商品完成!
ここは、クルトの工房、アロイスとエリーゼは刻印の有無を調べに来ていた。
「刻印? ありますよ。うちの領地は、鍛冶師ごとに図柄が変えてあります」
クルトの肯定に、エリーゼはさらに訊いた。
「クルトさんの刻印は、どういうものですか? 見せてもらってもいいですか?」
「いいですよ、待ってください……」
クルトは棚から、鉄製の10㎝位の細長い棒を取り出し、エリーゼの手のひらの上に乗せてくれた。ずっしりと感じる刻印の重さは、前世の記憶と重なった。前世で働いていた時に見た金属加工品は、レーザーマークの機械で、刻印を入れるのがほとんどだった。しかし、昔ながらの商品は、こういう刻印を使い金槌で打って刻むのだ。
「八角形の中に、バラですか? 素敵なデザインですね」
精密な細工の刻印に、エリーゼは見入ってしまう。
複雑な形をしているので、偽造防止に効果がありそうだと思う。
「あぁ……、シュピーゲルは『鏡』という意味があるから、シュピーゲル産であることを見て知れるようになっている。八角形の鏡と、その鏡の中に鍛冶師個人の印が示されている。鏡が八角形なのは縁起の良い形とされているからと、聞いたことがある」
「産地と製造者の特定ができる刻印なんですね」
「そうです。先代当主が、考えられたと聞いています。おかげで、ここの領地産の製品のブランドを周知することが出来ました。昔から、一人前の鍛冶師になった時、自分の刻印を作るのが、慣例になっていました」
製品を作る技術を持てたら、自分の専用刻印を作るという流れが職人に浸透したことで、全てのシュピーゲル産製品に刻印を打つことが、自然にできていたのだろうと思う。
「鍛冶師と認められたら作るって、これってすごい記念の品になるんですね」
刻印にそんな意味があるとは、興味深かった。
前世では、ただのブランドを見分ける印という認識だったから、驚いた。
「そうだな」と、アロイスも同意してくれた。
「それじゃ、クルトさん個人を示す、バラはどういう意味が?」
エリーゼが訊くと、分かりやすくクルトが、ガッチガチに凍った。
「それは、……まぁ……」
クルトは、急に言葉を濁した。そして、みるみるうちに、耳が赤くなっていく。
そんなに恥ずかしい意味なのか、エリーゼは悪いことを訊いたかと心配になってくる。
その時、アロイスが思い出したと、急に声を上げた。
「確か、クルトの奥さんの名は『ローゼ』だったよな? そこからか!」
「うっ、そ……う、です」
クルトが目を泳がせながら、たどたどしい口調で返事した。
照れているのか、額に汗が噴き出してきて、何とも挙動不審な様子だ。
『ローゼ』だから、バラなんだ。
「うわぁ~……」
「……」
エリーゼが目を輝をかせてクルトを見ると、クルトは追い詰められたネズミのような死んだ目をしていたが、観念したように重い口を開いた。
「一人前になった証明となる刻印に、恋人や妻などを連想させるものにするのが、流行していたんです……」
盛大に赤面しながら、クルトは教えてくれた。
流行だから選んだと誤魔化すところが、なんとも可愛い。
「仕事中も、恋人や奥さんの事を想っているよってアピールなんですね。うーーん! 熱烈ですね!」
「……」
「若い鍛冶師たちが、そんな想いを込めながら剣を鍛えているなんて、みんなロマンチストなんですね!」
「……ぅう……」
クルトが堪らず呻いた。
それを見ていたアロイスが、すかさずエリーゼにツッコミを入れる。
「エリーゼ、クルトをいじるの、それくらいで止めとけ」
「え、褒めているのに」
「無自覚に公開処刑やってんぞ」
「えっ」
公開処刑と、穏やかでない表現に、エリーゼはぎょっとした。
「お二人とも、どうか……そのくらいで……」
クルトはかなりダメージ受けたらしく、消え入りそうな声で呟いた。
ずんぐりむっくりしたクルトの乙女具合に、ちょっとキュンとしながら「ごめんなさい」と、エリーゼは謝った。
微妙な空気を何とかしようと、エリーゼは話し始める。
「とにかく! この刻印とロット番号を付ければ、いいですね」
エリーゼが強引に話を戻すと、アロイスとクルトは二人とも首を傾げた。
「ロット番号とは?」
