奇跡は命を懸けて起こすもの
独裁聖剣グラディウスを守る場所は、まさに地獄と化していた。
敵も味方も強大であるため、戦闘の余波だけで封印場所は崩壊。
床がえぐられていたため、すでに独裁聖剣グラディウスは露出していた。
最強のゴブリン軍団は、創造主の剣を取り戻すべく殺到し続けている。
カサンドラとフレイヤーは並び立ち、近づくゴブリンを斬り伏せていたが限界が近づいていた。
「この剣を守って見せると誓ったのは貴方でしょう! 責任を持って、もっと踏ん張りなさい!」
「ええ、もちろんです。ですが貴方の体も……」
「私の体は後でどうとでもなります! 私の回復にオーラを使うのは止めなさい!」
戦意の高いカサンドラ。
彼女は身体強化系であり、変身も高ランクで備えている。
彼女の変身は少々特殊で、小人である。
文字通り子供のように縮小する、ワワと対照的な形態であった。
スピードが高い形態であり、小柄ゆえの回転の速さも強みである。
だがその肉体はすでにずたずたであった。
如何に防御寄りではないとはいえ、彼女も相当に頑丈なはずである。
しかしそれを超えるほど、目の前のゴブリン軍団が強かった。
一撃一撃が重く、数度の被弾で深刻なダメージを負ってしまう。
それでも奮戦するのは愛の成せる業か。
一方でフレイヤーもそこまでの余裕がなかった。
英雄系である彼女のアビリティは、自己強化とオーラ。
自己強化は身体能力の強化に加えて、他のアビリティであるオーラも強化する。
そしてオーラは万能のエネルギーである。
強化回復防御攻撃、遠距離近距離と隙が無い。
取り回しに練習が必要だが、一人で何でもできると言って過言ではなく、しかもそれぞれの専門家を超える力を出せる。
まさに英雄と言うほかない力であった。
それを持つ彼女をして、オーラが弱り呼吸は荒くなり、出血はおろか骨まで露出している。
万能のエネルギーであるオーラを大量に消費しなければ、ゴブリンたちに勝てない。
それゆえに枯渇寸前であった。
「ところで、勝ち目はありますか!?」
「勝つ! 勝つしかない!! それに、もう敵も底が見えてきている!」
ゴブリンの一撃が、子供の大きさになっているカサンドラの腹部に直撃した。
「か、勝てるわよ!」
食らいながらも反撃をする。
小さな拳を連続で叩き込み、ゴブリンを吹き飛ばした。
顔面がぐしゃぐしゃになりながらも、吹き飛んだゴブリンは起き上がってくる。
他のゴブリンと共に、二人の守りを突破しようと波状攻撃を仕掛けてきた。
「アレス様がアレス様であるために! 私は勝たないといけないのよ!」
「……そう、ですね!」
フレイヤーは心身を絞り、オーラを広範囲に波として放つ。
強力な勢いによって、ゴブリンたちの勢いを減らした。
空中で止まるゴブリンたちを、カサンドラは必死の形相で拳を叩き込む。
全員を再び押し返していた。
(大丈夫ですか、だの。もう無理をしないでください、だの。そんなことを言えるわけがない。ボクにそんなことを言う権利はない……)
フレイヤーもカサンドラも、汗も流れなくなってきていた。
出血が収まりつつあるのは、止血云々ではなく出血しすぎているからか。
改めて、無謀な戦いをしているとフレイヤーは悔いて笑った。もう笑うしかなかった。
無謀なだけならいいのだ。だが背後には世界の命運を握る剣がある。
この剣を奪われてしまえば、最悪の事態になってしまう。
あらためて、折っておくべきだったと後悔する。
だが後悔先に立たず。後悔することはすでに織り込み済みだ。
今更人命第一に切り替えて……。
『アレス様は剣や世界の命運よりも貴方の方が大事なはずです。ここは退きましょう』
などという妄言を吐けるわけもない。
彼女をここまで追い込んでいるのは他でもない自分たちなのだから。
それこそ、カサンドラが死ぬとしても、自分たちの選択の犠牲だと受け入れるしかない。
その後でアレスが泣いたとしても、親族から責められたとしても、それも受け入れるしかない。
(僕は決断をした……それを貫くだけだ! 後悔なんてしない、じゃない! 後悔するとしても貫く!)
