第五十七話 過去の万象の主と杖
僕はセレスティア様から、過去の主とこの杖について話を聞くことになった。
「前の主はどんな方だったのですか?」
「馬鹿だった」
「え?」
「本当に救いようのない馬鹿で、生意気だった」
◆約六百年前
私は、この呑気で何も考えてい無さそうな抜けた少年によって召喚された。
名前は、レイド・スクメリア。
始めは不安しかなかった。
魔物が出ても逃げ惑い、戦闘はすべて私任せ。
魔術を使ったと思えば、湖に居る魚を一か所に誘き寄せるような下らない使い方だ。
「セレスティア!見てくれ!大漁だぜ!」
私は、他の七柱と違い、早めにこの世を去ることになるのだろうと本気で思っていた。
ある日、私たちは南の国の小さな村を訪れた。
そこの住人は男女ともに小柄で、私からすれば蟻の様な存在だった。
レイドは警戒もせずに村に入り込み、見ず知らずの住人に声をかけていた。
「すみませ~ん!何かお困りごとなどはありませんか~?」
馬鹿な男だ。
どこの誰が、いきなりやって来た胡散臭いよそ者に悩みを相談するというのか。
そう呆れていた矢先、村の長が現れた。
歳は六十を超えているらしいが、見た目はヒト族で言うと三十ほどにしか見えなかった。
「何用ですか?」
「あ!こんにちは!俺の名前はレイドと申します!こちらに居るのは、セレスティアです!たまたま通りかかったので、何かお悩み事は無いかな~って」
それを聞いた長は少し戸惑っていたが、私を見た瞬間、ハッと表情を変えた。
恐らく私の力を感じ取り、手に余る厄介事でも押し付けられると考えたのだろう。
「こ、これは魔術使いの御方でしたか。私はこの村の長である、ジンジと申します」
「ジンジね!よろしく!」
「見ての通り、この村の者は小柄で、縁も少なく魔術が得意な者も少ないのです」
その村は、生活のほとんどを農作物に頼っていた。
山や海で狩りをするには、彼らは非力すぎるのだろう。
「確かに、皆小さいですね。何か理由でも?」
「我々はリネット族と言って、成長速度がヒト族に比べて二分の一なのです」
「なるほど……リネット族か」
レイドは、初めて知った事を直ぐにノートに書き込む習慣がある。
前にも、悪夢を見たとか、綺麗な流れ星を見たとか、そういうくだらない事まで書いていた。
こういうマメな所だけは、褒めてやってもいいのかもしれない。
「悩みを聞いていると言ったが、悩みを言えば解決してくれるのか?」
「はい!なんでもしますよ!あっ……戦闘系ならセレスティアに言ってください!」
先ほどこいつを褒めようとしたことは、即座に前言撤回させてもらおう。
この生意気さは、本当に腹が立つ。
「セレスティア殿。実は最近、村の周りでやたらと魔物が出る様になったのです」
「魔物の処理っすね!それなら、ちょちょいのちょいです!」
「レイド、一度黙れ」
私はレイドを黙らせ、長の話の続きを促した。
「中級魔物や上級魔物の一体であれば、うちの村で一人だけ魔術に長けた者がおりまして対応ができるのですが……ここ最近は上級魔物の群れも増え、なんとか王都からの精鋭部隊に援助を貰い対処をしていたのです。ですが……」
「何か問題でも起きたか?」
「つい最近、魔物の群れの中に、明らかに悍ましい雰囲気を纏った魔族の様な奴が現れたのです」
「魔族か……詳しく話を聞かせてくれ」
「はい。その魔族は王都からの精鋭部隊をあっけなく殺し、うちの魔術使いの力を借りて何とか追い払ったのですが……奴は去り際に、器が合わないとかなんとか言って、それで消えていったのです」
その話を聞いて、私は直ぐに理解をした。
その魔族の正体は、六皇神だ。
どいつかは知らないが、王都の精鋭部隊とやらが束になっても歯が立たないのは当然の話だ。
「それから数日は魔物の数も減り、安心していたのですが……ここ数日また魔物が増え、あの時の再来を感じるのです」
それを聞いたレイドは、私を待たずに直ぐに答えた。
「なるほど。じゃあ、そいつがこの村を襲いに来た時に、俺たちがその魔族を倒せばいいんですね!」
(『俺た(・)ち(・)』……だと?)
