一か所に集めて時間が過ぎるのを待つ
ウッティリーマ帝国が建国された当時にも、紙は存在していた。
当時の書物も図書館に保管されている。
にもかかわらず、終末についての情報は石碑に刻まれていた。
紙に書いては原典が遺失し、情報がゆがんでしまうと危惧したからだろう。
結果として警告は後世に伝わった。
それをこの時代の人間が真に受けていなかったというだけで、それは建国者の落ち度ではあるまい。
警告通りにこの時代に訪れた終末は、確かに世界を覆った。
多くの人が死に、多くの財産が失われた。
それは多くの人にとって終末の災厄と言っていいだろう。
だがそれでも、国家存続が危ぶまれるほどではない。
人々は黒の泉とそこから湧くモンスターをせん滅していった。
最後には大公領に最大規模の最終攻撃が仕掛けられたが、これも撃退に成功している。
これ以降……終末以前にもいたモンスターは一切現れなくなった。
人々は沸いた。自分たちは終末を乗り切ったのだと。
帝国を治める皇帝は、終末を乗り越えたことを記念して祝祭を開くと発表した。
終末によって荒んだ国家を奮い立たせるためであったが、それを多くの人が求めていたため反対意見は少なかった。
今回の災禍で領地を守れなかった領主にしかるべき罰を与えつつ、功労者には相応の報酬を与える機会でもあった。
各地で活躍した英雄たちは、論功行賞に浮かれつつ、帝都に集まったのである。
最後の大波に呑まれた大公領と違い、帝都は健在であった。
次期皇帝、帝国最強と名高い皇太子が獅子奮迅の働きをしたからであろう。
帝都は帝国の威光が陰っていないことを示すには最高の場であり続けていた。
※
帝都に集まる者の中には、フレイヤーやその仲間も含まれていた。
フレイヤーと行動を共にしていた者たちは、大公と共に帝都へ。
途中で別れて多くの避難民を守っていた者たちは、そのまま帝都で合流する運びとなっていた。
合流する側の仲間たちの足取りは軽かった。
終末が過ぎ去ったため避難民たちがこれ以上脅かされることはなく、彼らを救えなかった無能や、働くことを放棄した罪人が裁かれる。その上、自分たちは報酬や栄誉を受ける。
まさに清算が始まるのだ。悪い気はしなかった。
大公領で最大規模の敵を迎撃したというフレイヤーたちも、同じかそれ以上の気持ちになっているはずだと信じて。
およそ三十名からなる猛者たちは、意気揚々と帝都にある大公閣下の御屋敷に入った。
彼らは旗印として慕うフレイヤーを心配していた。
グレータードラゴンを討伐したというが、被害もあったという。
彼女は現場でこそ苛烈にふるまっただろうが、その内心では傷ついているに違いない。
終末が過ぎ去ったあとだからこそ気が抜けて、今までの犠牲を想って泣いているかもしれない。
そんなことはないだろうと思う気持ちもあったが、心配でならなかった。
やはり凛々しいフレイヤー・ウルフドッグと、その仲間たち。
精悍なその姿に安堵する者も多くいるが、一部の知恵者たちは緊張していた。
今までと変わらない安堵から程遠い臨戦態勢の眼だった。
世界は終末を超えて平穏を取り戻したはずなのに、彼女は険しい顔をしている。
(まだ、終末は終わっていないのか……)
大広間では一人の女性が泣いていて、それ以外の全員が黙っている。
祝賀会という雰囲気がないため、誰もが不穏な気配を察していた。
「いい加減泣き止みなさい。皆に説明をしなければなりません」
「ですが、アレス様はもう、アレス様でなくなってしまうんでしょう? 私の夫を辞めるのでしょう!?」
「そうです。以前に伝えた通りです」
「うえええええええん!」
顔を包帯で隠しつつ絨毯に腰を下ろしている華奢な男性に、大柄な女性がしがみついていた。