彼女は兄とのことがあり、自分の人生に期待をしていない。
だからこそ人生観の破壊は起きないが、それまでの日々の研鑽や今日までの戦いによってただ普通に人として強くなっている。
イレギュラの仲間とは対極の強さ。
同レベル帯の中で一歩も二歩も先を行く、厳選されたうえでの洗練された強さ。
土壇場であっても彼女のスペックは下がっていなかった。
どちらかといえば、カサンドラの方が精神的に限界が近づいている。
(アレス様は『守れると断言できない』とおっしゃった。絶対に守れないとはおっしゃらなかった。それならば……この状況も、私の見える範囲ほど絶望的ではない! そのはず! だから諦めない!)
すでに彼女は、諦めてたまるかと己を鼓舞するまで追い詰められていた。
そうしている間にも、ゴブリンたちは起き上がって襲い掛かってくる。
一気に襲い掛かることもあれば、散発的に来ることもある。
回り込んで独裁聖剣グラディウスを狙う個体も現れる。
フレイヤーとカサンドラは、互いの身を守ろうとせず、むしろ自分の身さえ差し出しながら戦っていた。
二人は必死で戦うあまり、外からの戦闘音が減っていることに気付かなかった。
「姫様~~!」
肉の焼けた臭いと共に、フレイヤーの仲間である在野の武人たちが駆けこんでくる。
彼ら自身も重傷を受けていたが、それでも変身形態を維持したまま封印の部屋に参戦したのだ。
「外のドラゴンは、なんとか、大急ぎで倒してきました……!」
「なんて無茶を……いや、よく無茶をしてくれた! このままここを掃討するぞ!」
なだれ込んできた武人たちの数はたったの五人。すでにボロボロであった。
されどフレイヤーとカサンドラだけで維持されていた戦線の均衡を崩すには十分だ。
彼らはこうするつもりで、ドラゴンに短期決戦を挑んでいた。
初めて戦う敵を相手に短時間で倒そうとすれば、逆に時間がかかり被害が増えるという下振れもあり得る。
だが時間をかけず、被害を抑えて勝つという上振れを狙うこともできる。
人としての強さ、同レベル帯、同ランク帯での強さはフレイヤーの仲間も高い。
厳しい勝利条件を己に課してきた彼らだからこそ、上振れを狙えるだけの実力がついていた。
(姫様! 貴方は本当に気高くて立派な人だ! 戦いの中で犠牲が出ても、それに慣れなかった。俺たちや親族への配慮とかじゃなくて、本気で気に病んでいた! そんな貴方だから、俺たちは支えたいんだ! 失って傷ついても、それでもなんとか前を向いて、最善を尽くそうとする貴方を、俺たちは……英雄に、皇帝にしたいんだ!)
(俺たちは英雄になれない、皇帝になれない! でもだからって、無力じゃない! 貴方を英雄に、皇帝にできる! そうだろ……そうだろ! そうじゃないと、俺たちがいた意味がない! 俺たちは意味が欲しい! 結果に、運命に、歴史に! 名前が残せなくても、爪痕ぐらいは残したいじゃねえか! 神輿には乗れなくても、神輿を担ぎたいんだよ!)