戦闘は全て私任せのくせに、よく言ったものだ。
「いかがでしょうか。セレスティア殿」
「良いだろう。六皇神の魔族はいずれ滅ぼさなければいけない。それが、今回だったと言うだけだ」
「ありがとうございます……!」
長は深くお辞儀をした。
それから私たちは村を案内してもらい、拠点として小さな家を一つ借りることになった。
この村の者たちは、よそ者に対する警戒心が無いのか、私たちを凄く世話してくれた。
何もしなくても飯は出るし、湯も沸く。
気が付けば、村の娘たちが私の髪を丁寧に梳かしてくれていた。
「セレスティア様の髪はお美しいです」
「橙色で艶も良くて、私もこんな髪になりたいわ〜」
(……)
私は特に何も思わなかった。
それよりも、レイドの方は既に村の広場で中心となり、大いに注目を集めていた。
「ほら見てみろ!こうしてこうだ!」
普段は自分から進んで魔術など使わないくせに、こういう時だけ見せびらかしている。
だが、村の者たちは目を輝かせて楽しんでいるし、こういう懐への入り方の巧さが、レイドの持ち前の魅力なのだろう。
実際、あそこにいる何人かの娘は既にレイドに興味を持っていそうだった。
すると、そこにいた住人の一人が声を上げた。
「あ!メイトだ!メイトが帰ってきたぞ!」
皆が視線を向けた先には、綺麗な金髪で小柄な少女が立っていた。
その立ち振る舞いからして、あのおなごがこの村で唯一戦える者だとすぐに分かった。
「皆、ただいま……。あの、この者たちは?」
「おぉ、メイト。帰ってきたか」
「ジンジさん。この者たちは?」
メイトは、警戒するように真っすぐレイドを見ていた。
「紹介しよう。こちらはレイド殿。そして、あちらに居る者がセレスティア殿。魔族を倒すのに協力してくれる、頼もしい仲間です」
「魔族……」
メイトはレイドの目をじっと探るように見ていた。
「レイドだ!少しの間だけど……いや、少しってどの位だ?まぁいいや、とにかく世話になる。名前は何て言うんだ?」
「え、あっ……!私はメイト。メイト・テテラです」
「そうか!メイト、よろしく!」
レイドは満面の笑みでメイトに手を伸ばし、握手を求めた。
メイトは少し戸惑いながらも、その手を握り返した。
その日の晩は、村のもてなし料理を振舞ってくれた。
レイドが下らない魔術で湖の魚を沢山捕まえたこともあり、村の者も大喜びだった。
それに、ここの酒は美味かった。
「あ、あの。本当に魔族の討伐を手伝っていただけるのですか?」
「当たり前だろ!俺たちが直ぐ倒してやるからよ!」
「私任せだろ」
得意げなレイドに、私は思わず突っ込んでしまった。
「ですが、王都から派遣された精鋭部隊すら、その魔族に滅ぼされてしまいました」
「大丈夫だ。セレスティアは強いからな」
「た、確かにセレスティアさんがお強いのは、肌で感じておりますが……この村でまともに戦えるのは、お二人を含めても私と三人しかおりません」
それほど、リネット族というのは魔術や戦闘に不向きな種族なのだ。
メイトのような戦える者は貴重で、お金を稼ぐために王都へ出稼ぎに行ったり、魔獣を狩りに村から離れる事が多いらしい。
最近になって魔獣や魔族が村に襲い掛かってくるようになり、メイトも村にずっと滞在して警戒しているとのことだった。
「まぁ、信じてくれ。俺たちはみんなに良くして貰えた恩があるし、必ず魔族を倒してこの村を守って見せるさ!」
レイドが力強くそう言うと、その場にいる村人たちはすっかり安心したような顔を見せた。
それから一か月が経過したが、魔族が襲ってくることは無かった。
