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まじわり輪  作者: がおがおの
第4章 少年期 儀式・特訓編
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第四十話 訓練開始

セレスティア様から告げられたあまりにも衝撃的な言葉に、円卓を囲む誰もが驚きを隠せなかった。


「まずは、北の国(アルクティカ)にある『イースラント』へ向かう。そこで、そこの小娘の主である可能性が高い……因果の断罪者アービター・オブ・カルマ ネメティアの宿縁具(アニマ)を見つけ出す」


北の国(アルクティカ)

元々は魔獣の出現数が少なく、その過酷な環境ゆえに他国と比べて強靭な戦士や優秀な魔術師が多く実在していた。

南の国(アウストラル)の次に人口が多い、栄えある大国だったはずだ。

しかし同時に、極寒の環境に耐えうる凶暴な魔獣が独自の生態系を築いており、平時であっても他国とは比較にならないほど危険な土地でもあった。


そんな北の国(アルクティカ)は、『銀の賢者』アルテミスと六皇神との壮絶な戦闘の巻き添えを喰らい、戦士も、魔術師も、平穏に暮らしていた住民すらも悉く消え去ってしまったという。

魔獣を抑え込む者がいなくなった現在の北の国(アルクティカ)は、文字通り「魔獣の都」と化していた。


北の国(アルクティカ)だって!?そんな危険極まりない場所に、今から行くって言うんですか!?」


沈黙を破り、お父様がガタッと椅子を鳴らして声を荒げた。

それに続くように、ベンジャンさんも厳しい表情で進言する。


「セレスティア様。現在の北の国(アルクティカ)は強力な魔獣が跋扈しており、我々だけで行くならともかく、まだ実戦経験の少ない子供たちを連れていくのは相当に危険かと……」


(おいおいベンジャンさんよ。さっきランデックさんに危険だと言われた時は「こいつらはやる気があるから大丈夫だ」みたいな事を言っていたのに、ここで止める側に回るんじゃ……。いや、でもあのベンジャンさんがここまで慎重になるってことは、今の北の国はそれほど狂った危険地帯ってことか)


「……勿論、今すぐ行くと言っている訳ではない」


セレスティア様はため息を一つ吐くと、その場でゆっくりと立ち上がった。


「正直に言えば、私さえいれば北の国の魔獣など敵ではない。だがな今の主では、足を踏み入れた瞬間に簡単に殺される」


(なっ……!)


自分の実力がまだまだ未熟だということは、これまでの戦いを通して嫌というほど分かっている。

だけど、流石にそこそこは戦えるようになってきた自負だってあったのだ。

だから、セレスティア様から「簡単に殺される」とあっさり断言された僕は、つい悔しくなって、自分だって意外とやれるんだぞとアピールしたくなってしまった。


「一応、僕は年齢的にはまだ子供ですけど、これでも結構やれるんですよ!無詠唱で魔術も唱えられるし、この間は魔族だってこの手で倒しました!そう簡単にはやられませんよ〜!」


僕が胸を張って言い返すと、セレスティア様は何も言わず、ただジッと僕を見つめてきた。

その無言の圧が、何よりも一番怖かった。


「あは、あはははははは……」


耐えきれずに僕が引きつった笑いを漏らすと、セレスティア様は冷酷な事実を告げた。


「その自信は実に主らしいが……断言しよう。前回の主の実力に比べれば、今の貴様はまだまだミジンコ以下だ」

「ミ、ミジンコ以下ですか……」


その容赦ない言葉を聞いたセリナが、ここぞとばかりに僕を小馬鹿にするように声を上げて笑ってきた。


「ククク……ッ!ミジンコ以下だって、シエロ!」

「笑っているが、それは貴様も同じだぞ、小娘。貴様はそんな主よりも、更に『下』だ」


セレスティア様の極上の現実を突きつける発言。

それを喰らったセリナは、即座に僕を笑うのをピタリと辞め、噛み付く矛先をセレスティア様へと変更した。

相変わらず、どんなに格上の存在が相手でもガツガツ突っ込んでいけるところだけは本当に凄いと思う。


「なっ……!私がミジンコ以下な訳無いでしょ!ミジンコなんてデコピンで倒せるわよ!デコピンで!」

「まぁまぁセリナさん、落ち着いてください……」


(いや、セリナさん……ミジンコ以下っていうのは、そういう物理的な大きさや強さの意味では無いと思うが……)


