第五十五話 ディスクリメンⅡ
◆シエロ視点
僕達が冥竜ケルベインへの反撃に向けて動こうとした、まさにその瞬間だった。
この巨大な空間の遥か上空から、メキメキ……ッという氷山が割れる嫌な音が鳴り響き。
ズドォォォォォォォォォォォンッ!!!
氷山の分厚い天井をぶち抜き、太陽よりも眩しく物凄い勢いを持った紫の極太の稲妻が、上空から一直線に降り注いだ。
そして、僕達の目の前にいた冥竜ケルベインの巨体に、脳天から完璧に直撃した。
(な、なんだ……!?)
冥竜ケルベインは鼓膜が破れるような大きな咆哮を上げ、全身が紫の雷でビリビリとショートし、白目を剥きながらドスンと崩れ落ちた。
あれほど硬かった鱗のほとんどが焼け焦げて剥がれ落ち、膨大な魔術に耐え切れずに一枚一枚が炭化しているようだった。
「し、死んだのか?」
「そ、そうみたいね……」
僕は警戒しながら、少しずつ冥竜ケルベインに近づこうとした。
すると、冥竜ケルベインの焦げた傷口の隙間から、何か黒い物体がボトッと転がり落ちてきた。
「な、なんだこれは……」
最初は冥竜ケルベインの臓器か何かかと思ったが、違う。
わずかに、悍ましく不気味な縁を感じる。
だが、元の原型が分からない位、黒焦げになってピクピクと痙攣していた。
(これは……上空でセレスティア様を襲った、あの謎の黒いやつか!?)
すると、ぽっかりと開いた氷山の天井の穴から、セレスティア様がゆっくりと光を背負って舞い降りてきた。
その姿は、まさに神に等しい絶対的な存在だった。
(セレスティア様!?)
「セレスティア様!!」
それに気が付いたベンジャンさんが、急いでこちらに向かって駆け寄った。
「悪いな。少し、上空で面倒事に絡まれてな」
「セレスティア様、お身体は大丈夫ですか!?」
常に冷静なベンジャンさんが、かなり焦っていた。
それもそうだ、あの無敵のセレスティア様が少し息を切らし、美しい身体や服のあちこちがひどく傷ついていたのだ。
恐らく、上空でこの黒い物体と、互いの命を削るような凄まじい攻防戦があったのだろう。
(しかし、冥竜が倒れたので助かった……)
「一体、上で何があったのでしょうか?」
「そこの黒い汚物は、剣皇神サマエルだ」
(剣皇神サマエル!? あの時ハイケルが言っていた、魔族の頂点である六皇神の一人!?)
「こいつが、剣皇神サマエルですか……」
ベンジャンさんは、足元に転がる黒焦げの肉塊を見て驚愕していた。
まさか、あの六皇神がこの様な無惨な姿になるとは思っても居なかったのだろう。
「そうだ。丁度こいつが上空でこの氷山と重なってくれたおかげで、地下の冥竜もまとめて巻き込めた。賭けだったが、シエロ達を巻き込まずに済んでよかった」
「アハハハ……流石です」
(え!? 冥竜と六皇神を、縦串にして二体同時に撃破したって事……!? やっぱり、このヒトには絶対に敵わないな……)
すると、分厚い氷に覆われている宿縁具の前で、セリナが一人苦戦をしている声が聞こえた。
「ねぇ! この氷、全然壊れないのだけど!」
更に……。
「クソッ……出口の結界が壊れねぇ……!」
出入り口のゲートで、レガードさんが結界を必死に叩いていた。
その傍らには、縁が枯渇して瀕死のネネさんが横たわっている。
そして、冥竜の攻撃で片腕を失った父が、氷壁に力なく倒れ掛かっている。
レガードさんにより布で強く止血はされているが、ここからだと意識があるのかも分からない。
「セリナ! もう少しそこで待っててください!」
僕はすぐにセレスティア様を頼った。
「セレスティア様! お父様とネネさんが重傷です!」
勿論、セリナやレガードさんも傷を負っているが、それよりもあの二人の命が最優先だ。
「何か、治療は出来ませんか!?」
セレスティア様は、自身に負った傷をゆっくりと治癒しているところだった。
僕達は急いで二人の元へ駆けつけた。
「これは重傷だな。シエロの父の方は左腕の損傷だが、意識もあり命の危険は無さそうだ。小娘の従者の方は、重度の縁枯渇だな」
「お父様、大丈夫でしょうか?」
「あぁ……。ここで死んでは、後で母さんに物凄く怒られるからな……」
父が弱々しくも冗談を言える状態なのを確認し、僕は心底ホッとした。
(良かった……)
すると、セレスティア様は自身の膨大な縁をほんの少量だけ分け、ネネさんの体内に取り込ませた。
