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異世界ダンジョンつくります!  作者: 桜ジョー


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第8話:異世界労基署がやってきた!

「緊急事態です、サクラ社長!!」


 爽やかな朝の光が差し込むサクラ迷宮建設の事務所に、営業担当のマルコスが顔を蒼白にして飛び込んできた。


「どうしたのマルコス、朝から騒々しいわね。今日は二階層目の定期安全点検の日よ?」


「事務所の外をご覧ください! とんでもない『天敵』が襲来しました!」


 サクラが窓から外を覗くと、敷地内に背中に真っ白な翼を生やし、頭上に輝く光輪(リング)を浮かべた厳格そうな美女が降り立つところだった。

 スーツの上から天使の聖衣(ロザリオ)を纏い、手には光り輝く監査帳簿を抱えている。


「労働基準監督署・天界特別監査官、天使セルフィエルと申します! 当社に『悪質なモンスター労働搾取および不法就労の疑い』の内部告発がありました! ただちに抜き打ち現場監査を実施します!」


「ええぇぇぇーっ!? 異世界労基署ーーーっ!?」


 絶叫したその瞬間、サクラの脳内で警報ベルが激しく鳴り響いた。


(ちょっと待って!? うちは昨日までスライムを樽漬けにしたり、骨を粉々に粉砕したり、やりたい放題のブラック寄りだったわよ!? こんなの今すぐ監査に入られたら即アウト、営業停止どころか廃業まっしぐらじゃない!!)


「全社員、緊急招集ーーーっ!!」


 サクラは事務所の壁に掛けてあったピンクのヘルメットを頭に叩き込み、インカムを通じて社内に叫んだ。


「いいこと! 天使の労基署が来たわ! 今から我が社は『ホワイト企業オブ・ザ・イヤー』を狙う! 全員、死ぬ気でホワイトな労働環境を『演じきれーーーっ!』」


「「「了解です社長!!」」」


 インカムから社員たちの気合の入った(そして不穏な)返事が響いた。


 まず一行が向かったのは、建設途中のダンジョン一階層目のエンタメ接待エリア。


 そこでは、スケルトンが待機していた。

 セルフィエル監査官は手元の帳簿とスケルトンの胸札を交互に見比べ、急に眉をひそめた。


「……ちょっと待ちなさい。入社履歴書には『骨皮(ほねかわ)』と書いてあるのに、社員名簿とこの名札は『骨川』になっていますよ!? 労働契約書の改ざん、あるいは別人への成りすまし(不法就労)ですか!?」


「ひ、ひえぇぇっ!?」


 細かく詰問されたスケルトンは、カタカタカタと全身の骨を激しく鳴らしてパニックに陥った。


 冷や汗を流すサクラの横で、当の本人(スケルトン)はパニックのあまり、とんでもない言い訳を口走った。


「違います! 改ざんじゃありません! ほ、ほら、先月のダンジョン掘削中、地下水脈の猛烈な『川』に流されまして……! その時、かすかに残っていた『皮』がぜんぶ綺麗に削ぎ落ちて流されちゃったので、それ以来『骨川』と名乗っているんですーッ!!」


「どんな過酷すぎる労働環境ですかーッ!? 川に流されて皮を失うなんて明らかな労災事故でしょうが!!」


「ち、ちがーう! 現場事故の隠蔽じゃないのよーーーっ!!」


 サクラが叫び声を上げる中、隣に立っていた人事部長のヴァルキリーが、なんでもない顔で手帳をペンでトントンと叩いた。


「監査官、ご安心ください。単なる私の誤字です」


「あなたの書き間違いかい!!」


 サクラと骨川の息の合ったツッコミが洞窟内に虚しく響き渡った。


 気を取り直して二階層目の水没トラップエリアへ急ぐと、そこにはスライムのスラりんがいた。


 しかし、仕込みの最中だったらしく、まだ周辺に「残業・過労死」と書かれたメモが散らばっている。


「スラりん! 急いで『健全な福利厚生アピール』のモードに入るのよ!」


「任せてください社長! すっぽんぽんでジャグジーに浸かります!」


 スラりんが慌ててぬるま湯のプールに飛び込み、わざと優雅にプカプカと浮かびながら、大声でセリフを回し始めた。


「あぁ〜! 我が社の福利厚生は最高ですねぇ! 残業なんて月にゼロ時間、毎日ぬるま湯でお肌ツルツルですよ!」


「ハッ! なんか不自然に演技臭いスライムですね? ていうかスライムのすっぽんぽんって何ですか! 最初から何も着てないでしょう!」


「そこ突っ込むところなのーーーっ!?」


 冷や汗が止まらないサクラは、強引に一行を次の部屋へ誘導した。


 さらに奥の部屋では、ミミックが『有休消化中』の札を掲げ、不自然すぎる直立不動のポーズで寝たふりをしていた。焦りのあまり蓋がパカパカ勝手に開閉し、中の歯がガチガチと鳴っている。


「ミミックさん、有休中ならなぜ現場(ダンジョン)の宝箱ゾーンにいるのですか? 帰宅しなさい」


「ひえっ……! こ、ここは私の持ち家(マイホーム)兼職場なのです……! 会社が好きすぎて家に帰れないだけです……!」


「完全なるブラック企業の洗脳患者だわーーーっ!!」


 セルフィエルは手帳に「労務管理に異常アリ(全社員が極度の精神的ストレスと洗脳状態)」と激しく書き込み始めた。


(やばい! 全員慌てすぎて完全に裏目に出てるーーーっ!!)


