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最悪の事態になっていることを知らない者たち

 旧クラッセル領を守っていたメラニィ派閥であったが、その戦いは唐突に終わった。

 彼女らからすれば本当に、ある日突然モンスターが現れなくなったのである。


 黒の泉は消えてなくなり、天下泰平の時代にすら湧いていたモンスターすらも姿がなくなった。


 悪夢が終わったというよりも、唐突に世の理が変わったようなものである。


 いて当然だったモンスターの消失に、彼女らは大いに困惑していた。

 さながら、津波の前に引き波が起こったようなものか、これからもっと大きな『波』が来るのではないかと身構えていた。

 だがいつまで怯えていても、波が来ることはなかった。


 羹に懲りて膾を吹くというが、当事者にはそれが予兆なのか終息なのかわかるはずもない。


 どう受け止めればいいのか判断できない状況下であったが、ハセット家から使者が来たことで警備の仕事が終わる。

 ハセット家の使者が警備を終えていいと言ったんだからそれでええやろ。


 イレギュラの影響で責任問題に敏感になっている彼女らは、ハセット家からの許可に従って旧クラッセル領を離れて……。

 ベルマがいるというハセット城へ向かったのであった。



 ハセット伯爵家の居城。

 中位貴族であるハセットの城は、まさしく中ぐらいの規模の城であった。

 同じ伯爵家であるアメル・カンカールの実家と大差はない。違うのは暮らしている人々と家紋ぐらいだろう。

 男爵、子爵家の城は今回の騒ぎで損壊しているか、今までの貧乏暮らしによって予算不足で修繕が追い付いていなかったりする。

 だが伯爵家ともなれば、修繕も万全。特におかしなところはなかった。


 とはいえ、城の中の人々に余裕はなかった。

 この城に攻め込まれたという事はなくとも、自領地や傘下の領地の被害が甚大で、その補償が大変だと騒いでいる。

 伯爵家の人間だけではなく、使用人や兵士たちも危機感を同じくしていた。

 さすがにクラッセル家ほどではないが、かなり悲惨なことになっている様子である。


 そのようなハセット家であっても、貴賓として迎えられているのがメラニィ派閥であった。

 メラニィが公爵令嬢であることや、援軍として参戦したベルマが大活躍したこと、なによりクラッセル領を守っていたこと。

 それらが合わさって、社会的な意味で無下にできない相手になっていた。


 これで無下に扱った場合、ハセット家は吝嗇家の烙印を押されてしまい、しかも否定できなくなってしまう。

 そういうことで、彼女らは最高の待遇を受けていた。


 そうして一行はベルマにあてがわれた部屋の中で集まり、話をしていた。


 無意味に『病人』の部屋に集まったのではない。

 イレギュラとクナオルが、ようやく戻ってきて集合できたのである。

 もちろん二人はクラッセル領に寄ることなく、直接ここに来ていた。

 もう誰も突っ込みは入れていない。


「長くおそばを離れていて申し訳ありませんでした。早く戻りたかったのはやまやまだったのですが、何分兄……ブラッカーテ子爵が領地に戻っておらず、しかも現地の武人たちも疲弊していたので動けなかったのです」


 イレギュラはベッドで腰を上げているベルマや、椅子に座っているメラニィに頭を下げた。

 もちろんほかの者にも詫びている。


 なお……。


(マメカシさんが言うには、三つの領地が黒の泉に占領されていたって話だよな。それをイレギュラとクナオルが片づけていたんだよな?)

(本人の話が確かなら、三つの領地を奪還することにはそんなに時間がかからなかったみたいよね)

(むしろささっと救出して、あとは兄貴待ちと回復待ちだったんだろ? ……もうこいつだけでいいじゃん、マジで)

(まあ、戻ってきたからいいだろ。詮索はナシだぜ)


 メラニィ派閥はイレギュラがブラッカーテ領を含めて四つの領地を手早く救っていたことには驚かず、詳しい詮索もしないようにしていた。

 ブラッカーテ領の領民と同じ境地に達したのである。

 多分コイツなりに最高効率で貢献してるんだろうし。


「その上、私の義兄にあたるヒナオトが迷惑をおかけしたようで……」

(アレは兄じゃないとか、今は言えないわね……)