ネネさんは意識こそ戻っていないが、安定した呼吸をするようになった。
「私の縁を、ほんの少量与えた。自身の縁ではないモノを体内に取り込ませたのだ。これはただの応急処置だと考えるんだな」
「セレスティア様は、他人に直接治癒魔術をかけられないのでしょうか?」
「なんだ、不満か?」
「い、いえ……」
セレスティア様くらいであれば、高度な治癒魔術など息をするように使用できるだろうと勝手に思っていたのだ。
「治癒魔術くらい扱えるさ。だが、縁枯渇には治癒魔術は無意味だ。それに、人体欠損の完全な修復は、治癒魔術の中でも神級レベルでないと無理だ。無論、私は自身の回復以外でそんな面倒な治癒魔術を覚える意味がないので、知らん」
(あ、なるほど。これはもしかすると、セレスティア様は治癒魔術が苦手なのかもしれないな)
「何だシエロ? 」
「い、いえ! 何もありません!」
(セレスティア様の察しの能力は鋭すぎる……気をつけよう)
「あ、そう言えば……」
突然、レガードさんが何かを思い出したように大きな声を出した。
「おい、そういう事は先に言っておくんだな」
「すまない。頭に血が上っていて完全に忘れていた」
レガードさんは、自分の持ってきた荷物から、回復ポーションを数本取り出した。
それを、父や皆に飲ませ使用した。
欠損こそ治らないが、全員の体力の消耗と深い傷が急速に癒えていった。
ずっと氷と格闘しているセリナにもポーションを渡しに向かった。
「セリナも、これを使用して下さい」
彼女の前の氷をよく見ると、戦斧で叩いた無数の傷が付いていたが、根本的に壊れる様子は全く無かった。
「ありがとう、シエロ」
「それにしても、中々壊れませんね……」
「そうなのよ。どれだけ全力で叩いても、つくのは表面のかすり傷だけ。本当になんなのよ、この氷は!」
周りの氷壁は先程までの激しい戦闘の影響で粉々に壊れたりしているのに、宿縁具を覆うこの氷だけは、不思議なほど綺麗に保たれていた。
「もしかすると……魔術などの類で作られた封印なのかもしれん」
その氷をじっくりと観察したベンジャンさんが、そうつぶやいた。
すると、冥竜から剥がれ落ちた硬い鱗を拾い上げたセレスティア様が、それをこちらへ投げてよこした。
「これを氷に当ててみろ」
鱗を受け取ったベンジャンさんは、言われた通りにその鱗を氷にコツンと当てた。
すると、絶対に砕けなかった氷が内部から青白く光り、パリンッと音を立てていとも簡単に砕け散ったのだ。
(あの冥竜の鱗単体でも、魔術を吸収する効力があるのか……。これは、持ち帰れるだけ持ち帰っておこう)
「これが……宿縁具」
氷が解け、セリナがそっと宿縁具を手に取った。
その宿縁具はセレスティア様の時とは違い、美しい青色と金色が入り混じった、神秘的な装飾が施されたものだった。
「どうやってそれから、七柱を呼び出すのだ?」
すると、ネネさんを担いだレガードさんがやってきた。
「レガードさん! ネネさんは大丈夫なのですか?」
「大丈夫……では無いわ。でも、少し話すことくらいは……可能よ」
ネネさんは顔色はまだ悪く、自力で歩け無さそうだが、しっかりと意識を取り戻していた。
「良かったです」
「まだ、入り口の謎の結界のおかげで外に出れないし。ネネが、従者として主の誕生をこの目で傍で見たいんだってよ」
「では、セリナさん。その宿縁具に、自身の縁を込めてみてください」
セリナは、手の中の宿縁具を緊張した面持ちで強く見つめていた。
「わ、分かったわ……」
セリナは深く深呼吸をして縁を練り、宿縁具に真っ直ぐに注ぎ込んだ。
瞬間、宿縁具が脈打つように強く光り、この薄暗い洞窟内を神々しい光で埋め尽くした。
あまりの眩しさに、皆が目を閉じる。
そして、光がゆっくりと納まり……恐る恐るゆっくりと目を開けた。
しかし。
光が収束しても、セリナの姿にも、周囲の景色にも、何も変化は起きていなかった。
「な、何も起こらないわ……」
セリナは困惑して戸惑っていた。
いや、セリナだけでなく、ここに居る誰もが戸惑った。
(そうか。僕達は、セレスティア様の言葉から勝手にセリナを原初の子だと思い込んでいたが……セリナはネメティアの主候補でもなんでもなかったんだ)
「良かったですね……。どうやら、セリナさんは原初の子では無いみたいです」
「な、何が良かったのよ! これじゃあ……セリカと私は、結局何も関係なかったてこと!?」