「製造番号のことで、商品一つ一つに、番号を振るんです。簡単な数ならば、出来上がった順に通し番号を振るという感じで。その番号を控えていけば、商品管理ができるのです。例えば、問題のある商品が出た時、いつ作ったものなのか分かれば、原因特定がしやすくなります」
「じゃ、刻印打った下に、そのロット番号を打てばいいってこと?」
理解してくれたと感じるクルトの反応に、エリーゼは流石だなと思いながら、笑顔で頷いた。
「はい、できますか? 番号を記入して残していく、商品管理書類は私が作ります」
「できると、思う」
クルトは、真面目に応えてくれる。
彼が、変わったことを嫌う、いわゆる古い考えの職人でなくて良かったと思う。
「それでは、刻印とロット番号を入れるということで決定します」
「分かった」と、アロイスが。
「やってみます」と、クルトが言う。
「お願いします」と、エリーゼは笑顔で返した。
刻印問題に片が付き、次の解決すべきことに、エリーゼは思考を移す。
「クルトさん、名入れはできそうですか?」
この包丁の販売戦略の肝と考えている名入れは、是非推したいものだった。
エリーゼは、実現できるか訊くタイミングをずっと伺っていた。
やっとここまでこぎつけたことに、静かな感動を覚えながら答えを待った。
「できるよ」
「! 本当ですか?」
クルトのあっさりとした返事に、エリーゼは驚いて詰め寄った。
「あぁ……、金属に文字を彫ることが出来るペンの魔道具を使えばできる。ほら、これ……、取り寄せてみた」
クルトが、棚から魔法石が埋め込まれたペンを出してきて見せてくれた。
必要だと判断して、先に動いてくれていたのだと知り、胸が熱くなる。
「そんな便利なものがあるとは、知りませんでした」
魔道具は、前世の電化製品のようだと思った。
前世で、先の尖った刻印を使い、金槌で打ちこみながら器用に文字を刻んでいく、高い技術を持つ職人がいた。てっきり、クルトも、そんな旧式の方法で名入れするものと予想していたのだが、レーザーペンみたいなもので入れると聞いたのでとちょっと拍子抜けした。
魔道具って、意外と色々な商品が開発されているんだなと、エリーゼは感心していた。
「包丁の彫る場所を考えると、刻めるのは10文字くらいまでだな」
クルトの報告に、エリーゼは大きく頷いた。
文字制限は、エリーゼも提案しようと思っていたが、クルトが先に気づいてくれたことが、嬉しかった。
「長い名前の方は、愛称などの短い文字数をオススメすればいいですね」
エリーゼが、さらに付け加えるように言うと、アロイスも口を開いた。
「そうだな、自分のものだと分かる表示ならば名前を略しても問題ないだろう」
「サンプルの修正商品は、いつ頃できますか?」
「3日後、仕上がる予定でやっています」
「じゃ、3日後、来ます」
「あぁ……」
クルトの修正済み商品は、3日後に出来上がり、ホフマンとリタも加わり、クルトのキッチンを借りて、包丁の使い心地を確かめた。
前回エリーゼが気になった、引き際の引っかかりも絶妙に改善されていて、刃の運びも、以前よりスムーズにできるようになった。
ホフマンとリタにも、切れ味を試してもらい、全開一致でOKが出た。
アロイスが、サンプルと同じものを5丁完成させるように、クルトに指示した。
そこでキリをつけて、今日の仕事は終わりにしようとアロイスが言った。
そして、完成祝いを兼ねた食事会へ切り替えることになった。
騒ぎを聞きつけ、2階から降りてきたイルメラも加わり、皆で完成の喜びを分かち合った。
――――包丁の完成祝いしてから、数日後。
アロイスの尽力のお陰で、包丁を客にお披露目する日と場所が決まった。
記念すべき初披露の場所は、他領地へ続く街道にある、シュピーゲル領の特産物を集めて販売している店舗だ。
前世で言う、道の駅みたいな店だ。アロイス一押し、シュピーゲル産の珍しい果物も、販売されているところらしい。それらは、ここでしか買えないから、わざわざ領地を越えて、他領地の人が買いに来る店だという。
(口コミで、商品の事を広めてもらおうと考えているから、広い範囲から人が集まるこの店舗は最高の場所なのよね!)
