王妃陛下がやって来た
王妃陛下は北の辺境伯領の件もあって、ハルン侯爵領への訪問を遅らせていた。既にお出迎えの計画はお母様によって綿密に練られていて、食材の準備や必要な手配も全て終わっていた。
イザベラに王妃陛下をどうもてなしたのか話を聞いて、お母様に報告するくらいしかやることがなさそう。その役目もお兄様に奪われそうな気がするけど。
一応父が到着する直前に屋敷全体を綺麗にすることを任されたけれど、浄化魔法を使えば五分で終わってしまう。正直馬車が見えてからでも充分間に合う。
領地を管理してくれている人たちは、父の父母と一緒に別の町に住んでいるので、ここには普段お母様を含めた八人で住んでいる。なので、父の使用人が到着するまでの間は、自由に過ごせる。
ちなみに父の父母とは会ったことがない。お母様でさえ、結婚式の時にしか会ったことがないそうだ。屋敷はそれ程離れてはいないけれど、お互いに不干渉になっている。
会いたいと思ったこともないし、流石あの父を育てた人達だなと思っただけだった。むしろ不干渉万歳。
侯爵家の財力と歴史を見せつけるかのような無駄に広く豪華な屋敷には、本来であれば大量の使用人を必要とする。けれどお母様は、信頼できる必要最低限の人数しか雇わなかった。
父はお母様だけで来客を迎えることを禁止したので、きっちりとした監視も必要ないと考えていた。お母様が使用人に求めた一番の条件は、父に買収されないことだった。
実際に誰も買収されず、買収された振りをして当たり障りのない報告を定期的に父へしているだけだ。お母様の選択眼は素晴らしいとしか言い様がない。
護衛が二人、お母様の専属が二人、料理人一人、庭師二人だが、問題なく過ごせている。全員の能力も素晴らしいのだ。
父は屋敷が町からも離れており、情報が漏れないと知っていたので何も言わなかった。来客時には自分の使用人と一緒に王都からやって来る。
客人よりも先に使用人を送り込むことで、体裁を保っているのだ。
父の使用人は貴族出身の上級使用人と、平民の下働き、護衛で構成されている。上級使用人は下働きに仕事をさせて、自分達はほとんど仕事をしない。
ゲルン侯爵家の使用人を見た後では、本当に人件費の無駄使いに感じる。
どこの家でも屋敷そのものに防護魔法がかけられているが、完全ではない。ただ我がカントリーハウスは、魔法の先生としてやって来たエーリヒが、面白がって要塞化してしまった。
屋敷に忍び込もうなどと考えれば、即確保。最初は時々知らずに忍び込もうとした人もいたが、ことごとく捕まえられた。
その筋では噂になったらしく、面白がって来る人まで出てきたが、その頃には私やお兄様も練習がてら追加で魔法をかけていたので、捕まるだけでなく悲惨なことになった。子どもの発想って時々残酷だよね。うん。
侵入者にだけ臭いにおいが染み付く魔法や、泥やら何やらでべちゃべちゃになる魔法は、引き渡す相手にも不評だったので解除した。今となってはいい思い出。
門に人が来たら知らせる魔法もかけてくれたので、我が家には門番も必要ない。そもそも先触れもなく訪れるのは町の人くらいなので、何の問題もない。
さすがに町歩きには護衛が付き添っていたが、一番近くの町は素朴で規模も小さめで、治安が良い。
更にお兄様特製の防護アクセサリーを使用人含め皆が身に付けているので、町歩きも一人で問題なくなった。見た目で牽制するためと、荷物持ち兼話し相手として護衛を連れて行くような状態だ。
元々護衛二人はいざという時の幼いお兄様と私の為に雇っていた。今となっては正直雰囲気だけになってしまっている気がしないでもないが、優秀な人達なので何かと助けてくれている。
一人は料理に、もう一人は庭いじりに夢中になっている。
お兄様にとっては剣のお師匠様でもあるが、デポラがいる私にとっては、領地にいるお父様、お祖父様くらいの位置づけだ。遊んでもらった記憶の方が多い。
