第40話:国家防衛JV発注!
「……ちょっと待ちなさい」
冒険者ギルド本部の応接室。豪快にずっこけた衝撃で歪んだピンクのヘルメットを被り直し、サクラ社長はギルド副長が机の上に広げた羊皮紙の羊皮紙(契約書)を穴が開くほど凝視していた。
「二万年後の世界終末はいいとして……この契約内容、見間違いじゃないでしょうね?」
サクラ社長の指が指し示した項目。そこには、金箔で縁取られた厳かな文字で、こう刻まれていた。
【発注件名】
国家存亡の危機に備える、対・極大魔獣用 超・高難易度Sランク要塞ダンジョン建設工事
【施工形式】
ジョイント・ベンチャー(特定建設工事共同企業体/JV方式)
【全体施工規模】
地下全100階層(最深部:国家防衛用・伝説級モンスター配置区画含む)
【サクラ迷宮建設 割当予算】
金貨50万枚(※前払金30%、施工進捗に応じた出来高払い)
「ご、ご……金貨50万枚!?」
サクラ社長の目が金の記号に変わった。
隣で書類を覗き込んでいた営業本部長兼秘書の大魔王マルコスも、口から魂を吐き出しそうになりながら計算を始める。
「さ、サクラ社長!! 金貨50万枚といえば、我が社の残債『一億ゴールド』など余裕で一発完済できるどころか、自社ビルを純金で建て直してなお余りある超・巨額国家予算です!」
「それだけではありません」と、人事部長のヴァルキリーが冷静に(しかし手元のバインダーを震わせながら)付け加えた。
「今回の施工は『JV』……つまり、異世界中の大手ゼネコンや職人ギルドが施工区画を分けて同時進行する国家合同事業です。我が社はその『主幹企業』として名を連ねています!」
ギルド副長は、紅茶を一口啜りながら真面目な顔で頷いた。
「ええ。我が国境線は、いつ極大魔獣の襲来を受けるか分からない緊張状態にあります。二万年後の終末はともかく、『対・極大魔獣用の国境防衛要塞』としては、一刻も早く完成させねばなりません。全100階層、最深部には国国の守護獣となる『伝説級モンスター』を封印・配置する……文字通りのSランク国家事業です。あなた方なら必ずやり遂げると信じてます」
「やるわ」
サクラ社長は食い気味に即答した。コンマ0.1秒の迷いもなかった。
「サクラ社長!相手はSランクですよ!100階層なんて、うちの今の戦力と現場規模じゃ……!」と焦る勇者佐藤を、サクラ社長はバシッと手で制した。
「バカ言わないで佐藤くん! 金貨50万枚よ!? これを逃したら、いつ一億ゴールド返せると思ってんの!? 現場が地獄だろうがSランクだろうが、ホワイト経営の精神で叩き潰して見せるわ!!」
サクラ社長はバッと羽ペンを取り出すと、契約書に豪快なサインを叩きつけた。
こうして、サクラ迷宮建設の「国家防衛ダンジョンJV施工」という、異世界建設業界の歴史に刻まれる大プロジェクトが幕を開けたのである。
数日後——。
極北の国境地帯、広大な地平線が広がる施工予定地。
そこには、ギルド本部の呼びかけによって集まった、異世界建設業界の猛者(ライバル企業たち)が巨大なテントを張り、威容を誇っていた。
「ヘッ……! ギルド本部も落ちたもんだぜ。こんな国家防衛の要となるSランク現場の主幹に、社員10人程度の弱小『サクラ迷宮建設』なんぞを担ぎ出すとはな!」
鼻で笑ったのは、業界最大手『ドラゴン組』の現場総監督・ドラゴニュートの剛腕ガルド。
背後には、最新式の魔導掘削機(重機)と、数千人のドワーフ作業員がズラリと並んでいる。
「ふん、粗雑なドワーフの力任せ施工など時代遅れよ」
クスクスと優雅に笑うのは、地下装飾のトップ企業『エルフ・エレガンス建設』の代表エルフレト。
「我が社の手掛ける階層は、美しい迷宮美と幾何学罠で魔獣を魅了し、殺す。サクラ迷宮建設とかいう素人経営者に、美の施工が理解できるかしら?」
各社の現場監督たちがサクラ社長を「若造」「零細企業」と舐めきった視線で見下す。
しかし、当のサクラ社長はピンクのヘルメットを深めに被り直し、腕を組んで不敵な笑みを浮かべていた。
「言うわねぇ。いいわ、JV(合同事業)なんだから、お互いの得意分野で100階層を分担しましょう。文句があるなら『施工品質』と『現場の安全率』で勝負しなさい!」
サクラ社長は胸元のホイッスルをピピーーーッ!!と高らかに吹き鳴らした!
