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天下分け目

 ブルービアン大公領。

 そこは黒の泉が蔓延する前とさほど変わらない生活が続いていた。


 しいて言えば、品薄と物価高程度であろう。

 とはいえそれも在庫が少なくなっているとか、庶民の消費が冷え込むとかその程度でしかない。

 これが長く続けば違うが、直近の問題ではなかった。


 もちろん彼らも楽園で暮らしているわけではない。

 普段の生活の負荷が増えたということで、この世の終わりのように騒いでいた。


 対岸の火事が飛び火してきたかのような他人事。

 それがこの街の住人の認識だった。


 その平穏が、打ち破られる。


「なんだアレ」


 昼の空を見上げたものが、そういった。

 雲の高さにありながら、地上からでもわかるほど巨大な黒い平面……黒の泉が出現していたのである。


 それも一つではない。

 街の上に一つ、城の上にもう一つ。

 いずれも各地の目撃情報と異なり、突如として出現していた。


「あ……」


 隕石でも降って来たかのように、一切の予兆なく、そこからモンスターが出現した。


 街の側からは最大級のドラゴン、グレータードラゴンが一体。

 城の側からは最強のゴブリン、十本角ゴブリンが大量に。


 帝国全体を襲っていた災害がこの街へ集中凝縮されて、産み落とされた。


 雲の高さから落ちてくるグレータードラゴンが咆哮する。


 一般人にとって、見下ろす大きさの野良犬すら恐ろしい。

 それをはるかに超える、見上げてなお全体像が見えない、城よりも大きなドラゴンの咆哮。

 その圧力に、人々は脳の処理が停止して、棒立ちになっていた。


 グレータードラゴンが着地する。


 直下の建物、人々が一瞬で潰された。


 着陸の振動で街全体が揺れ、多くの建物が倒壊し、そのまま人々が潰されていく。


 出現してからまだなんの攻撃もしていないが、すでに震災級の被害が生じてしまっていた。


 当然のように、グレータードラゴンは大きく息を吸い込んで攻撃しようとする。


 こうなると、誰が予想しただろうか。

 こうなると知らされていても、誰が真に受けて避難しただろうか。


 否。

 実際に知らされていた。

 終末教団の下っ端たちは『この街も終末が訪れるぞ』と流言していた。

 本人らが愉快犯的に口にしていただけであったし、誰も真に受けていなかった。


 それが、現実になろうとしている。


「ふぅんんぬああああああ!」


 グレータードラゴンの足元から、何かが立ち上がった。

 城よりも大きいグレータードラゴンよりは小さいが、それでもトロール並の巨人が立ち上がる。


 侯爵令嬢、ワワ・スムール。

 第二アビリティ、巨人変身。


 巨大になるという身体的特徴に加えて、よりパワーが伸びた超ボスキラー。

 彼女の肉体をそのまま縮尺だけ変えたわけではない。

 手足が短く背も低い彼女だが、手足が太く長く成長している。

 大人体形へと強化されていた。


「おおおおおお!」


 彼女の怪力をもってしても、グレータードラゴンを持ち上げることはできない。

 馬力もそうだが、単純な物体ではなく関節があり、ある程度の柔らかさもある自分よりも大きい物を持ち上げられなかったのだ。


 それでも……人間で例えれば、足の指の一本がムリヤリ九十度持ち上げられたぐらいの痛みは生じた。


 ブレスを吐こうとしていたグレータードラゴンは、不意打ちの激痛で絶叫した。


「ああもう、ずいぶんと散らかしてくれたじゃないの。お片付けするのは誰だと思ってるんですかねえ!!!!」


 コー・スレックシュ。

 二番目に仕掛けたのは、侯爵家に養子として迎えられた天才児であった。


 彼のアビリティは移動系。

 第一アビリティは飛行、第二アビリティは念動である。


 飛行が自分だけを飛ばせる技ならば、念動は『自分以外』を飛ばす技。


 そしてコーの特性は高速射出。


 彼にとって飛行や念動は、長距離を長時間移動するものでも、重い物を持ち上げることでも、精密かつ複雑に飛行することでもない。

 対象物をカタパルトのように超高速で発射し、敵にぶつけて攻撃するものだ。


 くしくもグーレータードラゴンによって、街には大量の瓦礫が散乱している。

 コーはその瓦礫群を、グレータードラゴンへ超高速で発射していった。


 さながら機関銃。バリスタを大量に並べてようやく叶うであろう、巨大な瓦礫の連続射出。

 瓦礫が空気抵抗で燃焼するほどの超音速攻撃の嵐。


 しかししょせんは瓦礫、相手は超巨大なグレータードラゴン。

 その鱗を貫けるはずもない。

 大したダメージなど与えられないはずだった。


 グレータードラゴンは、嵐のような振動を伴う絶叫をした。

 苦痛による叫びである。


 おかしい。

 グレータードラゴンは、ドラゴン以上に高い知性を持っている。

 ゆえに自分がこの程度の攻撃でダメージを受けるのはおかしいと感じていた。


 理由は単純である。

 心眼によるデバフであった。


 索敵系アビリティ、心眼。

 戦闘で使用した場合、相手の情報、急所や攻撃の軌道などの知られたくない物を『観る』ことができる。


 見ただけでは意味がないはずだが、ある種のフラグを成立させることになる。


 ゲーム的に言えば、被クリティカル率上昇、被クリティカル威力上昇、命中率低下などのデバフを浴びせられる。


 賢人たちは初めて見るグレータードラゴンの『ステータス』に怯えつつも、街の外、遠くから援護の視線を浴びせていた。


「私もやるとしましょうか……!」


 同じ場所に立つマルデル・ウルフドッグもまた、遠距離から援護射撃を行おうとする。


