新事業、始動間近
初めての試作品披露会は、楽しい食事会で締めくくられ、英気を養うことができた。
そして、この日を境に、シュピーゲル家の人々との距離がグッと縮まり、家族の空気感が出来てきた気がする。
「庭にある見慣れた植物なのに、エリーゼの手にかかると、特別なものに見えるよ」と、アロイスが感嘆した。
「本当に、綺麗ねぇ……」と、リタがウットリとした顔で言う。
「えへへぇ……、褒め過ぎです」
エリーゼは、照れくさそうに笑った。
まだ朝早い時間だというのに、アロイスとリタは花生けしているエリーゼのところにやってきて、その様子を見に来るようになっていた。
ホフマンは、アロイス達に遠慮して、遠巻きに見ながら、掃除をしている。 彼は、エリーゼが花生けをしている時間は、必ず玄関辺りにいて、エリーゼの目の届く範囲に、距離を保っている。こちらを注意して、見られているホフマンの視線を、エリーゼは常に感じていた。
いつの間にか、エリーゼが花生けをするのを、家のみんなで見守るのが、定番の行事の様になっていて、玄関ホールに毎朝集まる習慣になっていた。
今日の花は、庭木の柊南天と、丁度花の盛りを迎えた真紅のダリヤを使った。花器は水盤と七宝を使い、前世では伝統的な生け方を選んだ。
「この花は、手前が池で、奥に見える景色を表現してみました。水面に張り出すように生けた柊南天が、水に映る姿も楽しめますね。まだ、暑い日が続いてますから、水を目にすると涼やかさを感じることが出来るかなって思いを、込めました」
緩やかに湾曲する自然な柊南天の枝ぶりを、そのまま生かして使い、水面に映るもう一つの姿を楽しむ。
「……うん。確かに。この花を見ると、朝から爽やかな気分になるよ」
「見る人の事を考えて、花を生けるのね。奥が深いものね」
「はい、一番は季節を感じるものを目指します。同じくらい大事なのは、見た人の心を癒すことです。癒せることが出来ればいいなと、思いながら花生けをしています」
エリーゼの想いを受け入れてくれる二人に、エリーゼ自身も癒されている。
他人へ癒しの想いを込めて生けると、廻り回って自分に返って来ると実感している。
「エリーゼ様の生け花を見ているだけで、癒されているわ。体の調子も良いのよ。きっと、胎教に良いのかもね」
「フフフ、お義姉様、順調そうですね。赤ちゃん」
リタが、大きなお腹を撫でながら、ほんわりと笑う。
「えぇ、9カ月に入ったわ。来月には生まれるわよ」
「楽しみですね」
「エリーゼも、生まれたら頼むぞ?」
「勿論、いっぱい可愛がっちゃいます!」
「心強いです。ふふっ」
自然に集まって、たわいもない話をすることが出来るほど、打ち解けていることが、エリーゼは嬉しいと思う。
「エリーゼ様、そろそろ朝ごはんの用意に行くわね」
「はい、お義姉様、いつも甘えてしまい、すみません」
「いいのよ! 待っているから、食べに来てね」
「ありがとうございます。ここを片付けたら、行きますね」
エリーゼがい言うと、リタは分かったと、首を縦に一度頷いた。
「また、あとでな。エリーゼ」
「はい、お兄様」
アロイスとリタが、二人で食堂へ歩いて行くのを、エリーゼは見送った。
(お兄様夫婦は、すっごい仲良しね。最初に来た頃は、お兄様は妊婦に対して軽んじる様な言動をしていたけれど、杞憂だったわ)
「さて、片づけをしますか! ……って、ホフマン!?」
振り返ると、ホフマンがすぐ傍に来ており、エリーゼの心臓は飛び上がるほど驚いた。だるまさんが転んだで、鬼役が振り返った時、すぐ傍に迫ってきた人に気づいた場面と、同じような驚きだ。
ホフマンは、エリーゼが固まってしまったのをスルーして言った。
「エリーゼ様、花道具をまとめておきました。バケツは、片付けておきます。タオルは一度綺麗に洗っておきますね」
「――――うん……」
エリーゼは、ホフマンにやられたと思いながら、何とか返事した。
アロイス達と話している間に、ホフマンは気配を消して、エリーゼの代わりにすっかり片づけを済ませていた。
花ばさみは、しっかり汚れや水気を取って、ピカピカになっているし、床に落としてしまった、葉や枝の切れ端も掃き集められて無くなっているし……、行き届いている。完璧だった。
主のストレスにならぬよう、絶妙なタイミングで仕事をする技術は、素晴らしいと思うが、エリーゼの心境は複雑だった。
(どう考えても、やりすぎでしょう! 心遣いしすぎ!! もう、有能だなぁ~、感心、感心ってレベルじゃなくて、どんだけ監視されてんだ? 怖すぎるっ!! て、思う領域に入っている気がするんですけど!!!)