「そ、それは……」
僕は、言葉選びを完全に間違えてしまった。
セリナが主と言う重たい命がけの責任を負わずに、ただの女の子として生きられる。
そんな安堵の気持ちが、つい言葉の前面に出てしまったのだ。
「結局、宿縁具は本物だったけれど……ゴホッ、ゴホッ……あの怪しい情報屋のいう事は、完璧では無いのね」
「まぁ、完璧なやつなんてこの世にいないさ。今回は、宿縁具が無事に見つかっただけでも大きな収穫だと思えば良いんじゃないか、ネネ」
「そうね……。さっさと出口の結界をどうにかして、帰りましょう」
何とも言えない、ひどく気まずい空気が洞窟内に出来てしまった。
セリナは俯き、反応のない宿縁具を両手で強く抱きしめていた。
「いや、小娘からは間違いな……!?」
セレスティア様が不可解そうに何かを話そうとした、その時だった。
ズズズ……ッ。
背後で死んだはずの冥竜ケルベインが、不気味な音を立ててゆっくりと起き上がってきたのだ。
身体の鱗は焼け焦げてボロボロだが、流石は終焉種と言うべきか、そのタフさは異常なものだった。
「フッ、私の力が減衰したとはいえ、直撃を食らってまだ立ち上がるか」
セレスティア様はすぐに刀を構え直した。
僕達もハッとして、いつでも動けるように武器を構える。
冥竜ケルベインが、自らの身体に帯電している紫電を、残った鱗に無理やり吸収させ始めた。
そして、なんと次の息吹に、セレスティア様の雷の力を上乗せして融合させようとしたのだ。
「この状態で、まだ学習して進化するというのか!?」
だが、冥竜ケルベインが雷を纏った息吹を吹きだそうとした、その瞬間。
丁度大きく鱗がはがれて無防備になっていた冥竜の腹部に、内側から巨大な穴がブチ開けられた。
ギィィィィィィ……ッ!?
冥竜ケルベインの口から光が消え、大きな音と共に再び地面へと倒れ伏す。
そして、その腹を破って出てきたのは、黒焦げの肉塊から、自らの肉をドロドロと再生させた満身創痍の剣皇神サマエルだった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「チッ。どいつもこいつも、本当に死に際の悪いめんどくさい奴らだ」
サマエルは、冥竜を喰らうことで少しづつ身体を動けるくらいまで修復していたのだ。
「あれが、剣皇神サマエル……!?」
セリナも宿縁具を片手に持ちながら、もう片方の手で戦斧を構えた。
ベンジャンさんも父も同じだ。
レガードさんはネネさんを背に庇って双剣を抜く。
「クソが、クソが、クソがクソがクソがぁぁぁぁッ!!」
プライドをズタズタにされたサマエルの狂気じみた叫びが、洞窟を支配する。
「なんだ? まだ自身の負けを認められないのか?」
セレスティア様の冷酷な問いに対して、サマエルは答えなかった。
むしろ、下を向き、不気味なほど微動だにしなくなった。
ふと、地面を這う一本の木の根の様な漆黒の何かが、セレスティア様の足元へ向かって音もなく伸びているのに気が付いた。
(なんだ、あれは……)
視線を辿ると、それはサマエルの足元から伸びている影だった。
「セレスティア様! 下です!!」
僕の叫びと同時。
漆黒の縁は、下から串刺しにするような鋭利な棘に変形して突き出た。
だが、セレスティア様は上にふわりと飛び、それをいとも簡単にかわした。
「シエロ! あんたもよ!」
セリナの叫び声。
気がつけば、自分の足元にも同じ漆黒の棘が、僕を貫こうと迫ってきていた。
「シエロ!」
横から父が物凄い力で僕を突き飛ばし、残った片腕一杯で剣を振り抜き、僕を狙った棘を破壊した。
しかし、その代償として、父の剣は漆黒の縁に喰われて完全にボロボロに砕け散ってしまった。
「シエロ、大丈夫か!?」
「えぇ、問題ありません!」
僕の油断のせいで、父の剣を壊してしまった。
「私と主だけを不意打ちでピンポイントに狙ったな。気色の悪い……さっさと死ね」
セレスティア様が、一瞬でサマエルに斬りかかる。
だが、サマエルは残った力を振り絞り、漆黒の縁を壁の様に繰り出してその猛攻をギリギリで受け止める。
「死にかけのくせに、まだそんなに膨大な縁を扱えるのか!?」
よく見ると、サマエルの足元に溢れている漆黒の縁は、倒れている冥竜ケルベインの死体と管のように繋がっていた。
(まさか……!?)
