異世界で初めての実演販売
この頃、投稿に間が空き、すみません。
そして迎えた実演販売の日。
アロイス監修の変装セットを使い、エリーゼは茶髪の鬘を着け、目立つ金髪を隠し、目の色を変える眼鏡で、紫の目は茶色に見えている。ヘビロテ着用しているメイド服になれば、顔立ちが同じといえども印象はかなり違ってみえる。
(領主宅で働く侍女って感じね! 結構、イケてる!!)
「エリーゼ様、荷物下ろし終えました」
資材の積み下ろしを任せていたホフマンが、声をかけてきた。
ホフマンは、短い黒髪を茶髪の長髪鬘で隠し、後ろに一つに束ねてくくり、眼鏡をかけた目の色は、黒から深い青い目に変わっており全く別人に様変わりしている。
「ホフマン、変装しているのだから、呼び名は替えましょう。私のことは、そうね……、リズと呼んで。敬称もつけなくていいわ」
「――――リズ……」
「そう、それでいいわ。ちなみにホフマンは? どう呼ばれたい?」
「えぇ……、急に言われても」
「希望がないなら、『フマー』とかは?」
「フマー……」
ホフマンは、ピンとこない感じの顔をしている。
「気に入らないなら、他の名前を考えてみて」
「じゃ、『ルート』で。名前がゲルトなので」
ホフマンが苗字だと、この時エリーゼは初めて認識した。
「あぁ……、ホフマンは苗字の愛称呼びに違和感があったのね。名前はゲルトというのね……」
アロイスが、ホフマンと呼んでいたので、名前か苗字かなんてきにしたことがなかった。日本語ならば、名前か苗字か判断できるが、異世界の名前は初見ばかりで判断できるはずない。
「忘れていたのか?」
ホフマンは、何処か不機嫌そうに言った。
ホフマンとの敵愾心マックスだった初対面を思い出し、エリーゼは苦笑いした。
「だって、名前呼びすることなかったでしょう? お兄様も苗字で呼んでいるし……」
言い訳していると、名乗られたときの記憶が薄っすら蘇ってきて、エリーゼは青ざめた。
「覚えておいて欲しかった……な……」
ホフマンは残念そうに、呟いた。
「ごめんなさい、もう、覚えたから!」
「……」
あの時は知らない者同士、無礼な態度に頭に来て、喧嘩腰にぶつかっていたので、正直記憶が曖昧なのは許してほしい。
しかし、今は親しく言い合うようになった彼の変わりように、エリーゼはしみじみとしてしまう。
「ルートね。分かった、今日はよろしく、ルート」
「あぁ……、リズ、こちらこそ」
お互い確認する様に呼び合う。
ホフマンの姿が変わり過ぎて、ホフマンなのにホフマンに見えなくて視界がバグっていた。ルートという名があることで、バグり具合がやわらいだ気がした。
「緊張しているのか?」
ホフマンは、浮かない顔をするエリーゼに訊いた。
突然の指摘に、エリーゼはさらに緊張して身体が震えた。
「当たり前でしょ! 意識しすぎて気持ち悪くなるから、訊かないで……」
「ふふっ、余裕のないあんたは、年相応に可愛いな」
「……」
(普段は、年相応に見えず可愛くないと言いたいのか……、こんにゃろう!)
揶揄われたことに憤慨する一方で、ホフマンが意外に鋭い視点で見ていると知り、エリーゼは言葉に詰まった。
「ギリギリまで、精一杯準備してきたんだ。上手くいくさ」
エリーゼが憮然とした顔をしていたので、ホフマンは取ってつけたように励ましてきた。
「そうかしら……」
「こちとら、スパルタで厳しい練習をあんなにしたんだ。おかげで、寝ていても、実演の段取りを思い出してうなされたくらいだ」
「ぅ……、色々付き合わせて、ごめん」
前世の実演販売の空気感を出したくて、ホフマンを散々付き合わせた。
ブラック企業さながらの拘束時間に、文句を言われても仕方がないと思う。
「謝るな。そんなつもりで言っていない。あれだけ頑張ったんだから、大丈夫だって言いたいの」
「ホ……、ルート」
(もしかして、励ましてくれている?)