だが、しかし。しかしだっ!!!
だからと言って、そのウザさを凌駕する、特別に思えてしまう点がホフマンにはある。
「エリーゼ様、今日の生け花は、柊南天の葉のトゲトゲした荒々しさと、すらりと立つ柔らかいダリヤとの対比のバランスが素晴らしいですね」
この生け花に対する造詣の深さは、エリーゼの心のツボをガシガシと押して、理性を狂わせるのだ。ホフマンの的確な感想を聞くと、エリーゼは感情を爆発させ応えてしまう。
「そう! そうなのよ!! 柊南天は、枝の丈が長くて途中に葉がないから、ごつごつした木の肌が無骨さを醸し出しているのよね。その枝の傍に、寄り添うように赤いダリヤがあると、より優美さが引き立ち、堪らんくらい華麗でしょう! それに、このダリヤの花びらの真紅は鮮烈な存在感がありますね。夏の花の色って、力強いでしょ? 他の季節にない、濃い感じがもぉっ、良いんだよね~~~~」
(まるで、前世の華道教室で、生徒同士が語らうように通じ合えるなんて、楽しすぎるでしょ!!)
細かい心の機微を察して、理解を示される快感に、エリーゼは抗えなかった。
エリーゼが、夢中で話し終えた時、ホフマンが呆けた顔をしてこちらを見ていた。
(ありゃ、また引かれてしまったな……)
前世でも、一方的に熱く語ってしまい、「語るねぇ」と苦笑いを添えて返されたことを思い出した。
暴走してしまったことに気づき、ざぁっ!と、血の気が引いた。
「ごめんなさい、私の意見を押し付けるつもりはないから」
「えっ?」
「片付けてくれて、ありがとう! バケツとタオルの処理お願いね!」
ヤバイ状況になれば、ヒット&アウェイの如く、やっちまったら即去るって攻略法で、躊躇わず切り抜けている。
転生者だと知られないように、注意しないといけないから、突き止められる前に逃げるのだ。
「エリーゼ様……」
走り去るエリーゼを見送るホフマンが、寂しそうな声で呼んだが、エリーゼの耳には届かなかった。
朝食後、アロイスとエリーゼは執務室に居た。
「お兄様、確か、消音付与した結界の魔道具を、買ったと言われていましたよね?」
「あぁ、エリーゼが持ってきたのは、クルトに貸してしまっただろう? この執務室用に必要だと思って、取り寄せてある」
「それ、発動してもらってもいい? 話したいことがあるの」
「ちょっと、待て」
アロイスは机の引き出しから、魔道具を取り出し、発動させた。
「よし、動いたな。エリーゼ、何だ?」
「商品完成した後に、したいことを話したくて……」
「うん」
「お兄様は、クルトの作る剣に印というか、刻印が入っているか、知っていますか?」
「刻印?」
アロイスは、刻印と言われてピンときていないようだった。
エリーゼは、説明が必要だと、話し始めた。
「刀身に刻む印です。それを見れば、どこの誰が作ったか、一目で分かるんです」
「さぁ、どうだったかな……」
やはりなと、エリーゼは確信した。
アロイスは、武器製造産業に詳しくない。
アロイスは剣を作る工業産業を、縮小することに決め領地改革を進めていた。だから、切り捨てると決めたものに、学ぶ時間を割かなかったのだろう。
「剣に使っていた刻印があれば、新しい包丁に同じ刻印を打って売れば、良い宣伝効果が期待できると思うんです」
「宣伝?」
「クルトの作った剣を、所有したことがある人は、当然、その刻印を知っていますよね。剣の品質が良いなら、同じ人が作った包丁も、品質が良いものだと判断するからです」
「そうか、刻印を知る者は、同じ刻印が打ち込んであれば、買う可能性があると言う事か」
「はい、その通りです。それに、刻印は入れることで、類似品と真贋を見分けることが出来ます。偽造防止する観点から考えて、必要だと思います」
前世でも、少しだけ名前を変えた安価な類似商品が次々出て、苦戦を強いられたことがあった。その時、刻印の存在を周知して、正規品を見分けてもらうことができたのだ。
「分かった、確認してみよう」
「はい、お願いします」
もう一つ、商品を売り出す前に、はっきりしておかなければいけない
