第五十一話 因果の宿縁具の在りか
ネネさんからの一方的な質問に対し、ベンジャンさんは淡々と全て答えた。
ここに来た目的や、セリナがネメティアの主である可能性について。
さらに、ここまでの道中をどうやって進んできたのか、そして氷山の防衛ゴーレムを大量に破壊してしまった事への事務的なお詫びなど、少しネネさんの私情が入った棘のある質問にも冷静に対応していた。
だが、その受け答えの中で、情報屋のランデック・ソリテの名前が出た瞬間。
ネネさんとレガードさんの表情が、一気に険しいものへと変わった。
「は、はい?今、なんと……」
先ほどまで冷静に、いや、冷徹にすら話していたネネさんが、明らかに動揺した話し方に変わった。
「我々は、情報屋のランデック・ソリテと言う者から、ここ北の国に宿縁具が存在している事と、因果の従者がここに向かっている事を聞き、目指してきたのだ」
ベンジャンさんの解答を聞いたネネさんは、信じられないものを見るようにレガードさんと目を交わせた後、再びこちらに向き直った。
「んん〜……こっちのお肉も美味しいわね!」
セリナはそんなピリついた空気も気にせずに、テーブルの上に並べられている料理をモグモグと幸せそうに食べている。
「実は私も……そのランデックと言う情報屋からある助言を貰い、ここイースラントにやってきたのよ」
「助言だと?」
「えぇ。私も従者として、まずは主を見つけることよりも宿縁具を探すことを優先して、南の国に居たの」
(南の国?ネメティアと言う七柱の前の主は、イースラントに住んでいたはずなのに、それを知らなかったのか?)
「話に割り込んですみません。どうして南の国に居たのですか?前の主がイースラントに居たのであれば、真っ先に北の国を目指さないのでしょうか?」
自分より歳の離れた子供に痛い正論を突かれたからか、それとも、セレスティア様の主という立場の僕に強く言えなかったからか。
ネネさんの冷たい瞳が、僕の目の奥まで射抜くように強く見据えてきた。
「ただの流れよ。宿縁具の存在を知った時は、たまたま西の国に居ただけ。すぐに北の国には向かう予定だったけど、隕石災害から時間が経過していても、簡単に行けそうに無かったから……情報収集も兼ねて一度南の国に寄っただけよ」
「そういう事でしたか。丁寧に教えていただき、ありがとうございます」
ネネさんはコップの水を一口飲み、乱れたペースを仕切り直した。
「で、南の国に居た時に……ランデックと言う男と、現地の集会場で出会ったのよ」
(集会場……。そう言えば、僕も初めてランデックさんと出会ったのは、アジト近くの集会場だったな)
「情報屋と名乗るから、原初の七柱についてやその関連情報について探りを入れたら、そいつが言ったのよ」
「何をだ?」
ネネさんは両手を組み、肘をテーブルの上に乗せて前のめりになった。
「因果の断罪者ネメティア様の宿縁具が、北の国にあると。それと……ネメティア様の主も現れるって」
それを聞いて、僕は直ぐに思考を巡らせた。
過去にランデックさんが僕達に何を言っていたのか、覚えている限りの記憶を掘り起こす。
考えているうちに、一つ、明確な矛盾に気が付いた。
「ネネさん、そのランデックさんとは、いつ頃お会いしたのでしょうか?」
「そうね……私がここに来たのが一月も経っていない位だから、一月ちょっと前くらいかしら」
(だとすると……ランデックさんは、僕達がセレスティア様と確認の儀を行った後に、ネネさんと接触している事になる)
「それはおかしいですね。ランデックさんは、セレスティア様の儀式のときに他の宿縁具の場所は知らないし、持ってもいないって明言していました」
「確かに、そんな感じだった気がするわ!私が問い詰めた時も、宿縁具の情報があればすぐに教えるとか、適当な事を言ってた気がするわ」
料理に夢中だったセリナも、案外しっかり話は聞いていたらしい。
ネネさんは、一度セレスティア様の方を伺うように見て、すぐに視線を戻した。
彼女が何かを言いかけた時、先にベンジャンさんが口を開いた。
「シエロの言いたい矛盾は分かるが、何もおかしい話ではない」
それに対して、すぐにネネさんが鋭く聞き返した。
「どういうこと?しっかりと説明してちょうだい」
「ランデックが先に宿縁具の情報を貴様に伝えた事は気に食わないが、遅くとも、私にもそれを教えには来たからだ」
