第四十七話 三人での挑戦
◆セリナ視点
気が付くと、私はアジトのリビングにあるソファの上に寝転がっていた。
テーブルの方からは、香ばしくてとても良い匂いが漂っている。
(良い匂いだ。……お腹が空いた)
私は、シエロパパとの最終課題の後の事を、はっきりとは覚えてはいなかった。
服の上から自分の胴と背中をさすってみたが、シエロパパの木刀の強烈な一撃を貰ったところの痛みはすっかり消えていた。
ゆっくりと身体を起こすと、私が目を覚ましたことに気が付いたシエロのママが、車いすを転がしながら傍に寄ってきてくれた。
「セリナちゃん!」
シエロママは安心したように私の頭を優しく撫で、そっと抱きしめてくれた。
「シエロママ……私は……」
すると、その後ろからシエロの兄が、水の入った器を手に持ちながらやってきた。
「セリナちゃんは、お父様との課題が終わった後、限界を超えた疲れで気を失って倒れていたんだ。……中々二人が帰ってこないから、フィオナさんが様子を見に行くと、二人とも泥だらけで倒れていたから、焦って戻ってきたんだよ」
「二人ともって、シエロパパも気を失っていたの?」
「お父様は……その、気を失っていたというより……」
なんだか、シエロの兄は珍しく気まずそうにモジモジしていた。
「あの人は、ただセリナちゃんの傍で『寝ていた』のよ!」
シエロママはとても苛立っていた。
「それより、あの人にやられた部分は大丈夫なの?」
「だ、大丈夫よ。ありがとう」
居間には、肝心のシエロパパの姿は見えなかった。
それに、シエロやフィオナ、セレスティア様の姿も無かった。
テーブルには、出来たての美味しそうな料理が並べられているというのに。
(皆、ご飯が出来ているのに何処に行ってるのよ……)
「ねぇ、シエロママ」
「どうしたの?」
「他の皆は何処に行ったの?」
私がそう聞くと、シエロママはスッと表情を硬くし、兄の方はさらに気まずそうに視線を逸らした。
そして、シエロママは少し低く、何処か不気味な声でゆっくりと口を開いた。
「今頃、あの人への『きついお仕置き』が始まっているころよ」
「お、お仕置き……?」
私はよくわからないまま、シエロママ達の後ろに付いていった。
「ここよ」
シエロママはそのまま、兄に車椅子を押されて中へ入って行った。
案内されたのは、ユーノが作ったあの頑丈な訓練室だった。
(あっ!まだ皆特訓をしているんだわ!セレスティア様に、今度はシエロパパもコテンパンにされているという事ね!)
そう納得し、私も少し遅れて訓練所に入った。
しかし、中に入ると……私の予想なんて遥かに超える、想像もしていない光景が広がっていた。
「わ、悪かったってぇ!」
「いーやお父様!全然反省の色が見えません!」
「そうよ!私が駆け付けなかったら、あの子を放置して自分だけ高いびきで寝て過ごしていたのよ!」
「い、いや……それについてはさっきから謝ってるじゃねぇーか!それに、実の父さんにこんな事をして許されると思ってるのか、シエロ!」
目の前に広がっていた光景。
それは――シエロパパがパンツ一丁の姿で、巨大な岩の塊によって手首を含めた腰から下をガチガチに固められている姿だった。
そして、それを行っている張本人がシエロだった。
さらに、それを少し離れた安全圏から、映画でも見るかのように座って優雅に眺めているのがセレスティア様だった。
「な、何しているの……よ」
盛り上がっているのか、私の呆れた声は誰にも届いていなかった。
シエロの兄だけが私の困惑に気が付いて、「アハハ……」と引きつった空笑いをしながら頭を撫でてくれた。
「そもそも、なんであなたがセリナちゃんを、実際に木刀で本気で叩き伏せる必要があったのかしら?」
シエロママの地を這うような低い声が、シエロパパに届く。
「か、母さん!」
「私の問いに答えてくれる?」
「そ、それは!そうだ!俺は秘密にしろって言われてたけど、剣術を本気で教えろって裏で頼んできたのは、他でもないセレスティア様からであって!……そうですよね、セレスティア様!」
シエロパパは必死の形相でセレスティア様に助けを求めて問いかけたが……。
セレスティア様は『はて?そんな事、この私が言ったか?』とでも言わんばかりのすっとぼけた表情をして、スッと視線を外した。
「ちょっ、セレスティア様!?」
黒幕であるセレスティア様にも華麗に裏切られ、シエロパパは味方無しの絶対的ピンチに陥った。
「母さん!そもそもセレスティア様だって、毎日ソルやシエロに強烈な攻撃を与えてボコボコにしてるじゃないか!なんで俺だけこんな目に遭うんだよ!」
「セレスティア様は良いんです。……何故か、何故かあなたが女の子を訓練だからといって叩くのは許せないのです」
「……え?」
シエロパパの間の抜けた声が、訓練所に響き渡る。
勿論、私も心の中で「ただの理不尽じゃないの」と同じように突っ込んだ。
「そ、それは理不尽すぎだろ!なぁ、シエロ!」
「はい!僕もなんか、お父様がセリナに痛い思いをさせるのは男として許せません!」
「おい!シエロぉ!」
横に立つフィオナの表情も、シエロママと似たような冷ややかな感じだった。
(別に、これは私が望んで本気でやってと頼んだことだし、ちゃんと皆にその事実を伝えてシエロパパを助けないと!)
