スリルを求めて
シルクン侯爵屋敷にて。
フレイ・ウルフドッグがイレギュラ・ブラッカーテの従者を殴った。
フレイ・ウルフドッグはイレギュラ・ブラッカーテとの決闘を許可した。
何から何まで意味がわからなかった。
なぜフレイがシルクン侯爵屋敷に行って、暴力を振るって、しかも決闘を許可するのか。
誰もかれもがパニックに陥ったが、フレイは強硬に公開決闘を推し進めた。
今回の災禍で最も活躍したのは、間違いなくフレイである。
彼が皇帝になることはもう決まっている。
国家としては彼に報酬を渡すことはできない。
しいて言えば、次期皇帝が国家へ奉仕するのは当然という程度だろう。
信賞必罰の点から言えば、なかなか歯がゆいことである。
その点を突き、彼は式典のスケジュールを一部変更してでも公開決闘を行う我儘を通した。
彼もまた英雄だった。だからこそ通ったのである。
とはいえ、周囲は大いに困惑していた。
それこそ現場にいた侯爵をして、なぜあんなことをしたのかわからなかったのだ。
だがフレイヤーだけは、兄がそういう行動をしたことに意外性は感じなかった。
『ちょうど今、貴方の兄であるフレイ・ウルフドッグがイレギュラ・ブラッカーテの従者を殴り、決闘を許可しました』
という意味のわからない話を大公から聞かされても、彼女はすべてを理解し受け入れて、兄の元へ向かったほどである。
※
帝都にある円形闘技場。
普段はサーカスや劇、あるいは剣闘士の試合なども行われているが、今回は公開決闘に使用されることになってしまった。
スケジュールの都合上、多くの来賓が見たくもない公開決闘を見てから式典に参加することになっていた。
その控室にて。
普段は剣闘士が使用する粗末な部屋に、上機嫌なフレイと激怒しているフレイヤーがいた。
フレイは決闘に合う動きやすくも豪華な服を着ており、フレイヤーもまた式典に出席するための服を着ている。
だがそれが無意味なほど、二人の話し合いは兄妹のケンカであった。
「兄様! いったい何をしているのですか! 本当に、本当に……何を考えてこんなことを!」
「これはお前のためだよ、フレイヤー。こうでもしないと、お前が皇帝になる可能性がなくなってしまうだろう? それでは私との約束が果たせない、違うか?」
「……それは、ふがいなく思っています。ですが、私と兄様の約束に、余人を巻き込むなどあってはなりません!」
「帝位をかけて戦うのだぞ。誰も無関係であるものか」
フレイはフレイヤー……この国で二番目に功績を上げた妹に失望していた。
彼女が自分に勝てないのは当然だが、僅差ではなく明確に差があることが気に入らないのだ。
「お前は私に次ぐ功績を上げた。それはいい。だが、勝負にならないほどの差だ。それではダメだ。お前はちゃんと、私を脅かしてくれないとダメだろう。そういう約束のはずだ」
フレイにとって妹は自分の下位互換だった。
帝位継承権もそうだが、武勇も才知も何もかも自分の下だった。
アビリティの系統すら下位だった。
フレイにとって、こんなに退屈なことはなかった。
「私の人生は退屈そのものだ。今回の終末さえ、大した政変も起きないまま終息した。終末教団がはびこることすらなかった……ああ、人生は上手く行かないことばかりだよ」
フレイの人生はもう決まっている。
余人からすれば羨ましいかもしれないが、彼からすれば人生のすべてがルーティンワーク、単純労働だ。
最大多数のために奉仕し、崇め奉られていくだけの人生だ。
彼は千里眼を持たないが、死ぬまでの道が見えている。
「それならば、私に伝えるべきでしょう!」
「そうしたかったが、大公閣下に邪魔されてしまった……忌々しい。大公閣下は私と同じ苦しみを知っているはずなのに、慈悲のかけらも示してくださらない。顔も見せないのに『正しくあれ』と説教されている気分だったよ!」
フレイの言葉を聞いて、フレイヤーは大公の視座を思い出した。
フレイはこの状況になることが大公にとっても予想外だと思っているだろうが、むしろ違う。
