第五十話 イースラントの長
彼女、ネネ・エルメイトの話によると、あの無数のゴーレム達はどうやらこの氷山を護衛する為に、魔術で意図的に配置されたものらしい。
この氷山の周辺で、あの大群のゴーレムを一瞬にして一掃できるような魔獣はそう居ない為、異常事態と判断してわざわざ様子を見に来たのだという。
それと、二人のやり取りを横で聞いていて思ったのだが……ベンジャンさんとネネさんは、明らかに仲が良くない。
いや、二人に限った話ではなく、原初の七柱に仕える従者同士という存在自体が、元々あまり馴れ合わないものなのだろうか。
空気がヒリヒリと凍てついている。
「で?万象の従者が、一体何をしにこんな辺境の地まで来たのですか?」
ネネさんはどこか急いでいる様に見えた。
ベンジャンさんとこれ以上無駄な会話をしたくないのか、最低限の情報だけを早く聞き出そうと冷たい視線を送っていた。
「我々の目的は、因果の断罪者の宿縁具だ」
ベンジャンさんから放たれたその単刀直入な言葉を聞いた瞬間、ネネさんは大きく目を見開き、そしてスッと眉を吊り上げて怒気を露わにした。
「何故、あなた達がネメティア様のそれを探しているの?」
「ここに、その主となる可能性がある者が居るからだ」
ベンジャンさんの返答に、ネネさんの表情は怒りから驚愕へ、そしてほんの少しだけ……すがるような困惑の表情へと目まぐるしく移り変わった。
「……は?」
「ここに、本当にあるのか。宿縁具は」
「待ちなさい。その主というのは、一体どこにいるの?」
ネネさんはベンジャンさんの質問を遮り、再び怒ったような、いや、焦燥に駆られたような強い口調で問い詰めた。
すると、僕達の前に立っていたセリナが、自ら勢いよく名乗り出た。
「私よ!私がその、ネメティア様?の主候補よ!」
セリナはドンッと自分の胸に手を当てて、一切の物怖じもせずに堂々と前に出た。
ネネさんは、ベンジャンさんとセレスティア様の顔を交互に見てから深ぁく息を吐き、ツカツカとセリナの目の前まで歩み寄った。
「あなたが?ネメティア様の主?その魂胆は何?何を持って自分がそうだと?誰かにそそのかされたの?それとも、ただの偶然?」
矢継ぎ早に問い詰めるネネさんの感情が、僕には全く読めなかった。
一生懸命探していた主の候補がこんなにあっさり見つかって混乱しているのか、それとも幼いセリナの姿が理想のイメージと違って失望しているのか。
とにかく情緒がぐちゃぐちゃになっているようだった。
「何を持ってって聞かれると困るけど……セレスティア様がそうかもしれないって言ってくれたからよ!」
「セレスティア様が?」
ネネさんは、弾かれたようにすぐにセレスティア様の方を向いた。
「あくまで、もしかするとの話だ。私はあいつと好んで一緒に居たわけでは無いが、昔それなりに長い時間を共に過ごしたのでな。あいつの縁の性質を、ほんの僅かだが……その小娘から感じ取った。ただ、それだけだ」
セレスティア様の確信めいた言葉を聞くと、ネネさんは再び大きく溜め息を吐いた。
今度は怒っているわけでは無さそうだった。
「はぁ……気色が悪い。あいつの助言通りで……たまたまに決まっているわ」
ネネさんは、僕達にはギリギリ聞こえないくらいの小さな声で、何かを呟いていた。
「それで、あるのか。宿縁具は?」
「無いわ」
ベンジャンさんの冷徹な問いに対して、ネネさんはサラッと、何の感情も交えずに即答した。
「無いだと?前の主はここに住んでいたはずだ。ここに残していないのか?」
「はぁ……言葉が足りなかったわね。この氷山にある村、イースラントには無いって言ったのよ」
「では、どこにあるのだ?貴様らが未だに手にしていないのには、何か理由があるのか?」
それにしても、ベンジャンさんは何かこう、相手の心情や都合を全く考えていないというか……自分が知りたい情報に行き着くまでは、機械のように容赦なく質問を続ける。
「質問攻めは嫌いなんだけど」