私が一歩前に踏み出そうとした時だった。
「とりあえず、残り三十回を終わらせましょうか」
「そうですね、フィオナさん。お父様、ありがたく思ってくださいよ!」
フィオナの手には、自身の魔術である糸を編み込んで作成した、鋭い鞭のようなものが握られていた。
(ま、まさか!)
私が止めるために前に出るよりも先に、フィオナがその糸鞭でシエロパパの背中を容赦なく引っぱたいた。
パチィィィンッ!!
痛々しい大きな音が、訓練室に響き渡る。
私は思わず、前に出ようとした足を止めてしまった。
(フィ、フィオナ!?いくら何でもそれはやり過ぎじゃない!?そ、それに何が『ありがたく思ってくださいよ!』なのよ!シエロは叩かれて嬉しいの!?)
フィオナは止めることなく、手首のスナップを利かせて連続でシエロパパを叩いている。
私は「流石に可哀想すぎる、止めなきゃ」と思い、シエロパパの顔を見た時……再び動かそうとしていた私の足は、その意思ごと完全に凍りついた。
「……は?」
意味が分からなさ過ぎて、私の脳の理解が追い付かなかった。
フィオナに鞭で叩かれて絶対痛いはずなのに。
シエロパパは……ほんの少しだけ、いや、隠しきれないほどに嬉しそうに頬を緩めていたのだ。
(ど、どういう事よ!?なんで叩かれて嬉しそうなのよこの人!!)
私は信じられないものを見る目で、直ぐにシエロを見た。
(ま、まさか!フィオナに叩かれるのが嬉しいとか、シエロもそんな事思ってないでしょうね!?)
シエロは、パンツ一丁で縛り上げられ、美しい女性に鞭で叩かれて喜んでいる父親の姿を見て……鼻の穴をヒクヒクと膨らませ、どこか共感したようにニヤついていた。
私はとっさにシエロの兄の顔も見たが、彼はただただ呆れ果てた顔をして天を仰いでいた。
(こ、これが普通の反応よね……)
そのまま、ゆっくりとセレスティア様を見て、震える指でシエロパパたちを指差した。
それに気が付いたセレスティア様は、「あぁ、手遅れだ」とばかりに一度深く頷いて、立ち上がり、呆れたように訓練室から出ていってしまった。
(本当に嬉しがっている!?!?)