「迷惑ってレベルじゃなかったわね。ベルマと貴方がいても勝てなかったと思うわ」

「そうでしょうね」

「否定しないのね……まあとにかく、全滅しなかったのは、運が良かっただけよ」


 メラニィはベッドで座っているベルマを見た。

 彼女も奥義を発動させてから大分時間が経過しているはずだが、まだまだ復帰できない様子である。


「今更だけど、アイツが一人になった時点で降参していれば、しばらく待っていれば奥義の反動で戦闘不能になっていたのよね」


「それは結果論でしょう。奥義には変身以上の反動があることは有名ですが、実際に奥義を見たのは初めてのはず。伝聞を当てにするのは危険かと」


「それでも、ハニトラとか寝込みを襲うとかで殺せそうなやつだったのよね。本当に、落ち着くといろいろと考えが巡るわ」


「まあ、バカはバカのままですから。多分、教祖ってやつもその点は特に矯正しなかったんでしょうねえ。その方が都合もいい。多分教祖より強いですよ、アレ。下手に考えを持たれたらって警戒しますよ」


「根拠もなく言うわね……とはいえ、それぐらいの強さはあったと思うわ。噂の皇太子様より強そうなやつに会ったのは初めてだもの」


 純粋に防御に特化した変身強化型の奥義。

 ドラゴンをたくさん殺すとかには向いていないが、およそ対人戦では最強と言っていいのではなかろうか。

 本人がうぬぼれるのも無理はないと納得してしまうほど無敵だった。

 仲間を殺していたのは明らかに大失敗だったが。


「ふっ……メラニィ様が殺し方を思いつくぐらいだ、放っておいても死んだろうさ。そもそもメラニィ様たちを全員殺した後も、私のように動けなくなるのだから死んでいただろう? くくく……私がああならなくてよかった。クナオル殿もそう思うだろう」


「学習したのが自慢の様ですねえ」


「馬鹿ではないのは自慢なのだ」


 鼻高々なベルマ。

 体調は悪いが精神的には悪くないらしい。

 まあ、彼女に負い目はないので当然だが。


「やはり呪いはまき散らすのではなく、しかるべきものにぶつけてしっかりとすっきりすべきだ。ということでメラニィ様、私が復調次第、できるだけ短い文章と時間で、しっかりと詰められるハラスメントをしよう。ハセット家を相手に、事実だけ陳列してな!」