掃除や洗濯は必要最低限しかしない。普段は自分たちが使っている所しかしないし、父が来る時は、直前に父が入る部屋と使う廊下だけ護衛の浄化魔法でパパっと終了。
父の行動範囲は決まっているので、それ以外は完全に放置していて問題ない。来客に子どもがいて探検しそうな時だけは、全ての廊下に浄化魔法をかけるが、部屋は鍵をかけて入れなくしてしまう。
料理や庭仕事は、基本皆でする。忙しい時や休みたい時には、皆で町に食事をしに行くのが楽しみになっている。
庭仕事は庭師の指示に従って、それぞれの得意魔法で手伝う。そうすれば、二人で広い庭を美しく維持するのも難しくはない。ノーラにマーサ、ヨアヒムが帰ってきたので、屋敷には充分余裕ができる。
そうなると、一般の貴族のように身の回りのことを全て任せるのが、逆に仕事にされてしまう。皆自分の仕事が好きな人ばかりだ。
その為、たっぷり一ヶ月ほど自由時間になってしまった。辺境伯の件も上手く形がつけられそうだと連絡が来たので、心配事も片付いた。
家族三人と使用人全員で食事、お茶をする時間以外は鍛練に励んだ。午前中は基礎トレーニングにして、午後からは実戦形式。
護衛の二人も参加してくれた。お祖父ちゃんの方も、まだ元気。
日が暮れてからは新しい魔法の研究時間に充てた。領地に帰ってくるまでの暇つぶしに読んだ小説で、面白いことを思い付いたのだ。形にできそうな手応えを感じつつ、有意義な時間を過ごせている。
お兄様は三人用に、より強力な防護魔法を付与したアクセサリーを作っている。ディートリヒを吹っ飛ばした以上に強力な防護魔法って正直不安しかない。瞬殺したりとかしないよね?
穏やかに過ごしていたら、イザベラから王妃陛下がハルン領を出発したと連絡が来た。おもてなしの話も、こちらから教えて欲しいと頼む前に教えてくれた。
早速お母様に報告して、お兄様と結婚してくれたらいいのにと、二人でによによした。お母様もイザベラのことを気に入っている。
それからまた穏やかな時間が流れていたのだが、ついに父から王妃陛下と合流したと連絡が来てしまった。このまま来なくていいのに。
自由時間は後二週間ほど。お兄様はその間に防護アクセサリーを完成させた。今度は反撃込みと防御のみを切り替えられるようになっていた。
防御の完成度が異常の域に達していたけど、反撃にしても瞬殺にはならないらしい。良かった。うっかり瞬殺してしまったら怖すぎる。
私の新しい魔法にも目処がついたし、完成が楽しみ。
王妃陛下が到着する二日前に、父の上級使用人が到着して、私たちの自由時間は終わってしまった。あれこれ偉そうに指示を出し、我が物顔だ。本当に鬱陶しい。
そこで初めて王妃陛下にディートリヒが同行していることを聞いた。準備もあるんだから、もっと早く伝えろよ。お母様への嫌がらせか?
だがしかし!我々は優秀なので、すぐに準備ができるのだよ。残念だったな!
王妃陛下到着の知らせを受け、使用人を含め全員でお出迎えのために正門で並んで待つ。もっと憂鬱な時間の始まりだ。
いくつかの馬車が通り過ぎ、一際豪華で堅牢そうな馬車が正門の前で停まった。御者が扉を開け、最初に降りてきたディートリヒが次に降りる王妃陛下をエスコートした。
王妃陛下の侍女が降りると、馬車の扉が御者によって閉められた。
父は同じ馬車にも乗せてもらえていない。父の真意はわからないが、なんとなくざまぁみろ!と思ってしまった。
既に夕方になっていたので、王妃陛下たちに休んでもらえるよう、全員が集まった夕食会は見送られ、そのまま客室に案内してゆっくり時間を過ごしてもらうことになった。
軽く挨拶をした後は、呼ばれるまで出る必要もないし、むしろ邪魔にならないように部屋で大人しくしていた。
ノーラかマーサが食事を運んでくれるまで、やることはない。新しい魔法について試しながら過ごしていたら、お兄様が部屋で一緒に夕食を食べようと誘ってくれた。お母様は父と今後の相談をするために、夕食は別になってしまった。