色々と我慢の限界が来た私は、大股で前にでて止めに入った。
「「何、嬉しがってるのよ!!」」
「「あっ……」」
私が激怒して叫んだのと全く同時に、シエロママも同じ言葉を叫んでいた。
私のは『なんで鞭で叩かれて喜んでるのよ!』という純粋な疑問の叫びであり、シエロママのは『あの人がそういう性癖だって理解した上での、妻としての激しい憤怒』だった。
シエロママは私を見て、ハッとして少し落ち着きを取り戻し、気まずそうに少し後ろへ下がった。
「と、とにかくいい加減にしてちょうだい!」
「セリナ!」
シエロが私の声に気づき、すぐに駆け寄ってきた。
「心配しないでください!セリナの為に、今はお父様を僕たちが怒っているところですから!」
私は無言で、渾身の膝蹴りをシエロのアソコに叩き込んだ。
「がぁぁぁぁぁぁ!?ちょ、ちょっとセリナ、何して……」
シエロは股を押さえ、その場で倒れ込んだ。
何故蹴ったのか自分でもよくわからないが、なんとなく、さっきのニヤついた変態の表情がたまらなく腹立ったから、つい反射的に膝が出てしまった。
「うるさいわね!とにかく、皆もう辞めてちょうだい!」
私の怒声で、カオスだった訓練所がピタリと静まり返った。
「シエロパパに『本気で来ても良い』って言ったのは私なのよ。だから、シエロパパの説教はこの位で勘弁してあげて欲しいわ!」
「セ、セリナちゃん……!」
シエロパパの目からは、感動の涙が溢れていた。
「そうね。セリナちゃん本人がそこまで言うなら、もうおしまいよ。私もお腹が空いたわ、早く夕食を食べましょう」
フィオナはそう言って鞭を消し、満足げに訓練所から出ていった。
「セリナちゃんに感謝してくださいね、あなた。……ソル、戻るわよ。セリナちゃんもお腹空いてるでしょ」
「う、うん!」
シエロ兄がシエロママの車いすを引き、訓練室から出ようとしていた。
「ちょっ、待ってくれ!この拘束を解いてくれ!」
「その拘束をしている魔術はシエロがやった物なので……それに、お父様は先ほどの『別件』について、後でお母様にちゃんと謝っておいてくださいね」
シエロ兄は冷たくそう言い放つと、そのまま車いすを押して訓練室から出て行った。
私の真下には、未だに股を押さえながら悶絶しているシエロの姿があった。
「あ、あんたも少しは頭冷やして反省しなさい!」
私もそのままシエロを放置して駆け足で訓練室から出て、皆のいる食卓へ向かった。
◆シエロ視点
何故、セリナに僕の聖剣を蹴り上げられたのかは分からない。
目の前には、パンツ一丁で岩に固められたまま『シエロ!早く外せ!』と叫ぶ父が居る。
……なんか結局、僕と父はいつも似たような悲惨な終わり方をする気がする。
(久しぶりに、あの『日記』に今日の不条理な出来事を書いておこう……)
それからは、色々あったが、ベンジャンさんを除く皆で賑やかに夕食を囲んだ。
夕食の席では、セリナがお父様とどんな特訓をして、どんな出来事があったのかの話題で盛り上がった。
「という事は、明日からはセリナもこっちの前衛に戻ってこれると言う訳ですね!」
「そうよ!私が戻ったからには、セレスティア様の課題なんてすぐに終わらせてやるんだから!」
(これで……やっと、三人揃ってセレスティア様の課題に取り組める!)
「貴様がどれほど成長したか、明日の特訓で楽しみにしているぞ」
そうして、騒がしくも温かい一日が終わった。
翌朝。
もう当たり前の様に森を走り、筋肉を鍛え、セレスティア様の理不尽な基礎トレーニングもなんなくこなせるようになっていた。
この特訓を初めてから一ヶ月ちょっとが経過している分、森を全速力で走っても、肺が破れるように息を酷く切らすことは無くなっていた。
「いよいよ、三人でセレスティア様に挑めるな」
「そうですね、お兄様」
「今日で終わればいいな」
セレスティア様に一撃を入れる。
ただそれだけのシンプルな課題に、僕達はかなりの時間を費やしていた。
「ずっとここに居ても、意味ないですからね」
(早く、この課題をクリアして北の国に行き、セリナが本当に『原初の子』なのかを確かめる必要がある)
「任せなさい!私が前衛で完璧な一撃を入れてあげるから、二人は後ろでしっかり私の援護をしてればいいわ!」
セリナはいつも以上に、やる気に満ち溢れていた。
前衛として戻ってこれた嬉しさと自信が、分かりやすいようにその表情に表れていた。
「ええ、頑張りましょう!」
そうして昼食を食べ終え、僕たちはあの頑丈な訓練所では無く再び森へやってきた。
と言うのも、セリナが居ない期間、僕とお兄様でセレスティア様の課題に取り組んでいたが、魔術で破壊、飛ばされる衝撃で破壊、なんとなくのセレスティアの打撃で破壊。
そんな事が続き、修復に追いつかなくなったユーノが『もう無理だぁー』なんて言って倒れてしまったのだ。
まぁ、この話は後に置いておこう。
広大な森の中央には、セレスティア様、そして僕と兄、セリナが対峙する。
「では、貴様らの特訓の『成果』と言う奴を、存分に見せてもらおうか」
セレスティア様の静かな合図で、午後からの最終課題が幕を開けた。
合図と共に、真っ先に前に出たのはセリナだった。
セレスティアに対し、極限まで姿勢を低くして一気に踏み込み、重い戦斧を下から上へと猛烈に振り上げる。
(速い!風魔術を応用して、自身の突進スピードを極限まで強化しているのか!)