「止めるべきでしょうけど、私も思うところがあるから文章を考える協力をするわ。みんなも知恵を出し合って、添削し合いましょう! ルテリア以外!」


 お~~、とルテリア以外のメンバーが拳を振り上げた。

 みんなで知恵と文章とボキャブラリーを総動員して、ハセット家に文句を言うのだ。

 実に貴族的である。やっぱりみんな、貴族の子なのであった。



「たのしそうな青春だな、私もそういうものを体験したかった」



 ドアがノックされていることに、従者たちも気づかなかった。

 盛り上がっている空気を切り裂いて現れたのは、圧迫感のある男性である。


「お兄様!?」


 メラニィが壮健な青年をそう呼んだことで、場の空気が一気に緊迫する。


 クロード・ルコード。

 現役の公爵である。


 いうまでもなく、メラニィ以外にとって、雲の上の人物であった。

 療養中のベルマを除く全員が慌てて礼を取る。

 片膝をつき、顔を伏せたのだ。


 それに対して、クロードは気さくな対応をしていた。


「安心してほしい。今回はそういう堅い場面ではない。無礼講とは言わないが、まあ楽にしてくれ」


 彼の発言は言っている通りの意味ではない。

 君たちはこの場にいていいよ、という程度の意味だ。

 本来なら彼に話しかけられるのはメラニィとベルマぐらいである。

 出ていけと言われたら出るしかないのだ。


 クロードが彼らをここに残しているのは、彼らに価値があると認めていることに他ならない。


「メラニィ。お前の武勇伝はルコードにも届いていたぞ。それこそ姫様に次ぐ活躍ぶりだそうじゃないか。お前が英雄校に進んだことは正しかったのだな」

「お兄様……私、私……」

「若いお前には辛い進軍だっただろう。コトが片付いたらルコードに一旦帰るがいい。父上も母上も弟妹達も、領民もお前を歓迎する準備を進めているぞ」

「そ、そうですか……」


 褒められるのは嬉しいが、武人として褒められることは好ましくない。

 場合によっては今後も頑張れと言われそうなので、喜びきれないメラニィであった。


「さて、ベルマ殿」

「はっ!」

「貴殿が副隊長として妹を支えてくれて、最前線で大物を狩ってくれたと聞いている。君の望みが実家への『良薬(くげん)』だというのなら、私も筆を添えさせてもらおう」

「よろしいのですか!?」

「事実を書くだけなら、私の品位が落ちることもないさ。それに命懸けで戦った貴殿が、安全な後方で動かない者を臆病と罵るのは当然の権利だろう」

「光栄です!」


 ベルマは本懐を遂げられて満面の笑みであった。

 こんなことで満面の笑みになるのは、彼女ぐらいであろうが。


「アメル・カンカール君」

「……え? え? ぼ、僕です!」

「うむ。君が第三席だそうだね」

「や、役職名とかはありませんが!」

「構わんよ。とにかく、回復役がいてよかった。私も安心できたよ」


 まさか声をかけられると思っていなかったアメルは、慌てて礼をした。


「ルテリア・クラッセル君」

「はっ……!」

「君の実家については不幸だったな。ハセット家にもクラッセル家にも落ち度はなかった。だが私でも救うことはできない。それは許してくれ」

「……分かっております。仮に皇帝陛下がお許しになっても、領民は許してくれないでしょう。許されると思うこと自体が無神経です」

「その通りだ。賢明だね、君は」


 場の全員が困惑するほど、クロードの挨拶は丁寧だった。


 妹のことを気にかけていたのだろうし、その部下のことも気にしているのだろう。

 公爵が気にかけてくれるというのは、とんでもないことであった。



「さて」



 ここでクロードの視線が、場の全員に伝わるほど変質した。


 彼は何かを探している。

 否、何かがなんなのか、誰もが分かっていた。


「イレギュラ・ブラッカーテ君は誰かな?」


「私でございます」


 子爵家の子息に過ぎない男に声をかけたことに、誰も驚かない。

 むしろ彼こそが本命であると察していた。


「報告によれば、君は実家の危機という事で一時メラニィのそばを離れていたそうだね」

「はい、申し訳ありません。その間に我が領地から出た犯罪者が……」

「ああ、そういうことはいい。勘当された息子のことなど、大したことではないさ。許可を取っていることもそうだが、実家の危機ならば優先するのも当然のこと」


 イレギュラは礼の姿勢をとったまま、視線を合わせようとしない。


 クロードもまだ、彼に顔を上げろとは言わなかった。


「君が妹の護衛として正式に雇われていたのなら、親の死に目にも会えないことを覚悟するべきだが、現時点の君はそうではない」


「恐縮です」


「だからこそ、今後は君にメラニィのそばを離れないように関係を結びたい」


 ここでクロードはとんでもないことを言った。


「君さえよければ、メラニィと結婚しないか?」


 ーーーメラニィがイレギュラに恋をしているから、兄として応援したい、という趣旨ではない。

 これまで以上にメラニィを守ってほしいので、関係を強くしたい。

 あるいは有望な若手を召し上げたいのか。


 いずれにせよ、高く評価していることは確実だった。


「分不相応、身に余る光栄ゆえに、お受けできません」


「その点なら問題ない。君の実家、というよりも君の兄上は子爵から伯爵へ繰り上げされることが決まっている。つまり君はその時点で伯爵令息になるわけだ」


「兄上の出世を聞かせてくださり、ありがとうございます。ですがまだ不足かと」


「うむ。だから君には、伯爵家令息から、侯爵家の養子へ更に上がってもらう。そうすれば公爵家の令嬢であるメラニィと結婚してもそこまでおかしくはないだろう」


 メラニィの目の前で、とんでもない会話が始まっていた。

 しかし彼女をして、イレギュラを自分のそばに置けるのならと、反対する気にはなれなかった。


「急に上がっただけの伯爵家令息を養子に迎えてくださる侯爵家など……」


シルクン家(・・・・・)に話を通している。あの家は……まあ、そのなんだ。付き合いが長いはずなのだが、その家の者がここにいないだろう? それを気に病んでいるのだよ」


 ここでクロードは露骨に苛立っていた。

 シルクン侯爵家の令嬢であるパピヨ・シルクンがこの場にいないことと、その理由と、ここにいない間に何をしていたのか思い出した様子である。


「君ほどの傑物が養子になるというのなら、シルクン家も顔が立つというものさ。もちろん、家督を継がないことが前提だがね」


「……それでも、身に余る光栄です。我が身には負担かと。なにより今は……ブラッカーテ領の領民や、伯爵へ上がる兄を支えたいのです。それに……」


 メラニィ派閥の者たちは、このあとイレギュラが何を言うのか知っている。


「辛い修練を積み、危険な前線で武勲を上げてきた仲間たちを差し置いて、安全地帯で指示を出す私だけが出世するなど不義理の極み。お受けすることはできません」


 イレギュラの言葉の地金には、本心があった。

 彼は本気で、仲間のために遠慮している。


 その実態を、クナオルは把握している。


 幼少期のイレギュラは、自分も訓練を積んで前線に立とうとしていた。

 しかしクナオルだけではなく他の同年代の身体強化持ちが必死になって訓練しているところを見て……。


【天才でも何でもない俺が、ただでさえ身体強化を持っているうえでめっちゃ努力している奴に勝てるわけないな!】


 と、早々に諦めていた。


 彼が鍛えるのなら、最低でも相手の攻撃を一撃しのぐという水準に達さなければ無意味であり、それに至るまでの修練を思えば費用対効果に見合わなかった。

 よって専門家からしても正しい視点である。


 諦めたイレギュラは、自分ができないことをやっている者を尊敬するようになり、そうではない自分との間に線を引くようになっていたのである。


「ふ……君は自分が最前線に立たないことを引け目に感じていて、仲間より先に栄達することを嫌がっているようだね。気が利かなくて申し訳ない。もちろん君以外の者にも、ルコード家に席を用意するつもりだ」