グレータードラゴンとの戦いで傷つき、ここにこれなかった仲間たち。彼らの分も戦おうとする。
戦局の変化を、ゴブリンたちも察した。
奇怪な声を発し、城内に響かせる。
思わず眉をしかめるような高音だったが、それは攻撃ではなかった。
城の中で兵士たちと戦い足止めをしていた他のゴブリンたちも、ここに殺到してきた。
このままでは更なる増援が来かねない。ゴブリンたちもまた短期決戦を狙う。
兵士たちとの戦いでボロボロになっていた個体がほとんどだが、それでも独裁聖剣グラディウスへ群がる。
負けてたまるか。
短期決戦に応じる戦士たちは、集まってくるゴブリンたちと死闘を演じる。
極限の集中状態。
何秒間、何分間の戦いなのかわからない。
だが鮮烈に仲間と敵の位置を感じる。自分たちがどう動けばいいのか、どう攻撃すればいいのか、どう分担すればいいのかわかる。
歓喜も悦楽もない。
ただ必死に体が動き続ける。
肉体的にも精神的にも極限状態だからこそ、ゾーンに突入し続ける。
ーーー一体のゴブリンが、グラディウスに飛び掛かる。
在野の武人の一人が、その体を正面から抱きかかえて受け止める。
「俺ごとやれえええええええ!」
フレイヤーが真っ先に反応し、残るオーラを帯びさせた剣を一閃する。
ずんばらりとゴブリンの胴体が真っ二つになって、床に落ちる。
ゴブリンの下半身を抱える形になっている武人の顔には、鋭利な傷が走っていた。
「すまない、顔を斬ってしまった」
「いえいえ、男の勲章ですよ……」
「そんなことを言ってないで! まだ戦いは続いているのよ! まだゴブリンが……?」
極限の集中は、それゆえに長続きせず。
カサンドラが叱責するほどに場が緩んでしまった。
だがカサンドラは、周囲を見て気付く。
もうそこに、立っているゴブリンはいなかった。
ふと耳を澄ませても、ゴブリンが接近してくる音は聞こえない。
露出している独裁聖剣グラディウスを見れば、おもちゃに見えるほど輝きがなくなっていた。
現在の時点で、モンスターの脅威がなくなった証明であった。
「勝った、よう、ですね……」
「え、ええ……うう、ういうう……!」
小人のままのカサンドラは、安堵のあまり腰を抜かして泣き出してしまった。
最悪の未来は回避された。
よかった、何度か失敗を覚悟した。
まったく、無駄に心労を負ってしまった。
これでアレスはアレスのままでいてくれる。
泣き出した彼女に、フレイヤーは歩み寄った。
泣いている人、それも自分が泣かせたような人を放っておけなかった。
見た目が子供のようになっていたからこそ、余計にである。
在野の武人たちも胸をなでおろしながら二人の女傑の触れ合いを眺めていた。
だからこそ、気づけなかった。
最後の一体、フレイヤーによって上下に真っ二つにされたゴブリンが、上半身だけで這いながら独裁聖剣グラディウスに近づいていくことに。
ついさっきまで大音量、強大な敵の群れと戦っていたからこそ、感覚がバカになっていた。
致命傷を負ったゴブリンが這っていく音やその雰囲気になど、一々気にしていなかった。
この最強のゴブリンには、一体一体に相応のリソースが割かれている。
だからこそ、恐怖の魔法使いの認識においても、そのゴブリンはそれぐらいやって当然だった。
最後の一体のゴブリンが、最後の瞬間まで諦め無かったからこそ、奇跡が起きる。
「……な、ご、ゴブリンが生きているぞ!」
まさにタッチの差だった。
ゴブリンは独裁聖剣グラディウスの下にたどり着き、完全に動かなくなった。
その体はイレギュラのユニットがそうであるように影へと還元され、そのまま黒の泉へと変化する。
再び力を失っていた独裁聖剣グラディウスは、その黒の泉に触れると……。
「間に合わない、折れ~~~!」
まるで落下するように、抵抗なく沈んで消えていったのだった。
「……そ、そんな」
勝てる勝負だった。
あと少しのところだった。
勝ったと思って油断していた。
残心が足りなかった。
きっちりとレッドチェックをしていれば避けられた事態だった。
そんな、今さら過ぎる言葉が、全員の脳内を駆け巡っていくのだった。
現実にリセットボタンもセーブもない。
もはや彼らは、最悪の事態を受け入れるしかなかった。
またしばらくの間、更新を休ませていただきます。




