邪魔な使用人
「王妃陛下はお疲れのようで、明日一日は完全に別行動だそうだ。朝に体調が良ければ、女性だけで軽くお茶会をしたいそうだから、一応準備はしておいて」
お茶会・・・。気が重いな。きっと父の使用人が見張りに来る。当たり障り無い話で幸せな振りをしなきゃいけないとか、本当に面倒。
「それで、明後日から領地を父と見に行かれるんだが、お母様はそれに同行せずに、屋敷を整えておくよう言われたんだって。充分整っているのに怪しいよね?何とか俺をねじ込んでもらうことにするよ」
「ディートリヒ様に言って、王妃陛下にさりげなく言ってもらう?」
「まずは父にそれとなく言うけど、うまくいかなかった時は俺からディートリヒに頼むよ」
「わかった。私の協力が必要な時は言ってね」
今日は王妃陛下が来ることもあって、夕食に気合いが入っている。見た目は当然豪華だけれど、疲れを考えた胃に優しいメニュー。さすがお母様。ちょっと食べ過ぎたかも。皆お疲れだったようで、この日は特に何もなく終了した。
お母様とお兄様の三人で朝食を無言で食べた。今朝からは完全に父の使用人に貼り付かれているので、既に全員が疲れている。うんざりだ。
貼り付かれたまま部屋に戻ろうと歩いていたら、ディートリヒに会った。客室はこっちにはないはずなのに、どうして歩いているのだ。用事?
「おはよう、エルヴィーラ嬢」
「おはようございます、ディートリヒ様」
軽く腰を折って挨拶をした。学院みたいな接し方はしないぞ。令嬢モードです。先に通話で知らせておけば良かったが、バタバタしていてすっかり忘れていた。
ディートリヒはちらっと私に付き従っている使用人に目を向け、即座に微笑みの貴公子になった。
大丈夫だとは思っていたけれど、余計なリアクションをせずに察して頂けて助かります。
「・・・庭が綺麗だと聞いたのだけど、どこがお勧めかな?」
話したいことがあるのか。庭なら何とかなる。
「お時間があるようでしたら、今からご案内致しますよ」
「お願いできるかな」
「ノーラ、日傘をお願い」
「かしこまりました」
ノーラが追い付けるようにゆったりとした足取りで庭へ向かい、三人で庭に出た。周囲に人がいないのを確認して、さらっと防音魔法をかける。日傘で口元は隠せるので、思う存分本音が言えるし、表情を崩せる。
「ついては来ないんだね」
「後ろから離れてついてきても、何を話しているかわからないでしょ?表情を見る為に、屋敷の影から見てるよ。今はあそこ」
目線だけで大まかな位置を伝える。
「・・・そう、か。よくわかるね?」
「魔法を、ちょっとね」
「興味深いな。今度詳しく教えてよ」
「いいよー。好きな花とか雰囲気はある?」
「いや、ぶらぶらしているだけでいいよ。そんなに花とかも興味ないから。適当に半分くらい、ぐるっとで」
「半分?」
「後で続きが必要になるかもしれないでしょ」
「なるほど。それで?何か話したいことがあったんでしょ?」
「お茶の時間頃に部屋にお邪魔してもいいかな?ノーラさんかマーサさんも一緒に」
「いいけど。話なら今すれば?令嬢モードで当たり障りのない話しかしないよ」
「いや、準備があるから・・・ちょっとね?エルヴィーラ嬢の味方を紹介したいんだよねぇ」
ニヤニヤしながら茶葉をリクエストされ、お菓子はチーズケーキを用意して欲しいと言われた。それはいいけど、味方?どういうこと?
