これでよかったのか
円形闘技場に集められた、式典の出席者たち。
彼ら彼女らの多くは愚鈍ではない。
目の前の状況を見て、様々な思考を向けていた。
終末を乗り越えたはずの彼らは、最強であるはずの次期皇帝を残酷に追い詰める存在を見て……。
これが恐怖の魔法使いか、と納得していた。
実物、実例が存在している。
初代皇帝の残した石碑、警告文は真実だった。
であれば……。
恐怖の魔法使いは実在しうる。
災害の擬人化などではなく、実際に恐怖の魔法使いという『元人間』がいうる。
つまり終末はまだ終わっていないという事。
そのような情報が脳内に浮かんでいた。
映画に没頭している時、ふと『似たシーン』を思い出すような、些細なノイズ。
全員が、これから起きる暴力から目が離せなかった。
「先に言っておくことがある。たかが侍従の顔を殴ったってだけで、なぜここまでされないといけないんだ、という話だ」
イレギュラの背中から生えた人形の手が指を鳴らした。
ばちんという音と共に指令が下る。
トイ・ジェネラルは軋みながら立ち上がると、ゆっくりイレギュラの元へ歩いてきた。
その間にイレギュラは説明を続ける。
「まったくその通りだと俺も思う。少なくとも俺は、クナオルが殺されたとしても覚醒するとは思っていなかった。寧ろ逆だな、受け入れていたさ」
トイ・ジェネラルが、死刑執行人が近づいてくる。
フレイは疲れて動けない状態で、ただ黙って見ていることしかできない。
説明についても、死刑執行文を聞かされている気分だ。
「クナオルは正式に俺の護衛になる時、こう言った。『私は貴方の護衛になるために訓練を積んで、死ぬ覚悟をもって臨んでいる。だから死んでも取り乱すな、それは私への侮辱だ』とな……ごもっともな話だ。実際、俺はクナオルが稽古で傷だらけになるところを見てきたし、護衛になった後も傷を負うことがあった。俺はそれを見ても、覚醒の予兆だってなかった」
イレギュラは、腰を入れて蹴った。
フレイは顔を踏まれながら押され、よろめきつつ仰向けに倒れた。
「だから、ここまで怒った理由について考えたよ。答えは簡単だ……アンタが、どうでもいい理由でクナオルを殴ったからだ」
トイ・ジェネラルが聖剣をかざす。
特に合図や気合を入れることもなく、フレイの肩に突き刺した。
絶叫が響く。
トイ・ジェネラルはそのまま聖剣を引いていく。
肩から指の末端へ、ゆっくりと切り開いていった。
絶叫、絶叫。
「たとえばそうだな……クナオルが俺へ加害するつもりで攻撃したら、アンタが巻き込まれてしまったとしようか。それなら俺やクナオルが制裁されても文句は言えない。アンタが戦争を仕掛けて、その結果クナオルが殺されたのなら、ここまでは怒らない。アンタをかばう形で殺されたとしても、アンタの作戦ミスで殺されても……ここまでは怒らない」
四肢が順番に切り裂かれていく。
四肢がそれぞれ二等分、八つ裂きであった。
「イライラして、八つ当たりで、俺を挑発したくて、殴った?」
絶叫、出血。
イレギュラは己の影を汚していく次期皇帝を見下ろしながら、情状酌量の余地なしと断じていく。
「人を傷つけるにしても、理由ってもんがあるだろうよ」
あまりにも人間的すぎる怒りがあった。
人間の肉体から外れていくイレギュラ。
彼が人間の体から逸脱しつつあるのは、彼が人間の心を持っているからだった。
敬愛する女が目の前で不当な暴力にさらされて、怒らない男など生きている価値がない。
凄惨な光景であったが、不当な暴力を振るった男にはふさわしい罰であるかに思えた。
「このまま、じわじわ、叫び疲れて、死ね」
イレギュラの頭上で、錠前が異音を立てる。
堅牢な封印が、膨大な勢いによって外れつつあった。
イレギュラ自身の四肢が、石に変わっていく。
有機物で構成されていたはずの肉体が、無機物へ変質していく。