 サクラが絶望しかけた、その時だった。


「おや、監査官殿。こんなところで何をなさっているのです?」


 優雅な笑みを浮かべて現れたのは、マルコスだった。彼はスッとセルフィエルの前に立ち、懐から『極上の天界産ネクター(高級酒)』が詰まったきらびやかな箱を取り出した。


「我が社の労働環境に不備がおありでしたら、ぜひこちらの『視察記念品』を眺めながら、ゆっくりご再考いただきたいのですが……」


「なっ……! 私を買収するつもりですか!? 不正の隠蔽は絶対に許しません!」


 セルフィエルが怒りで光輪をピカッと光らせた瞬間、マルコスの背後からゴルドン親方が巨大なハンマーを担いでゴゴゴと歩み寄ってきた。


「おいお前、うちの社長と社員がどれだけ必死こいてホワイトな現場を作ってるか分かってんのか。これ以上イチャモンつけるなら、この特製ヘルメットで頭突きかますぞ」


「ひっ! 暴力団……じゃなくて建設会社の職人が脅してきたーーーっ!?」


 完璧に演じようとして逆にカオスと脅迫の温床になってしまった現場に、セルフィエルはガタガタと震え上がり、懐から魔法のルーンを取り出した。


「も、もうたくさんです! こんな怪しい劇団みたいな現場、監査終了! 悪質な内部告発の出どころを今すぐ逆探知してやるんだからねっ!」


 セルフィエルが魔法陣をガッと展開し、通報者の魔力反応を追跡すると——魔法鏡にひとつのエンブレムが浮かび上がった。


『ブラック建設ギルド』——過酷な労働環境と安売り・欠陥工事で業界を荒らす、大手悪徳グループのロゴマークだった。


「ほう……? 通報主の魔力反応は、我が社のライバルである『ブラック建設ギルド』のようですね」


 マルコスが目を鋭く光らせ、不敵な笑みを浮かべた。


 セルフィエルは魔法鏡に映る悪徳ギルドのエンブレムを指さし、怒りで顔を真っ赤にした。


「自社のブラックすぎる労働環境を棚に上げ、ライバル社に濡れ衣を着せようと偽の告発状を送るなんて……天界の法律を完全に侮辱しています!!」


 セルフィエルは通信用の光輪を強く叩き、天界の本部へ怒号を飛ばした。


「全特別監察官へ緊急命ず! ただちに『ブラック建設ギルド』の全現場へ強制監査に入りなさい!!」


 ほんの数分後、魔法鏡のニュース速報に衝撃の映像が駆け巡った。


『速報:大手「ブラック建設ギルド」、現場の従業員(モンスター)を完全な無賃金・24時間ぶっ通しでコキ使っていた大規模な労働基準法違反が発覚! 全事業所が【即刻・無期限の営業停止処分】に決定!』


 ニュース画面には、天使たちにボコボコにされながら連行されていくブラック建設ギルドの幹部たちの情けない姿が映し出されていた。


「自爆したーーーっ!?」


 あまりの自業自得っぷりに、サクラと社員たちは思わず全員でズッコケた。


「ふぅ……茶番劇に付き合わせたお詫びと言ってはなんですが……」


 セルフィエルは冷や汗を拭いながら、サクラにピカッとした公認マークを手渡した。


「御社を『ホワイト企業モデル事業所』として天界公認に指定させていただきます! ……ただ、サクラ社長、あなた自身はホワイトなんですか? おっとこれは余計なことを申し上げました。私はこれで失礼します」


 セルフィエルはパタパタと翼を羽ばたかせ、慌てて天界へと帰っていった。


 事務所に残された一同は、ドッと疲れてその場に崩れ落ちた。


「はぁぁぁ……疲れたぁ……。みんな、演技お疲れ様……」


 サクラがヘルメットを脱いで頭を抱えると、骨川がカタカタと骨を鳴らして頭を下げた。

「社長……とっさの嘘で余計にブラックっぽくしてしまってすみませんでした……」


「いいのよ骨川……川に流されても無事だったんだから」


 マルコスが不敵に笑いながら帳簿を閉じた。


「ですが社長。これで最大のライバルが一時的に大人しくなり、我が社の知名度も上がりました。……もっとも、彼らが残した『安かろう悪かろうの欠陥ダンジョン』が、いずれ新たなトラブルを呼ぶかもしれませんがね」


「……ええ。現場の安全を軽視する奴らに負けないよう、次はもっと頑丈な『新兵器』を作るわよ!」


(セルフィエルが最後に告げたこと。私が倒れたら、社員が……。そうね確かに何とかしなきゃ……)


 サクラはブラック企業の陰謀を自作自演の茶番劇で乗り切り、さらなる技術向上とホワイト化へと動き出すのだった。


(第8話・了)

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