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第9話:旅立ち

 かくして旅に同行する羽目になった、メグナツとリュフト。二人の浮かない表情を見たガーシュは



「これも何かの縁だ」と陽気に励ますのだった。しかしそんな縁は今すぐに断ち切りたいと、心底願う弟子二人は、互いに目も合わせようともしなかった。





 港に着くと、昨日の騎士が先に来て待っていた。



「確かに渡したぞ」



 彼はそう頭に刻印するように言ってメグナツに通過証明書を渡すと、満足げに口角を上げた。用件を済ませて、その場を後にしたメグナツだったが



 うわ、監視されてる……っ!?



 背後から追いかけてくるような視線を感じて、顔を歪める。メグナツが船に乗ったところを見届けるまで帰れない、と騎士は言っていた。そのため、こうして当日通過証明書を渡されることになったのだが、彼のその視線がメグナツに嫌な緊張感を与えた。その視線から早く逃れようと、メグナツは待っているガーシュたちのもとへと急いだ。



 




 空はまだ暗く、暁と日没の境を彷徨っていた。寄せては返す波が急かすように、停泊している船を揺らす。ここは早朝の船着き場。停泊中の客船が、今まさに出港しようとしている時であった。



「メグナツのことは頼んだぞ、リュフト」



 そう託されたリュフトの表情は、今も険しかった。港で大きく手を振るガーシュ。彼は、やはり笑顔だった。それもとびっっきり爽やかな。いつもならその笑顔が、二人に活力を与えてくれる。しかし今は



「……」



「……」



 送られる側の二人から、気力を奪っていた。



 涙と熱い抱擁で送り出してほしかったとは言わない。でも、かわいい弟子を生まれて初めての船旅に出すんだから、もっと寂しそうにしてくれたっていいじゃないかッ!? とはメグナツの心の声。リュフトもだいたい同じ意見だった。



 犬猿の仲のリュフトとメグナツは、前後に並んで同じ船に乗った。こんなに楽しくない旅があるだろうか。初めて船に乗り、本当は物珍しさに高ぶる気持ちを言葉にしたいメグナツだったが、リュフトがいると思うと途端にしらけてしまう。



 他の人と来たかったよ。リュフトの後ろで、べ~~っと下を出すメグナツだった。





 警笛が鳴り響き、船が港を離れていく。港で手を振るガーシュの姿が米粒より小さくなり、笑顔が判別不能になってもその余韻は続き、互いにやはり目を合わせようともしないメグナツとリュフトであった。









 船内の宿泊する部屋に荷物を置いて一段落した頃、メグナツの体に異変が起きた。喉に込み上げてくるものが。



「気持ち悪い……」



 揺れを感じる度に、胃の中のものが逆流してくるようだ。この時リュフトは側にいなかった。彼は荷物を置くなり、さっさと部屋を出て行ってしまったのだ。いたところで彼の世話になるのは御免なメグナツだったが、この体調で揺れる船内を移動するのは骨が折れた。柱に捕まっても揺れるとすぐに転んでしまうので、仕方なく床を這って移動するメグナツ。「気持ち悪い気持ち悪い」と譫言のように言いながら、なんとか自力で部屋の外に出ることに成功すると、彼は風を求めて甲板へ向かった。





「あ!」



 甲板には先客がいた。見覚えのあるその端正な横顔は、リュフトだった。彼は手摺りに肘を乗せ、風に髪をなびかせながら、外の風景を眺めていた。もしかして“あいつも”……。やつれた顔でクスリと笑うメグナツだったが、試しに声をかけようとして近付いた足が途中で止まった。そこにいたのは、なんとも“涼しい顔”をしたリュフトだったのである。



「なんでそんなにケロッとしてるの~~!?」



 メグナツは不服の表情でそう叫んだ。振り向いたリュフトは、半泣き状態で床に這いつくばるメグナツに、無関心な視線を注いだ。そうやってしばし眺めると、おもむろに歩み寄って来た。さすがにこんな具合が悪そうなメグナツを見て、手でも差し伸べてやろうと思ったのか。そう期待したメグナツだったが



「?」



 リュフトが差し出したのは、一冊の書物だった。メグナツはキョトンとして目を見張った。『魔法の手引き』?



