侯爵令嬢は盗難事件に遭遇する
朝から珍しくフランツが訪ねてきて、ノーラと一緒に朝食の準備をしていた所をマーサに呼ばれた。フランツの顔色が悪い気がする。
「おはようございます。…何故か備蓄の薪が全て無くなってしまいました。詳細は今から確認しますが、持ち出したとの報告は受けておりません。念の為に、薪を節約して頂けないでしょうか」
「えっ、結構な量があったんじゃないの?」
「ええ、予備も含めた十二人分の三か月分です。学院の警備は厳重にされていますが、それらも含めて確認する所存でございます」
お兄様も急にフランツが訪ねてきたことを聞きつけたのか、下に降りてきた。
「内部犯行じゃないの。雪崩の話を聞いて、誰かが持って行ったんじゃない?」
「おはようございます。状況が確認でき次第、もう一度お邪魔させて頂きます」
フランツは確認と他の人へのお願いと報告の為に退出していった。冷静そうに見えるけれど、かなり焦っていたように思う。
実際、凄い深刻じゃない。今日は皆で一室に固まっていよう。私たちは朝食を食べた後、ユキちゃんを中心に暖を取った。
ユキちゃんは本当に初日から大活躍だわ。ユキちゃんは雪猫という種類で、雪のことがよくわかるそうだ。これからこの辺りはどんどん雪深くなると言っていた。薪がないのに大丈夫か。
「考えなしに薪を持ち出すなんて、何を考えているのでしょう」
ノーラがプリプリしていて、マーサも力強く同意を示している。二人とも内部犯行説に賛成みたい。
「でもさぁ、残っている人はわかっているのだから、調べたらバレバレだよねぇ」
「本人がしたとは限らないよ。使用人が主人の威光を自分のものと勘違いするなんて、よくある話だよ」
あぁ…。昨日から引き続きお兄様の雰囲気が怖い。
「お兄様は、殿下を疑っているのね…?」
「ふふふっ。三ヶ月分だよ?空間収納に入れれば簡単に運べるからね」
空間収納を使ったとなると、自然と犯人も絞られてくる。だからこそお兄様は、ベルンハルトを疑っているのだ。いくらなんでもなぁ。
「昨日の午前までに退出するのがルールだし、そもそもそれを守っていないのだから…ね?」
お兄様が、爽やかに悪い顔をしている。マーサが怯えている。やめてあげて、お兄様。
しばらくして戻ってきたフランツは、さっきよりもっと深刻な顔をしていた。
「…備蓄分がルイーゼ様の部屋へ全て運びまれた可能性が…あります。まさかとは思うのですが」
「えーーー。何それ。何でルイーゼ様がまだ寮にいるの?」
意外だな。ルイーゼか。あの使用人が肉体労働とか想像できない。
「申告では昨日の早朝には出発だったのですが、出発が遅れている間に雪崩が起こり、帰省できなくなっていたのです」
え、あの使用人、本気で仕事できないの??
「ここに伺った後に説明に行ったのですが、控えの間まで充分に暖かく、全ての部屋で薪が焚かれているようでした。それなのに、薪の備蓄が無くなったことを報告しても焦った様子もなく…」
確かにそれは怪しい。ルイーゼの使用人なら大騒ぎするはず。
「実は、寮の入り口からルイーゼ様の部屋まで、かなりの人通りがあったかのように汚れていました」
なるほど。疑わしいな。人海戦術か。あの使用人が?やっぱりちょっと信じられない。
例え確たる証拠があったとしても、ルイーゼの部屋に入るとなると私たちでは微妙過ぎる。フランツもそれはわかっていて、敢えて私たちの所へ来ていた。
ベルンハルトは確たる証拠もないのに公爵令嬢を疑っていると言っていい相手なのか、違っていた時にどうなると思うのかを事前に相談したかったらしい。私たち、信用されてる。
これでルイーゼではなかったら怖いよね。外は雪は止んでいるが、かなりの積雪で男子寮までの道は雪で埋まっている。手っ取り早く通話することにした。こういう時はディートリヒでしょ!