ネネさんは心底うんざりした顔で早くここを去りたそうだったが、主候補であるセリナが居る以上、彼女を放置して簡単に離れるわけにはいかなかったのだろう。
「ここは、あなた達がゴーレムを派手に破壊したせいで場所が悪すぎるわ。イースラントの村に案内するから、黙って着いてきなさい」
ネネさんは冷たくそう言い放つと、振り返って歩いていった。
僕達は顔を見合わせ、とりあえず彼女に着いていくことしか選択肢はなく、ネネさんの足跡を追った。
そのまましばらく氷原を歩いていると、やがて氷山の麓に、頑丈な石氷で円形に固められた小屋の様なものが見えた。
「これは……?」
父は先を行くネネさんに尋ねるように、言葉を出した。
ネネさんは特に言葉を返すことも無く、そのまま石造りの小屋へと入って行った。
小屋に入ると、床の中央には大きな魔法陣が描かれていた。
いわゆる、転移装置ってやつだ。
「これで上に行くの?」
「そうよ」
ネネさんはセリナの質問に短く答えながら、魔法陣に触れて縁を注ぎ始めた。
魔法陣はどんどんと青く光り始める。
僕は覚悟した。
ワープ系の魔術や魔道具は、例外なくあの内臓がひっくり返るような気持ち悪い感覚に襲われる。
横目で父を見ると、父も何かに向かうような覚悟を決めた表情だった。
すると、魔法陣が強く光り、そのまま視界が真っ白な光に包まれる。
(く、くる……!?)
僕はギュッと目をつぶり、出来るだけ何も考えないようにした。
いつ、あの気持ち悪い感覚に襲われるのかと身構えていたが……中々その感覚はやって来なかった。
なんなら、視界は白い光と言うよりはずっと暗く落ち着いていた。
(何だ!?何が起こった?)
少し耳を澄ませると、コツコツと誰かが歩く足音が聞こえる。
(もしかして終わったのか?目を開けてもいいのか?)
僕は恐る恐る、ゆっくりと目を開けた。
そこは、天井が高く、上質な石の様な素材で出来た建物の中だった。
外の極寒が嘘のような、とても心地の良い温度が保たれている。
前を向くと、既にネネさんに着いていくベンジャンさんとセレスティア様の背中が見えた。
横には、既にワープしたことに気が付いてキョロキョロしているセリナと、まだ何かに怯えて目を固く閉じている父の姿があった。
僕は父の背中を軽く叩いた。
「お父様、着きましたよ」
僕はそう言いながら、一つ強く思ったことがある。
どうして、ベンジャンさんとセレスティア様は着いた事を教えてくれなかったのか。
あんなに一人で身構えて、恥ずかしいじゃないか。
とにかく、すぐに皆の後を追った。
「随分と立派な所に住み着いてるんだな。どこかの地下で狭い秘密基地の様な所に住み着いているのとは大違いだな」
「セレスティア様にはお気の毒ですが……因果の従者は、住めればなんでも良いと思っているような無頓着な従者とは違いますので」
そう嫌味を言われたセレスティア様は、隣に居るベンジャンさんを目を細めてじろりと見た。
「今はそんな事は関係ない。それより、何処に連れていくつもりだ」
ベンジャンさんは、気まずそうに話を切り替えるように返した。
すると、ネネさんは通路の奥にある大きな扉の前で立ち止まった。
「ここはイースラント。氷山の中にある村よ。まずは、ここの長に挨拶するのが礼儀でしょう」
そう言いながら、ネネさんは軽くノックをし、重厚な扉を両手で押し開けた。
「失礼いたします」
中に入ると、豪華な椅子に座った一人の男が居た。
良い筋肉質の身体で、ジャラジャラと宝石の様なアクセサリーを身に纏っている。
濃い髭面で、髪は深い青色。
年齢は、父と同じくらいに見える。
村の長と言えば、長髪で白い髭を蓄えた小柄な老人を勝手に想像していたが、全く違った。
「レガードさん。突然で申し訳ございませんが、お客様をお連れいたしました」
「ほう、これはこれは……」
男は椅子から立ち上がり、横に居るメイドの様な人物に何かを合図してから、こちらへ歩み寄ってきた。
