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退屈で死にそう

 暗雲無き空に広がる塔。


 その影の下には、強大なる人形の兵。


 トイ・ジェネラルに率いられた兵士たち。


 誰もが傀儡聖剣ディスソーヴァティを手に、整然とフレイを包囲していった。


 普通ならば、この時点で降参するだろう。

 もしくは周囲が止めるだろう。


 だがそうはならなかった。

 この国で最強だと言われ続けた者。


 フレイヤーの上位互換、今回の災禍で最も戦果を挙げた者。

 フレイ・ウルフドッグは喜びで震えていた。


~~~

英雄系第一アビリティ『自己強化』

ランク 4


英雄系第二アビリティ『オーラ』

ランク 4

~~~


 全身からオーラを吹きあがらせ、最高級の宝剣を手に、フレイは人形兵士たちを迎撃する。


 身体強化、あるいは心眼のアビリティを持つ者たちは、その動きに魅入られていた。

 彼と轡を並べて戦った者たちは、やはりすさまじい、と感嘆するほかない。


 単純に強い。

 二つのアビリティが極まっていることもそうだが、動きが極まっている。


 まず前提として、イレギュラが知る『地球の剣術』と『この世界の剣術』は違う。

 身体強化のアビリティを持つ者は、重厚な鎧を着ることができ、長大な剣を振るい、人間の頭より高く飛び跳ねることができる。

 そんな人間が人口の大半を占めている。

 であれば、剣術というものも通常の剣術とはかけ離れている。


 縦横無尽、天地逆転、自由自在。

 地面だけではなく敵を足場に跳躍し、鎧に守られていない急所を確実にえぐる。


「モンスターどもも人間同様に関節が弱点だった。武装しているからこの人形共も、と思ったが案の定だったな」


 フレイヤーと共に戦ってきた者たちは、唾を呑めないほど緊張していた。

 フレイヤー本人から兄は自分よりも強いと言われていた。強い劣等感を抱いていることも見て取れた。


 初めて遭遇した、全く新しい種類の敵。

 完全包囲された状態から、一糸乱れぬ一気呵成。

 不気味な静かさからくる恐るべき刺突を、フレイは飛び跳ねながら回避し、逆に切り裂いていった。


 トイ・ジェネラルによって強化されたホーリーソード・エリート・アーミーの群れを一蹴できるほどのスペックは、さすがのフレイにもない。

 だからこそ相手からの攻撃は回避し、逆に自分の攻撃は鎧の隙間などの急所を貫いていく。

 驚嘆すべきは、それが超高速で、一度も失敗せずに成功し続けているという事だ。


 フレイヤーでも練習すれば何度かは成功できるだろう。

 だがフレイにとっては通常の動きでしかない。


 ゲーム風に言うのならば、レベル差を覆すほどのプレイヤースキル。

 世界最強と呼ばれるに足る抜きんでた強者であった。


 ほんの数秒の間に、何十もの人形兵士が会場に転がっていく。

 なおも人形兵士は群がり続けるが、一度にすべての数が押し寄せられるわけではない。

 であれば、殺到してくるより早く始末すれば無傷で済むのが道理。

 あるいは、理論上は可能だった。


「ふっ……まあこんなものだろうさ。確かに驚かされたが、私を倒すことはできない。さて……今、どんな気持ちだ」


 フレイはもうすでに飽きていた。

 人形兵士は確かに強かった。

 総合したスペックで言えば自分を超えているだろう。

 だがそれはスペックだけの話。

 自分がまじめに戦えば練習にもならない。


 これが彼の視点であり世界観。


 もはや彼の興味は、イレギュラ本人の失望した顔。

 いったいどれだけみっともないみじめな顔を晒してくれるのか。

 それを見るために自分は挑発をしたのだ。


「……!?」


 フレイは驚愕した。

 目の前の人形兵士がまったく減っていない。

 雲霞のごとき人形兵士に隠れて、イレギュラの顔は全く見えなかった。


「どういう事だ……!?」


 フレイは人形兵士を倒しながら周囲を観ていた。

 そして驚愕する。


 自分が一体倒せば数秒後に一体が。

 十体倒せば十体が。


 際限なく増えることはない一方で、常に一定の数が保たれ続けている。


 観客たちもやがて気づいていく。