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共通第四アビリティ『人間■業』
第三安全装置アンロック
レベル上限 150→200
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完全なる化外へと変質していく男は、それを自覚しつつもなんの反応もしなかった。
ただ、死に行く罪人を見つめている。
誰もが理解した。
このままフレイ・ウルフドッグが死ねば、その瞬間にイレギュラ・ブラッカーテは完成する。
それがいいことだとは、誰にも思えなかった。
そして動いたのは、一人の女性だけである。
「ダメだ……!」
フレイヤー・ウルフドッグ。
兄が八つ裂きにされている状況で、彼女は立ち上がった。
貴賓席から飛び出し、一気に試合会場、兄とイレギュラの元へ駆ける。
その前に立ちふさがったのは、すでに致命傷を与えて役目を終えていたトイ・ジェネラルであった。
「マスクの仲間だな……そこを通してくれ!」
トイ・ジェネラルは傀儡聖剣ディスソーヴァティを構えて、一歩も通さない構えであった。
フレイヤーは儀礼用の剣を構えて、向き合う。
その顔は躊躇していた。
できれば戦いたくないという想いが表情に出ている。
「コレは……君たちの主のためなんだ!」
フレイヤーは自分の体をオーラで包み、トイ・ジェネラルと切り結ぶ。
互角ではない。明らかにフレイヤーが押されている。
結果から見れば、先ほどのフレイ……第三アビリティに目覚める前よりも劣っていた。
彼女自身が、一番そんなことを分かっている。今更傷つくこともない。
「ボクは、彼を、止めないといけないんだ!」
彼女はアレスの望んだ未来に立ち会っている。
このまま見ている方がいいのかもしれない。
そうなれば、本当の意味で恐怖の魔法使いと対等な存在に昇華してくれるかもしれない。
だがそれよりも、彼が人間であることの方が大事だった。
「ここを、通してくれ!」
火花を散らす人間の英雄と人形の将軍。
その打ち合いは、やがてフレイヤーの敗北によって決した。
彼女は剣を取り落とし、土に汚れる。
「く……お願いだ、彼を止めさせてくれ!」
訴える英雄。
人形の将軍は、機械的かつ自動的に聖剣を振りかぶった。
誰もが眼を閉じる。
血が流れると覚悟をしていた。
「マスク……?」
機械的、自動的に、人形は止まった。
イレギュラがフレイ以外に無関心で、邪魔をさせなければ攻撃しなくていいという気持ちだったから。
フレイヤーが行動できなくなった時点で、攻撃が止まっただけなのかもしれない。
それでも彼女は、そこに意義を見出していた。
「すまない……ありがとう!」
兄にできたのならば、自分もできる。
フレイヤーの体は、白く光り輝いた。
すぐそばにいたトイ・ジェネラルを飲み込み、彼女は転生を果たす。
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英雄系第三アビリティ『転生』
ランク 0→1
簒奪武装勇光聖剣 ユナイテッド
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トイ・ジェネラルそのままの武装へと転生した彼女は、もはや人形の無い試合会場を駆け抜けた。
「イレギュラ・ブラッカーテ!」
「……なんだよ、主人公」
イレギュラから主人公と呼ばれて、フレイヤーはしばらく硬直した。
考えるまでもなく初対面。話をするのは初めてだ。
その相手から主人公と呼ばれて、彼女には心当たりがあった。
物語の主人公ならば、物事の決断が委ねられている。
その選択によって世界の命運は揺れ動く。
であれば自分は主人公だ。
彼が理解しているかはともかく、ポジティブな意味ではない。
「確かに……ボクは主人公かもしれない。ボクは君のいないところで、君の人生を勝手に決めてしまった。そんなボクにこんなことを言う資格はないかもしれない。だけど、もう止めてくれ」