お金をかけて、チラシを配る様な宣伝をする余裕は、うちにはない。だから、口コミを利用して広めることに決めた。
「でも、でも、でも~~~~……、何で、こうなったのよぉ……」
エリーゼは、不満を爆発させていた。
エリーゼは裏方仕事に徹するつもりだった。
アロイスにも、再三、裏方希望と言い続けて、納得してくれているはずだったのに。
アロイスは、最後まで譲ることはなかった。
アロイスとのやり取りを思い出して、エリーゼは愚痴をこぼしてしまう。
少し時は遡り――――。
結界を張ったアロイスの執務室で、エリーゼはアロイスと話し込んでいた。
「お兄様が、代わりに出てくれたらいいでしょ? 領主様のイチオシ商品ですって、アピールできるし!」
「上手く包丁を使えない俺が、実演販売なんてできるはずないだろ? 無茶ぶりがすぎるよ、エリーゼ」
「練習すれば、いいじゃない」
「悪いけど、そんな余裕ないな」
アロイスはにこやかな笑みを浮かべ、エリーゼの提案を即却下した。
「実演販売で、会場に販売されている野菜を使って切って見せる。包丁の宣伝と、特産野菜の宣伝を兼ねたアピール方法は、すごく良いと俺も思うよ。頼んだよ、エリーゼ」
アロイスは、エリーゼの提案を賞賛したが、最後はとどめを刺すように、命令口調で締めた。アロイスは、実演販売をやってくれそうにない。
諦めの悪いエリーゼは、アロイスが駄目なら、代替え案を出す。
「自信がないから、ホフマンに頼むのは、どうかしら?」
「あぁ……、それはいいね。頼んでみよう」
「そうね! ホフマンならうまくやってくれるわ!!」
エリーゼは、ホフマンが実演販売する様に、アロイスが説明してくれると思い、何とか表に立つことは回避できたと胸を撫で下ろした。
だがしかし、回避できていなかったのだ。
「お兄様! ホフマンに頼んでおくって、私の助手としてなんて聞いてないわ!!!」
ホフマンから、『実演販売の助手って、どんなことをするのか』と訊かれて、認識の違いに気づいた。
アロイスに確認してくるとホフマンに断り、エリーゼはアロイスを探し回った。執務室で、やっと見つけたアロイスは、ヒートアップするエリーゼを窘めるように言った。
「いや……、どう考えてもホフマンに丸投げはないよ。無理」
「え~~、私、顔出すの嫌なんですけど……」
「それでな、解決策を考えた」
「うん?」
「顔出ししたくないなら、変装すればいいのではと思ってな。エリーゼが姿を変えるなら、ホフマンも同じようにしようかなっていうから、変装グッズを支給することにしたよ! 二人で仲良く別人になって、頑張ってよ」
「はあぁぁああ!!!???」
「成功させたいならやりなさい。元々、お前が言い出したことなんだから」
「うぅぅうっ……」
正論ばかり言うアロイスに、エリーゼはぐうの音も出なかった。
「何で、こうなったのよ!!!」
エリーゼが、はしたなく叫んだが、結界のおかげで静寂は保たれたのだった。
こうして、エリーゼは悶々としながら、初披露イベントの準備をする羽目に陥っているのだ。
「もう、覚悟を決めるしかないわね」
エリーゼは、気持ちを切り替えることに注力した。
転生者だということを、隠すのは大事なことだ。
けれども、もっと大事なのは新事業の成功だ。
エリーゼは、そのためにここに来たのだから。
「まずは、シナリオ作りね。できたら、ホフマンと打ち合わせしよう」
本番までの日数は多くない。
それから、エリーゼは自室に引きこもり、実演販売のシナリオ作りに励んだ。
アロイスに、実演販売の助手を頼まれて、食い気味に了解したホフマン。
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