 黒の泉を誰もが知っているからこそ違和感に気付いていた。


「……これは、まずい、な」


 フレイは方針転換を必要とした。


 イレギュラのアビリティは、伝説に語られる『恐怖の魔法使い』と同質だ。

 だが完全に一致していない。

 補充の速度が今まで見てきた黒の泉と違いすぎる。


 自分が殲滅するよりも早く補充されているのなら、このやり方ではどうあがいても勝てない。


 いや、勝ち目がないわけではない。

 絶対に勝てないわけではない。

 フレイは負けるなど毛ほども思っていなかった。

 ただ方針転換をすればいいだけのことだった。

 フレイの明晰なる頭脳ならば、即座に問題を解決できるはずだった。


 人形兵士を無視して、イレギュラを直接叩く。

 そうするしかないと考えた。


 彼は殺到し続ける人形兵士を捌きながらイレギュラを探す。


 まったく見つからなかった。


 雲霞の中で潜む。

 千に達するかという人形兵士に紛れてしまえば、千里眼も心眼も天啓も持たぬフレイに探す方法はない。


「……ふざけるな」


 フレイは怒りを抱いた。

 颯爽と周囲の人形兵士を蹴散らした。

 数秒で補充される。

 斬り伏せ続けても、補充され続けている。


 怒りを顕わにしているのに、現実に変化は訪れない。


「貴様! これで勝つつもりか!?」


 卑怯で姑息な勝算を持つ者を倒した時、目論見が外れた者は絶望する。

 それを目当てに彼はイレギュラへケンカを売った。


 まさか自分が打破できない策略だったとは。

 否、否、否。


 そんなわけがない。

 フレイにとって人生とは退屈なものだ。

 まして相手は子爵の令息、自分の妹よりもはるかに劣る小者だ。

 自分が負けるなどありえない。


 だがフレイの明晰なる頭脳は、この状況を打破する手段がないと悟っていた。

 周囲の観客たちも、詰みを意識していた。


 フレイにも体力の限界がある。

 その内疲れて八つ裂きにされる。


「こんな、こんなことがあっていいわけがない」


 文句を言う間も、フレイは簡単にこなせる単純作業を続ける。

 鮮烈に鮮やかに、余人が努力の末に一度成功できるかどうかという技をこなし続ける。

 次期皇帝である彼には簡単だ。


 この単調な行動はただ続く。

 飽きない、減らない、終わらない、尽きない敵。


 何も面白くない労働で、忙しくさせられている。


 このままではどうなる。


 さしものフレイも、自分が老いず疲れず眠らずとは思っていない。


 このまま続けば、自分は退屈(・・)忙殺される(・・・・・)


「そんな、わけが、あって……あって……!」


 フレイの背中に汗が流れた。

 疲労か、心労か。

 いずれにせよ、フレイにとって『未知の領域』だった。

 自分がイレギュラ・ブラッカーテごときに汗をかくなどあってはならないことだった。


 だが実際に汗をかいている。

 このままだと負ける。


「たまるかああああ!」


 フレイはイレギュラに次ぐ高いレベルを誇っている。

 だが今まで覚醒を遂げたことはない。

 本人の能力と強固すぎる環境が、彼の人生観を守っていた。

 

 そんな彼だからこそ……。

 イレギュラ・ブラッカーテごときに覚醒をしなければならない。

 と決断するだけで、覚醒に至る。


「おおおおおおお!」


 フレイの体が白く光った。

 強い、まばゆい、白い輝きだった。


 イレギュラの黒に抗うような光だった。


 だが、イレギュラの黒が生み出す黒ならば、フレイの白は収集する白であった。

 周囲に立つ人形兵士は、ブラックホールに飲み込まれるかのように、一点へ凝縮されていく。



「屈辱だ……屈辱だ。妹が相手ならまだしも、お前ごときに第三アビリティを使う羽目になるとはな……恥をかかせてくれた礼をしてやろう」 



 白い光が収まった時、そこにはホーリーソード・エリート・アーミーの装束を白黒反転させた服を身にまとうフレイが立っていた。

 その手には、金属で作った石器のごとき、打製鉄器ともいうべき剣が握られている。


~~~

 英雄系第三アビリティ『転生』

 ランク0→4

 簒奪武装軍司(ぐんじ)聖剣(せいけん)ロックエイジ

