第41話 勇者佐藤の密命
「……というわけで佐藤くん。極秘で内部監査を行いたいの」
深夜のサクラ迷宮建設・仮設社長室。
サクラ社長は声を潜め、目の前に座る勇者佐藤に旧社屋から救出した帳簿の山を押し出した。
「えっ……内部監査ですか?」
「ええ。昼間も言ったけれど、金貨50万枚を手にして冷静になったの。社員数人の弱小零細企業が、倒産もせずに『一億ゴールド』なんて巨額の負債を抱えられるわけがないわ。どこかの黒幕が帳簿を偽造しているか、我が社を利用して不正なマネーロンダリングを行っている可能性があるのよ!」
サクラ社長の鋭い眼光に、佐藤はハッとしてゴクリと唾を飲み込んだ。
「なるほど……! 実は僕、異世界に召喚される前は経理事務もやってたんです! 決算書と仕訳帳の辻褄が合わない箇所を見つけ出すのは得意ですよ!」
「頼もしいわ佐藤くん! さすが勇者! 今夜、我が社の『一億ゴールドの歪み』を暴くわよ!」
「はいっ! まずは創業当時の総勘定元帳から照合を開始します!」
熱い決意を交わし、サクラと佐藤がペンを手に取った。
「よし、まずはこの『設立準備金』の項目だけど……」
佐藤が帳簿の1ページ目をめくろうとした、その瞬間!
バァァァァァンッ!!
「サクラ社長ーーーーッ!! 大変です!!」
突如、社長室のドアが爆破されたような音と共に吹き飛び、営業本部長の大魔王マルコスが飛び込んできた!
「何事よマルコス!? 今、極秘の重要な作業中なんだけど!?」
「大変なのです! 昼間、最深部(100階層)に採用した伝説の暗黒竜ヴァルガゾッド殿が……『魔力温泉の温度がぬるい』と駄々をこねて、脱衣所で暴れております!!」
「はぁぁぁぁぁッ!? 温泉の温度ぉぉぉッ!?」
「『42度じゃないと肩こりが取れない』と巨大な尾を振り回し、脱衣所の体重計を粉砕! 今すぐサクラ社長のスキルで湯加減を調整してほしいと!!」
「あのトカゲ野郎、正社員採用された途端にワガママ言い出しやがって……! 行くわよ佐藤くん、一時中断!」
「ええぇぇッ!? 湯加減ですかー!?」
帳簿が開かれる直前、まさかの「ラスボスの湯加減クレーム」によって調査は完全に遮られてしまった。
夜が明け、暗黒竜の湯加減を42.5度の絶妙な加減に調整して満足させたサクラと佐藤。
疲労困憊の二人は、社屋裏の物置に隠れて再び帳簿を開いていた。
「はぁ、はぁ……今度こそやるわよ佐藤くん。誰にも邪魔させないわ」
「はい! 帳簿の借入金明細、ここです! 貸付人の名前が黒塗りになって……ん?」
佐藤が虫眼鏡で黒塗りの文字を透かして見ようとした、その瞬間!
パフッッッ!!!!
「ぶふぇぇっ!?」
窓の外から突如飛来した「生クリームたっぷりのホールケーキ」が、佐藤の顔面にジャストヒット!
「な、何事持ッ!? 佐藤くん!?」
「サ、サクラさん……顔が甘いです……」
生クリーム塗れの佐藤が茫然としていると、物置の窓からスラリン(スライム)と骨川が顔を出した。
「プルプル〜!(サクラ社長、新しく試作した『ダンジョン名物・巨大パイ投げトラップ』の動作テストです!)」
「なんでテストをこんな場所でやってんのよーーーッ!! 帳簿にクリームがつくでしょ!!」
またしても「事故のような試作品テスト」によって帳簿は閉じられ、拭き掃除で1時間が消し飛んだ。
「……おかしいわ」
夕方。顔を洗った佐藤とサクラは、今度は誰も来ない極北の雪原のど真ん中にポツンと机を置き、三度目の調査を開始していた。
「ここなら邪魔は入らないはずよ……! 佐藤くん、例の貸付人の名前を解読して!」
「はい! 生クリームを拭き取ったので見えます! この一億ゴールドの貸主は……『借入先:あ……』」
佐藤がその文字を読み上げようとした、まさにその時!
ゴォォォォォォォォォッ!!!!
上空から猛スピードで飛来した「巨大なマグロ(冷凍)」が、ドカンと音を立ててサクラと佐藤の間の机に落雷のごとく突き刺さった!
机は粉砕され、帳簿は風に舞って雪原の彼方へ吹っ飛んでいく!
「なんで極北の雪原に冷凍マグロが降ってくるのよーーー!」
遥か上空を見上げると、巨大な怪鳥(鳥型モンスター)が「ウッカリ落とした」という顔で旋回していた。
「また邪魔が入った!? 奇跡的なタイミングで変なことばかり起きるじゃない!!」
ゼーゼーと息を吐くサクラ社長。
サクラたちが真実に近づこうとすると、因果律が歪み、ありとあらゆる「くだらないコメディ現象」が発生し、絶対に調査を完遂させないのだ!
「サクラさん……僕、なんだか恐ろしい『大きな力』を感じます……」
雪まみれで正座し、冷凍マグロを見つめながら震える勇者佐藤。
「バカ言わないで! 単なる不運が重なってるだけよ! 負けるもんですか、我が社の不正は私が暴くわ!!」
雪原に散らばった帳簿を必死に追いかけるサクラ!
絶対の理と、諦めないサクラ社長の泥沼の「内部監査攻防戦」は、どこまでも続いていくのであった!
(『いせダン』第41話・了)