多少、生きの良い魔獣が村に現れることはあったが、メイト一人で十分に対処出来るほどだった。
レイドとメイトはとても仲が良くなっていた。
二人で、魔獣を倒しに行ったり、私はほとんど一人で居た。
それから数日後。
事態は突然起きた。
魔獣がおとなしいはずの昼間。
森へ山菜を取りに行っていた村人の一人が、血まみれで腕の一本を欠損した状態で逃げ帰ってきたのだ。
すぐに、メイトが駆け付けた。
「どうした!?何があったの!?」
「メイトさん……森で、皆が……ッ!」
その村人は、言葉の途中で限界を迎え、その場で倒れ伏した。
すると、森の方角から土煙を上げて、数え切れないほどの魔獣の群れがこちらへ向かってきた。
そして、その群れの最前線の中心には悍ましい縁を放つ、魔族が立っていた。
「き、きた……来たんだ」
「終わりだ……魔族が俺たちを滅ぼしに来たんだ!」
それを見た村の住人たちは恐怖に怯え、パニックに陥っていた。
「皆、ここから離れて高台へ!ジンジさん、皆の避難をお願いします!」
「わ、分かった。メイト、頼んだぞ。それに、レイド殿とセレスティア殿。どうかこの村をお守りください」
「……任せてくれ」
返事をしたレイドの声は、いつもの呑気な雰囲気とは全く違っていた。
血まみれで倒れた村人を見て、その瞳には明確な怒りが宿っていたのだ。
「なぁセレスティア。俺も戦うよ」
「ほう。だが、あの魔族はお前よりずっと強いぞ?」
「いや、俺は後ろの大量の魔獣を相手する。アレは、セレスティアに譲ってやるよ」
(調子に乗りやがって)
「私も、魔獣の相手をするわ。あの数、一人じゃしんどいでしょう?」
「それは助かるぜ、メイト!」
魔獣を従えた魔族は、既に村の入り口付近まで接近していた。
この村を何故執拗に狙うのか。
リネット族などという非力な相手にここまでする必要があるのか、私には理解できなかった。
「貴様らが、どうやってこのような強者を取り入れたのかは知らんが……これは、随分とめんどくさい者を連れてきたものだ」
その魔族は、三メートル程の長身で、灰白色の肌に腰まで伸びた銀髪。
なんといっても、頭部に生えた二本の黒紫色の角が特徴だった。
「貴様は、六皇神サマエルだな?」
「ほう、この私の事を知っているか」
「当たり前だ。私たちは、貴様らを殺すためにもこの世界に居るのだ」
サマエルは、余裕の笑みを浮かべながらゆっくりとこちらへ向かってきている。
「理解した。あぁ、理解したぞ。貴様は七柱だな?」
「だったらどうする?尻尾を巻いて逃げるか?」
「逃げる?我々よりも後からこの世界に現れた貴様らから、逃げるなど笑わせるな」
すると、メイトが一歩前に出た。
「あなた達は、一体何が目的なの!?」
その表情は怒りや憎しみに飲まれず、冷静に相手の情報を聞き出そうとしていた。
「我々リネット族は縁も少なければ、魔術を使える者も少ない。どうしてわざわざ私達の村を狙う必要があるの!」
サマエルは歩くのを辞め、その場に立ち止まった。
「私の身体はまだ不完全だ。その為、器を探しながらこの身体を保つための栄養が必要なのだ」
「栄養って……私たちの事か!?」
「そう怒るな。貴様らでなくても良いのだ。貴様らリネット族は縁も無い、ただの貧弱な雑種だ。こんな辺境の地に、高位の魔術を使えるようなやつもそうは来ないだろう?だから、私は安全な栄養補給のために貴様らを狙ったまでだ」
サマエルは、不完全体であり魔術も使えないリネット族を、簡単に殺して喰う事が出来る手軽な餌だと考えていたのだ。