僕が心の中でツッコミを入れる間も、セレスティア様の辛口な評価は止まらなかった。


「二人だけではないぞ。――そこの白髪の男を除けば、ここに居る者全員が、今の北の国で生き抜く実力など持ち合わせていない」


白髪の男。つまりベンジャン・フランクリンさん以外は、全員が『実力不足』。

セレスティア様から放たれたあまりに圧倒的な説得力を前に、誰もその言葉を否定することが出来なかった。


「……因みに、前の主はどのくらいの実力だったのでしょうか?」


気になって、僕は前の主レイドという人物がどれほど強かったのかを尋ねてみた。


「そうだな。一人で聖級クラスの魔獣や魔物を相手にさせていたな」


(聖級……!?そ、それも、たった一人で……!?)


聖級といえば、かつて僕たちが死に物狂いで戦った特級魔物「アルビオンブレイザー」すらも遥かに凌駕する存在だ。

それに比べれば、今の僕が一人でまともに相手にできるのは、せいぜい上級クラス程度。

普通なら、上級クラスを単独で討伐できれば、大いに褒め称えられるレベルなのだが、七柱が見ている次元の世界では、やはりミジンコ以下でしかなかったらしい。


「ま、最初は今の主と同じくらい弱かったのだがな。この私が、徹底的に鍛え上げてやったのだ」

「セレスティア様ご自身が、器である主を鍛えるのですか?」

「何かおかしいか?」


器の子が弱ければ、すぐに戦場で死んでしまう。

それは理解できる。

けれど、僕の頭にはどうしても一つの違和感が拭えなかった。


「い、いえ。ただ、原初の七柱の皆さんは、六皇神からこの世界を守るために存在しているわけですよね?器の人間をそこまでして鍛える理由が、何かあるのかなって……」


僕の疑問を聞いたセレスティア様は、少しだけ眉を上げると、再び椅子にどっしりと座り直した。


「……もしかするとお前達は、あのアルテミスの野郎のせいで、致命的な勘違いをしているようだな」

「勘違い、ですか?」

「そもそも我々七柱は、確かにこの世界を守るために存在している側面もある。だがな、私たちが存在する最大の理由はただ一つ、主を守ることだ。私はその一環として主を鍛えているだけであり、七柱によってそのやり方は大きく異なる。アルテミスの野郎は主を一切戦場に立たせず、鍛えることもしなかった。ひたすら自分が前に出て、六皇神や他の魔族と戦い続けていたに過ぎん」


セレスティア様の言葉が、僕の脳に雷のように突き刺さる。


「という事は……七柱の皆さんは、何が何でも六皇神を必ず倒さなければならない、なんていう崇高な使命を背負っている訳では無いと……?」

「そうだ。六皇神が、主の過ごすこの世界に危機を及ぼすから戦っているだけだ」


(なるほど。六皇神を倒すための存在ではなく、あくまで『主を守るための存在』なのか。確かに六百年もの間、アルテミスさんが一人で六皇神と戦い続けていたのだとしたら、世間がそう勘違いしてしまうのも無理はないな……)


僕が一人で納得していると、セレスティア様に厳しい現実を突きつけられてからずっと黙り込んでいたセリナが、意を決したように口を開いた。


「つまり、今から私たちを鍛えてくれるって事!?」

「そうだ。私が北の国(アルクティカ)へ連れて行っても、足手まといにならないと思えるレベルまで徹底的に鍛え上げてやる」


僕とセリナは「望むところだ」とばかりにやる気満々だったが、後ろに控えている兄や父、それにフィオナさんは「自分たちもその地獄の特訓に参加させられるのか……?」と言わんばかりに引きつった顔をしていた。


「勿論、ここに居る全員を連れて行くつもりはない。そこの主の母親を守る居残り組も必要だろうからな」

「セレスティア様……」


セレスティア様が僕の母の安全についてまで考慮してくれていること、そして何より、一目見ただけで僕の母だと見抜き、母として扱い言葉をかけてくれたことに、僕は驚きと嬉しさを隠しきれなかった。