だが、セレスティアはセリナの渾身の攻撃を、風が柳を撫でるかのように華麗に回避し、そのままセリナの腹部に向けて無慈悲なカウンターの拳を放つ。
それに対し、セリナは直ぐに戦斧の広い面を盾にして防いだ。
バァァァァンッ!!
セレスティアの重いパンチを防ぎ、衝撃で後ろに下がらせられるセリナだが、すぐに体勢を立て直し、再びセレスティアへと立ち向かう。
その闘志に答えるように、セレスティアはニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、自らセリナに向かって前に出た。
「『炎斬』!」
横から不意を突くように、シエロが魔術を放つ。
セリナの正面からの戦斧による物理攻撃と、シエロの横からの『炎斬』が、完全に同時にセレスティアへと襲い掛かる。
しかし、セレスティアは足元に転がっていた大きめの石を無造作に拾い上げ、シエロの炎へ向けて軽く投げ放ち、いとも容易く相殺してみせた。
そして同時に、セリナが振り下ろす戦斧の柄を空いた片手でガシッと掴み止めると、もう片方の手の人差し指と中指を、セリナの額にピタリと当てた。
何をされるかは分からないが、死の気配を感じ取ったセリナはとっさに戦斧から手を離し、後ろへと大きく飛び退いた。
だが、その代償としてセリナの手には武器の戦斧が無くなっていた。
「確かに、動きは格段に良くなっている。だが、コレ無しでどう戦うつもりだ?」
セレスティアは奪い取った戦斧を肩に担ぎ、絶対者の余裕を孕んだ笑みを見せる。
「『火の玉』!」
セリナはその挑発には乗らず、すかさず初級魔術の火の玉を至近距離から放った。
その炎はあっさりと防がれてしまうが、以前とは明らかに魔術の速度と出力が桁違いに上がっていた。
「荒々しい縁の性質に変わりは無いが……。たかだか剣術を学んだ程度で、魔術の出力まで跳ね上がるとはどういう理屈だ?」
セレスティアは直ぐに周囲の縁の流れを読み取り、背後に立つシエロがセリナの魔術に干渉し、出力を底上げするサポートを行っている事に気が付いた。
それを確認し、すぐに視線をセリナに戻す。
だが、セリナは既に、セレスティアの遥か上空へと跳躍していた。
「戦斧も持たずに、無防備に突っ込んできたか。そんなに魔術が放てて嬉しかったか?」
すると、空中のセリナは右手をさらに上へと伸ばした。
「今よ!頂戴!!」
セリナがそう声を張り上げると、さらに上空から小さな手斧がセリナの手にスッと落ちてきた。
セリナはそれを受け取るや否や、自身の魔術で巨大な戦斧へと瞬時に変形させる。
「まさか!」
セレスティアは、セリナの更に上空を見上げた。
そこには、無数の小さな斧が空を覆い尽くすように浮遊していた。
そしてその付近には、土魔術の足場に乗ったソルの姿があった。
セリナはそのまま、巨大化した戦斧を重力に乗せてセレスティアへと振り下ろす。
「オリャァァァァッ!!」
バッギィィィィィンッ!!