「ん?」
見上げたホフマンの顔は、エリーゼの疑問を肯定していた。
実演販売をやると決めてから、エリーゼは全力を傾けてきた。その努力をホフマンが認めてくれていると分かり、エリーゼのやる気スイッチが入った。
「そうだね、ルート。みんなを驚かせよう」
「おっ、上向てきたな。リズ」
「うん、頑張ろうね。ルート」
「……あぁ」
実演販売に割り当てられた場所は、地場産野菜販売スペースに入るところ。買い物客が出入りする際、必ず通る場所を用意してくれたアロイスに、感謝しかない。
貸し出してくれた長机の上に、用意しておいたポップやまな板、包丁を置いていく。
「良い顔に戻ったな、リズ……」
テキパキ準備を進めるエリーゼを見て、ホフマンが呟いて目を細めたが、集中して準備をしていたエリーゼの耳に、届くことはなかった。
開店前に全ての準備を終えることができ、エリーゼは大きく息を吐いた。
「ルート。実演を開始するまで、通るお客様に声掛けしてね」
「『いらっしゃいませ』とかで、いいのか?」
「いいわ、『おはようございます』って挨拶もいいわ。くれぐれも人の流れを止めないようにしてね。一瞬、このブースに目を向けてもらうくらいで良いから」
「実演販売しますとか、なぜ言わないんだ?」
「今日は、事前告知無い実演販売だから、野菜購入目的で来た、客の行く手を邪魔するのは、印象が悪いと思うの。だから、買い物帰りの客をターゲットにすることに決めているの。開店に合わせてきた客が、買い物を終えたくらいのタイミングで、始めるわよ。人の流れを見て、臨機応変に対応するから、いつでも始められるように、心積もりしておいてね」
「おう、見極めは任せた」
「了解」
そう話していると、開店時間になった。
朝どれ野菜目当ての客が、開いた扉から続々と入店してくる。
「おはようございます、いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ、おはようございます」
開店を待ち並んでいた人々が、どっと目の前に迫ってくる。
エリーゼとホフマンが挨拶するのを、ちらりと一瞥した後、客たちは野菜売り場へ通り過ぎて行く。
エリーゼは笑顔で挨拶を続けながら、感覚を周囲に向けていく。
事前に開店時間に人流調査をした結果、大体15分から20分で最初に入店した客が買い物を終えることがわかった。そして、野菜を買った後、軽食コーナーで朝食を買い、解放されている飲食スペースで、食べるという流れがあるということも分かった。
立ち止まってもらうタイミングは、野菜を買って、朝食コーナーへ行くまでの間だとエリーゼは当たりを付けた。
時間は過ぎていき、買い物を選び終えた客が、レジに並び始めた。
ちなみに、この店は前世と同じで、レジで精算する方式の販売スタイルだ。
「ルート、見て」
エリーゼがレジに並ぶ列の方に視線を動かす。
ホフマンが同じ方向を見たところで、エリーゼは呟いた。
「10人くらいかな、買い終えたところで始めるわ。準備しましょう」
「分かった」
「進行は私がするから、ルートは実演頼むわよ」
「おう」
買い物袋を持った客が、数人通り過ぎたところで、エリーゼはホフマンに目配せした。黙って頷いて答えたホフマンに、エリーゼは笑顔を返す。
エリーゼは、思いきり息を吸って、腹に力を入れて声を出した。
「おはようございます! これから初めて紹介する領地産の万能包丁『アル・マハト』の実演を行います! 是非、ご覧ください!」
エリーゼが大きな声で言うと、帰り途中の客が反応して振り向いた。
どうにかこちらへ足を向けてもらおうと、エリーゼは話し続けた。
「普段、お料理される時に、包丁が重くて大変だなと思われたことはありませんか? あ、そこのお嬢さん。毎日、苦労されていませんか?」
年嵩の女性でも『お嬢さん』と呼ぶのは定石だ。
案の定、エリーゼがお嬢さん呼びした客は、頬を緩ませ近づいてきてくれる。
「早速来ていただき、ありがとうございます。さぁさぁ、他のお嬢さん方も、是非見て言って下さい!」
その声掛けで、実演ブースの前に5人くらいの人が集まった。
エリーゼは始め時だと判断し、実演の流れに入る。
「それでは、始めます! 今日、ご紹介する包丁はこちら! 『アル・マハト』です! 小さくて、薄くて、軽いです。実は、とっても使い心地が良いのです。そして、驚くべきことに! この『アル・マハト』は、肉、魚、野菜全ての食材を来ることが出来るのです!」