確かに、僕達が北の国へ出発する前、ベンジャンさんがその報告をセレスティア様にしている事は目の前で聞いていた。
「それに、我々が北の国のイースラントを訪れることも、セレスティア様の儀式のときにはあいつの中で分かっていたことだろう」
「しかし、あの時はまだ行くとは断言していなかったと思います」
「いや、流れとしてほとんど確定していただろう。それに、あいつは情報屋だ。我々の動向を読んで、そのくらいの情報を事前に持っていてもおかしくはない」
ベンジャンさんの推測は妥当だった。
別に反論することも無いし、僕もそのように解釈して納得した。
しかし、それを聞いてもまだ、最大の謎が解決されていないとばかりに、酷く怯えた様子を見せているのがネネさんだった。
「本当に、思い出すだけで寒気がする」
よく見れば、ネネさんの美しい顔は血の気が引き、少し青ざめていた。
「えっ、こんなに快適な家の中なのに、まだ寒気を感じるわけ?じゃあ、このリーブル食べたらいいわ!」
「セ、セリナさん!?」
セリナが、食べかけの温かいリーブルをネネさんにポーンと投げ渡そうとしていたので、僕は慌てて彼女の手を止めた。
「セリナさん!恐らく、ネネさんの言う寒気って言うのは、そういう温度的な意味の寒さじゃ無いと思いますよ!」
「え?じゃあ一体どういうことよ!」
「それはですね……」
こういう時のセリナのペースに、いつも僕は飲み込まれてしまう。
ずっと父はポカーンとした顔で話を聞いているし、セレスティア様もベンジャンさんも、僕を助けてくれる様子はない。
(お兄様、たすけてください……)
僕が心の中で助けを求めていると、ネネさんがコホンと咳ばらいをし、自らこの変な空気を直してくれた。
「私はね、その男に自分が因果の従者だとか、ネメティア様の主を探しているとか、そんな重要な情報は一言も言ってないのよ」
その言葉を聞いた瞬間、部屋にいた全員が驚きを隠せなかった。
「え?」
流石のセリナでさえ、ピタッと食べる手を止めてしまった。
「そいつは、あたかも初めから私が因果の従者だと知っているかのように、一方的に話し始めたのよ。初めは、偶然ネメティア様についての噂話をしているんだなと、ラッキーくらいで考えていたわ。だけど、気が付いたらそいつは私の目を真っ直ぐに見て、宿縁具はここにあるとか、主も必ず現れるってピンポイントで言い始めて……。私は途中からそれがひどく気持ち悪くなって、逃げるようにすぐにその場から離れたわ」
静まり返る部屋。
情報屋ランデック・ソリテ。
彼がただの耳の早い情報屋という枠には、到底収まらない存在であることが、僕達の間に重くのしかかっていた。
「それも、情報屋なら知っていてもおかしくは無いだろう?」
ベンジャンさんはあくまで論理的にそう言うが、僕はそうは思わなかった。
「いくら情報屋だからって、私が因果の従者だって、一目見ただけで分かるわけないじゃない!」
「あ、あの……?」
ピリピリとした二人の言い合いに、ここに来てからずっと黙って話を聞いていた父が、恐る恐る口を開いた。
「そもそも、従者さんっていうのは、生まれつき従者になる運命なのですか?それとも、誰かに指名されるようなシステムなのでしょうか?」
確かに。言われてみれば、ベンジャンさんやネネさん達が、何故、神の従者になったのかなんて、今まで深く考えたことも無かった。
「それは……ただの気持ちよ」
「え?」
「私はネメティア様を心から敬愛し、支える為に、自らの意思で従者をしているだけよ」
「あ〜……そういう感じなんですね。てっきり指名制とか、そういう強制的な感じだと思ってました」
正直、僕も父と全く同じ考えだった。
それに、従者が支えているのはあくまで七柱の方であって、僕たちのような主に対して仕えているわけでは無いのだろうか。
少なくとも、ネネさんからはそう感じる。
「ベンジャンさんも、同じような理由でしょうか?」
「いや、私の家系は代々セレスティア様の従者を務める一族だ。産まれた時から、セレスティア様に仕えることが宿命として決まっている」
「という事は、従者になることに、これと言った明確な決まりや絶対の条件は無いのですね」
(そうなると、極端な話、父や兄も『今日からセレスティア様の従者です』と宣言して認められれば、従者になれるのだろうか?)