「あ、俺は戦闘とかそういうの不向きだから!ここに居るぜぇ!」


ユーノさんはほっと胸を撫でおろし、フィオナさんの膝の上からピョンと飛び降りた。


「ふむ……。あの空間移動のワープも、このアジトの空間そのものも、貴様の魔術によるものか?」

「おっ!流石は原初の七柱様だね!そう、このアジトの構造はすべて俺が設計して作ってんだ!」


それを聞いたセレスティア様はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ユーノさんへとゆっくり足を進めた。


「ならば、貴様にはさっそくやってもらわなければならない仕事があるな」


セレスティア様から放たれる無形のプレッシャーのせいか、あの飄々としたユーノさんが珍しく冷や汗をだくだくと流していた。


「お、俺にやってほしい事……ですか!?」

「貴様には、私の部屋と訓練場を作ってもらう。空間の容量に制限があるというのなら、他の不必要なものを全て削ってでもやってもらおうか」

「へ、部屋はともかく、く、訓練場ですか!?」


ユーノさんは助けを求めるように、ゆっくりとフィオナさんとベンジャンさんの方を振り返った。

しかし、二人は無言のまま、静かに首を縦に振った。

完全なる見殺しである。


「……分かりましたよぅ。今、無駄に広いまま放置してる部屋があるんで、そこを小さく潰して、その他不必要なデッドスペースを削って部屋と訓練場を作ります。で、でも!訓練場なんて具体的なイメージが無いから、完成まで少し時間をください!」

「良いだろう。完成するまでは、どこか適当な森を借りて行うとしよう」

「は、はいっ!」


そう言うなり、ユーノさんはこれ以上の追撃を恐れるように大慌てでワープゲートを出現させ、その中へと消え去ってしまった。

すると、今まで静かに僕たちのやり取りを見守っていた母様が、おずおずと口を開いた。


「あ、あの……セレスティア様?」

「なんだ」

「その……シエロを、私の大切な息子を、守っていただけるのですよね?」

「当然だ。主の身の安全は、この私が責任を持って保証する」

「……それと、私のことを母親と呼んで気遣っていただき、本当にありがとうございます」


母はもう不安な顔をしていなかった。

セレスティア様の力強い言葉に、心から安心したような優しい表情を浮かべていた。


「……前の主の時も、似たようなことがあったのさ」


セレスティア様はそれだけをぽつりと呟くと、それ以降は昔を懐かしむように沈黙した。


それからは、しばらくアジトの中で各自身体を休めていた。

セレスティア様は案外社交的な性格のようで、あの寡黙なベンジャンさんとは違い、自分自身の過去の話や知っている世界の知識を色々とフランクに話してくれた。


アジトに戻ってきてから、およそ四時間が経過した頃。

突然、ワープゲートからユーノさんが姿を現した。


「セレスティア様ぁ〜〜〜っ!!」


ユーノさんは魂が口から抜け出かけているような、非常に疲れ切った表情をしていた。


「ゼェ、ゼェ……セレスティア様の、最高級の部屋が完成しましたぁ……!」

「ほう、思ったよりも早かったじゃないか」


セレスティア様は満足げに頷き、ユーノさんの後ろについて歩き出した。

何となく、七柱のために作られた部屋がどんなものなのか全員気になってしまい、気が付けばベンジャンさんを除く全員が、その後ろをそわそわと追うようにゾロゾロとついて行っていた。


案内されたセレスティア様の部屋は、偶然にも僕とセリナの部屋のすぐ真横だった。


「ここですぞ!」


ユーノさんが恭しく扉を開けると、そこにはセレスティア様の高貴な雰囲気にぴったりな、鮮やかな橙色が随所に目立つ、最高級のアンティーク調の家具で統一された美しい部屋が広がっていた。