「セレスティア様! あいつは、死んだケルベインの残りのエネルギーを吸収しています!」
僕が叫んだその瞬間。
背後にいたベンジャンさんが、目にも留まらぬものすごい速さでサマエルへと詰め寄った。
「お前は既にセレスティア様に負けている。さっさとくたばれ」
ベンジャンさんの手に雷光が宿る。
しかし、すでにサマエルは冥竜の力で、ベンジャンレベルなら容易く相手に出来るほどに回復していた。
更に……。
「よせ! ベンジャン!!」
セレスティアの制止の叫びは、彼に届くのがほんの一瞬遅かった。
「グハッ……!?」
足元の死角から伸びた漆黒の縁から、鋭い黒い剣が突き上がり、ベンジャンの魔術ごと喰らい尽くす。
そしてそのままサマエルの魔剣が、ベンジャンの腹部を容赦なく貫いた。
サマエルの剣は、貫いた傷口から内側へと侵入し、ベンジャンの生命力と縁を貪り食う。
「あぁぁぁぁぁぁッ!!」
ベンジャンさんの激しい苦痛の叫びと共に、彼の屈強な身体が急速にしおれていく。
「クッ……断絶!!」
僕の放った断絶の斬撃は、サマエルの腕を斬り飛ばす。
(咄嗟に放ったため、首への狙いからそれてしまった!)
だが、サマエルの剣から解放されたベンジャンさんはそのまま……内側から全てを吸い尽くされたように、その場にパタンと倒れた。
血の一滴すら流れず、ただそこに干からびた抜け殻があるような、残酷な死に様だった。
「ベンジャン……さん」
また、死んでしまった。
僕に良くしてくれた人が、また、こんなにあっさりと。
僕は怒りと悲しみで、無意識に極限まで縁を練った。
「辞めておけ、シエロ。あの魔剣は縁そのものを食い尽くす。魔術を放とうとしているなら、全て奴の餌になるだけで無駄だ」
「セレスティア様……」
「だったら、魔術に頼らずに私が直接斬るしかないでしょ!」
静止を振り切り、セリナがサマエルに詰め寄り、大きく戦斧を振り下ろす。
だが、物理攻撃すらもサマエルの漆黒の縁の壁に簡単に防がれてしまい、反動で後方へ強く弾き飛ばされてしまう。
直ぐに父が身を挺してセリナを受け止め、氷壁に激突することを防いだ。
「セレスティア様。僕は縁そのものを斬る魔術を放てます。あいつがまだ完全に復活しきれていない今なら、僕がやります」
僕の提案に、セレスティア様は何も言わずに、ただ頷いて再びサマエルに詰め寄った。
セレスティア様は、サマエルと冥竜を繋いでいる結合部を狙って猛烈な剣撃を仕掛ける。
サマエルは必死に抵抗をするが、セレスティア様相手に、不完全な今の状態ではそれを抑えきることは出来なかった。
「クソがぁぁッ!」
サマエルと冥竜との結合が、セレスティア様の刃によって見事に断ち切られる。
エネルギーの供給を絶たれ、苛立ったサマエルは、今ある全力をセレスティア様にぶつけようと魔剣を振りかぶるが。
「悪いな。お前にトドメを刺すのは、私ではない」
その言葉に、サマエルは直ぐにハッとして僕の方へと顔を向け、気が付く。
「よそ見するなよ」
セレスティア様が、サマエルの顔面に強烈な蹴りを見舞い、僕の射線上へと蹴り飛ばす。
僕はそのまま、限界まで練り上げた魔術を解き放つ。
「断絶!!」
縁を斬り裂く僕の斬撃は、空中に投げ出されたサマエルの腰を横一線に完璧に捉えた。
無惨にも上半身と下半身に分断され、物凄い速さで後ろの氷壁へと叩きつけられた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
僕は息をつく暇もなく、直ぐに倒れたベンジャンさんの元へ向かったが……それはもう、長く直視できるような状態では無かった。
「よくやったな、シエロ」
「ありがとうございます。……ですが、ベンジャンさんが……」
「あいつは、私の従者としての使命を最後まで全うしただけだ。自分を責める必要はない」
セレスティア様は、僕を励ましてくれた。
ドガァァァァァァンッ!!