「兄様……謹んで申し上げます。大公閣下は、兄様がこうすることを織り込み済みで……いえ、兄様にこうさせるために私たちを匿ったのです!」
もしかしたら、この言葉によって兄が踏みとどまり、結果として人類が滅ぶのかもしれない。
そう思う気持ちすらあったが、それでも伝えていた。
兄を想う気持ちなどではない。彼女の性根ゆえである。
「大公閣下の思うつぼです!」
らしからぬことだったが、挑発する形で治めようとした。
しかし……。
「お前らしくないことをするな。父上からそうするように言われたのか?」
フレイはまったく信じていなかった。
「私が彼を打ちのめして、なんの意味がある?」
フレイヤーは、この時初めて大公の心を知った。
フレイは大公を自分の同類と言ったが、まったくそうではないと知った。
「私を止めたいのなら、実力でこい。喜んでお前に痛めつけられてやろう」
颯爽と部屋を出ていく彼の背中を見て、フレイヤーは彼と道が別れたことを確信した。
いや、最初から同じ道など歩いていなかったのだ。
それもこれも自分がふがいないから。
うんざりするほど退屈なだけの人生を彼に歩ませてしまったのは、何もかもが彼に劣る己のせいだった。
※
空は皮肉なほどの晴天。
式典日和であったが、出席者のほとんどが顔を曇らせていた。
若気の至りの範疇ではあるのだろうが、次期皇帝の悪趣味な面を見せられていい気分になるわけもない。
終末を乗り越えた後で人間の悪い面など拝みたくなかった。
女を人と思わぬ悪性の男尊女卑主義者であっても『他人の女を殴るのはどうなんだよ』と呆れていた。もちろん誰のことも殴ってはいけないのだが。
なまじ……断罪を要するほどのことではないこともあって、だからこそ微妙な顔をしている。
そして皆一様に、イレギュラ・ブラッカーテなる若き才人を哀れんでいた。
自分の愛する者を傷つけられ、正当に報復できる機会が与えられたうえで、手も足も出ずに負けるのだ。
哀れ以外の感情はなかった。
「やあ、待たせてすまないね」
颯爽と、皇太子が現れる。
普段はチャリオットによる競争が行われることもある、固められた土の試合会場にて。
皇太子フレイ・ウルフドッグと子爵家令息イレギュラ・ブラッカーテは対峙していた。
激しい怒りを漏らすイレギュラに対し、フレイは余裕があった。
むしろ楽しんでいるようですらあった。
「あらためて謝罪させてほしい。私個人の苛立ちを君や君の愛する人にぶつけてしまって申し訳ない」
フレイは遊びを妨害されてイライラしていた。
最善の人生という単純作業を壊そうとしたのに、フレイヤーやイレギュラに壊されてしまった。
だがその二人も、自分を脅かし、競争相手になるほどではなかった。
中途半端なのだ、何もかも。
世界は、つくづく、自分に正しく生きろと言ってくる。
そうなってたまるか。自分は自分の人生を謳歌して見せる。
「今回の決闘は、私が希望したものだ。勝敗は君が決めて構わない。思う存分痛めつけてくれたまえ。私の手足を縦に割き、指を順番に切り落として行っても止めさせはしない。もちろん、横やりも許さない。私と君の一対一で、公平かつ公正に実力で勝負をしよう」
一対一で試合をする。
これほど実力が顕わになることはない。
実力がある者が実力のない者をいたぶるのに、これ以上の好機はない。
万が一など起こらない。
しかし、イレギュラを知る者たちの見解は違った。
イレギュラは何かを隠していた。
それをさらしてでも報復を果たす。
それはとても残酷な結末の予感であった。
同じように、フレイもまたイレギュラに期待をしていた。
この世で最も優れたフレイに挑む対戦相手など希少だ。
妹でさえ頑張ってはいるが、諦めも見えかくれしている。
時折現れる、腹に一物を抱えた者たち。一泡吹かせてやろう、恥をかかせてやろうというものだけが自分を満たしてくれる。
自分が実力で倒した時、悔しがってくれるのは彼らだけだからだ。
相手が悔しがってくれないと、勝っても面白くないのだ。