「なんだ、兄の命乞いか?」
「そんなやつのことはどうでもいい!」
フレイヤーにとって、フレイは大事な兄だった。
なまじ何でもできるからこそ悲観的になって、まじめに生きることに飽きていた人だった。
彼のために頑張ろうと思っていた。彼から振り落とされまいと己を奮い立たせてきた。
だが、もうどうでもいい。
彼女の人生観は、フレイの蛮行によって崩壊している。
世を呪っているだけなら哀れだが、その呪いを無関係の人間にぶちまければその限りではない。
だからもうどうでもよかった。
「大事なのは君だ! 君がこれ以上人間を辞めることはない!」
「必要なことだ」
イレギュラの眼は『人間味』を失っていく。
彼は人間の価値観から離れていく。
「世界はお前が救えばいい。俺が救いたいのは自分の家族と故郷だけだ。それを成せる力を俺は得た。なら他のことはどうでもいい、もう仲間を集めることも、出世する必要もない。俺一人いればいい。このきっかけを生かして、俺はもっと強くなる」
「君は、彼女を愛しているんだろう! 彼女のために踏みとどまってくれ! 彼女は、君がこの男を殺すことを、そのまま道を外れることを望んじゃいない!」
「道を外れないことは、俺もクナオルも望んでいた。その結果、道を踏み外した奴が横からぶつかってきやがった。それでこの上、道の上を歩くことに固執してどうする」
「彼女の幸せだ! 君は彼女を幸せにしたいんだろう!?」
イレギュラの体が揺らいだ。
今まで鳴り続いていた開錠音が停止し、葛藤が生じていた。
「幸せ、か」
「そうだ! 君は、君は……彼女と一緒が幸せなんだろう!? 彼女だってそのはずだ!」
イレギュラの心は立ち止まった。
このまま消極的にフレイを殺すことで己を完成させようとしていたが、そうするべきではないと迷い始めていた。
イレギュラにとって、完成することよりもクナオルの気持ちの方が優先される。
だが完成を諦めるという事は、この男を殺さずに済ませるという事だ。
「俺に、この男を、殺すな。そういうことか」
「そうだ。さっきも言ったが、こんなやつは君が殺さなくてもいい! 彼女に嫌われてまで、この男を殺す価値はあるのか?」
「……」
「君は、この選択をして後悔しないのか!? これでいいと胸を張って言えるのか!? これでよかったのか、と後悔せずに済むのか!?」
もう一押し。
この場にクナオルが現れれば、イレギュラは踏みとどまれる。
だがそのクナオルは、まだ目を覚ましていない。
イレギュラの守護石像に守られて、眠ったままだった。
「よくやってくれました、フレイヤー。あとは私に任せなさい」
大公、アレス・ブルービアン。
紫に輝く光球を目とする彼は、フレイヤーとイレギュラの間に立った。
彼女は体を大きく動かしていた。
それによって、ただでさえきつかった服が張り詰める。
「親愛なる次代の皇帝、イレギュラ・ブラッカーテ陛下。お初にお目にかかります、私は……」
華奢な彼の体を包んでいた服から、ぶちぶちぶちと、糸が切れる音がした。
高貴なる彼の体を抑え込んでいた服が、今この瞬間、内側から破れた。
華奢な彼……彼女の柔らかくも豊満な肉が、公衆に解放されていた。
「私はアテナ・ブルービアン。大公を務める女であります」
胸部の繊細な部分を、色気を出しつつ自分の手で隠した。
彼女の人生を懸けた一発ネタに、円形闘技場の観客たちは唖然とする。
「どうか、私の話を聞いてくださいまし」
イレギュラ・ブラッカーテの頭上に浮いていた錠と、そそり立っていた塔が消えた。
「はい、聞きます」
イレギュラは敬礼と共に応じた。
ここに、予言は成就した。
大変に失礼な話だが、最悪の未来にたどり着いたのである。
「ふぅ……コレで世界は救われます!」
「……これでよかったのか、な、マスク」
アレスは一安心する一方で、転生したままのフレイヤーは温度差で困惑するのだった。