「だが、誰が手を回したのか、この前は王都の魔術師と貴様のせいで私は手痛い傷を負う事になった。その屈辱を晴らしに来てやったのだ」
「それで、この村を襲うとか……私たちには関係の無い事でしょ!」
「知らん。我々魔族の理想の世界作りに、貴様らの様な種は必要ない」
サマエルのその傲慢な見下した言葉が、静まり返った空気に響いた。
「……必要ない、だと?」
ふと、低く冷たい声が割って入った。
レイドだった。
いつものふざけた態度は微塵もなく、手にした杖をサマエルとその後ろに控える魔獣の群れへと真っ直ぐに突きつけた。
「てめぇら魔族の勝手な都合で、優しくしてくれたこの村の奴らを必要ないなんて決めつけてんじゃねぇよ!」
その瞬間、レイドの持つ杖に莫大な縁が込められていくのが分かった。
「セレスティア!アレはお前に任せたぜ!」
「おい、レイド!」
レイドはそう叫ぶと、地面を蹴り前線へと走り出した。
「地形創造!」
レイドの魔術によって地面が隆起し、彼はその突起を利用して高く宙に舞い上がる。
そして、眼下に群がる魔獣の群れに向かって杖を突きつけた。
「氷よ、牙を成せ。凍てつく槍で敵を穿て。氷棘槍!」
無数の鋭い氷の刃が上空から降り注ぎ、魔獣の群れに容赦なく襲い掛かる。
魔獣どもはレイドの魔術を食らい、次々と倒れていく。
それを見たメイトも、たまらずレイドの背中に続いた。
「うちの馬鹿をあの様に立派に動かしてくれた事には、感謝をしよう」
「フン。貴様を殺してから、あの小僧が絶望する表情を見るのが楽しみで仕方がない」
それから、私たちは魔族と魔獣を相手に激戦を繰り広げた。
始めは直ぐに片付くと思っていたが、サマエルが魔剣を開放してからは非常に厄介だった。
奴の魔剣は、縁を喰らい自らの糧とする。
要は、魔術を放っても魔剣に吸い尽くされるだけだったのだ。
だが、それでも戦況は私たちに傾いていた。
レイドとメイトの二人が魔獣の群れを完全に殲滅させ、サマエルを三対一で囲む状況を作り出したからだ。
「どうやら、貴様が従えていた雑魚どもは、一匹たりとも居なくなってしまったようだな」
「終わりだ、魔族。魔獣は全部倒した。後は、俺たち三人でお前を倒すだけだ」
レイドもメイトも万全ではないが、二人とも闘志は衰えず、まだ戦える状態であった。
「笑わせるな。有象無象の魔獣と、六皇神たる私を同じだとは思わんことだ」
すると、ハイケルは魔剣を一振りし、私たち三人に同時に漆黒の斬撃を飛ばしてきた。
三人はそれぞれに回避と防御の対処をする。
「きゃッ!!」
不意に響いた悲鳴に視線を向けると、砂埃が晴れた先で、メイトがサマエルに捕まっていた。
「メイト!」
「動くな。少しでも動けば、こいつの首を刎ねる」
分が悪いと考えサマエルは、メイトを人質にとるという卑劣な手段に出たのだ。
「お前、七柱の主だな?」
「……それがどうした?」
「自害しろ」
「は……?」
「貴様が死ねば、厄介な七柱も消える。そうすれば、この小娘とこの村の雑種どもは特別に見逃してやろう」
その言葉を聞いた瞬間、レイドは物凄く動揺していた。
馬鹿でお人好しなレイドの事だ。
自分の命と引き換えにこの村を守れるなら、喜んで死を選ぶだろう。
「レイド。やつの戯言に耳を貸すな!」
「わ、分かってるけど……」
ハイケルは太い腕で、メイトの細い首をギリギリと強く締めた。
「さぁ、どうする。貴様一人が死ねば、多くの弱者が救われるぞ?」
レイドは覚悟を決め、杖を下ろして何かを言おうとした。
だが、メイトが苦しい息の中でそれを止めた。
