秘密のお茶会
「驚かせてしまってごめんなさいね。エルちゃんと内密に話がしたいことがあって、ディーに頼んだのよ」
ノーラが何事もなかったようにお茶の準備を始めた。ノーラよ、尊敬します。私はまだ動揺している。
「私がディーが言っていたエルちゃんの味方よ。あら、これが噂のチーズケーキね」
王妃陛下はにこにこと嬉しそうにチーズケーキを見ている。
「どうぞ、おかけになって下さい」
やっとのことで王妃陛下に席を勧めた。紅茶の用意が終わると、王妃陛下が話し始めた。
「ベルンがエルちゃんのチーズケーキが美味しいって自慢してたのよ。だから食べてみたくてね。ディーにリクエストしておくように頼んだの」
うふふっとお上品に微笑みながら、王妃陛下が食べ始めた。ベルンハルトめ、本当に余計なことばかりしてくれるな!
「そんなに驚かないで?リラックスよ、エルちゃん。今は完全に非公式だから、親戚のおばちゃんだと思って頂戴」
「そ、そんな。王妃陛下をそのようには」
おばちゃんはいくら何でも無理だ。この上品さと、神々しさの前では無理ぃ。
「んん~、ダメダメ、じゃあ、命令しちゃう。普段ディーと話すみたいに話して」
何それ、難易度高すぎる。
「ディーに色々無理言って教えてもらったのよ。猫被っても遅いから。うふふ」
後で絶対ディートリヒに嫌がらせをしようと心に決めた。思わずどんな嫌がらせをするかに思考がいってしまったが、王妃陛下の一言で引き戻された。
「それでね、内密に話したいのはベルンのことなの」
えっ、婚約者になって欲しいとか絶対に言われたくない。
「エルちゃん、ベルンのこと苦手でしょう?ちゃんと本人から聞きたいなって思って。二人で話せる機会を窺っていたの」
令嬢モードのまま固まってしまった。ディートリヒがどこまで話しているのかわからないし、そもそも人の息子を捕まえて、生理的に無理って言いにくい。そもそも言っちゃ駄目だろ。
「ベルンの顔を見るたびに、この世の終わりみたいに泣いていたのは知っているわよ」
やっぱり気が付いていたか。うん、だって、殺人鬼がいると思ったんだもん。それも人の息子に言えない。何かいい言葉ないかな…。
「殺人鬼に見えて、生理的に無理なのよね?」
……。ディートリヒ、全部話しちゃってる…。もう、諦めてもいいよね?今更だよね?人の息子に何てことを言っているんだ、ディートリヒ。伝えたのは私ではない。うん。
「すみません。その通りです…」
「まぁまぁ!見た目だけは良く産まれたと思ったんだけどねぇ…」
確かに美人な王妃陛下に似ているとは思う。だけど、何かが違うのだ。
「…すみません。王妃陛下はとても美人だと思うのですが」
「やだ!誉めても何も出ないわよ。私、エルちゃんのこと一目見たときから気に入っていたのよねぇ」
やめてぇぇぇぇ。恐ろしいこと言わないでぇぇぇぇ。
「エルちゃんが娘になったら素敵だなって思ってたの」
ひぃぃぃぃぃぃぃ!
「だけどね、エルちゃんにベルンと結婚して欲しいわけではないの。だって、性格合わないでしょう?何であんな性格になっちゃったのかしら?ディーにもずっと迷惑をかけているのよね、あの子」
ああ、そうなんです。あの性格も嫌なんですよね。言えないけど。
「それでも婚約者候補のままでいてくれるのは、ノルン卿がそれを望んでいるのね?」
「…そうです」
「婚約者候補、こちらから外してしまったらどうかしら?」
父を権力至上主義だったと考えた場合、お兄様の予想では鞭打ち後、病気などを理由に一旦休学して、教師か職員、令嬢を家ごと買収して、二十四時間見張られると考えている。
自由にさせていたから失敗したと考えて、管理されるのではないかという発想だ。
後は父が望む相手とお見合いを繰り返し、結婚するまで監禁。父に役立ちそうな伯爵家の人と縁を結ばされるはず。
イザーク様やディートリヒは正直父ごときでは操れないから、候補にはなっても最終的には選ばないと思っている。
予想通りなら、父は私が様々な魔法を使えることを知らないから、いくらでも監視を誤魔化す方法はあるし、嫌になれば姿を消せばいい。いつでもできる。
今までは父がただの権力至上主義だと思っていたから、実際にその状況になってからの行動でいいと思っていた。だけど、今は何が起こるかわからない。
犯罪の片棒を担がされるのはごめんだし、巻き込まれたくもない。慎重に行動するべきだし、だからこそ状況がわかるまでは現状維持に努めようと話をしていたのだ。
姿を消す時は三人一緒の方が安全そうだと話もしていた。今まではそれで良かったし、何も問題はなかった。
お兄様は何も言わないけれど、今はそうしてしまうとイザベラが気にかかる。現状維持万歳。
どこまで話していいのかわからないし、父の目的がわかるまで、時間が欲しい。素直に言うしかないか。
「候補からは外すまでに、お時間を頂くことは可能でしょうか。こちらの都合ばかりで申し訳ありません」
「気にしているのはノルン卿と王弟ラビス様の密会ね…?ディーに情報提供したのは私よ」
まさかの…!そりゃ普通では知ることのできない情報を入手できてもおかしくない。