僕たちの使っている部屋とは、広さも家具のクオリティも次元が違った。


「ほう。出来が悪ければ空間ごとやり直しさせるつもりだったが……これは中々悪くない。合格だ」

「ありがとうございまするぅぅ〜!本当に俺、頑張ったんだからね!」


ユーノさんが涙目で胸を張る中、僕はふと、一つの疑問が頭をよぎった。

セレスティア様のこんな大豪邸みたいな部屋が、僕とセリナの部屋の真横に増設された。

確か以前、ユーノさんは「キャンバスの余白が無いから、シエロとセリナの部屋を二つに分けることは出来なかった」と言っていたはずだ。


嫌な予感がして、僕は直ぐに自分の部屋の扉を開け、中を覗き込んだ。

部屋の中は、僕の最悪の予想通り、いや、それ以上の大惨事になっていた。


「ユ、ユーノさん……?これは一体、どういう事でしょうか……?」


僕の不穏な声を聞いて、隣からセリナも部屋の中を覗き込む。


「ちょっとぉぉぉ……!!これは一体どういう事よ!?」


僕たちはギチギチと音が鳴りそうなほどの殺気をはらんで、ユーノさんの方へと視線を向けた。


ユーノさんは「おやぁ?なんのことかなぁ?」と、これ以上ないほど白々しい表情で口笛を吹くような真似をしている。

セリナが猛烈な勢いでユーノさんに詰め寄った。


「ねぇ!ユーノ!私たちの部屋が信じられないくらい狭くなっているんだけど!それに何よこれ!ベッドのサイズが完全に一人用じゃないのよ!?」

「い、いやぁ〜……容量を削るってなると、そこしか仕方がなかったというか……げふんげふん」

「仕方が無いで済まされるわけ無いでしょ!!これじゃあ、私がシエロとくっついて寝ろって言う事なの!?」

「まぁまぁ、お互いにくっつき合えば、極寒の北の国へ行く前の良い防寒訓練になると言いますか……人間の温もりって温かいぜ?」

「はぁぁぁあ!?なんで私がシエロなんかとくっつかなきゃいけないわけぇっ!?」


セリナは顔を耳の裏まで真っ赤に染め上げ、ユーノさんの胸ぐらを掴んで親の仇のように前後に激しく揺さぶっていた。

その大騒ぎを見守っていた周りのみんなは、ニコニコと生温かい笑みを浮かべながら、気配を消して自然と去って行った。


(って、いや、セリナさん。そこまで全力で嫌だ!って拒絶されると、僕としても地味に傷つくんだけどな……)