~~~


 先ほどまでの段階でもどうやって倒せばいいのかわからないほどの強者だった。

 それをはるかに超えて、周囲の人形兵士を飲み込んだ皇太子。


 だがその出現以上に異常なのは、人形兵士がほぼいなくなっていたという事。

 先ほどまではいくら倒しても補充されていたはずが、今はもはや残っていない。


 イレギュラの生み出す眷属(ユニット)武装(せいけん)は、倒されるとコストに戻る。

 だがもしも、倒されず、自滅もできない状況に追い込まれれば。

 そのコストが戻ってくることはない。


 残った人形は、ホーリーソード・トイ・ジェネラルのみ。


 今まで戦闘に参加していなかった人形の将軍は、決然としてフレイに斬りかかる。

 その速度は、明らかにホーリーソード・エリート・アーミーより上だった。


 だがフレイはそれを一蹴する。

 聖剣を振るうこともなく、粗雑に蹴り飛ばしていた。


 トイ・ジェネラルはなすすべもなく吹き飛ぶ。

 傀儡聖剣ディスソーヴァティの効果ゆえか再生が始まっているが、ソレが完成するよりも先に……。


「私の経歴に、ここまで大きな傷をつける気は無かった。わかるか? その罪深さが……」


 試合会場に倒れている人間が一人。

 びくりとも動かない。


「お前ごときに覚醒をする羽目になったのだ。あと少しで……負……お前は、死ね!」


 武骨な聖剣が試合会場に叩きつけられる。

 極まった第三アビリティの一撃が、固められていたはずの地面に大穴を穿った。


 白い輝きに包まれていたフレイは、イライラしながらも腰を下ろす。


 腰を下ろしたかったのではない。

 単に疲れ切っただけだ。


 レベルが上がろうがランクが上がろうが、スタミナが回復することはない。

 これは絶対の真理である。

 だからこそこの世界の住人は、黒の泉に苦しめられてきたのだ。


 フレイもまた、先ほどまでの戦いと転生による疲労で動けなくなっていた。


 その姿は、第三アビリティを完全に開放したことで人間から変質している。

 彼が着ている服は、もはや服ではなく人体の一部だ。

 イレギュラの人形兵士から奪った装束が、血肉、毛髪、皮膚のようにつながっている。


 それすらも不愉快だ。

 彼にとって強さとは価値があるものではない。

 焦がれたこともない。

 だからこそ、自分が子爵令息ごときの力を奪った、という事実と一生向き合うという屈辱に震えていた。


「ぐ……もっと、もっと苦しめてから殺してやるべきだった……いや、あの男の女がいたな。手管を尽くして苦しめて……?」


 愚かではあるが無能ではないフレイはここで気づいた。

 フレイが黙ったことで、誰もが異変に気付いた。


 イレギュラのアビリティであるはずの塔と錠が消えていない。

 泰然としたまま座している。


 その意味するところは……。


「偽装、ダミー・トイ・アーミー」


 黒い塔の中からイレギュラが現れた。


 ぬっと、泥でできた扉から抜け出るように。


 無傷であり、疲労の色も見えない。


「お前を八つ裂きにすると言っただろう? あの気持ちに嘘はない。だがなあ、だからこそ、絶対に、失敗できないだろう?」


 イレギュラの頭上に存在する錠。

 それがまたも音を鳴らした。


~~~

共通第四アビリティ『■間■業』

第二安全装置アンロック

レベル上限 100→150

~~~


 イレギュラの体に異変が起きた。

 服の背中の部分が破れ、内側から何かがせり出てくる。


 人形の腕であった。

 木製の、球体関節の、木偶人形の腕が肉体から生えてきていた。



「改めて言う。お前を、八つ裂きにしてやる」



 イレギュラの頭上。

 巨大な錠が異音を鳴らし続ける。

 恐怖の魔法使いが、再誕しようとしていた。

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― 新着の感想 ―
退屈はイヤだが敗北も苦戦もイヤ。自分の地位を捨てる気も全くない。 第三部のボスやるだけあってボコボコにしても心の痛まない悪だぜ。 妹さんに比べると皇太子さんはカスや! プライドが高くて地位が捨てられ…
っぱ男の子なら感触が伝わってくる方法でよなぁ
どんな死に様をしても、心が痛まない敵っちゅうのも、それはそれで貴重。
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