですか。それなら呼び戻しても仕方ありません」
ーーーマスクと呼んでいた人形兵士たちは、時折フレイヤーのそばを離れることがあった。
特に、大公領に向かう際には長期間同行しなかった。戻ってきたのは大公領での戦いが終わった後であったため、なにか理由があるのかと勘繰る者もいた。
実際にはイレギュラがピンチで、援軍を派遣している余裕がなかっただけのことだった。彼が自分の故郷を優先したと知って、フレイヤーもその仲間も納得している。
「大公領で独裁聖剣グラディウスを奪還され、途方に暮れていたボクのもとに、マスクたちは戻ってきてくれました。あの時黙々と休まずに救助作業をしてくれた彼らが、どれだけ心強かったことか……」
大公領での戦いは熾烈を極めた。
民衆への被害も軽くなかった。
独裁聖剣グラディウスを守り切れなかった彼女がその街を見たとき、どれほど打ちのめされたことか。
それこそ仲間を全員殺していればよかったと脳裏によぎるほどであった。
それでも自分を奮い立たせて、彼女は救助作業に入っていた。
罪の意識にさいなまれ、疲労で倒れそうになっていた時。
自動的で機械的な彼らが来てくれたことが、どれだけ頼もしかったことか。
(ああ、やっぱりそういう感じで、何かしてたのか)
なおメラニィの仲間も、イレギュラがフレイヤーに助力していたのを察していたので、納得していた模様。
「大公閣下。貴方には私がこれからする質問もお察しなのでしょうが……被害の規模はどれほどになりますか。貴方は以前に……グラディウスを守れた場合は人口の七割が死ぬだけで済む、折った場合は八割が死ぬだけで済むとおっしゃっていました」
「ええ!? 少ないですね!」
ヒマラヤの質問に、イレギュラは驚いていた。
「俺の予想だと、人口の九割が死ぬだけで済むって話だったんですが」
(少ないっていうのは、被害が少ないって意味!? しかも九割死ぬつもりで動いていたって……)
イレギュラ自身が恐怖の魔法使いとまったく同系統のアビリティを持っているのだから、彼自身が恐怖の魔法使いが復活することに確信をしていてもおかしくない。
とはいえ伝説通りに人口のほぼすべてが死ぬと考えて生きてきたというのは、周囲の者からすれば驚愕であった。
「貴方の尽力のおかげで、復活前までに被害が抑えられました。それによって連鎖的に、終末教団の問題も解決しています。おかげで一割二割は上振れたのですよ」
さしものフレイも、終末教団の勧誘がほぼ上手く行かなかったのだから、信徒を率いて内乱を起こすことはできなかった。
黒の泉による混乱を利用した人間同士の殺し合いは、未然に防がれていたのである。
「ではヒマラヤ殿への返答です。イレギュラ・ブラッカーテ陛下がここまで強くなり、なおかつ国の有力者全員が『恐怖の魔法使い』の存在を確信しました。これによって、私も大きく人を動かせます。被害はほぼゼロへ抑えられるでしょう」
人口の九割八割七割という、国家滅亡級の話から一気にダウンした。
同じ事件への対応を話していると思えない温度差である。
だが誰も異常には思わなかった。
人口の多くが失われるのは、フレイが起こしたはずの内乱による混乱や、終末が終わったと確信するが故の気が抜けた反動。
国内の有力者全員が危機感を持って、アテナの予言に従うのなら、被害は大きく抑えられる。
なにより、イレギュラがいる。
現在のイレギュラは恐怖の魔法使いの下位互換だが、相性は圧倒的に良い。
仲間にすら手の内を明かさないという制約の下、誰よりも多くの人を救ってきたのだ。
彼が全人類と協力すれば、恐怖の魔法使い一人など倒せて当然だ。
(そうだ、そうなるだろう。イレギュラ殿はとても賢く正しいからな。だがそれならばなぜ……)
ベルマ・マードン。
成長によってまともな人間になった彼女は、疑念を抱き、それを口にするか葛藤していた。
(人類のほとんどが助かる計画を、他のすべての可能性がついえた場合の保険に据えたのだ?)
普通に考えれば、被害が少なくなる作戦が第一で、被害が多くなる作戦は最後の手段として取っておくはずだ。
そうなっていないことに……。
フレイヤー・ウルフドッグが愛のない結婚をする程度のことを、最悪だとは考えていない彼女には、不信に思えてならなかった。




