第36話 勇者、都会の魔物に敗れる?!
冒険者ギルドを威勢よく飛び出した勇者佐藤。
冒険者ギルド本部の重厚な門をくぐり、建物を出ると、すぐ隣りには『冒険者ギャルド』の看板。
そこは一見すると至って普通の重厚な木造建築だった。
そう、ネオンなどの派手な装飾は一切ない。使い込まれた木の質感も、フォントの雰囲気も瓜二つ。初見の冒険者なら誰もが一度は「どっちだ……?」と二度見してしまうほど紛らわしい看板になっていたのだ。
「ここは一体?……」そう思った瞬間であった。
『冒険者ギャルド』の奥から、「きゃはは〜♡ ◯◯様マジカッコい〜♡」「超ウケる〜〜〜♡」という、甘く楽しげな女性たちの歓声が漏れ聞こえてきたのだ。
「……ッ!?」
佐藤くんの足がピタリと止まった。
前世では実直な会社員、異世界に召喚されてからは世界を救うため、一心不乱に魔物や魔族と戦い続けてきた勇者佐藤。遊ぶ暇など1秒もなく、ストイックに走り続けてきた男である。
だが……今の彼には、積もり積もった過酷な現場のストレスがあった。
サクラ社長の容赦ない現場指示、脳内で鳴り続ける誰にも聞こえない警報音、社畜と化した魔王との奇妙な営業生活——。
(……僕、これまでずっと頑張ってきたよな? 紛らわしい看板だし……ちょっと『現地視察』のつもりで入っても、バチは当たらないよね……?)
勇者にあるまじき考えが頭をよぎる。佐藤くんの目は虚ろになり、吸い寄せられるようにギャルドの暖簾をくぐってしまった!
「いらっしゃ〜い♡ お兄さん勇者様でしょ〜? 疲れてる〜? 入って入って〜♡」
「はは……うん、疲れてる……すごく疲れてるんだ……」
禁断の扉を開けてしまった佐藤くん。
店内にはギャル、ギャル、ギャル。ギャルたちが手厚く出迎えてくれ、気づけば豪華なソファでチヤホヤされながら、出された高級酒をグビグビと煽り始めていた!
「お兄さんすご〜い! 一っき! 一っき! 勇者様マジ神〜〜〜!」
「よーし! 今日は飲むぞーーー! 僕は世界を救う勇者なんだぁぁぁッ!! ギャルド最高ーーー!」
一心不乱に戦ってきた抑圧が一気に弾け飛び、理性を失ってデロデロに酔っ払う佐藤くん!
——その、わずか30分後。
ドゴォォォォォンッッ!!!!
『冒険者ギャルド』の重厚なドアが、一撃で粉々に吹き飛んだ。
店内を包む爆煙の中から現れたのは、黄金の甲冑を纏い、眉間に恐ろしい青筋を浮かべた人事部長・ヴァルキリーであった。
「ひぇっ……!」
ヴァルキリーは手に持った「人事指導用(※鉄製)バインダー」をぎりぎりと握りしめた。
「佐藤……。現場の営業に行くと見せかけて、ここで何をしている」
「げぇぇぇッ!? ヴァ、ヴァルキリーさん!? 違うんです! 僕は……その、ギルドと看板が紛らわしくて……うっかり視察に……ッ!」
「問答無用! 強制送還だ!!」
数十分後——サクラ迷宮建設・社長室。
タン元をヴァルキリーに掴まれたまま、引きずられるように社長室へ連行された勇者佐藤。
顔には大きなタンコブを作り、ネクタイは曲がり、息も絶え絶えである。
サクラ社長はバインダーに目を落としたまま、冷ややかな声で問いかけた。
「で? 営業担当の佐藤くん。冒険者ギルドへの仕様確認はどうなったの? 随分と時間がかかっていたみたいだけど」
勇者佐藤は慌てて背筋を伸ばし、必死の思いで言い訳を捏ねくり回し始めた。
「さ、サクラさん! 違います! 僕はちゃんとギルド本部へ行ったんです! ただ、ギルドは建物構造が実に複雑でして……その、現地調査と『聞き込み捜査』に思いのほか時間がかかってしまい……!」
汗を滝のように流しながら熱弁を振るう佐藤くん。
しかし、その横でヴァルキリーが冷酷な手つきで「社内用・魔導端末(位置探索機)」の画面をサクラ社長に見せた。
「サクラ社長、無駄な言い訳を聞く必要はなありません。人事部が全社員に携帯させている『人員把握・位置探索システム』のログを見ればわかります」
画面には、佐藤くんの現在地がリアルタイムで真っ赤に点滅していた。
そのピンが刺さっていた場所の名前は——
『冒険者ギルド(Guild)』ではなく、『冒険者ギャルド(Gal-do)』。
「……ッ!?」
佐藤くんの顔面から一瞬で血の気が引いた。