 顔を伏せているすべての者が、同時に血圧が上がり体毛を立たせていた。

 微動だにしないよう全神経を注ぎつつ、しかし体内で生理的な反応が強まっていた。


 紹介状を書いてもらうどころの騒ぎではない。

 イレギュラだけではなく他の者にも、公爵本人がスカウトをしてきたのだ。


 正直、期待していた上振れだ。

 如何に沈静化しているとはいえ、モンスターのインフレについていけている戦力は必要だろう。

 その点、自分たちは出自がはっきりしている上に、英雄となったメラニィとの信頼も厚い。

 直属でないのなら、部下にできる範囲内だ。


 それでも、声をかけてもらえるというのは本当に上振れも上振れだ。


「メラニィ・ルコードを隊長として、イレギュラ君やベルマ殿を副隊長。他の仲間を隊員とする部隊を編成したい。ゆっくり考えてくれたまえ」


「お兄様、もうお帰りになるのですか?」


「私のようなものがここに長く居座ると、ハセット家に負担がかかるだろう。それに遠からず、皇帝陛下が終末が終わったことを祝してパーティーを催される。そこでまた会って、話をしよう」


 突然現れた公爵は、そのままさっそうと去っていった。

 論理的に考えれば、他の仕事でこの近くに来ていて、自分たちに会ったのはそのついでなのだろう。


 そうした考えはあったが、とりあえず……。

 メラニィ派閥は、大いに盛り上がった。


「ひゃっほう!」


 一応ベルマの部屋であり、彼女はまだまだ体調不良なのだが、それを許す程度には彼女も上機嫌であった。


 互いに抱き合う者もいれば、とにかく踊る者もいる。


 上には上もいるのだろうが、彼らとて一生懸命頑張ってきたのだ。

 実力と実績でのし上がれば感動だってするだろう。


 イレギュラについてきてよかった、メラニィと一緒に頑張ってきてよかった。

 全員が歓喜していた。


「イレギュラ! お前この話、絶対受けろよ! 俺たちの将来がかかってるんだ!」


「私なんて家族の将来もかかってるんだよ! 侯爵家の養子になって、メラニィ様と結婚して、ついでに私とも結婚して家族ともども面倒見てよ!」


「ウチも、ウチも! 実家と義実家にも援助してよ~~!」


「引け目に感じるぐらいなら立身出世して俺たちにも旨い汁を吸わせろよ!」


「そのままでいい、すごくいい! 受けるしかねえだろ?」


「いや、待て! メラニィ様がイレギュラを嫌うかもしれん……文句が言えねえ!」


「お互いに愛人をオッケーにしても、一緒にいたくない奴とかいるかもだしな」


「メラニィ様のご意見を聞こうか! 男装は嫌だったりする?」


 イレギュラの意見を置き去りにして、メラニィに注目が集まった。

 果たして彼女は、この結婚を受け入れるのだろうか(愛があるかは誰も議論していない)


「イレギュラと結婚したいかどうかはともかく、まずクナオルのそばにいたくないのよね」


「ああ……」


 ベルマは深く頷いた。

 イレギュラと結婚すればクナオルとも間接的に関係ができる。

 暴力メイドなんてそばにいてほしくないだろう。


「だそうです。坊ちゃん、やはり私に殴られるようなことは控えるべきなのでは?」


(自分が暴力を振るう事は変えないのか……まあそうだろうけども)


「俺はクナオルに殴られたくないこともあるけど、殴られたいときもあるんだ!」


(いくら何でも学習能力がなさすぎると思っていたけど、やっぱりそういう趣味があったのか……)


(やっぱり結婚したくなくなってきたわね……)

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― 新着の感想 ―
大公領の状況を知らんのだろうが、それでもイレギュラなら知ってたとしても「俺の所為じゃねーし」「自分に出来る事はないな」で、しかとぶっこくのも有り得るか・・・?
イレギュラ、まだフレイヤの状況知らないのか。知ってたらこんな冷静になってないもんな……
盛大な前フリにしか見えない…
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