「だ、駄目よ……レイド」
「メイト!?」
「私はリネット族で、天性の才能を与えられた唯一の戦士……。まだ、こんなところで終わらないわよ……!」
メイトは、自らの両手の平をハイケルの足に触れさせた。
縁を手に込めると、メイトの手が異様な赤色に光り始めた。
「赫流!!」
メイトの小さな手から放たれたのは、赤く流れるような超高熱の業火だった。
その勢いは凄まじく、至近距離からサマエルの下半身を丸ごと吹き飛ばしたのだ。
(無詠唱……?いや、何か奇妙だ)
だが、六皇神であるサマエルは、下半身を失い上半身だけになっても、メイトを押さえつけた状態で生きていた。
「なっ……!?」
「まさか、ただの雑種に、これ程の魔術師が居たとはな」
吹き飛ばされたサマエルの下半身が、ドロドロと徐々に再生していく。
「自らの手の平に魔法陣を刻んでいるな?」
メイトは手の平に火の魔術を発動させる魔法陣を自ら刻み込んでおり、そこに縁を注ぐことにより、詠唱を破棄して魔術を即時発動させることが可能であった。
その並外れた才能を見たサマエルは、ひどく不気味な笑みを浮かべた。
そして次の瞬間、その鋭い爪の生えた手をメイトの腹部に深く突き刺し、強引に自らの縁を注ぎ込みはじめたのだ。
「ギャァァァァァァッ!!」
「メイトォォォッ!!」
すぐにレイドがサマエルに襲い掛かるが、魔剣の壁に阻まれ無情にも弾き返される。
「アレは……」
(六皇神は、生物を魔道具に造り変える事が出来る……と言う噂は本当だったのか!?)
メイトの身体が、どんどんとサマエルの禍々しい黒い縁に飲み込まれていく。
「命骸融解」
ハイケルがそう唱えると、サマエルとメイトを包み込むように紫色の魔法陣が展開された。
「貴様は気に入った。私の器には程遠いが……我が武器となれ」
「おい、何を言っているんだ!今すぐメイトを離せぇぇッ!!」
レイドが何度弾かれてもサマエルを止めにかかるが、魔法陣から強烈な光が放たれ、身動きが取れなくなる。
光が収束し、目を開くと……そこにはもう、メイトの姿はどこにも見当たらなかった。
代わりに、ハイケルの手には新たな剣が握られていた。
その剣の鍔元には、メイトの命を凝縮したような紫色の縁石が、無惨に埋め込まれていた。
「お、おい……メイトは何処だ!何処にやりやがった!!」
レイドは絶望と怒りで荒ぶっていた。
私も信じたくは無かったが、目の前で起きた悍ましい現実から目を背けることは出来なかった。
「何処に、だと?ここにあるじゃないか。あのリネット族の魂は」
サマエルはニタリと笑い、素早くレイドの前まで肉薄すると、そのメイトを犠牲にした剣でレイドに斬りかかる。
私は直ぐに間に入り、その攻撃を力一杯弾き飛ばした。
「レイド!こいつを殺す。手を借りるぞ」
「あぁ……勿論だ。こいつだけは、必ず俺が殺すッ!!」
レイドはボロボロと涙を流しながらも、その瞳は決してブレることなくサマエルを捉えていた。
私がサマエルの猛攻を凌ぎ、立ち回っている間。
レイドは自身の限界を超えるほどの縁を練り上げ、静かに詠唱を行っていた。
(……いい縁の練りだ。やれば出来るじゃないか)
私は隙を突き、サマエルの腕、メイトを変えられたあの剣を持っている腕を切り落とし、上空へと高く蹴り飛ばした。
サマエルは激昂し、自身の魔剣で私を両断しようと襲い掛かってきたが……既に、レイドの詠唱は完了していた。
「氷牙天墜!!」
空に浮かび上がった、巨大な棘状の超質量を持つ氷塊が、もの凄いスピードでサマエルに襲い掛かる。