「……はい」
「おはよう。朝からごめん。薪の事で相談したいことがあるの」
「おはよう…?薪…?ちょっと…待って…。薪?コーヒー……」
移動する音が聞こえる。ディートリヒは寝起きのようだ。いつもと雰囲気が違う。
ディートリヒは薪が無くなっていることをまだ知らなかった。フレドリクは最初にベルンハルトに報告をしに行き、ベルンハルトの護衛が調査に参加することになった。
それを聞いたディートリヒの使用人は、その報告が来てから起こすつもりだったようだ。
事情を説明して、証拠は無いが状況的にルイーゼが怪しいので、適当な理由を考えて様子を見にいって欲しいと伝えた。
「わかった。できるだけ早く行くようにベルンへ伝えておくよ」
これで大丈夫だろう。フランツも一緒に暖かい部屋で報告を待つことにした。いつもは渋るフランツも、素直に居間まで上がってきてくれた。
薪を焚いているのはこの部屋だけにしている。お茶を飲んでゆったりしようと準備をしていると、お兄様に通話がきた。
「どうしたの、イザーク。えっ?……、何でまだいるの。………、いや、もういい。聞くんじゃなかった。エルの所にいるんだ。そう、女子寮、わかるだろ」
「イザーク様、どうしたの?」
「モタモタしていて、昨日の雪崩に巻き込まれていたらしい。今朝雪崩から出てきて、歩いていた馬を見つけて寮まで来たはいいけれど、専門学院は閉鎖されていて入れないし、どこにいるんだって聞いてきた」
えーーー!あの時イザーク様もいたんだ!って、どうやって一晩過ごしたんだ。でも、イザーク様ならできる気がする。馬はあの時どこかに行っちゃったガロン侯爵家のだろうな。出会えるのも凄いな。
イザーク様が到着した。団体で。彼らはルイーゼに呼ばれていた馬車の御者たちで、早朝からずっと外で待たされたあげく、突然薪を運び込むのを手伝わされた。
それなのにそれが終わったら、大したお金も貰えずに追い出されたそうだ。なるほど。彼らが何往復もして薪を運び込まされたのか。
ルイーゼたちの運が良いのか御者たちの運が悪過ぎるのか、誰も御者たちの不幸に気が付かなかっただけでなく、御者たちにばかり不幸な状況がこれでもかと重なっていた。
当然雪崩が起こって通れる道もなく、学院に入ることもできず、このままでは凍死してしまうと、とりあえず町へ行って何とか一晩過ごしたらしい。
町の住人も全員おらず、このままでは死んでしまうと抗議に来た所、イザーク様と会ったのだそうだ。ルイーゼ…犯人確定。
それにしても酷すぎない?ルイーゼに会いに女子寮にやって来たベルンハルトに、フランツがその事を伝えた。
御者たちは昨日からまともに食事をしていないというので、女子寮の談話室に朝食を用意し、そのまま殿下がルイーゼの所から出てくるまで待機してもらった。
イザーク様は朝食を終えると、部屋に来た。大らかなのは知っているけれど、ユキちゃんたちに特に言及しないイザーク様が見事。普通に自己紹介して挨拶してた。
「なかなかの雪崩の規模だったぞ。あれじゃあ、春になるまで復旧は難しいだろうな」
順を追ってもっと詳しく話を聞こうとしたら、お兄様に聞かない方がいいこともあるよ、って切ない顔で言われた。
女性がらみか?そうなんだろうな。そこじゃなくて、どうやって雪崩をやり過ごしたのか聞きたかったのだが、ちょっと今は無理そうだ。お兄様がいない時にしよう。
イザーク様への寮の現状説明も終えて、全員で今度こそまったりモードに入ろうとした時、ベルンハルトがやって来た。
習慣なのか、誰よりも早く反応したフランツが対応に出て、マーサがくやしそう。全員が上着を着て応接室に集まる。
「すまん。腹が立って、お前は最低の人間だなって言ったら、泣き出して部屋から追い出された」
何やってんだよ、このやろぉぉぉぉぉ。こんな時こそ、イケメンスキルを駆使するべき時だろうが!うまいこと操れよ!
「薪を元に戻すように言ったら、使用人はお嬢様に必要な分しかないの一点張りだし、ルイーゼに言えば私も寒い部屋は嫌だとか平然と言ってきてな。呆れてものが言えなかった」
いやいや、思い切り言ってるじゃないか!使い方、間違ってるよ!
「御者の件も確認したが、見合った賃金は支払ったのだからもう関係ないって言いやがった」
あぁ、サイテーだな…。
フランツの話によると、ベルンハルトとディートリヒ、ハルトくんとその使用人で二十四人、ルイーゼで七人、イザーク様、御者で十人、合計四十二人が当初の予定より増えていることがわかった。
最初はお母様たちも含めて十二人の予定だったのに、まさかの五十人越え…。薪が絶対的に足りない。最悪、使用人部屋の家具や扉を薪にして燃やす話まで出て来た。