よくわからないが教えてはくれなかったので、本当に庭を案内しながら雑談をすることにした。
今回は、馬車の長距離移動が思いの外辛かったとか。まぁ、あれに慣れると長距離は常に我慢だと思うわ。
我慢できずに挑戦しようとしたけど、加減が上手くいかず、いい具合に貼り付けなかったそうな。王妃陛下と一緒の馬車で何をやっているんだ。王妃陛下ものりのりだったらしいけど、二人とも重力魔法の加減が上手にできず、諦めたそうだ。
王妃陛下と父が行く視察の話になった。
「ディートリヒはどうするの?ついて行くの?」
「いや、ヴェルナー様が町を案内してくれるそうなんだ」
なるほど。そうやって邪魔な人間を追い払おうというところか。
「ふーん。普段ならお兄様が楽しいところに連れて行ってくれそうだけど、まぁ諦めて」
「あぁ、そうか」
あれ?ちょっと残念だったのかな。表情が微妙に変化した気がする。
「楽しみたいなら自分で意見を言って、振り回したらいいと思う。見張られていても、お客様の要望を聞かないわけにはいかないからね」
「いや、それはちょっとさすがに」
「そう?お兄様、シスコンは拗らせているけれど、基本は優しい人だよ。私に振り回されるのも慣れているし、私の入れ知恵だと気付くと思うけどな。むしろ、お兄様もそっちの方が楽しいと思うよ」
「エルヴィーラ嬢のお勧めはあるの?」
「マックの雑貨屋と中央広場からちょっと入ったところにある、商店街の屋台かな。連れて行く護衛によっては無理だろうけど」
「そうなんだ・・・。誰が護衛だったら楽しめるの?」
「父が王都から連れてきた人以外、かな。そもそもお兄様がいる時点で護衛なんていらないんだけどね。あえて言うならヨアヒムかな。お兄様の専属使用人だから」
「そっか。どうせなら楽しみたいから、さりげなくその方向に持っていこうかな」
「それがいいと思うよ。ディートリヒ様を見張るつもりはないと思うし」
念のため、どうすれば父の見張りから自然に逃れられるかを、たっぷり時間をかけて説明した。最悪認識阻害すればいいと思う。
昼食は王妃陛下とディートリヒが二人で。私たちは王妃陛下の体調を気遣う会話をしたくらいで、またお母様たちと三人で無言で食べた。
また部屋に閉じこもることになった。隣の部屋から、父の使用人が私の部屋を見張っている。本当に面倒。
部屋の扉が開くと隣の部屋にいる使用人が魔法で感知するのだ。なので面倒な時は窓から外出している。
そのことをディートリヒには言っておいたので大丈夫だと思うが、気付かれたら間違いなく強引に部屋の中まで入って来る。なので窓をしっかり開けておいた。
ディートリヒが正面から堂々と来た。どうするつもりだ。チーズケーキもお茶も用意したのに。
怪しまれたら追い返して、ノーラと二人でお茶にしようかな。ディートリヒが大きく扉を開け、何かが私の横を通り過ぎた。認識阻害で誰かを入れてきたんだろうなと気が付いたけれど、本人も認識阻害をしていなければ意味が無い。
「庭で話していた本を借りてもいいかな?」
えーと、なんだっけ。たぶん何でもいいはず。
「少々お待ち下さいませ」
この辺の植物図鑑でいいかな。
「お気に召しましたら他にもございますので、お気軽にお声がけ下さい」
にっこりしておいた。二人で話せってことね。
「じゃあ、また後でね」
本を手渡すとディートリヒは立ち去った。さて、部屋に誰を入れたのか。扉を閉めて振り返ると、部屋には目を見開いたノーラに・・・まさかの王妃陛下がいた。
悲鳴をあげなかったノーラ偉い!!誰かが部屋に入っていたのに気が付いていた私でもびっくりしたわ。思わず防音魔法がきちんと機能しているか、再確認してしまった。よし、大丈夫。悲鳴にも対応できてた。
マーサがいたら、気絶していたかもしれない程の衝撃だった。屋敷が息苦しいと言って、買い物に行っていて良かった。