サマエルの魔剣が喰いつくそうとするよりも早く、圧倒的な物理質量と冷気を伴った氷塊が直撃し、触れた対象を細胞の底から凍り付かせた。
私は蹴り飛ばした剣を空中で手に取り、サマエルが完全に氷漬けになったことを確認すると、その剣をレイドへと投げ渡した。
「レイド!まだ終わっていない!これを持っておけ!」
レイドは限界を超えた魔術の反動により両膝を地面に着いていたが、剣を受け取り、その冷たい刃を複雑な表情で眺めていた。
凍り付いたサマエル。
魔剣の部分から、徐々にひびが入り、ピキピキと音を立てて割れていく。
「貴様ぁぁッ!良くも、六皇神たるこの私をっ……!?」
「終わりだ。塵となって死ね」
私は背後から、氷結したサマエルを容赦なく切り裂き、再生も出来ない程に完全に粉砕した。
サマエルの縁がこの空間から完全に消滅したのを確認し、私はレイドの元へ向かった。
「レイド……」
レイドは、声を殺して泣いていた。
握りしめていた剣は、サマエルが消滅したせいか、光の塵となって空間に溶けて消えていく。
だが、鍔元に埋め込まれていた紫色に染まった縁石だけは、レイドの手にしっかりと残った。
その縁石が、突然ドクンと脈打つように光った。
私は何が起きたのか直ぐには分からなかったが、光が納まると、その魔石は温かな赤色へと輝きを変えていた。
それを見たレイドは、何かを理解したのかは分からないが……涙を拭い、覚悟を決めたような強い顔つきになっていた。
私は聞いた。
レイドに、そこで何があったのかを。
レイドは真っ直ぐに私の目を見て、こう言った。
「メイトは……この中に生きている。だから俺は、この村だけじゃなく、世界中を知り……この世界を魔族から守り抜く」
詳しい事は深追いしなかった。
だが、確かにその赤い縁石からは、あのメイトと言う娘の温かな魂の欠片のようなものを感じた。
レイドは無言のまま、自身の愛用していた杖についている元の縁石を取り外し、メイトが宿る赤い縁石をしっかりと装着させた。
「いいのか?元の縁石は、レイドの縁の性質によく見合った縁石だったぞ。最後の魔術も素晴らしい威力だった」
「いいんだ。これから、メイトの為にも……共にこの世界で戦っていくんだ」
そうして、私たちによってリネット族の村からの魔族の脅威は去り、しばらくの滞在と復興の手伝いの後、私たちはこの村を離れたのだ。
◆現在
「それが、シエロが今持っているその杖の始まりだ」
(この杖には……そんな、悲しくて熱い物語があったのか……)
僕は、自分の手元にある赤く光る縁石を見つめるが、今の僕にはまだ、魂のような何かを感じることは出来無かった。
「ほんの一部しか話していないが、なんとなく前世の主の馬鹿さ加減についても分かっただろ?」
「そうですね。でも……多くの者を惹き付ける魅力は、凄く伝わりました。僕にこの杖が渡ってきた以上、レイドさんの想いも背負い、この世界を魔族から守り抜きたいと思います」
「その杖が、どうしてシエロの元へ巡ってきたのかは不明だが。きっと偶然では無いのだろうな」
(この杖を見つけてくれたのは、リリア先生だ……。ん?……リネット族……?)
僕の頭の中で、何か決定的な事実にひらめきそうになった、その時だった。
バタンッ!
勢いよく部屋の扉が開き、セリナが息を切らしながら飛び込んできた。
「ふ、二人共……、広間に集合よ……」
「セリナ……?」
ただならぬセリナの様子に、僕とセレスティア様は顔を見合わせた。
読んでいただきありがとうございます。
良ければ評価の方をしていただければ、嬉しいです。