 彼女のアビリティは遠距離、広範囲の攻撃魔法。

 メラニィ・ルコードと同じ組み合わせである。

 レベルが上がったとはいえ、威力は出せない。


 本来なら雑魚退治や牽制にしか使えない。

 同レベル帯のトロール相手には、大したダメージもないだろう。


 だが相手は超巨大なドラゴンであり、現在の彼女は二つのアビリティのランクを最大まで上げている。


 意味するところは、とんでもなく遠くから、超巨大なドラゴンの全身を攻撃できるという事。


 グレータードラゴンは巨大であるがゆえに、広範囲に分散するはずの威力をすべて受け止めてしまっていた。


 グレータードラゴンはやはり絶叫し、のたうち回る。


 ブレスこそ吐けないものの、その巨大な両腕、尾、足でもがく。


 それは周囲にいる、逃げられない人々に当たろうとしていた。


「いくぞぉおおおおおあああああああ!」


 英雄校の生徒、在野の武人たちが変身して殺到する。

 グレータードラゴンという最強のモンスターへ、格下の兵士たちは向かっていった。


 様々な変身をしている彼らは、グレータードラゴンの鱗へ斬り込む。


(……浅い! 今の俺たちじゃ、この程度だ!)


 自分たちにも伸びしろがある。

 まだまだ強くなれる。

 あと少し強くなれば、グレータードラゴン相手にも戦力になるだろう。


 過去の経験も踏まえたうえで、そう確信できる手応えだった。


 どう頑張っても追い付けないような強さではない。


 これは希望でも楽観でもない。

 雑念だった。


(今の俺たちができることをやるしかねえんだ!)


 インフレが進んでいく戦場において、自分たちは一軍組の一歩後ろを歩き続けてきた。

 どれだけ必死に強くなっても、その時々の強敵を倒すには不十分だった。


 正直に言って、自分たちがいる意味を疑っていた。

 不安だった。自己満足ではないかと怯えていた。


 だがあの大公から意味があったと保証された。


 自分たちは足を引っ張らなかったと認められた。


 自己満足じゃない。それだけで彼らは奮い立てる。


 少しでも早く倒す。できるだけ被害を抑える。

 そのために彼らはグレータードラゴンへ挑んでいった。



 城の外で戦いが続く中、アレス・ブルービアンの城には最強のゴブリンが群れを成して侵入していた。

 大公の城を守る兵士たちは抵抗するが、一人で一体を倒すことも難しかった。


 この城の兵士たちも籠っていたわけではない。

 きちんと城の外でモンスターと戦い強くなっている。

 それでもなお苦戦を強いられているという事は、現在のレベル帯よりも一段か二段上ということだろう。


 中には変身して戦う兵士もいるが、彼らをして数体倒した時点で息を荒くしていた。


 それでも、大公の城には多くの兵がいる。

 壊滅することなく、なんとか抑え込むことができていた。


 だがそれは、ゴブリンの多くが独裁聖剣グラディウスの元へ向かっていたからに他ならない。


 封印場所に陣取っていたカサンドラは、憤りつつも覚悟を固めていた。


(私が最後の防波堤だ。何が何でも、大公閣下を守る。私が閣下の妻であるために、閣下が私の夫でいるために……!)


 彼女の中には憤りがあった。


 人間の心理として、重大な決定事を他人に決められるとイライラする。

 選択内容が同じでも、自分で決めていないと士気は上がらない。


 自分で決めたからこそ表の英雄たちは士気が高いだろう。

 だが自分で決めていないカサンドラは士気が高くとも不満も高かった。


『私は確かに未来が見えます。ある程度なら選択もできます』


『すごろくで言えば、前のマスをすべて見たうえで、サイコロで好きな目をだせるようなものです』


『ですが他人のサイコロがどうなるかまでは決められません』


『他人がどのような選択をしうるかはわかりますが、その中のどれが選択されるのかはわからないのです』


『だからこそ、大きな戦いでは上振れと下振れの幅が大きくなってしまう』


『貴方と共に過ごす未来が来るとは限りません』


 彼女は己のふがいなさを呪った。


 彼女は予言を知ってから、大公の妻としての権力を行使して、今日のために戦力を集めてきた。

 だがそれでもこの結果だ。あの英雄たちがいなければ、何も守れなかっただろう。

 イレギュラと違って、自分は予言の内側の存在だ。彼の期待に応えられなかった。


(まだ巻き返せる……この命、ここで使い切っても悔いはない!)


 封印場所の扉の外で、戦闘音が聴こえてきた。


 いよいよ来るか、と身構えるも静寂が訪れる。


 やがて、一人の少女が血まみれになりながら入ってきた。


「殿下、私も助勢いたします」

「フレイヤー・ウルフドッグ!? グレータードラゴンの相手をしているのではないのですか!?」

「この剣を守ることが第一でしょう。優先順位の問題です」


 最強戦力であるはずのフレイヤーが、この最終防衛ラインに参戦していた。

 すでに戦っていて傷だらけの彼女であったが、むしろ気が楽そうな顔をしている。


「それに、貴方は辛そうでしたから」

「そう思うのなら……生き残ることです。貴方が死んだら、結局同じですから」

「……それもそうですね。我ながら、最悪への備えが浅いです」


 運命に負けてたまるか。


 二人の女傑は並び立ち、共に迎え撃つ構えであった。

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― 新着の感想 ―
言うてる事は最も過ぎる筈なのに、合流シュチエーションが余りにも罠臭過ぎる。
今後を左右する大きな戦いが始まりましたね…!
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