ブース前の客が去ってしまわないうちに、実演に入る。
「信じられない! と思っていらっしゃますか? そこで! このトマト、この店で売られている完熟朝どれの新鮮なもの! 皆さんすでにご購入されていますよね? これを、切ってみます」
エリーゼがホフマンに手で合図した。
ホフマンが手慣れた包丁さばきで、半分に切ってヘタを取ったトマトを薄切りにしていく。切り終えたところで、エリーゼは薄切りトマトを一枚手でつまみ、客に見えるように前に突き出した。
「このトマト、完熟しているので柔らかいんです。でも! 見て! 見て! 見てください! すっごく薄ぅ―――く、綺麗に切れているでしょ? もう、向こうの景色が透けて見えるくらい、薄ぅーーーいの、分かりますか?」
エリーゼが言うと、客たちはトマトの透け具合に納得する様に頷いてくれる。素直で、良い反応をする客だと、エリーゼは満面の笑みになった。
「この薄く切ったトマトを利用して、バラの花を作ってみます。どうぞ、ご注目下さい」
エリーゼがホフマンに目配せすると、ホフマンは練習を重ねたバラを形作っていく。あっという間に、見事なバラが出来上がり、白い皿の上に乗せて、ベビーリーフで葉をあしらった。
「あら、きれい。こんなの初めて見たわ」
「何だか、食べるのがもったいないわ」
「うちの包丁では、こんな薄切りできないかも」
「上手な人だから、できるんじゃないの」
様々な意見が、客の口から漏れた。注目してくれている証に、エリーゼの商売魂がくすぐられた。
「トマトのバラは、みなさんも練習すれば、すぐにできるようになります。やり方を覚えてもらえれば、お持ちの包丁でもできます」
「……そうかしら……」
「まぁ……、『アル・マハト』を使ってもらえれば、嬉しいですけど」
「あの……、もう一度、トマトのバラを作って見せてくれないかしら?」
「勿論です! 今度は私が作りますね」
エリーゼが実演するというと、そばにいた人が加わり、人垣が厚くなるような気がした。
後ろの人にも聞こえるように、エリーゼは声を張った。
「今から、トマトでバラを作ります! ご注目、下さい!」
ホフマンが残していたトマトの半分を利用して、薄切りしていく。
ホフマンのような手早さはないが、確実な手さばきでバラを完成させた。
先にホフマンが作ったバラの隣に盛り付け、ベビーリーフも添えた。
「おぉ」という静かなどよめきが起こり、エリーゼは手ごたえを感じていた。
「私の個人的な意見ですが、意見ですがこの万能包丁『アル・マハト』は軽くて切れ味が抜群です!」
「いいわね、使ってみたいわ!」
その声が聞こえて、エリーゼはシメの説明に行くことにした。
「こちら『アル・マハト』は、予約販売となっております。ご希望の方は、こちらの用紙に記入お願いします。ご注文いただいてから、鍛冶師が一丁、一丁、心を込めて作らせていただきます――――」
「価格は一丁、3万5千ヨーロとなっております!」
価格を言った瞬間、ざわついていた人垣が、しんと静かになった。
そして、「高っかっ!!!」と、一人が声を上げた。
「3万5千ヨーロだって!? 包丁って、1万以下であるよなぁ……」
「どんだけいいのか分からんが、高すぎる」
「それだけ出せば、良いもんだろうよ。買わんけど」
目の前の客が、購買意欲を一気に失っていくのを、エリーゼは感じた。
興味を失い、疑いの目になった客たちを目の当たりにして、エリーゼは考えてきた言葉を何とか続ける。
「包丁は、良いものは一生使えます。一生使うなら、決して高くはありません」
「まぁ……、売る方はいくらでも良く言えるよな。言うのは無料なんだし」
「!」
エリーゼが言葉を失ったのを最後に、客たちの心は完全に離れた。
一人去り、また一人と、ブース前から立ち去っていく。
「ごめんね、高すぎて買えないわ。トマトのバラの作り方を教えてくれてありがとう。家で試してみるわね」
最前列で聞いてくれていた女性が、済まなそうに言ってそそくさと立ち去っていく。
それからしばらく待ってみたが、予約をしてくれる客は現れなかった。
異世界で恐らく最初の実演販売は、大失敗で終わったのだった。
エリーゼに『ルート』と愛称で呼ばれて密かに喜ぶホフマン。
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