「まぁまぁ落ち着いてください、セリナさん。最悪、僕は床に毛布を敷いて寝ることも出来るので……」

「あんたがちゃんと床で寝るって誓うなら、今は見逃してあげるわ!だけどユーノ!後でちゃんと私とシエロの個室を別々に作り直しなさいよ!」


しかし、ユーノさんはいつの間にかセリナから距離を取っており、「へいへい〜」と彼女の怒声を右から左へと聞き流しながら、スタスタと歩き去って行ってしまった。

その後は父から盛大にからかわれたりした。


「さて……訓練場が出来るまでの間、小手調べの訓練をするための場所を探しに行こうか」


セレスティア様のその提案により、僕とセリナが同行することになった。

フィオナさん父はすでに上機嫌でお酒を飲み始めてしまっていたため、今回はアジトに留守番となった。


「主、どこかおすすめの演習に適した森はあるか?」


歩きながら、ずっとどこかで違和感を持っていたことについて、僕は一度足を止めて彼女を振り返った。


「あの、セレスティア様。その主っていう呼び方は辞めてくれませんか?普通にシエロで大丈夫です」

「そうか。ふむ、ではこれからはシエロと呼ぼう」

「はい、ありがとうございます!」


僕たちはそのまま、アジトの近くにある鬱蒼とした森へと入って行った。

本当は昔、リリア先生の課題で行ったあの思い出の森に行きたかったのだけど、このアジトが東の国(アズライト)のどの位置なのかは僕には分からなかった。

少なくとも、僕の実家がある方面ではないことだけは確かだ。


森の奥へと進むと、隕石災害の影響によって木々が広範囲にわたって激しく焦げ落ち、ぽっかりと不自然な更地になっている場所を見つけた。

周囲に障害物もなく、稽古を付けてもらうにはもってこいの開けた場所だった。


「それにしても、災害の跡地のわりには、かなり綺麗な場所ね」

「そうですね」


確かにセリナの言う通り、隕石災害で木が無くなった場所だとしても、まるで誰かが手入れをしたかのように、不自然なほど綺麗に平らへと整地された空間だった。

さらに奇妙なことに、その更地の中心には、周辺の枯れ葉がこれでもかと大量に一箇所に掻き集められていた。

それはまさに巨大な何かが、そこを自分の寝床にしているかのような不気味さがあった。


「すまない。一瞬だけここを離れる」


突然、セレスティア様がそう言い残した。


「え?」


僕とセリナが声をあげた時には、すでにセレスティア様の姿はそこにはなく、空気の中に掻き消えるようにして消え去っていた。


セリナは呆れたように息を吐くと、更地の中心にある、山のように掻き集められたフカフカの枯れ葉の山に向かってダイブした。


「わーっ!シエロ、ここ凄く気持ちが良いわよ!」


他にすることもなく、セレスティア様が戻ってくる気配もなかったので、僕も諦めてその枯れ葉の山にダイブし、のんびりと彼女の帰りを待つことにした。

それから、三十分ほどが経過したが、セレスティア様が戻ってくる気配は一向になかった。


(……もしかして、これも彼女が仕掛けた訓練の一つだったりするのか?)


ふと、そんなメタ的な思いが脳裏を過った。


「セリナ、もしかしたらこれも、セレスティア様の訓練だったりしませんか?」


僕の言葉に、枯れ葉に埋もれていたセリナもハッとしたように顔を上げた。


「ま、まさかここで一晩野宿してサバイバルしろって言うんじゃないわよね!?」

「いや、あの人の性格ならその可能性も十分にありますよ」


なんて二人で最悪の考察を繰り広げている、その時だった。


ゾクッ……!!!!!


僕とセリナの背後から、心臓を直接冷たい手で握られたかのような、殺気が膨れ上がった。

背中の産毛が一斉に逆立つ。


(ま、まさか、こいつは……!!)


僕は後ろを振り返らずとも、その縁の性質だけで、背後にいる存在が何なのかを瞬時に理解した。

そいつは僕たちの背後わずか数センチの距離まで近づいていた。


「セリナ、落ち着いて聞いてください。僕が一気に先制攻撃を仕掛けます。その隙に、セリナは距離を取って得意の戦斧を振るえる体制を整えてください!」

「わ、分かったわ……っ!」


僕は即座に体内の縁を最大出力で練り上げると、弾かれたように振り返りながら無詠唱で魔術を発動させた。


「食らえ!アルビオンブレイカー!!『断絶(ヴォイド)』!!!」


そう、僕たちの背後に音もなく佇んでいたのは、かつてリリア先生との課題の時に現れた、あの特級クラスの魔物アルビオンブレイカーだった。


ジャギィィィィンッッ!!!


至近距離からの完全な不意打ち、かつ近距離からの斬撃。

それだけの条件を揃えたにもかかわらず、僕の放った斬撃は、アルビオンブレイカーの巨大な片手首を切り落とすことしか出来なかった。


「グォォォォォォォォーッッ!!!」


手首を失ったアルビオンブレイカーは、凄まじい雄たけびを上げ、残ったもう片方の巨大な腕を狂暴に振り回し、僕を肉片に変えようと薙ぎ払ってきた。

そこへ、即座にセリナが間に入り、巨大な戦斧を盾にしてその一撃を受け止めて衝撃を緩和する。

その僅かな隙を利用して、僕たちは命からがら大きく後ろへと跳躍し、距離を取った。


「ねぇ!もしかして、こいつを二人で倒すのがセレスティア様の言う特訓なわけ!?」

「どうでしょうか!しかし、文句を言っている暇はありません!こいつを倒さなければ、僕たちは訓練が始まる前にここで終わりです!」


僕とセリナが覚悟を決めた、まさにその瞬間だった。


ドスゥゥゥゥンッッ!!!!!