「もうどうでもいい。なにもかもどうでもいい。お前を、八つ裂きにする」
のちに、この決闘を見た者は語る。
この時、国中の錠前がすべて外れたかのような、重厚な音が鳴り響き続けたという。
イレギュラの影が沸き立ち、嵐が起きた。
ベルマ、バーニエ、ピット。
自らも第三アビリティに達している者たちをして、震えあがるほどの覚醒の奔流。
黒い光。
ランクアップと開放が同時に、大量に発生する。
イレギュラの喉から声ならぬ声が発され、円形闘技場のみならずその周辺の街をも揺さぶっていく。
イレギュラの足元から、木偶人形が生まれる。
黒い影を通り越して、もはや闇、夜、陰。
別世界の穴のようになった空間から現れた人形は、荘厳なる将軍服を着ていた。
底知れぬ闇の深淵から現れた一体の木偶人形は、きわめて自動的な所作で己の母なる影に手をかざした。
嵐となって吹き荒れ続ける闇から、光り輝く剣が生まれる。
フレイヤーの仲間が見たことがあった聖剣に、酷似した質を持つ武器であった。
華美とは異なる、武骨なシルエットの剣であった。
しかし刀身には技巧の込められた細工が施されており、優れた刀鍛冶が持てるすべてを込めた最高の剣であることに加えて、更に花を添えた最上級の品であるとわかる。
木偶人形はそれを手にして掲げる。
ただでさえ荘厳だった人形の武装が、より一層華美へと転じる。
それはさながら、最高級の人形劇。
真に迫る、人形劇名人の一幕のごとく。
人形は神話の武人がごとく、コロッセオに君臨していた。
だが、まだ終わらない。
イレギュラの影から、竜巻が昇る。
海で発生した巨大竜巻のように、陰が天へと巻きあげられ雲へと達そうとしている。
ソレが、固定された。
液体が個体になった。
影が実体を持った。
円錐をひっくり返したかのような巨大な闇の塔が、コロッセオから天へと伸びたのだ。
「ふぅうううう……」
まだ、終わっていない。
影を介することなく、虚空から巨大な『錠』が出現していた。
黒く輝く錠前には、四つのカギ穴が存在している。
「はあ~~~……!」
試合場を埋め尽くす、整然たる人形兵士。
それらが手にしている、剛健なる聖剣。
地上からそそり立ち、円形闘技場の天蓋となった塔。
そして宙に浮かぶ錠。
それを出現させたイレギュラは、目の前の匹夫への制裁を命じる。
「俺の全能力に命じる 八つ裂きにしろ」
~~~
創造系第一アビリティ『眷属生産』
ランク3→4
最上位眷属生産
最上位人形兵士 トイ・ジェネラル。
コスト なし
同時召喚制限 一体
特殊能力 全眷属の強化
創造系第二アビリティ『武装作成』
ランク1→4
聖剣作成
傀儡聖剣 ディスソーヴァティ
コスト 8
能力 使用する眷属の全能力強化
創造系第三アビリティ『拠点建築』
ランク0→4
拠点、塔
ランク1 コスト10倍
ランク2 眷属生産速度10倍
ランク3 武装作成速度10倍
ランク4 コスト10倍
共通第四アビリティ『■■■業』
第一安全装置 アンロック
レベル上限解放 50→100
~~~
「ソイツを! 八つ裂きにしろ!」
皇帝の激情。
聖剣を装備した人形の将軍は、何も答えない。
塔が答えた。
皇帝の頭上に建築された塔から、大量の聖剣と人形兵士が落下してくる。
荘厳な武装を帯びた人形兵士たち。ホーリーソード・エリートアーミーの軍勢。
整然と、刹那ほどの振れもなく同時に整然と並んだ。
並びの美があった。
整った舞台に、整った兵士が、整った隊列を組んでいる。
美があった。
その数は、千体ほどだろうか?
兵と剣を吐き出した塔は、休火山のように静観している。
闘技場は戦場となった。
平和と安定の式典を行う場には、命無き将兵が立ち並び、無慈悲に聖剣を構えている。
「殺せ、殺せ、殺せ~~!!」
今まで、ただ一人の女以外には見せてこなかった『恐怖の魔法使い』と同じ力。
それが全世界に晒された。
それほどに彼の人生観は破壊されていたのだった。
「面白い……!」
死刑宣告された鼠輩は、無知蒙昧にも喜びに震えるのだった。