「全社、注目ーーーッ!! 本工事の安全スローガンを発表するわッ!『無理な工期は事故の元! 危険手当全額支給! 施工不良ゼロでご安全に!』これを守れない業者は、主幹企業の権限で現場から叩き出すわよ!!」
ライバルゼネコンの監督たちが「ホワイトなスローガンだと……!?」とざわつく中、サクラ迷宮建設の施工区画(第1〜第20階層および最深部設計)の工事が、いよいよ着工した!
施工が始まると、現場は一気に戦場と化した。
「サクラ社長! 第10階層の地盤が極悪です! 永久凍土と高濃度魔力が混ざり合い、通常のツルハシでは歯が立ちません!」
現場監督のゴルドンが汗を吹き出しながら叫ぶ。
「モグラ部隊! 魔法発破準備! スラリン、高濃度魔力を吸収して地盤を安定させなさい!」
サクラ社長の的確な指示が飛ぶ。時給払いのパートスタッフ・モグラ部隊とスライムのスラリンが「キーッ!」「プルプル!」と阿吽の呼吸で地盤を固めていく。
一方、営業担当の勇者佐藤とデザイナーのエルザは、第20階層の「初見殺しトラップ区画」の施工に追われていた。
「エルザさん! ここに落とし穴を作ったら、下の階層の『毒沼』と繋がっちゃいますよ! 危険すぎませんか!?」
「バカね佐藤! Sランクダンジョンなのよ!? 侵入した魔獣を確実に殺傷しなきゃ、国家防衛にならないでしょ! 毒沼の上には『綺麗な光るキノコ』を生やして誘い込むの!」
「デザイナーの発想が凶悪すぎるーーーッ!?」
そして、この国家防衛ダンジョンにおける最大の懸念事項——【最深部(100階層)に配置する『伝説級モンスター』の調達】であった。
社長室(プレハブ仮設作業所)にて、人事部長のヴァルキリーが頭を抱えていた。
「サクラ社長……大変です。100階層の守護獣として、ギルド本部からは『Sランク以上の伝説級魔獣(ドラゴングラスや古代ゴーレム等)』の配置を義務付けられています。ですが、そんなモンスターの求人、そう簡単に来るはずが……」
「来るわけないでしょ」と、サクラ社長は冷えた缶コーヒーを飲みながら言い放った。
「伝説級のモンスターなんて、だいたい自分のダンジョンで寝てるか、気難しい孤高の存在よ。普通に応募待ってたって来るわけないじゃない」
「では、どうするのですか!?」
サクラ社長は不敵にニヤリと笑うと、バインダーから『特注の求人ポスター』を取り出した。
そこには、太字でデカデカとこう書かれていた。
【緊急募集:100階層・ラスボス(伝説級魔獣)枠】
仕事内容: 侵入者の威嚇、および最深部の威厳保持(※実戦は年数回程度)
給与: 年俸・生贄の牛100頭 + 金貨5,000枚(固定給)
福利厚生: 100階層個室(冷暖房・魔力温泉完備)、完全週休二日制、睡眠時間保証(1日16時間以上可)
備考: 「勇者に倒されたフリ」ができる演出力のある方大歓迎!
「ホワイトすぎるラスボス求人ーーー!」
秘書のマルコスと三大悪魔たちが目を出して叫ぶ!
「サクラさん! ラスボスに週休二日と睡眠保証って何ですか!? 伝説の魔竜が条件につられて応募してくるわけ……」
ドドドドドドドドド……ッ!!!!
その瞬間! 仮設プレハブ社屋の天井を突き破り、上空から巨大な黒い影が舞い降りた!
激しい竜巻と共に姿を現したのは、体長50メートルを超える、全身を漆黒の鱗で包んだ伝説の暗黒竜——『深淵竜ヴァルガゾッド』!