「それに船酔いに効く魔法が載ってる」



 それだけ伝えると、リュフトはいなくなってしまった。ポツンと一人取り残されてしまったメグナツは、魔法の手引きを持って途方に暮れる。



 この分厚~~い本の中から、それを自分で探せって言うの? 冷たすぎる……



「船酔いに効く魔法なんてどこに載ってるの~!?」



 開いて目次を見るも、この体調では集中力が続かない。紙面に書かれた文章が活字の海にしか見えず、まるで内容が頭に入ってこなかった。さらに



「余計に気持ち悪くなってきた……」



 メグナツは青ざめてすっかり憔悴しきった顔で、魔法の手引きを持ってふらりと立ち上がった。先程リュフトが寄りかかっていたように、手摺りのある所へ向かう。



「リュフトの奴、どこ行っちゃったんだよ~」



 周辺を見渡すが、リュフトの姿は見付からなかった。



「もう限界……っオエ~レロレロレロ~」



 力尽きたメグナツは喉に込み上げてくるものを、海に吐き出した。ダランと手摺りに凭れると



「あ」



 その拍子に魔法の手引きが手から離れ、手摺りの向こうに広がる海に落下した。ポシャンと小さな音を立てて、魔法の手引きが海面にできた穴の中に沈んでいく。あっという間にその姿は見えなくなってしまった。



「どうしよう、どうしよう、どうしよう~!?」



 頭を抱えて右往左往していると 



「やってくれたな」



 背後からそしるような声がした。振り向くと、その様子をしらけた顔で眺めやるリュフトの姿があった。








『ラ~ユラ~ユラ~ユイナシイナシビ~タビ~タビ~タタピタピタッリピ!』



 散々悪態を吐いたメグナツだったが、結局リュフトに魔法をかけてもらった。船酔いの苦しみから解放されて体が楽になるが、魔法の手引きを失った悔しさは脳裏に燻っていた。



 そもそもリュフトがいじわるなんかしないで、最初からこうやってぼくに魔法をかけてくれてたら、あんなことにはならなかったのに……!



 メグナツはリュフトを一睨みすると、肩を怒らせて甲板の端までスタスタと歩いて行った。



 断続的な波音が鼓膜を叩く。海面を覗くが、その広大な海原から、落とした魔法の手引きを見付けることはできそうにない。せっかく、せっかくガーシュ様からいただいたのに……っっ。メグナツは悔しさと憤りを込めて、歯を立てるように手摺りに捕まる手に力を込めた。



 それから三日三晩、二人が会話と呼べる会話を交わすことはなかった。メグナツはできる限りリュフトと離れて行動しようとし、リュフトはそんな彼の態度には無関心で、まったく相手にしないという始末。旅はまだ始まったばかりだというのに、先が思いやられる二人であった。







 メグナツたちが乗った船がイスターオ港に着いたのは、航海三日目のことだった。西の空が堕とした黄金色の涙が、波間にまばゆい黄金色の光を瞬かせる。その上を船は優雅に渡って行った。



 目的地のイスターオ港が近付いてくる。これまで懸念していた天候も大きく崩れることなく、快適な航海だったと言える。それに反してメグナツとリュフトの関係には、終始暗雲が立ち込めていたが。



 とはいえ、はぐれるわけにもいかないため、二人は微妙な距離感を保ち続けていたのだった。





 船が港に着くと、二人は自分の荷物を持って宿泊した部屋を出た。そして港に降り立つと、メグナツは来る時同様、番人に通過証明書を呈示した。



「え~っと、今度は通過証明書を預けるんだっけ……」



 騎士に言われたことを頭の中で整理して、緊張した面持ちで「じゃあ、お願いします」と番人に告げてそこを後にした。




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