上空から、目にも留まらぬ超高速で一本の巨大な大剣が降り注ぎ、アルビオンブレイカーの堅牢な巨体を脳天から地面ごと真っ二つに突き刺した。


「え……っ!?」


特級魔物アルビオンブレイカーは、自分が何に攻撃されたのかすら理解していないような間抜けな顔のまま、大量の鮮血を噴き出し、その場に崩れ落ちて一瞬で絶命した。


「こ、これは一体……?」


僕とセリナが、目の前で起きたあまりにも非現実的な光景に唖然と立ちすくんでいると、背後から聞き馴染んだ涼しげな声が聞こえてきた。


「ふむ。やっぱりか……」


いつの間にか、僕たちのすぐ背後にセレスティア様が平然と立っていた。


「セ、セレスティア様……!?」

「キャァァッ!?わーっ、びっくりしたぁ!」


背後からの突然の登場に、セリナは驚きのあまり思いっきり尻もちをついてしまっていた。


「い、いつからそこに居たのですか!?」


そんな僕の質問を耳に入れているのかいないのか、彼女は死んだアルビオンブレイカーの死体の前へと歩み寄り、その巨体を観察し始めた。


「やはり、ここはこいつの寝床だったな」

「寝床、ですか?だからやけに更地が整っていたのか……」

「なによ、大物の魔物のくせに、自分でせっせと枯れ葉を集めてベッドを作って寝てたのね」


セリナのツッコミに同意しつつも、それ以上に僕の意識を支配していたのは、あの特級クラスの魔物を一撃で瞬殺したという恐るべき事実だった。

ふと見ると、先ほどアルビオンブレイカーを串刺しにしていたはずの巨大な大剣の姿は、いつの間にか消え去っていた。


「セレスティアが今のアルビオンブレイカーを殺したのですか?」

「ん?あぁ、そうだ。こいつがこの森のどこに居るのか、気配を追って一通り探しまわっていたのだがな。どうやら上手く入り違いになってしまっていたようだ」


(え……。もしかしてあの消えた一瞬の間に、この広大な森の隅々まで全て探索し終えて戻ってきたってことか!?)


「それに、本当ならシエロたちに実戦の教材として倒させても良かったのだがな。これから修行をつけるにあたって、まずは私の実力の片鱗をその目に焼き付けておいて欲しかった。だから、あえて私が手を出した。ただそれだけだ」


(セレスティア様って、意外と自分の凄いところを見せたがる、可愛いところがあるんだな……!)


しかし、効果は抜群だった。

僕たち二人は、彼女の底知れない強さをこれでもかと実感させられていた。

かつてリリア先生もアルビオンブレイカーを倒してはいたが、それでもセレスティア様は、あの特級クラスの魔物を相手に本気すら出さずに、片手間で一撃で葬り去る実力があるのだ。


「……因みに、今のってどのくらいの力を使って倒したの?」


セリナが、ゴクリと唾を呑み込みながら興味津々に尋ねた。


「力?」

「そうよ!どのくらい全体の縁を消費したか、とか!」


セレスティア様はセリナの質問に対して何かを考えようとしたが、そもそもその質問の意図自体が難しそうに首を傾げた。


「そんなもの、考えてすらいないな。そもそも私はお前たちに見せるためにわざわざ剣を使用しただけで……本来なら、この程度の雑魚、魔術すら使わずとも片手の素手で容易く捻り殺せる」

「え……」


予想を遥かに超えた次元の回答に、セリナは完全に言葉を失っていた。


「私の実力がよく理解できたのなら、作戦は成功だな」

「ま、まぁ!私を鍛えるって言うなら、そのくらい圧倒的じゃないと頼りがいが無いわよね!」


衝撃から立ち直ったセリナは、相変わらずの負けず嫌いを発揮して不敵に笑ってみせた。

そんな彼女の姿を見て、僕は一瞬だけ、セリカの面影を思い出してしまった。


「フッ、やる気だけは十分みたいだな。では今から、泣いて許しを乞う暇もないほどびっしりと鍛え上げてやろう」

「望む所よ!」

「セレスティア様。これから、よろしくお願いいたします」


こうして僕たちは、極寒の北の国(アルクティカ)へ行く為の地獄の特訓を開始するのだった。


ちなみに、セレスティア様がどれだけ森を徘徊しても、アルビオンブレイカーや他の魔獣や魔物とは一切出会うことが出来なかった。

理由は至極単純。

彼女の存在を本能で察知した森の生物たちが、恐怖のあまり隠れ伏してしまったからである。

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