だが、悲しみに浸り、一息つく暇すら僕達には与えられなかった。
出口を塞いでいたあの強力な結界を外側から粉々に突き破り、大きな衝撃音と共に何者かが洞窟内へと吹き飛ばされてきたのだ。
「次は何だ!?」
父の警戒の声と共に、飛ばされ起きたの氷煙方を見た。
氷煙の中から現れたのは、見知らぬ男女の二人組だった。
それも、激しい戦闘を繰り広げながら、ここまで追い詰められてきたような、切羽詰まった状態だった。
そして、二人が吹き飛ばされてきた入り口の穴の奥から今まで感じた事の無いような、底知れぬ邪悪な気配を感じ取った。
背筋が芯まで凍り付くような感覚。
初めてあの森で魔族と出くわした、あの時の恐怖に似ている。
だけど今回は、あの時以上に喉が干からびて、声すら出せなかった。
絶望で動けない僕達の中で、セレスティア様だけが即座に刀を構え直し、いつでも動けるような体制をとっていた。
「少し、力を強くし過ぎたみたいね。この子ったらいつも乱暴なんだから」
鈴を転がすような、無邪気な少女の様な声。
立ち込める氷煙を晴らして現れたのは、真っ白な髪の毛先だけが赤く染まり、その頭部には禍々しく捻れた黒い角が幾重にも連なっている少女だった。
額には、黒い瞳にも似た紋様が刻まれている。
その異質な存在を見た瞬間、僕の生物としての本能が完全に理解してしまった。
こいつは、圧倒的な魔族そのものだと。
「あら。随分と賑やかな宴会をしてたみたいね」
そいつは凄惨な状況の洞窟内をぐるりと見渡してから、死んでいる冥竜ケルベインの頭部へと歩み寄り、優しく手で撫でた。
「やられちゃったのね。可哀想に。……でも、安心して。私の中でずっと生かしてあげるから」
そう言うと、彼女が手に持っていた不気味な杖が脈打ち、あの巨大な冥竜の死骸をズズズッと一瞬にして杖の中へと吸収してしまったのだ。
「ごめんなさいね。久しぶりの再会だというのに、挨拶もしていなくて。……女王さん」
「何故……なぜ、貴様らがここに居る?」
「あら、あなたもアレを取りに来たんじゃないの?」
少女の魔族は、先ほど吹き飛ばされてきた謎の男女二人組の方へ視線を向けた。
そちらを見ると、男のその手には紫と金に輝く宿縁具が握られていた。
(アレは……!?宿縁具!?どうして、あの人達も持っているんだ?)
そして、セレスティア様は何かを理解したような表情をしていた。
「まだ……まだ終わっては居ないぞ……!」
すると、僕の断絶で両断されたはずの身体を、無理やり結合させたサマエルが、父のすぐ背後で亡霊のように起き上がってきたのだ。
「あら、貴方もそこに居たのね。随分とボロボロで……もう必要なさそうね」
そいつは、無慈悲に杖の先をサマエルに向けた。
それに気がついたサマエルが何か言葉を発しようとした、次の瞬間。
パンッ、と。
六皇神であるはずのサマエルの巨体が、まるで脆い水風船が破裂するように、あっけなく内側から弾け飛んで消滅したのだ。
あまりにも呆気ない最後。だが、僕がそれに驚くよりも先に。
「がっ………」
サマエルのすぐ手前に立っていた父の口から、ゴボッと大量の血が垂れた。
「……お父様?」
外傷を受けたようには見えなかった。父の身体には特に異常は無いように見えた。
父の表情は、最後に僕へ何かを必死に伝えようとしていた。
「ごめんな、シエロ。……肝心な時に、役立たずな父親で」
「な、何を言っているのですか……」
「ソルにも、母さんにも……また、こっぴどく怒られてしまうな……」
父が何故、こんな事を言っているのか理解できなかった。
「シエロ。母さんを頼む」
それが、父の最期の言葉だった。
言葉を残し、父の身体はサマエルと全く同じように、パンッと内側から無惨に破裂し跡形もなく、真っ赤な肉片と血飛沫になってこの空間に飛び散った。
「お、お父様……?」
顔に生暖かい父の血を浴びたまま。
僕は、目の前で起きた現実を、ただ見つめることしかできなかった。
読んでいただきありがとうございます。
良ければ評価の方をしていただければ、嬉しいです。