「冒険者ギルドじゃなく、『冒険者ギャルド』に滞在時間35分。アルコール検知反応あり。完全にキャバクラで油を売っています」
ヴァルキリーが淡々と事実を突きつける。逃げ場は完全に塞がれた。
サクラ社長はパタンとバインダーを閉じると、眼の奥から虫を見るかのような冷徹な視線を佐藤くんに向けた。
「ふーん……。昼間から会社の経費(?)でギャルと酒呑んでたわけね」
「あ……あの、サクラさん、社長、これは……日頃のストレスと……看板の紛らわしさが……ッ!」
サクラは深いため息を一つ吐くと、呆れ果てた顔で一言と言い放った。
「はぁ……ホント、使えない勇者ねー」
「ガァァァァァーーーン!!!!」
最愛の(?)染井監督からの冷酷すぎる「使えない」宣告が、聖剣よりも深く佐藤くんの胸に突き刺さり、そのまま社長室の床へと真っ白な灰になって崩れ落ちるのであった。
しかし、ヴァルキリーが彼の冷え切った背中を蹴っ飛ばして冷ややかに言った。
「いつまで倒れているの佐藤。言っておくけれど、あなたの知名度は社内随一なのよ?」
「え……僕の……知名度……?」
灰から少しだけ人間の色を取り戻した佐藤くんが顔を上げた。
そう——佐藤くんは世界を救う『勇者』である。
冒険者ギルドはもちろん、先ほどの『ギャルド』でも顔が利き、街を歩けば貴族や金持ち大商人が「勇者様! ぜひ我が家の後ろ盾に!」「事業に出資してください!」と擦り寄ってくるレベルの大有名人なのだ!
佐藤くんは床に座り込んだまま、未だに残る頭痛を押さえてポツリと呟いた。
「はぁ……みんな僕に擦り寄ってくるけど、投資だの後ろ盾だの言われてもねぇ……。あーあ、僕もあいつらみたいにお金があれば、自分の好きにできるプライベートなダンジョンでも作って遊ぶのに……」
ただの社畜勇者の切ない現実逃避のぼやき。
しかし——その言葉を聞いた瞬間、サクラ社長の目がキラーン!と鋭く光った!
「……佐藤。今なんて言ったの?」
「え? あ、いや……僕も金があればな〜って……」
「ちがう、そのあと!」
「……プライベートなダン……」
ガタタッ!!
サクラ社長が激しく椅子から立ち上がり、デスクをバンッ!と叩いた!
「それよ佐藤!! 何も魔王や冒険者ギルドだけにダンジョンを売り込む必要なんてなかったのよ!!」
「えぇッ!?」
サクラ社長はバインダーを掲げ、瞳に経営者としての野心の炎をメラメラと燃え上がらせた!
「『プライベート・ダンジョン』よ!! 富裕層や貴族に個人所有のダンジョンを売り込むの! これからはプライベート・ダンジョンの時代よ!」
「プ、プライベート・ダンジョン……!?」
目を白黒させる佐藤くんとヴァルキリーに向かって、サクラ社長は熱弁を振るう!
「いい? 金持ちに『自分だけのプライベート・ダンジョンを持ちませんか?』って営業をかけるの! 自分で楽しむも良し、一般の冒険者から入場料を取れば最高の『資産運用(不動産投資)』になるじゃない!」
「し、資産運用……! ダンジョンで不労所得ですか……!?」
「そうよ! 我が『サクラ迷宮建設』がその先駆者になるの! ギルドや国といった小さなパイを巡って低価格競争(相見積もり)なんてしていたら、いつかダンジョンは『安かろう悪かろう』の粗悪工事になって業界全体が衰退してしまうわ!」
サクラはバシッと指を佐藤くんに突きつけた!
「顧客の裾野を広げるのよ! 富裕層向けオーダーメイド・ダンジョン施工! これで我が社は異世界ダンジョン建設業界の覇権を握るわ!!」
灰から完全に復活した勇者佐藤は、自分の適当なぼやきから生まれた巨大なビジネスチャンスに目を輝かせた!
「サクラ社長! 僕、貴族や大商人たちのコネなら山ほどあります! 勇者としての顔を使って、片っ端から『プライベート・ダンジョン投資』の営業をかけてきます!!」
「よし! 営業担当の面目躍如ね、佐藤! 叩き潰して……じゃなくて、売り込んでいらっしゃいッ!」
「はいっ!汚名返上行ってきます!」
「使えない」と切り捨てられた勇者佐藤が、持ち前の有名人パワーと「プライベート・ダンジョン」という画期的な営業戦略を引っ提げ、富裕層へ向けて怒涛の訪問営業へと走り出すのであった!
どころで勇者佐藤、全100階層の『国家防衛要塞ダンジョン』という超大型案件をサクラ社長へ伝えたのか?
(『いせダン)』第36話・了)