「こちら、原初の七柱の一人である万象の女王・セレスティア様と、その主でございます」
「これは、セレスティア様殿。初めまして、ここイースラントの長を務めます、レガード・リンペントと申します」
イースラントの長、レガードさんは深く僕達にお辞儀をした。
「初めまして、シエロ・アルランドと申します。突然のご訪問になってしまい、申し訳ございません」
「おっと、まだ幼く見えるが、随分としっかり者だな」
「ここの長は、男に代わったのか」
セレスティア様は、レガードさんを値踏みするようにじっと見ていた。
「クエンティアの事でしょうか。歴代で唯一の女性の長として勤められておられた方ですね。自分はもう六十代目になります。セレスティア様の知っているイースラントとは、少し変わっているかもしれません」
この部屋の壁には、多くの肖像画が掛けられていた。
恐らく、イースラントの歴代の長だろう。
僕はそう解釈した。
「それで、今回は何用でこのイースラントに来られたのでしょうか?」
レガードさんがそう言うと、いち早くベンジャンさんが口を開こうとした。
「それについては……」
だが、ベンジャンさんが喋り出すと、すぐにネネさんがスッと前に出て、その言葉に被せてきた。
「そちらについては、私から説明いたします」
ネネさんは、恐らくわざとベンジャンさんの前に立って遮っている。
(どうして、従者同士はこうも仲良く出来ないのだろうか?そう言えば、セレスティア様もネメティアの事を苦手と言ってたな。それと何か関係はあるのだろうか?)
「まずは、こちらに居ます……」
ネネさんはセリナの方を見るが、名前を覚えていないのか、少し言葉が詰まっていた。
だが、それは直ぐにセリナ自身によって解消された。
「セリナ・ベルギアよ!」
セリナは直ぐに自分の名前を堂々と宣言した。
ネネさんはコホンと一つ咳払いをして、仕切り直した。
「こちらのセリナ・ベルギアと言う子が、セレスティア様曰く、ネメティア様の主である可能性が高いと申し上げられております」
それを聞いたレガードさんは、驚きに目を大きく見開いた。
「それは、なんと……」
すると、先ほど部屋の奥へ行っていたメイドの様な人物が戻ってきた。
「レガード様。準備が整いました。いつでも移動可能でございます」
彼女はそう言うと、扉の前で綺麗にお辞儀をしてその場に立っていた。
「よし、少し長い話になりそうだ。セレスティア様、別室でおくつろぎになりませんか?」
「良いだろう」
そこから、メイドの様な人物に案内され、僕達は別の広い部屋へと移動した。
人数分の立派な椅子が長テーブルに用意され、色鮮やかな果物やちょっとした食事が並べられていた。
「これは、なんていう果物?こんな黄色くてキラキラした果物、初めて見たわ!島にこんなもの無かったわ!」
セリナは、テーブルに並べられている見慣れない果物に早速食いついていた。
確かに、僕から見てもほとんどが初めて見る食材ばかりだった。
(北の国特有の産物なのだろうか?)
「それはリーブルと言って、極寒の地でも自ら熱を持って育つ、甘い果物だ」
レガードさんは、目を輝かせるセリナに丁寧に説明してくれた。
「熱?」
セリナは不思議そうに、その黄色い果物を一口かじった。
「んっ!確かにほんのり温かいわ!それに、温かいのに甘くてすっごく美味しい!」
「そうだろ?ここでしか食べられない貴重な果物さ」
「今のうちに沢山食べておかないとね。シエロも食べる?」
そう言ってセリナは僕の答えを待たずに、その果物を一つポンと渡してきた。
「あ、ありがとうございます」
僕も一口かじってみた。
(おぉ〜。不思議だ。こんな極寒の地で育つのに、温かくて甘い!)
少し場が和み、賑わったところで、早速本題に移ることになった。
「では、先ほどの話の続きを始めましょう。ここからは、私が仕切らせていただきます」
ネネさんのその冷たく凛とした一言で、一気に部屋の空気が引き締まった。