男性は何とか彼女を引きはがそうとしているが、彼女が縋りついているのではがせていなかった。
これはダメだなと諦めた彼は、話を続けることにした。
「妻が無作法をして申し訳ありません。私はアレス・ブルービアン。この屋敷の主であり、大公です」
彼はここで包帯を解いた。
三つの紫色の『眼光』が顕わとなり、油断していた者たちを緊張させる。
包帯を戻そうとすることはなく、そのまま彼は話をつづけた。
「まずは皆様、席にお座りください。そのうえで、私の話を聞いてくださると幸いです」
大の大人が泣く中で、促された仲間たちは着席していった。
どうやら、とてもまじめな話であるらしい。
「どこから説明したものか分かりませんが、まず事実だけを。まだ終末は終わっていません、ここから先が本番です。まだしばらくは平穏が続きますが、遠からず黒の泉は再び国土を埋め、大量のモンスターが湧きます。大公領を襲ったグレータードラゴンや最上位のゴブリン、そして最上位のトロールが地を埋め尽くすでしょう」
三つの眼窩に光球を宿す大公がとんでもないことを言っていた。
今この部屋に来た者たちからしてみれば初耳であったが、フレイヤーたちが沈痛な面持ちであるため真実であると受け入れるしかなかった。
「対抗手段であったはずの独裁聖剣グラディウスは、我が大公領の最奥に秘匿されていましたが、それも奪還されてしまいました。これでは今までの皇帝のように、最短距離で王手をかけるという戦法も取れません。別の戦法が必要です」
「……すまない」
フレイヤーが語り始めると、アレスは黙った。
「ボクたちは大公から選択肢をいただいた。独裁聖剣グラディウスを折って最悪の事態を防ぐか。あるいは独裁聖剣グラディウスを折らず、敗北の危険があると知ったうえで守るか。ボクたちは折らないという選択をしたうえで、守り切れなかった。そのせいで最悪の結果になってしまった……すまない」
彼女は厳粛に謝罪をした。
他の仲間たちは彼女を止めたかったが、それでも一緒に謝罪するにとどめていた。
今合流した仲間もバカではない。
彼女と一緒に行動していた仲間がどのように考えて、どのように結論付けたのか。
そしてどれだけ一生懸命戦ったのかも分かっている。
「大公閣下……あえてお伺いしますが! なぜそんな選択肢を姫様に委ねたのですか! 貴方が大公なのですから、ご自分で判断なさるべきだったのではありませんか! それとも……いえ! あるんでしょうね! 当然! ココから世界を救う方法が!」
「もちろんです。私が今回皆様をここに集めたのは、それを遂行するためなのですから」
仲間からの問いに対して、大公は頷く。
奇妙な言い回しであったが、自信もある様子であった。
「端的に申し上げます。恐怖の魔法使いが独裁聖剣グラディウスを取り戻した以上、モンスターや黒の泉を片っ端から壊していくという今まで通りの戦法で勝つしかありません。しかしそのモンスターの群れがグレータードラゴンを筆頭とする最上位のモンスターである以上、現在の戦力で達成するのは不可能です」
独裁聖剣グラディウス。
その能力は、モンスターが増えれば増えるほど、占領すれば占領するほど力を増すというもの。
人類にとって希望の剣であったが、奪還されては最悪の事態になったというほかない。
相手は一切憂うことなくモンスターを増やしていけばいい。そうすれば恐怖の魔法使い自身も果てしなく強くなっていき、負ける可能性がなくなるのだから。
「そして、それが達成可能な人物は一人だけ……その人物を旗印として、全国民が一丸となり恐怖の魔法使いと戦う。これが唯一の勝ち筋です」
思いのほかまともな戦術であった。
これを聞いて驚いたのは、むしろ防衛戦に参加していた者たちである。
大変失礼な話だが最悪の事態になるとは一体何だったのか?