「ただ、従者になれば七柱の命令は絶対よ」
ネネさんは、自分に言い聞かせるように少し口調を強めて放った。
「絶対ですか?」
「そう。例えば、ネメティア様が私に『死ね』と言えば、私は迷わず死ぬわ」
「ア、アハハハ……」
(とんだブラックな冗談だ……)
「じゃあ、セレスティア様が今ここでベンジャンに対して『裸で踊れ』とか言えば、ベンジャンは裸で踊らないといけないわけ!?」
セリナはいつも空気を読まずにぶっこんだ質問をするが……今回ばかりは、その答えが少し気になる。
「セレスティア様が、私にそのような、はしたない事を命じる訳が無いだろう……」
ベンジャンさんは少し焦ったようにそう言って、恐る恐るセレスティア様の方を伺い見た。
セレスティア様は、ただ黙って口角をニヤリと上げた。
「セ、セレスティア様!?」
結局、セレスティア様は「踊れ」とは言わなかったが、絶対に何か悪いことを想像して楽しんでいたはずだ。
ゴホン、と仕切り直すように、ベンジャンさんはわざとらしく咳払いをして話を戻した。
「……互いの事情は十分に把握しただろう。情報屋については、今は考えても意味はない。まずは、本来の目的である宿縁具の在り処についてだ」
「それについては、俺が話そう」
そう言って前に出たのは、長であるレガードさんだった。
「ネネにも既に話したのだが、この国はかつての隕石災害の被害がひどく、その影響で凶暴な魔獣も多く現れるようになっている」
(そう言えば、北の国は隕石災害で一番多くの被害を受けた国だと言うが、その割にはこうして村も残っているし、道中も大きく何かが壊れたような感じもしなかったな……)
僕のその思いを、そのまま代弁してくれたのがセリナだった。
こういうシビアな話も、変に気を使わずにズバッと聞けるのは、彼女の良いところでもあり悪いところでもあるのだろう。
「ここまでの道のりで見てきたけど、東の国より多くの被害を受けているようには見えなかったわよ」
少し、どんな風に反論されるか怖かったが……レガードさんは特に怒る様子もなく、むしろ豪快に笑っていた。
「ガハハハハ!確かに東の国の被害は甚大なものだった。しかし、この国も間違いなく多くの被害を受けた」
レガードさんはそう言うと、少し窓際へ歩き、外の白い景色を眺めた。
「この村も災害の直撃を受け、今では当時の四分の一しか残っていない。村やイースラントのシンボルとしてこの氷山を守っていた強固な結界も壊れ、多くの魔獣が北の国を我が物顔で徘徊するようになってしまったのだ」
そのままレガードさんは言葉を止めずに、隕石災害の日から今日までの事を静かに語ってくれた。
災害で崩れた瓦礫や引き裂かれた大地は、手を付けない限り、この国では数日で深い雪や氷によって完全に埋め尽くされてしまうらしい。
だから、道中も雪に覆われていて、初めて北の国に来た僕達からすれば、特に変わった被害の跡が無いように見えただけなのだ。
「そして、本題の宿縁具についてだが……確かに隕石災害が起こるあの日までは、この村に存在していた。祠を建て、強力な結界を張って厳重に保管してあったのだ」
「まさか……その時に失ったのか?」
ベンジャンさんは、最悪の事態を察するように眉を細めた。
レガードさんは首を振り、そのまま話を進めた。
「隕石災害の衝撃により、その結界ごと祠は吹き飛ばされた。俺は急いで現場へ駆けつけたが、結界のおかげか、宿縁具自体は奇跡的にそこに無事に残っていたのだ」
「では、それは今何処にあるのだ?」
「少しは最後まで話を聞けないのかしら?あなたのその疑問なんて、私が既に確認していないとでも思うの?」
急かすベンジャンさんに対し、ネネさんは苛立ちを隠せずに冷たく言い放った。
確かに、ベンジャンさんはもう少しレガードさんの話を最後まで聞いてからでもいいと、僕も思った。