『グオォォォォォン……! 我は深淵より出でし破壊の竜……! 人間どもよ、我を封印しようなどと……』
恐ろしい咆哮を上げる暗黒竜に対し、サクラ社長はまったく動じずに求人ポスターを鼻先に突きつけた。
「あんた、条件見た? 年俸生贄牛100頭、温泉付き個室、睡眠16時間保証。応募する気あるの、ないの!?」
暗黒竜ヴァルガゾッドは、ポスターの『睡眠16時間保証』と『魔力温泉完備』の文字を穴が開くほど見つめると……巨体を縮めて『ちょこん』と正座し、前足で丁寧に履歴書(巨大な石板)を差し出してきた。
『……あ、あの……有給休暇は、いつから取れますでしょうか……? ずっと洞窟で寝不足でして……』
「面接に来たーーーっ!? しかもめちゃくちゃ疲れてるーーーー!」
こうして、ホワイトな労働条件に釣られた伝説の暗黒竜を最深部スタッフ(正社員待遇)としてスカウトすることに成功!
サクラ迷宮建設の施工区画は、ライバル他社を呆然とさせる圧倒的スピードと施工品質で、完成へと向かっていくのだった!
数ヶ月後——。
極北の地に、地平線を覆い尽くすほどの巨大な入口を持つ『国家防衛Sランク要塞ダンジョン』が威容を現した!
大手ゼネコン『ドラゴン組』や『エルフ・エレガンス建設』の現場監督たちも、完成したサクラ迷宮建設の施工区画を見て、ぐうの音も出ずに感服していた。
「くっ……悔しいが認めざるを得ん。手抜き工事は一切なし、危険手当でモチベーションの上がった作業員たちの施工精度は完璧……! これが『サクラ迷宮建設』の現場力か……!」
「最深部の暗黒竜も、毎日温泉に入ってツヤツヤした鱗で威厳を放っているわ……完全なホワイト現場ね……」
ギルド副長も検分に訪れ、出来栄えに大満足の笑みを浮かべてサインを行った。
「素晴らしい! これで極大魔獣がいつ来ようとも、我が国は盤石です! サクラ社長、約束の『金貨50万枚』をお受け取りください!」
ドカン! ドカン! ドカン!
社屋の前に積み上げられる、目も眩むような金貨の山!
「き……金貨50万枚……! ついに……ついにやったわッ!!」
サクラ社長は金貨の山に飛び込み、涙を流して歓喜した!
「これで一億ゴールドの負債を完済して、社屋も新築して、みんなにボーナスを出せるわよーーーーーッ!!」
「サクラ社長万歳ーーー! サクラ迷宮建設万歳ーーー!」
社員一同、そしてパートのモグラ部隊やモンスターたちも抱き合って涙を流す!
感動と達成感が現場を包み込み、誰もが「最高のハッピーエンドだ」と確信した。
——その時であった。
歓声と熱気に包まれる広場から少し離れた場所で、サクラ社長は自分の両手にすくった金貨をジッと見つめていた。
涙を拭い、ふと頭を冷やしたサクラの脳裏に、冷徹な疑問が芽生える。
サクラは我に返って、冷静に考えた。
(……ちょっと待って。おかしいわ)
視線が、かつて受け取った「一億ゴールドの借用書」の記憶へと向かう。
(そもそも、一億ゴールドの借金って……なんなの?)
一億ゴールド。国家予算レベルの天文学的な数字だ。
先代の社長が遺したとされる負債だが、経営者として会社を見つめ直せば直すほど、その歪さに気づかざるを得ない。
(サクラ迷宮建設は、私が継ぐまでは社員一人の、どこにでもあるボロい零細企業だった。担保になるような巨大な不動産もなければ、それだけの信用もない。……そんな零細企業が、どうやって倒産もさせてもらえず、一億ゴールドもの莫大な負債を『抱え続ける』ことができたの……?)
金融機関も、冒険者ギルドも、通常であれば十万ゴールド程度の焦げ付きで即座に差し押さえと倒産手続きに入るはず。
それなのに、なぜこの会社は「一億ゴールドの返済」という明確な名目を背負わされ、今日まで存続することを「許されて」いたのか?
金貨50万枚という巨額の金を目の前にして初めて、サクラはその「異常さ」の真実に触れた気がした。
(誰かが、この会社に一億ゴールドという首輪をはめ、意図的に活かさず殺さず操っていたとしたら……秘密裏に内部監査する必要があるわね)
サクラはピンクのヘルメットの鍔をぐっと下げ、鋭い眼光で背後のプレハブ社屋、そして歓喜に沸く社員たちを静かに見つめた。
この一億ゴールドの負債の裏には、サクラ迷宮建設の「本当の設立理由」と、異世界の闇に蠢く巨大な陰謀が隠されている——。
(『いせダン』第51話・了)