事がある。
ずっと切り出しそびれていた考えを、アロイスに伝える。
「それと、この商品を考えたのは、お兄様とクルトだということにして欲しいんです」
「ぇ……、どうして? ほとんどエリーゼが考えたことじゃないか!」
アロイスが、反論してくるだろうとエリーゼは予想していた。
納得してもらえるよう、エリーゼは慎重に話を進める。
「そもそも、クルトがいなければ、机上の空論止まりで、商品化できなかったものですし。私、目立つのは嫌なので、お兄様が主導で進めたことにしてほしいです」
転生者とばれたくないと言えないので、個人的な我が儘で裏方に徹したいと、主張することに決めて話す。
「目立つのは嫌って……、こんなに必死に勉強してきた成果を、人にくれてやるのか?」
「はい、お兄様なら安心ですし、長期的な商売を考えているので、この領地の者が開発したとする方が良いです。私はこの領地を出て行くことが決まっている人間なので、相応しくないです。だから、私は初めから係わらない方が良いんです」
「……」
アロイスは、怒りを滲ませエリーゼを黙って見ていた。
「お兄様?」
「どうして、そんなことを言う? お前は、俺の妹だろ。領主の妹が、領地改革したと言って、何が悪い」
アロイスは、エリーゼを利用して自分の手柄にしない、真面目な人だ。
エリーゼは、アロイスが折れてくれるまで、また新しい理由を挙げていく。
「お兄様が、私を立ててくれるのは有り難いことですが、私はそれが正しいとは思いません。私は、とにかく商品のブランドの格を高めたいんです。高価格帯での販売をしたいので、開発者の身分も高い方が、絶対有利です。領主と領主の妹とを比べれば、どう考えてもお兄様の方が格上でしょう? クルトは職人としての実績がすでにあるので、私より相応しいのは比べるまでもありません。だから、お兄様とクルトが開発者にした方が良いのです」
アロイスは、商売人としては甘いとしか言いようがない。
もっと、ずる賢く立ち回ることもしなくては、世知辛い世間を生き残ることはできない。
心を鬼にして、エリーゼは続けた。
「それに、古いようですが、女が前面に出て行かない方が、商売は上手くいきます。失敗する芽は、先に摘んでおくのは、商売を成功に導く鉄則です」
「エリーゼ……」
「私の好きなように、お兄様がさせてくれる。それで、充分なんです。だから、お兄様、お願いします。私は、この事業の末端で係われるだけで、幸せなんですから……」
「本当に、それだけか? 他に理由があるんじゃ――――」
「我が儘言って、ごめんなさい。不特定多数の人に、自分のことを知られるのが、正直怖いの。きっと、名乗れば後悔するから……。だから、お兄様とクルトに託したいのです」
転生者だと悟られるのが怖いと言えれば、どんなに楽だろうかと思う。
でも、知られることで起こるリスクは大きいもので、避けたいと一番に思ってしまう。
アロイス達を危険に巻き込むことは、絶対にしたくないと思うから。
だから、全力で、隠す。
「意志は固いようだな」
「はい」
アロイスの最終確認に、エリーゼは澱みなく返事した。
視線を外さず言い切るエリーゼに、アロイスは目を細めた。
「俺は、お前が嫌がることはしたくないし、傷つけることも当然したくない。だから、お前の希望を受け入れることにする」
アロイスの言葉に、エリーゼは安堵した。
「ありがとう! お兄様、大好きよ」
「はい、はい」
「ありがとうついでに、販売方法の提案なんだけど――――」
「また……、お前の代わりをするのは、楽じゃないな」
調子に乗ったエリーゼが、独自路線の提案を展開するのを、アロイスは変わらず真剣に聞いてくれる。
転生することによって、生き残れた自分は幸福だと、エリーゼは話しながら噛みしめていた。
エリーゼと話したくて、睡眠時間を削り、花の知識を猛勉強しているホフマン。
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