「全く……喧嘩は外でしてくれよ?」
「……悪かった。話を進めてくれ」
「その残された宿縁具を俺が手に取って回収しようとした時だ。上から大規模な氷山崩壊が発生し、俺は急いでその巨大な氷塊を防ごうと魔術を放ったのだが……何故か、俺の魔術が弾かれたのだ」
レガードさんは、当時の不可解な記憶を思い出すように右拳を強く握りしめた。
「弾かれた?ただの氷塊の落下にですか!?」
父は驚きの声を上げた。
セレスティア様も、少し妙なものを見るような表情でレガードさんの話を聞いていた。
「あぁ、俺も初めは意味が分からなかった。だがとにかく、宿縁具を守るためにそれを手に取り、その場から離れようとした時……黒っぽい何かが、氷塊の更に上から襲い掛かってきたのだ」
(黒い何か……)
僕はとっさに、あの森で出会った不気味な魔族や、ハイケルの姿を頭の中に思い浮かべた。
「そいつは、俺が手に持っている宿縁具を明確に狙っていた」
「まさか、そいつに奪われたのか!?」
ベンジャンさんは、思わず前傾姿勢になって聞いた。
「いや、そいつに奪われる直前に氷山崩壊がさらに大きくなり、無数の氷塊ごと、その黒い何かと宿縁具は、この氷山に出来た巨大なひび割れの底へと落ちていった。……幸い、俺はギリギリで無事だったがな」
「無事だと!?」
「無事さ。氷山崩壊なんてただの自然現象、神による鉄槌みたいなもんだ。身体一つ無事だっただけでもありがたいもんさ」
レガードさんは自席に戻り、グラスに注がれた赤い飲み物を一口含んで喉を潤した。
「宿縁具はどうなったのだ?底へ落ちた後、黒い何かに奪われたのではないのか?」
「いや、流石にあんな奈落の底に落ちて無事な奴なんていないと思うぜ」
「でも、そんな底の見えない所に落ちたなら、宿縁具も取り戻せないんじゃないの?どうするのよ?」
セリナは、自分が主かもしれない七柱の宿縁具の行方については、ちゃんと真剣に話を聞いているようだった。
「そこなんだが。あの氷山のひび割れは、隕石災害で新しく出来たものでは無く、元々存在していたものだ。この氷山の地下には、アリの巣の様に無数の洞窟が存在しているんだ」
「つまり、その底なしのひび割れは、地下の洞窟に繋がっているという事?」
「そうだ」
「それでも、宿縁具が無事だとは限らなくない?」
僕も、セリナの言う事に完全に賛同していた。
いくら地下の洞窟に繋がっていたとしても、途方もない高さから落ちて、更に氷山崩壊で何トンもの巨大な氷塊が一緒に流れ落ちているのだ。
到底、無事な状態で見つけ出せるとは思えない。
「宿縁具が無事なのは、私の方で既に確認済みよ」
ネネさんは、何か確信めいたものを知っているような、自信に満ちた表情でそう言い切った。
「それは一体どういう事だ?」
すぐに、ベンジャンさんは問いかけた。
「無事と言うよりは、まだ底に存在していると、言い換えるべきね」
「何故そこまで言い切れるのだ」
「ひび割れの傍に行けばすぐに分かるわ。……知っていると思うけど、宿縁具とは、主と七柱の特別な縁を元に作られた物なの。そう簡単に壊れる物でもないわ。でも、今回みたいな途方もない高さから落ちれば、いくら頑丈でもヒビの一つくらいは入る」
ネネさんは、ベンジャンさんの目を真っ直ぐに強く見つめ返した。
「つまり、そのヒビ割れた宿縁具から、縁が漏れ出していると?」
「……そうよ。つまり、縁が完全に途切れて空っぽになる前に宿縁具を回収しないと、そのまま消滅よ」
「ならば、話は早い。早速その底とやらへ向かえばいいだろう」
ベンジャンさんは直ぐに立ち上がった。
しかし、ネネさんは深く、重いため息をついた。
「はぁ……誰が、あの底なしのひび割れから直接飛び降りるのよ」