「この話には二つ問題があります。一つはその人物が今回の騒動でも一度たりとも覚醒していないという事。新しいアビリティの開放はおろか、ランクアップすらしていません。今のままでは力不足であるため、なんとしてでも覚醒させなければならないのです」
ぞっとする話であった。
今回の騒動では、生き残ったほとんどの兵士が覚醒を経験している。
だからこそ多くのモデルケースがあり、能動的に覚醒させるとはどういうことなのか悟れてしまっていた。
絶対に、ろくなことじゃない。
人道的にそれはありなのか。
多くの者が葛藤する中、さらに強い爆弾発言が飛び出した。
「もう一つの問題……『その人物』が恐怖の魔法使いを討つということは、古の習いに沿い……その人物が次の皇帝になるということ」
フレイヤー・ウルフドッグが皇帝になれないという事か。
兄である皇太子がいると知ったうえで、彼女の仲間たちは内心でフレイヤーこそ皇帝に相応しいと思うようになっていた。
彼女が兄について言葉を濁すことも多いからこそ、何かあるのだろうと察していることもあって、ある意味当たり前のことを嘆いてしまった。
だがそれどころではなかった。
「そして政治的に考えれば、現皇帝の娘であるフレイヤー・ウルフドッグがその皇帝の妻になるという事でもあります」
場は、沈黙に包まれた。
しばらく、誰もが思考停止していた。
声を出したのはフレイヤーであった。
「お待ちください……最悪の事態とはその程度のことなのですか?」
「はい、そのとおりです」
フレイヤーは、拍子抜けしていた。
「な、なんだ、その程度のことですか。それならば、ボクは謹んでお受けします。もとより皇帝の娘に生まれた身、政略結婚に抵抗はありません」
「いろいろと癖の強い人物ですよ? それにその人物は貴方を愛することはありません。せいぜいトロフィーか、人形のように接するだけでしょう」
「かまいません。相手が男子であれ女子であれ、どのような趣味を持っていても、どのように扱われるとしても。ボクはそれを謹んで受け入れます」
フレイヤーはこの世の暗部を知ったうえで受け入れていた。
「まして恐怖の魔法使いを討つ英雄なのでしょう? それならば喜んで心を捧げます」
「そう答えると知っていました。私の予知では、貴方は確かに、新しい英雄に対して侍女や情人のように……いえ、もっとですね。生贄の巫女のように身も心もを捧げていましたから」
ーーーフレイヤーとて人間である。
できることなら自分を愛してくれる人と幸せな結婚や恋愛をしたいと願ってはいた。
無条件で『癖の強い人物』と結婚しろと言われれば、反感も抱くだろう。
だが彼女にはすでに機会が与えられていた。彼女は自分の仲間と共に決断をして、全力で臨んで、失敗してしまったあとだ。
そのしりぬぐいをするものに身を捧げる。
何の不満もない。
「貴方は私に似ていますね。ですが私と違って、視野が狭い。貴方の後ろの仲間をごらんなさい」
「は?」
大げさだなあと拍子抜けしていたフレイヤーは、仲間の顔を見た。
全員が、正しく最悪の事態だという絶望の顔をしていた。脳が破壊されていた。
「貴方自身が平気でも、他の者が平気とは限りません」
フレイヤー・ウルフドッグの仲間にとって、彼女こそが英雄であった。
彼女は幾度となく現実に直面し、悩み迷い、自分に失望していた。
それでも一人でも多くの人を救うために、自分と同じように傷ついた仲間を鼓舞してきた。
そんな気高い英雄が、ただの女として消費、陳列される運命にある。
そんなことになるぐらいなら、世界なんて滅びた方がマシだった。
「みんな、落ち着いてくれ。コレはボクが失敗した責任をとるだけのことなんだ。ボクがちゃんとしていれば、新皇帝陛下が重荷を背負うことはなかったんだ。だからボクは……」
フレイヤーはこの世界の常識を説く。
しかし彼らにとってフレイヤーは、その常識や慣習の外側にいてほしい人物であった。
「姫様が良くても、オイラたちは受け入れられねえ! そんなことになるぐらいなら、世界なんて滅びちまった方がマシだ!」
「他に世界を救う方法はないのですか!? いえ、もう世界なんて滅びてもいい! その人物が皇帝にならないようにする方法はないんですか!?」
「大公閣下! もうどうなってもかまいませぬ! なにとぞ、なにとぞ、その未来を変える方法を! 誰が何人死んでも構いませぬ! いかなる罰もお受けします! どうか、お慈悲を!」
フレイヤーが止めることも聞かず、彼女の仲間たちは大公のもとに押し寄せた。
改めて、本当に失礼な話である。
少なくとも『その人物』は、その未来を知らない。
積極的にフレイヤーをコレクションや政治的パーツとして扱おうと考えているわけでもない。
むしろ世間の政治的な都合によってそうなるというだけだ。
その人物からすれば、愛しているわけでもない相手との結婚を強要されているようなものだ。
にもかかわらず、仲間たちはその未来を止めようとしていた。
カサンドラによって固定されている大公に、誰もが縋りついていく。
誰もが必死の形相である。場合によっては大公を殺しかねなかった。
情があるからこそ倫理観のない行動を選びかけている。
だが、アレスはさらに倫理観がなかった。
「もう手遅れですよ」
彼は安堵しながらそう告げた。
「私がなぜ、今になって、この場に皆さんを集めて、全てを説明したと思いますか? 時間稼ぎですよ」
まさかーーー一定の時間が過ぎるまで、フレイヤーと仲間がここに集まり話を聞いていることこそが、最悪の未来を確定させることだったとは。
未来を知りえぬ凡夫には、分かりえぬことであった。