「彼らが何を考えているのかまでは、私にもまだわからないの。警戒はしているけれど、推測の域をでないわ。婚約者候補のままでいた方が良いなら、こちらからは何もしないわ。だけど、エルちゃんが辞退したくなったら言って頂戴。こちらから外すから」
「…どうして、そこまでして下さるのですか?」
「…そうね。ベルンもそうだけど、エルちゃんにも幸せになって欲しいと思っているわ。後は…自己満足ね。私がやりたくてやっているのよ」
王妃陛下が複雑な表情で、微笑んだ。話題を変えよう。深く話すのはお互いに良くないと思った。聞きたくないことまで聞かなければいけなくなりそうだ。
「最近ディートリヒ様が気に入っている胡桃のタルトも用意しているのですが、いかがですか?」
「まぁ、ディーが?興味があるわ。あの子、ああ見えて、何て言うか…。全般においてちょっと冷めているのよね」
「…知っています」
「そうなの!?あの子、結構気にしているのよ」
それも知っています。デポラと一緒に抉りました。
空気を読んだノーラがすぐに、お菓子が乗った二段スタンドをテーブルの中央に置いた。ディートリヒ用に、色々な種類を少しずつ用意しておいたのだ。
「まぁ!こんなにたくさん!」
「ディートリヒ様も来ると思っていたので、多めに用意していたのです」
ディートリヒは苦めのコーヒーと一緒に、ペロリと結構な量を食べるのだ。
王妃陛下が、いつもの穏やかな笑顔に戻って良かった。共通の話題として、ディートリヒの話をたくさん聞いた。
何て言うか、昔からちょっと冷めたお子様だったらしい。ベルンハルトとの温度差が激しすぎて、笑うしかなかったとか。
仲良くはならなかったが、いい感じでディートリヒがフォローするので、今の立ち位置を大人が押し付ける形になって申し訳ないとか色々。
面白かったが、残念なのは子どもならではの黒歴史を聞き出せなかったことだ。いくらディートリヒでも、きっとあるはずなのに。
「明日の視察は、カリーナやエルちゃんも来てくれるのよね?お洋服をどこかお揃いにできないかしら?」
「いえ。お父様だけと聞いております」
「そう」
王妃陛下の表情が一瞬ではあるが、曇った。お兄様の予想はきっと正しい。
「お兄様が来年の勉強に向けて、許可がもらえれば同行したいと言っていました」
「ヴェルくんは勉強熱心なのね」
「はい。自慢の兄です」
「仲が良いのね。かなりのシスコンだと聞いたわ。だけど、エルちゃん相手ならわかる気がするわぁ」
お兄様の過保護ぶりを少し披露していると、王妃陛下に通話がきた。
「あら、もうそんな時間なのね。わかったわ」
ディートリヒかな?
「ディーがそろそろ迎えに来るって。楽しかったわ、エルちゃん。またお話ししましょうね。機会は私が作るわ」
部屋を覗かれても大丈夫なようにした頃に、ディートリヒが植物図鑑を持って部屋へやって来た。大きく扉を開いて、王妃陛下が通り過ぎた気配を感じた。
「ありがとう。とても興味深かったよ」
「続きも読まれますか?」
「明日、町へ出掛けることになって、ヴェルナー様が町の地図を貸してくれたんだ。それをこの後見ようと思っているから、また今度お願いするよ」
「そうですか。楽しんできて下さいね」
ディートリヒは王妃陛下と一緒に帰っていった。
お茶の片付けをしているノーラを何となく目で追いながら、考えた。
「ねぇ、ノーラ。王妃陛下は…」
「…私も、そう思いました。ヴェルナー様と同じ予想をされているのではないでしょうか。親切にして下さるのは、お嬢様たちへの贖罪に思えました」
「王妃陛下が気にすることはないのにね。悪いのは父よ。お兄様の予想が全て当たっていたら、陛下を支えたかった王妃陛下に、選択肢は無かったよね?」
「そう思います。当時の陛下には王弟殿下の力も必要でしたでしょうし、次期侯爵を敵に回すわけにはいかなかったでしょう。はっきりとした態度をとることは無理でしょうね」
「そうだよね。あえて何も言わないのは、お母様の誇りを守って下さっているのでしょうね。王妃陛下のことだから、お母様が家族のために自分を犠牲にしたこともご存知なのでしょう」
「お嬢様、利用できるものは全て利用しましょう。私には皆様のこれからが幸せになる方が、大事です」
「そう…ね。王妃陛下は陛下が守ってくれるだろうし、私たちは自分たちを守ることで精一杯だもん。夕食後にお兄様と話すわ」
三人で無言の夕食を終えた後、部屋には私の振りをするマーサと鉄壁のノーラを置いて、お兄様の部屋へ転移した。
王妃陛下との話を聞いたお兄様はとても驚いていたけれど、聡明な王妃陛下ならありうるという話になった。明日からの視察で王妃陛下の考えも探れればいいけれど、父は邪魔になるからと視察に同行することを認めなかったそうだ。
仕方がないので明日の町案内の話も兼ねて、ディートリヒにさりげなく話をしたそうだ。
たぶん、王妃陛下はお兄様の希望を叶えるためにも自分のためにも、確実にお兄様を同行させると思う。
明日の朝食で王妃陛下とディートリヒがタッグを組んで色々と希望を叶えるつもりだろう。ぜひ上手にやり遂げて欲しい。