すると、ネネさんは小さく何かを唱え、手のひらに光輝く小鳥を具現化させた。
「私の魔術、光獣創造。私が作り出したこの光の動物たちとは、聴覚・視覚・嗅覚・触覚・味覚の五感を全て共有出来るの」
(『光獣創造』!?兄の精製魔術とはまた違うアプローチだが、具現化系の魔術には凄く憧れるな……)
それにしても、この世界には僕のまだ知らない魔術がいくらでも溢れているのだと、改めて思わされる。
「ひび割れの中全体を見れたわけでは無いけれど、偵察に出した小鳥の視界から、既に地下洞窟にはおびただしい数の魔獣が巣食っているのが確認できたわ」
「つまり、我々にその回収を手伝えと?」
静観していたセレスティア様が、ここで久しぶりに口を開いた。
「……はい。現在この村で、あの危険な地下洞窟に入り、魔獣の大群を相手にできる者が我々以外に存在しません。どうか、セレスティア様と皆様方には、お力をお借りしたいのです」
ネネさんは椅子から立ち上がり、深く頭を下げてお辞儀をした。
その後ろで、長であるレガードさんも同じように深々とお辞儀をしていた。
ネネさんの、切実で力のこもった声が、静かな部屋に強く響いた。
◆一方、シエロ達がいる場所から正反対に位置する氷山の麓では……
「ギャァァァァァッ!」
「馬鹿!あんまり大声で騒ぐな!」
「いやいやいや!何なのよこのゴーレムの数は!」
二人の男女が、氷山を防衛する巨大なゴーレムの群れに執拗に追いかけられていた。
「あんまり、目立ちたくはないんだがな……。南天に座す炎の王よ。その翼を顕現し、災厄を焼き尽くせ。朱雀」
男の指先から解き放たれた炎の鳥が、猛烈な熱波と共に一体のゴーレムの分厚い胴体を真っ直ぐに貫き、粉砕する。
「うぉぉぉ!!ナイス!ナイスだぁぁ!!」
「そんな喜んでる暇は無いみたいだぞ……。見ろ、既に囲まれている」
「えぇっ!?なんとかしてよ!」
「お前なぁ、少しは自分の腰にあるその剣で戦う気は無いのか?」
男が呆れたように言うと同時に、二人を包囲したゴーレム達が一斉に手のひらを向け、青白いビームのエネルギーを充填し始めた。
「ほら来たぞ……。俺はもう何もしないからな」
「ちぇ〜、使えないわね!」
女は悪態をつきながらも、スッと腰の剣の柄に手を添え、重心を極限まで低く落として構えた。
その瞬間、彼女を包んでいた空気が、氷雪よりも鋭く冷たいものへと変わる。
「この借りは、高くつくからね。宵月流・残月」
シュァァァァンッ!
四方から一斉に放たれた死のビームを、彼女は目にも留まらぬ抜刀の軌跡で全て一度に受け流し、その流麗な剣の動きのまま、周囲の巨大なゴーレム達を横一直線に両断してのけた。
ズズズ……と音を立てて、上半身が滑り落ちるゴーレム達。
「はぁ……無駄に疲れるんだけど」
「口の割に、よく出来たじゃないか」
「それにしても、あのおっさん……本当に嘘ついてないでしょうね?」
「それを確かめに、わざわざこんな辺境まで来たんだろ?」
二人は崩れ落ちる瓦礫を背に、そびえ立つ巨大な氷山を見上げ、雪を踏みしめて前へ進んだ。
◆シエロ視点
突然、ネネさんがハッと目を大きく見開いた。
「どうかしたのか?」
ベンジャンさんが鋭く問いかける。
「また、ゴーレムが多く破壊されたわ」
(また、誰かがここに来たのだろうか?)
「とにかく、私はゴーレムが破壊された場所へ様子を見に行くわ。セレスティア様たちは、ここで一度ご休息なさってください。地下洞窟には、準備が整い次第すぐに向かいます」
ネネさんは早口でそう言うと、足早に部屋から飛び出していった。
「少し慌ただしくなってしまったが、まずはこの村の案内と、皆様をお部屋へご案内しましょう」
レガードさんが穏やかな声でそう告げると、扉の先で待機していたメイドらしき人物が、恭しく頭を下げて僕達を待っていた。