セリナの脳天を割るような縦からの攻撃に対し、セレスティアは奪っていた戦斧を横に薙ぎ払い、セリナの戦斧を空中で粉砕する。
「チッ……!次よ!!」
セリナの合図と共に、ソルが魔道具で生成した無数の小さな斧が、壊されるたびに雨のように降り注ぐ。
一つ一つが小さな斧である分、ソルの縁量であってもかなりの物量が生成可能だったのだ。
セリナの波状攻撃を難なく対処しつつ、セレスティアは『地形創造』で上空に足場を作って待機しているソルへと的を変えた。
鬱陶しいセリナを一度大きく払い除け、上空のソルに向けて、手に持っていた戦斧を槍のように勢いよく投げつける。
あまりにも速く、回避や防御の対処が間に合わず、ソルの乗っていた足場が轟音と共に消し飛んだ。
「あっ!それ私の戦斧!?」
ソルは足場を失って空中から落下するが、それと同時に、生成して留めていた無数の小さな斧を、一斉にセレスティアに向けて振り落とした。
「そんな児戯のような小さな斧で、私をどうにかできるとでも……!?」
その時、何か強烈な違和感を覚えたセレスティアは、直ぐに自身の剣を顕現させ、上段へと構えた。
「『変幻自在』!!」
体勢を整えたセリナが、ソルが落とした無数の小さな斧を、セレスティアよりも巨大な特大の戦斧の群れへと一気に変形させたのだ。
さらに、その無数の巨大戦斧にソルが氷魔術を纏わせ、セリナが風魔術で落下スピードを爆発的に加速させる。
質量と速度を備えた複数の巨大戦斧が、隕石のようにセレスティアへと殺到する。
「ここまで計算済みだったか?それとも、瞬時に対応した連携か?」
「そんなの、今知る必要は無いわ!」
セリナの強気な言葉を聞いて、セレスティアは極上の笑みを浮かべると、剣を構えたまま巨大な戦斧が落ちてくるのを真っ直ぐに見据えた。
その構えを見ていたセリナと、上手く地形創造で着地して難を逃れたソルは、『この降り注ぐ巨大な質量の群れを、あの剣一つで対処してしまうのか』と言う、底知れない強者への驚きと興奮が交じり合っていた。
「『紫電斬』」
セレスティアが、たった一度だけ剣を振るう。
その剣閃から、空間をビリビリと震わせる強烈な紫の稲妻が斬撃と共に広範囲に放出され、セレスティアを押し潰そうとしていた無数の巨大な戦斧が、一瞬にしてチリのような灰と化して消え去った。
その常軌を逸した光景に、ソルとセリナは口が開きっぱなしになるほど驚愕したが、すぐに次の行動へと移る。
セリナは、先ほどセレスティアがソルに向けて投げ飛ばし、地面に深く突き刺さっていた自分の戦斧を走りながら拾い上げ、再びセレスティアに対し一気に距離を詰める。
ソルもそれを援護するように、後方から絶え間なく魔術を放とうとする。
しかし、セレスティアはずっと、ある一つの違和感を強烈に意識していた。
いつ、あのシエロが仕掛けてくるのか、と。
序盤にセリナの魔術をサポートして以来、一度も姿を見せていない。
セレスティアは、迫り来るソルとセリナの二人を先に対処しようと動こうとした、その時だった。
彼女は、セリナの更に奥、死角となる場所から強大に練り上げられた縁を感じ取った。
すぐにセレスティアはセリナの突進を躱し、その強大な縁の元へと一瞬で詰め寄った。
「はっはっは!隠れて力を溜めるとは、面白い作戦だったぞシエロ!」
だが、セレスティアが最速で踏み込んだそこで見たものはシエロではなく、雑に作られた『かかし』だった。
「これは……あいつの!?」
それは、ソルの魔術で作成したただのかかしだった。
しかし、そのかかしの中には、シエロの強大な縁がたっぷりと込められ、偽装されていたのだ。
完全に裏をかかれた。
その瞬間、セレスティアの背後で、セリナの粗々しい縁が限界まで膨れ上がるのを感じた。
「まさか、初めから本命はあの小娘の方だったとでもいうのか!?」
セレスティアは直ぐに踵を返し、セリナの元へ戻る。
上からはソルが生成した氷塊が迫り、目の前ではセリナが限界まで縁を練り上げ、今まさに超火力の魔術を放とうとしている。
だが、この程度の挟撃であれば、セレスティアなら簡単に対処出来た。
「ばぁぁぁんっ!」
セリナは魔術を放つ寸前、突然おどけるようにそう叫ぶと練り上げていた強大な縁を、まるでガラスを割るようにパリンッと自ら溢れさせして霧散させたのだ。
その予想外の行動に、流石のセレスティアも一瞬の戸惑いを見せた。
「水穿」
完全に意識の死角。
背後から放たれた極限まで圧縮された水魔術に対し、セレスティアはハッとして振り返るが既にその鋭い水の凶弾は、セレスティアの額へと直撃していた。
バァァァァァァンッ!!!
静まり返る森。
セレスティアの美しい額からは、一滴の水がポタッと滴り落ち、そこにはほんの僅かな、赤いかすり傷が刻まれていた。
「フッ...上出来だ」




